第74話 クチナシの龍人族《ドラゴニュート》
薄暗い洞窟の中、一人の人間と魔物が対峙していた。
のそり、のそりと蠢くその姿は人によっては恐怖と嫌悪を感じるだろう。
しかし、相対する人間は何の躊躇もなく剣を振り上げた。
「死にさらせぇぇぇ!!」
――ビチュン……プルプル
振り下ろした剣は確かに斬り裂いた手応えを手に残すが、敵は逆再生のようにすうっと斬り裂かれた所を元通りにする。
――既にその動作はこの目で確認している。
再生するのをただ眺めている訳もなく、斬った切り口から見つけた白い核を傷つけない様に周囲のジェルだけを狙ってくり抜いた。
くり抜いた核を拾うと先程まで動いていた魔物は動きを停止し、ジェルが地面に広がった。
「――ふぅ、強敵だった……」
先程まで戦っていた魔物――スライムの核を亜空間に仕舞い、雑貨屋で買った瓶を取り出すと丁寧にジェルを入れていく。
スライムのジェルが詰まった瓶はこれで十個目なので依頼分は達成したことになる。
警戒を解いて剣を下ろすと、どっと疲れが噴き出してくる。
「帰るか……」
誰もいない洞窟でただ一人の声だけが反響した。
──☆──★──☆──
初めてのダンジョントライから一週間が経った。
相も変わらず一人でダンジョンに潜り続けている。
人が信じられないというよりは話す機会がそもそも少ないため、会話しているのはギルドの受付か宿屋の店主、それに買い物で少し言葉を交わすくらいだ。
迷宮も二十階層までの範囲を行ったり来たりしながら感覚を掴んでいる最中だが、飽きて来たのも事実であった。
やはり、一人だと倒せるモンスターにも限りがあり、お金も少しずつしか貯まらず、ついでに鬱憤もたまってきているため先程の戦闘のようにモンスターに八つ当たりしている状況だった。
そのため、ギルドで依頼をこなしながら実績を上げつつ、お金を稼いでいるだけの状態と言ってもいい。
まあ、買いたいものは特別無いのだが、オークションも開始時期が一月をきっており、今月の末に開催するというのに、それまでお金を貯めて商品をゲット! なんて希望も抱けやしない。
さらにさらに、一週間休まず迷宮に潜ってもレベルが一つも上がらない状況なので、モチベーションが下がってきているのも感じていた。
「あー、何しようかなぁ……」
ギルドの二階に設置されている酒場で一人テーブルに突っ伏してダレていると、周囲が騒がしくなってきた気がした。
「おい、下で龍人族がいるらしいぜ!」
「龍人族なんてここじゃいくらでも見れるだろ? なんでそんなに騒いでんだよ」
「いや、どうやら共通語が喋れないみたいだ。周りの奴等も暇潰しに見物してるぜ」
「へ~、共通語を喋れない奴なんて年に一、二回あるかどうかってのに珍しいこともあるもんだな。そいつもやっぱりオークション目当てなのか?」
「さあな? でも、もしそいつが強かったらパーティー誘ってみようぜ!」
「言葉が通じねえんじゃ、パーティーにいたって連携とれねえだろ。でも面白そうだな! ちょっくら見てくるか!」
その男たちの言葉に興味を引き付けられたのか、聞き耳を立てていた他の奴等も騒々しく下に駆け下りて行った。
「龍人族か……」
幸い、俺がいる席はテラスの近くのため、下りて行かなくてもここから十分見物できる。
どれどれ――
柵から見下ろすと群集の中心に龍人族がおり、それを取り囲むように大勢の冒険者が野次馬のように見物していた。
龍人族は受付嬢やギルド員と会話を試みている様だが、通じておらず困っているようだ。
少し騒がしくて声が聞こえにくいが、耳を澄ませて集中すると声を拾うことが出来た。
「――――――――」
『我はダンジョンとやらに潜りたいのだが、どうすればいいのだろうか……』
「――あの、何を言っているのか、その……ど、どうしましょう!?」
受付嬢の人が話し掛けられた言葉に右往左往しながら、同僚のギルド員に助けを求めた。
「お、落ち着け! 俺も分からんから、大丈夫だ! それに、ジェスチャーとか試してみても伝わらなかったんだろう?」
「は、はい。お金を出してみたり、規定通りに紙を呈示してみたんですけど共通語の文字が読めないみたいで……」
受付嬢が紙を手に龍人族に見せるが、顔を横振ると、
『すまぬが、我には読めぬ』
と残念そうに答えた。
「なら、龍人族の文字が乗ってる辞書とかないのか!? それか、同じ龍人族の人に頼むことは出来るだろ!」
「そ、それが、私が知っている龍人族の方たちは軒並みダンジョンにいるらしくて……。他の子にも聞いてみたんですけど、今この町にいる龍人族の方は一人もいないみたいです……」
「くそっ! 俺達の中に龍人族の言葉が分かる奴はいないのかよ!」
「じゃ、じゃあ、今から冒険者に依頼して、龍人族の言葉が分かる人を探すしかないんじゃ……!?」
二人の会話を聞いていたもう一人のギルド員が慌てながら意見を出す。
