第71話 迷宮都市に行くために 後編
お久しぶりです。
「ちくしょう……大変な目に遭ったぜ」
「はは……」
ぐちぐちとロウルが文句を言い続ける横で、俺は苦笑いしながら馬車に揺られる。
あの後、喧嘩に参加しなかったロウルの知り合いが仲裁してくれて、ようやく収まった。
普通に大の男が罵り合い、殴り合うような喧嘩の仲裁なんてしたく無かったのでありがたい。
周りの人間はどうやら心まで大人な様で安心した。
その過程で面白いものを見つけたと言わんばかりに、少しばかりおもちゃにして遊ばれたもののその程度ならご愛敬だろう。
こういう扱いを受けるのは慣れているから……。
その後、説教されて酔いが醒めたのか、ロウルは逃げるように俺を連れ出し馬車に乗せた。
馬に指示する横顔が赤く腫れていたが、それは微かに残った酒ではなく物理的な打撃によるものかは定かではない。
しかし、慌てて出発したため時間は分からないが、時刻はそろそろ夜の八時頃と言ったところだろうか。
残念ながらのんびりしすぎたせいか他の馬車は影一つ見当たらず、既に出発してしまったようで、どうやら身一つならぬ、“馬車一つ”で迷宮都市に行かなければならなくなったらしい。
……こうならないために頑張って早く終わらせたんだが、全て水の泡になったのか……。
「あー、マジでついてねえな」
(俺もついてないな)
はぁ……と同時に溜息をつく。
俺とロウルの溜息がシンクロした瞬間だった。
けれどロウルはほろ酔い気分なのか、まだまだ不満が止まらなかった。
仕方なしに相槌を打ちながらストレスを発散させる方向にもっていくも、次の不満が噴出しては宥めてと、何度も繰り返して先が見えない坩堝に嵌る。
それでも、根気強く話し相手になっていると、次第に酒が抜けて来たのか少しずつだが口数が減っていき、静かになっていった。
ようやく俺も相手をしなくて済むようになった頃には、辺りは闇が覆い荷馬車の音が響き続けていた――
真っ暗な道を馬車の先頭に吊り下げられた魔法のランタンが照らし出す。
馬車が揺れると光も揺れ、馬の陰翳が生き物の如く煌びやかに走り続ける。
光は追いかけても追いかけても距離は縮まず、化かされたかのように先を行く。
馬車の振動、月明かり、そして静寂が眠りへと誘うのを理性の淵でねじ伏せながら、コート一枚で夜風を浴び続ける。
そんな折、静寂に耐えられなくなったのか、ロウルが話しかけて来た。
「おい、起きてるか」
「……はい、起きてますけど、どうかしたんですか?」
「いや、お前が寒そうにしてっからな。もし寒かったら下にある毛布に包まっとけよ。まあ、使い古した奴が嫌じゃなければだがな」
「大丈――いや、ありがたく使わせてもらいます。ロウルさんはそんな恰好で大丈夫ですか?」
人の物はあまり借りる性格ではないのだが、何となく断ることに後ろめたさの様なものが沸いてきて、使わせてもらう事にした。
とはいえ、少し埃臭かったのでこっそり魔法を使い綺麗にはしたが。
膝に掛けてみると寒さが和らぐ感じがした。
同時に、自分の格好と比べ、動きやすさを重視したロウルの格好が何だかとても気になった。
「あ? 俺は良いんだよ。ガキが気にすんな」
「そうですか……」
薄っぺらな布一枚でこちらまで寒く感じてくる始末だが、眠いし寒いしと二重の意味でリアクションする気が湧かない。
ただ、妙に優しいんだなと頭の片隅で思った。
しかしながらそんな俺の態度が気に障ったのか、やけに元気なロウルが突っかかって来た。
「おい、人様が操縦している横で眠るたァ、いい度胸じゃねえか」
「いや、寝てないですけど」
目を瞑ってるだけだから。うん。だから寝てないよ。
「俺が寝てると思ったら、それはもう寝てるんだよ!」
「いや、その理論はずるいでしょ!」
「ふんッ、操縦席の隣に座る奴は話し相手になるって相場が決まってんだ。乗せてやったんだから暇つぶしになれ」
「なんという理不尽な……はぁ、分かりましたよ。それで何を話せばいいんですか?」
「お前がなんか話せ」
「えー……」
無茶振りが酷すぎる。
とはいえ、こういう時に面白い事が思いつかないのが俺のダメな点なんだろう。
時計の針が一周するくらい考え続ける。
そして、ようやくひねり出した答えは――
「――そういえば、いつもこんな時間に運んでいるって言ってましたよね?」
「あ? ……あー、確かに言ったがそれがどうした?」
「この時間帯に運ぶのは温度だけが理由なんですか?」
「だけって訳じゃねえが……まあ、ここらの魔物は夜行性は少ねえし、諸々含めてが理由だけどな」
「じゃあ、魔道具とか使って冷やしたり出来ないんですか? そうすれば朝や昼に行けて安全な気が……」
無難な提案をしたら、テンポよく答えてくれていたロウルのおっさんが唐突に黙りこくった。
もしかして、余計な事を言ってしまったのだろうか?
