第68話 似たもの親子
乗合馬車が満員だったせいで乗り遅れてしまった俺は、一時間も経たない内にギルドに戻ってくることになった。
「――それで、どうにか迷宮都市に行く方法ってないかな?」
「うーん、そうですね……早くて安全なのは護衛依頼で受けるのが一般的ですが、あなたのランクではちょっと難しいですし、乗合馬車は私共の方で管理している訳ではないのでどうすることも出来ません」
そう答えたのはギルドで受付嬢をしている14、5歳くらいの女の子だ。
ギルドに戻って来たのは良いものの、知り合いなんぞいる訳もないので、相談しやすそうな見た目をしてて、かつ、俺よりも年が低そうな人間を探してみたら結果的にこの子になった。
人が疎らにしかおらずゆっくり会話できそうだったので、とりあえず最初は世間話から入り、人の多さやこの町の特徴を話のネタにしつつ、相手の不満を聞き出して少しずつ取り入ることに成功した。
相手が信用してきた頃を見計らい、乗合馬車に乗れなかった事を正直に打ち明け、他の手段で行く方法が無いか相談してみたのだが、今を持ってあえなく撃沈したというわけだ。
「マジか……。というか、こんなに人が多いと思ってなかったんだけど、もしかして、迷宮都市でお祭りでもやってるの?」
馬車に乗れなかったのには何か理由があるはず、と適当なこじつけで冗談半分に聞いてみる。
すると女の子の口から想定してなかった不意打ちの答えが返って来た。
「いえ、特にそんな話は聞いた事は無いですけど……あっ、そういえば、そろそろオークションの季節でしたね!」
「オークション? ダンジョンのお宝でも出品するの?」
「まあ、おおむねそんな感じですけど、今年は何と言ってもあの有名な“剣聖”様に大迷宮の到達階層記録が塗り替えられて久しいですからね!! 未だ到達したことも無い階層へと登られたなら、それはそれは素晴らしい魔道具やアイテムを得ている事でしょう! だから多くの商人や冒険者の方々は一目でも見ようと、もしくは手に入れんと大勢で押し寄せているのかもしれませんね」
剣聖様とやらが好きなのか熱意がすごい。
それにしてもオークションか……それが重なったせいで俺は馬車に乗れなくなった訳だとしたら、結構運が悪いな。
まあ、どちらにしても俺にとって意味のあるものではないから興味は無いが。
何故なら、お金が無いのにオークションがあっても買えるモノなんて一つも無いのだから。
「そういうことか。はぁ~、こちとらいい迷惑だけど、文句を言っても仕方が無い。なので、どうか! 迷宮都市へ行く方法を俺に伝授しください!」
とりあえず、その場の勢いとノリと意地で嘆願してみる。
話した感じ純真っぽく優しそうなので、押せば何とかなると考えたのだ。
人から見たら、自分よりも若そうな女の子に頭を下げるなんてかっこ悪いと思われるかもしれないが、そんな事はどうでもいい。
大事なのは予定通りに俺が迷宮都市に行けるかどうかの一点だ。
「ちょっ、やめてくださいよ! 変な噂が立ったらどうするんですか! ……もうっ、わかりましたよ。だから頭をあげてください。はぁ……一つだけ手段がない事も無いですが、他の方には秘密ですよ?」
「えっ、ホントに!? ありがとう! 誰にも話しませんのでお願いします!」
半ば諦めかけていた中でこれは朗報だ。
「捨てる神あれば拾う神あり」ではないが、この世界に知り合いが存在しない以上、先程の乗合馬車でのように突き放されでもしていたら、俺は迷宮都市へみじめに一人で歩くことになっただろう。
もちろん、三日間待つ方法や道端で誰かに話を聞いてみるという手法もあるにはあったが、馬車に乗れる保証がない以上その選択肢を取ることはまずありえなかった。
なので、それらを含めて俺は祈らんばかりに拝んだ。
「はぁ~、なんでこんなことになっちゃったんですかねぇ……」
「本当にどうしてだろうね……」
それが気にくわなかったのか、女の子は年に似合わず、眉間にしわを寄せながら頭を押さえる仕草をした。
俺も同じ様な表情をしながら、しみじみと頷きつつそう言った。
「いや、あなたのせいでしょ! あなた以外にどこにいるというんですか!」
ビシッという惚れ惚れする仕草と表情をしながら俺へと指差ししてくる。