「馬鹿野郎! 龍人族の言語を知っている冒険者がいれば、そもそも冒険者なんてやってねえだろ! あいつらに期待しても無駄に時間が過ぎるだけだ!」
「で、でも先輩! 他に方法が無いですよぉ!?」
『落ち着け。そこの御仁! 彼が何を言ったのか分からぬが、言葉を荒げても問題は解決せぬぞ』
「くっ、何を言ってるのか全然わからねぇ!! じゃあ、エルフはどうだ!? エルフは長命だから龍人族の言語を知っている可能性があるよな!」
「残念ながら、それもおそらくいないと思います……。龍人族はこの町の遥か東の果てにある山脈に住んでいると聞きますので、エルフと相性が悪いですし、特に龍人族は故郷を離れる数が少なすぎて、情報が流出しないので言語もほとんど解明されておらず……もう諦めるしか」
どうやら下では龍人族との会話手段がなく、諦めかけているようだ。
とはいえ、それは彼らにとってだけであり、俺には普通に会話している様にしか見えない。
特に、龍人族の人が何だか憐れに見えて来た。
「――あらら、これじゃあ平行線だな」
横から突然、優男が現れると一人呟いた。
「あの龍人族君もさっさと諦めればいいのにねえ~。君もそう思わない?」
腰に剣を差したその男は綺麗な顔をしながら、残酷な事を言い放った。
何だか危険そうな匂いを漂わせながらも、おそらく俺に話しかけているのだろう男に一応の反応を示した。
「……もしかして、俺に話しかけてます?」
「そりゃ勿論! 今このフロアには俺と君しかいないんだからね。まあ、俺が目に見えないものと喋ることが出来たら君に話し掛けてなかったかもしれないけど、ね。くくっ」
何が面白いのか、男は口元に笑み浮かべながら無言で俺への賛同を求めてきた。
その言葉に少し目元が引きつるのを感じた。
「……しかし、彼にも理由があってギルドに来たかもしれないじゃないですか。それは流石に酷いんじゃないですか?」
「そりゃあ、目的があってギルドに来たんだろうからね。でも、ここにいても騒ぎを大きくするだけだし、彼の同族は今はダンジョンアタック中ときた。それに言葉が分からないのは彼本人の責任じゃないかな?」
「人間の町にいて、会話もままならないのは流石にねぇ~」とさも当然かのように言い放った。
正論だけを言うこいつは確かに正しいのだろうが、言語も分からず、一人で異国に来た人間を小馬鹿にするような物言いに眉を顰めた。
「騒ぎが大きくなったのは勝手に見物してる冒険者の責任であって、彼じゃないでしょう。それはただの責任転嫁じゃないですか? それに騒ぎと言っても人が集まっているだけですし、業務の全てが停止している訳でもない。しかも今は昼なんですからそこまで精算する冒険者も多くはない。何も問題はないでしょう?」
「ふふっ、甘いね~。確かに彼はただギルドに来ただけかもしれないけど、その結果、人が集まり、出入り口まで塞ぎかけている。それに精算する冒険者が少ないって言ったけど、しかし一定数いるのなら、入りにくいと感じてもおかしくないんじゃないかな?」
「それは……でも有名人が来たとしても同じようになるんじゃないですか。ほら、例の剣聖って人が来たら、ファンの人が集まる可能性が十分あるでしょう。なら、あの人も同じ様に特例でしょう」
「それは違うよ。剣聖はネームバリューがあるし、ギルドにも貢献している。嫉妬や不満を持つ人間がいない訳じゃないけど、それでも功績の方が大きい以上、表立って批判するのはただの負け惜しみになる。でも、あの龍人族君の場合は地位も力もなく冒険者でもなさそうだ。なら、ただの迷惑行為に該当するだろうし、それこそ、特例と言うモノだよ」
妙に堂の入った仕草で正論を宣うこの男の本心が理解できなかった。
「あんた、龍人族が嫌いなのか? それとも恨みでもあるのか?」
「面白い事を言うね、君。別に彼が嫌いな訳じゃないよ。ただ事実を言っているだけさ。それに君の方こそ、そんなに庇うのなら君が助けてあげればいいじゃないか。まあ、君に言葉が分かるのならね――」
その言葉には、「どうせ無理だろう」という強い皮肉が込められていた。
「――上等じゃねえか。なら、賭けてみるか?」
「……本気かい、君? 僕は別にいいけど、でも何を賭けるつもりだい。まさか僕だけ賭けるなんてアンフェアなモノじゃないだろうね?」
「別にいいぜ、何でもかけてやるよ。ただ、俺が勝ったら、そうだな……昼飯とダンジョンについての情報でも教えてもらおうか」
「……随分、自身満々みたいだけどそんなに勝算があるのかい?」
「それには回答してやれねえな。それとも怖気づいたか?」
「……ふふっ、いいよ。じゃあ賭けようか。君が負けたら金貨一枚貰おうか。勿論、大金貨の方だけど」
「それだけでいいのか? 別に全財産を要求しても俺は構わないけど?」
「それはやめておくよ。僕が負けたら吹っ掛けられそうだからね」
「そうかよ。じゃあ、今からその答え合わせといこうか」
ユートはコートを翻すと、一階へと下りて行った。