「お前……」
「はい、何でしょう」
「前に俺、あのでっかいワインセラーを先祖から受け継ぎ、そして代々規模をデカくしていったって言ったよな?」
「え? はあ、今日の昼頃に聞きましたけど……それがなにか?」
「あの広さと規模にするには結構な時間と金がいる」
「まあ、あれだけ広ければ相当金も時間もかかるでしょうけど……」
なんとなく話の流れが読めた気がする。
「そりゃあもちろん、改築する時に知り合いの大工やら石工やらから負けてもらい手伝ってもらっただろうが、それを足しても莫大な金がかかるわけだ」
「えーっと、それってもしかして――」
聞きたくない。けれど自分から訊ねた以上聞かなければ終わらない。
そんな一心ながらも恐る恐る顔を向けた。
「ああ、魔道具に使う金なんざ一銭たりともねえ」
やっぱりかー……。
予想通り過ぎて二の句を継げない。
とは言うものの、ワインを作って仕事をしている以上、少なからず元手となる金が無ければ何もできないはず。
それほどのお金も捻出できないくらいの状況なのか疑問が残る。
言わぬべきか、好奇心を発揮し聞いてみるか。
一瞬のせめぎあいの末に、この時の俺は聞いてみることを選択した。
「でも仕事で役に立つし、日常でも使えるんで買う価値は十分あるんじゃないですか? 凍らせることが出来れば、ビジネスの種にもできますし」
主にかき氷を想像してのことだが。
あれなら、夏にワイン味のかき氷として売り出せば、子供だけでなく大人にも人気が出そうだ。地味にちょっと美味しそうだし。
とはいえ、寒い夜のなか、かき氷の事を想像する俺。なんだかお腹が痛くなってきた様な。
そんな俺とは正反対に、ロウルは空を見上げる。
するとロウルからかすれた言葉が聞こえて来た。
「だから、―――ねえよ」
「ん? 今なんか言いました?」
「だから、そんな金なんてねえよ」
「え?」
「だから! そんな魔道具に掛ける金なんざねえよ!!」
ロウルから悲痛の叫びが聞こえた。
いや、二回目は聞き返したわけじゃないんだが……。
それと、一応ここは怪物のいる森なんで叫ばないでもらえますかね。
「はぁ……いや、すまん。ちょっと大きな声を出し過ぎた」
「いえ、俺の方こそなんか、すいません」
「お前は関係ねえよ。単純に俺が吐き出したかっただけだ」
「ふうー」と大きく溜息を吐いたロウル。その姿がやけに悲しく見えた。
妙に静まり返り、居心地の悪くなった空間でこの雰囲気をどうにかしようと考えた時、何かの音が聞こえた気がした。
「――いま、何かの声が聞こえませんでした?」
「いや、俺はなんも言ってねえぞ――ああ、いや、別に聞こえなかったが、お前の気のせいじゃねえか?」
「そう、ですかね……気のせいならいいんですけど」
「男のくせに心配性だな。男ならどっしり構えてる奴がモテるんだぜ」
さきほど大声を出したことに動揺しているのか、妙な決め顔でロウルが言い切った時、右側の森から何かが飛び出る影が見えた。
「敵です!」
思わず立ち上がりかけ、咄嗟に口から出た言葉にロウルが慌てて反応する。
「はぁっ!? なんだとっ! くそっ、逃げるぞ!!」
取り乱しながらもロウルは馬に鞭打って迅速に行動する。
馬は嘶くと、先程までの速度とは比べられない程早く走り出した。
後ろの敵影が獲物を逃がすものかと追いかけてくる。
敵の正体を確かめようと、座席から立ち上がり後ろへ身を乗り出した。
陰で見えなかった敵が月光に照らされ、姿を現した。
「あれは……! 狼っ! フォレストウルフですッ! 八体――いや、十体以上います!」
「フォレストウルフだとっ!? しかも十体も! くそっ! そんなやつが何で今日にかぎって!」
突然の敵に俺も緊張を隠せなかったがロウルの言葉に違和感を感じ、段々と頭だけ冷静になっていく。
(あれ……もしかして、叫んだせいで追ってきたのか……?)