「うーん、原因としては剣聖様とかオークションが挙げられると思うけど……」
「そんな正論が聞きたいんじゃありません! まったく……まあいいです。迷宮都市から帰ってきたら何かお土産話でも聞かせてくださいよ? それで方法ですが――」
「へぇ~……って、えっ!? それ、大丈夫なの? 信用してって? ホントに大丈夫かな……」
「ここか……」
人気のない町の端っこに位置する目の前の家。
辺りは寂れてゴーストタウンの様相を呈している。
来る途中、何度も引き返そうかなと考えたが、折角頼み込んで教えてもらったというのに雰囲気が嫌だから帰ってきましたとは口が裂けても言えない。
簡易の地図を片手に訪れてみたは良いものの、心の準備を決める前についてしまった目的地は、本当にここなのかと不審に思うほど想像とは違った。
それは石造りの丈夫そうな建物ではあったが、至る所から植物の蔓が巻き付き、雑草は生え放題で、目的地を間違えたのではないかと何度も往復するほど目を疑ってしまった。
「とりあえず入ってみるか」
意を決してボロボロになった車庫のような大きな扉を横に押した。
既に人がいる証拠か、半開きになっていたので重くは無い。
中に入ると香しい匂いと共に、手を伸ばすほどの距離に荷物を運ぶための馬車が仕舞われており、その荷台には樽が半数ほどアシンメトリーに並べられていた。
それを横目に見やりながら、最終的な目的はこれなのかなと口にはせずに横を通り過ぎる。
すると人の足音が反響して聞こえてきた。どうやらこちらに向かってくるようだ。
とりあえず変に動かず、触ることもなく黙して突っ立ってると、闇から人がにょろりと出て来た。
「誰だ?」
警戒心をにじませながら誰何してきたのは、短髪に刈り上げた額に小粒の汗を浮かべ、盛り上がった胸筋がタンクトップの様な服に吸収した汗を強調させた、労働者然とした格好の男だった。
観察した外見からは警戒心が感じられるものの敵意はない。
その事を理解してから話しかけようと思ったが、この世界の人間は大抵警戒から入るので、話しにくいことこの上ない。
だからだろうか。この時ふと疑問が浮かんできた。
最初の第一声はどう答えるのが一番いいのだろうか、と――
残念ながら、すぐには答えが出そうにないので無難に返そうと、少しばかりの咳ばらいをしてから警戒されない様に言葉を発した。
「んっ、んん。……あー、勝手にお邪魔させていただいてます。えっと、あなたの娘さんから依頼(?)されまして、迷宮都市へとご一緒させていただけないかな、とお願いに参りました」
「……はぁ? いきなり押し掛けて来て、なに訳のわからねえこと言ってんだよ。大体お前誰だよ?」
おっと、ヤバいぞこれは。思ってたよりも警戒されている。というか反応がリアル過ぎてそのうち武器とか持ち出して脅されそう。
「えーっと俺はその、冒険者でして……まあ、説明すると長いんですけど。乗合馬車に乗れなくなってしまったので、迷宮都市に行く際にですね、一緒に乗せて行っていただけないかなーと……」
「チッ、意味分かんねえこと言いやがって。そもそもどうやってこの場所を知った? いや、さっき俺の娘って言ったな。……くそっ、そういうことか。あいつも余計なことしやがって……」
男は険しい顔をしながらも状況を理解したような口ぶりをすると考え込んだ。
そのまま少しの間待っていると、男は急に顔を上げ難しい顔から一転、何やら企むような顔をしだした。
何だか面倒臭そうな雰囲気を感じ取りながらも、とりあえず黙ったまま相手の出方を窺う事にした。
「ふん、そうだな……しょうがねえから娘の顔に免じて乗せてってやろうじゃねえか!」
「おお! ありがとうございます! お礼と言っては何ですが、出来る限りのことは手伝わせていただきます!」
「おっ、ホントか!――じゃなかった。い、良い根性してるじゃねえか! なら、その言葉が偽りじゃねえってことを証明してもらおうか。よし、じゃあ俺についてこい!」
「はい!」
そう言って、作戦通りと言わんばかりに楽しそうな表情をしながら歩き出した男の後をついて行く。
とりあえず、どうせ何かさせられるんだろうなぁと思いながらも、口に出すような愚かな真似はせず従ったフリをしておく。