真実は分からないが、何となくそんな気がする、ような……。
それはつまり、俺にも非がある訳で――
「――そんなことより!! あいつを撃退します! 樽の上に乗らせてもらいますよ!」
「お、おい! お前何するつもりだ!? それと、今は仕方ねえけど、出来るだけ強く樽は踏むんじゃねーぞ!! あと、売りモンの樽をぶっ壊しやがったら承知しねえからな!!」
この非常事態に出て来た言葉が、あんまりなセリフで笑いが隠せない。
荷馬車を守っても、守れずに壊してもあとで文句を言われそうだ。
しかし、こんな時に樽の心配が出来るんなら問題なさそうだ。
「全部守って欲しかったら、出来るだけ揺らさないようにしてください、ねッ!!」
虚空から弓を取り出す。
この何ともいえない臨場感が鼓動を早くする。
じわりと手汗が滲むのを感じ、弓の握りを何度も確かめる。
ガタガタと揺れる不安定な荷台の上でフォレストウルフを睨みつけると、つかず離れずで追いかけてくる敵へ照準を合わせ、そして一切の躊躇なく矢を放った。
風切り音と同時に眉間へと突き立ったフォレストウルフは、矢の勢いでひっくり返ると後ろにいた二匹を巻き添えに脱落する。
続けて二匹目、三匹目と調子よくヒットすると、狼は最初の勢いを失っていった。
(楽勝だな……)
このまま勝てると勢いづいて四本目の矢を射ろうとした瞬間、突然後方にいた狼が吼え出すと敵の動きが不規則になった。
先程までは単調に追いかけていたのに、左右に蛇行し出したと思ったら速度に緩急をつけだすなど、まるで弓の弱点を知っていると言わんばかりに翻弄してくる。
(動きが変わった。あいつが統率してるのか……?)
俺も荷馬車には近づけさせまいと弓で牽制するが、右の狼を狙ったら左側が接近し、左に向いたら右側から回ってこようとする。
狼の一声によって対応が変わり、微妙なやりにくさを感じながらも一匹ずつ丁寧に打ち抜いて対処していった。
次々と仲間を殺されていくことに怒ったのか、リーダー格らしき狼が牙をむき出しにしながら再び吼えると、今度は攻撃的な動きへと変化した。
(クソッ! やりにくいな……。あいつを殺せば変わるんだろうが、取り巻きが邪魔過ぎて狙えん!)
複数体が同時に接近してくると思えば、時には多方向から噛みついてきたりと動きが複雑化してきた。
正確には、複雑というより本能的に襲ってきているように見えるが、どちらにしても厄介になったことには変わりない。
武器を剣に変える暇もなく、その場しのぎで弓手で殴り返したり、矢で突き刺したりと荷台の上で格闘する羽目になった。
飛びかかってくる数が多すぎて対処が追い付かず、危うく押しつぶされかけた時は冷汗が出たが、ロウルが荷馬車の操作で機転を利かしてくれたおかげで体勢を立て直せた。
まあ、俺まで落とされそうになった時は結構な恐怖を感じたが。
とはいえ、流石に荷台の上で魔法をぶっ放すわけにはいかなかったため、地道に倒していくことになった訳だが、そのおかげか数十匹いた狼たちも残り八匹までに減っている。
気持ちに余裕が出たのか、馬車を追いかけ続けて辛くないのか、などとくだらない事を思い浮かべながら、リーダーの狼は三度目となる咆哮を上げようとした。
ウオオォォォオオ!!
流石に三度目ともなると大きな隙を見逃すつもりはなく、口を目掛けて速射した。
真っ直ぐ口に吸い込まれたと思ったら、横から別の狼が現れてその身で矢を受けた。
敵が、それも魔物が仲間の為に身を挺して庇った姿に呆気にとられるが、即座に意識を戻し二度三度と容赦せずに撃っていく。
身を挺して庇った狼は首に矢が刺さり倒れ伏し、リーダーの狼は矢が幾つも胴体に突き刺さっている状態で追いかけてくる。
見た目だけならリーダーの方が瀕死の筈なのにその目に宿る闘志は未だ衰えていない。
殺すつもりでリーダーの狼を射るが冷静に躱されてしまう。
しかしながら、やはりというべきか、血が流れているためか先程までの俊敏さは見る影もない。
一思いに殺してやりたいが、奴の意地がそれを許しはしない。
それならばと、近くの敵から狙いを定めていく事にした。
数が減った今なら一射一射、丁寧に撃っていけば外す事の方が難しく、一匹、二匹、三匹と仕留めていく。
そうして数が減るたびに仲間から意識を逸らせるためか、少しづつ前に出てくる。
四匹、五匹、そして六匹目に矢を放った瞬間、ついにリーダーの狼が飛び掛かって来た。
口から覗く牙は易々と俺の体を貫き、食い殺すだけの威力を秘めている。
――その牙は俺の喉笛を食い破ろうとし、
交差した時、奴の目に映っていたのは俺に対する怒りでも殺意でもなかった。
――その眼には仲間の死の悲しみが宿っているように思えた。
あと一歩で食い殺されるという距離で、おれは奴の心臓目掛けて撃ち抜いた。
ドシュッという重い物体が跳ねる音が響くと、重力に引かれ地面に落下する。
落下した地面からは土煙が上がるが、そこから再び何かが動くことは無かった。
──☆──★──☆──
「――ふぅ……これでようやく一安心か」
「おう、よくやったな! 襲われた時はマジで積み荷を捨てるべきか迷ったが、いやー、お前を連れてきてよかったぜ! フハハハハ!!」
「調子が良いな、全く……。こっちは結構神経使ったっていうのに。それに、ふぁああ……すっごく眠いし」
「ははっ! 今の俺は機嫌がマックスだぜ! だから、町に着くまでゆっくり眠ってていいぜ! ついでに後で好きなだけワイン飲ませてやっからよ!ガッハッハ! ――あ、やっぱり、ワインは少しだけだぞ。売りもんだからな」
高笑いしたと思ったら、にやけ顔をしたり真顔になったりとロウルは忙しない様だが、少し休めると思ったら耐えてた眠気が一気に襲ってきた。
フォレストウルフを倒した後、素材は拾わずに急いで迷宮都市に向かう事にした。
ロウルは残念そうにしていたが、流石に戦いが長引きすぎたし、血の匂いや騒音で他の魔物までおびき寄せてしまう恐れがあったからだ。
それに素材を剝ぎ取るために元来た道を戻るなんて、非効率かつ馬に無理をさせるなど出来ない。
なぜなら最悪の場合、馬が倒れてしまえば荷馬車を手で押して行かなければならなくなるため、ロウルも涙を呑んで諦める事に賛成してくれた。
俺個人としても残念極まりないことだが、夜が深くなればなるほど魔物にとってのアドバンテージになっても、人間にとって味方することはないので致し方ない。
それに、あの狼も住んでいた森や仲間の狼から離れずに大地に還るのなら本望だろう。
ちなみに、通常ニ、三日かけて行く筈の行程を半日と経たずに迷宮都市へは辿りついた。
まあ、馬に回復魔法を掛けたり、荷馬車に乗りながら食事を取るなどの時間の節約をしたから出来たわけだが、こんな強行軍は二度とごめんだ。
馬だってそんな顔をしてた。いや、だって嘶いてたし。
挙句の果てに、トイレも荷馬車に乗りながらしろだなんて言われた時には流石の俺も猛抗議したが。
そんなわけで、夜が終わり、朝日が昇る頃には目的地である【迷宮都市ウェルダム】へ到着した。
はい、という訳で再び、ほんとうっにすみませんでした!!!m(_ _)m
とりあえず言い訳させてもらえるならば、
一月:正月休みで自堕落+就活準備
二月:説明会+コロナの不穏な空気+小説書かなきゃなぁと考える。
三月:コロナの猛威+就活死亡+もう二か月たってるやん!と別の意味で絶望する。
四月:色々半ば諦めた最中、あつ森に侵食される+オンライン面接終わったら小説書こ!←今ここ
みたいな感じでした。ちなみにこの言葉(いい訳)自体は四月の冒頭に考えてました(てへっ☆)
依然として就活は続きますし、コロナも終わりません。しかしそれは小説を書くことを諦めたのではありません。読んでいただいている皆様に対しての誠意として、出来得る限り書き続けていくつもりです(ていうか、書きます)
とはいえ、皆様ご存じの通り、このような状態なので遅くなることだけは大目に見てください。
という訳で、次はその内書きます(期限未定)