『労働には対価を』
何かを欲するのなら努力して手に入れるべきだ。
人により努力の方法や選択は異なるだろうが、金でも財貨でも、それこそ労働でもいい。両者がお互いにメリットがあると認識して合意すれば問題ない。
だから、よほど逸脱したことでない限り何かをさせられることに拒否感は無かった。
頼んでいるのはこちら側であるし、相手が乗せてくれる対価として労働力を提供しろというのなら正当な範疇だろう。
それに無茶な注文を言いにくくさせるため、事前に「出来る限りのこと」と言っておいたので、この男が極度の自己中心でもない限りその心配はいらないと思われる。
「――よし! ここだ!」
「これは――」
長い長い階段を下りた先に広がっていたのは葡萄の芳醇な香りが自然に肺へと包まれるほどに広く大きなワインセラーだった。
天井がとても高い。階段もこの世界の基準で言えば結構な長さだと思う。
ただの人間が一生懸命働いても、ここまでの広さの地下空間を持ち得るのかと不審に思うほど広い。
それにどこからか風が入り込んでくるのか、少し肌寒く感じてきた。
「驚いたか? これは俺の家に代々伝わるワインセラーだ。元は小さな地下倉庫だったんだが先祖たちが長い年月を掛けて拡張していったのがこの空間って訳だ」
「これが、本物のワインセラー……。こんなに広いワインセラーが町の地下にあるなんて……」
それに地下の権利とか大丈夫なのか……?
そもそもこの場所自体が町の外縁にほど近い場所だから、ひょっとしたら町の外に出ている事も――いや、流石にそれは無い、よな?
「ふっ、だろう? 俺も初めて見た時はぶったまげてチビりそうになったぜ! まあ、冗談だけどな! あっ、そういや親父から酒を飲んだ時に聞いた事があるな。なんでも、この国が出来る前にレジスタンスのアジトとしても使われたことがあるとか何とか言ってたが、どうせホラだろうがな! がはは!」
男は笑い終わると「喋るのはこのくらいにしてそろそろ始めるか!」と切り出し、すぐ近くに並べられてた一抱えほどもある樽の側へと近づいて行く。
「ふんッ!」
男は気合をいれながら大樽を肩に担いだ。
樽の小口がおよそ60cmほど、高さが90㎝ぐらいなので結構な重さだと思うが何事も無く持ち上げると、こちらへ振り向きながら、ただ「ついてこい」とだけ言った。
巨大なワインセラーを歩くという不思議な気分に浸りながらついていくと、担いでいた樽を男は寝かせる様に静かに置いた。
「よし。お前にはこんな風に樽を運んでもらうんだが――そういえば、名前を聞いてなかったな。何て言うんだ?」
「ユートです」
「ユート、ユートか……よし、覚えた。おれの名はロウル。一流のワイン職人だ! まあ、なんだ。知り合ったのも何かの縁だしな。酒について困ったことがあったら俺に聞きに来な! 格安で教えてやっからよ! がはは!」
「酒で困ることなんて想像つきませんけど……もしその時が来たらお願いします」
顔に苦笑を浮かべながらそう言った。
「かーっ! つまんねえ反応だな。こういう時はな、『竜が暴れて美味い酒を持ってこいと言われた時』とか、『神様にお供えするのに必要な御酒が足りない時』なんかに頼らせてください、とか色々あんだろ?」
「……それって何かの伝説ですか?」
「あたぼうよ! 『暴れる黒竜と鎮護の聖人様』に、『聖人様の軌跡』は子供から爺さんまで誰だって知ってる物語だぜ! ……おいおい、何だその顔は。 おまっ、もしかして知らないのかっ!?」
ちょっぴり反応に困っていたら、驚くくらい驚かれた。
もしかして、「えっ、何それ?」みたいな顔を表に出していただろうか。
男は衝撃の事実を知ったとでも言わんばかりにショックを受けている。
今もわなわなと震えながら、「せ、聖人様の事を知らないだとぉ!?」とか「聖人様を知らないなんて、どんな人生を歩んできたんだ……」などと呻いている。
どうやら結構な聖人様とやらのファンのようだ。親子そろって似た者同士だな。
「そうか……知らなかったんだな。しかし! おれも聖人様について一晩中語ってやりたいところだが、流石に仕事に支障が出ちまう。それは聖人様にとっては不本意だろう。だから! 仕事が終わったらいくらでも俺が話してやるからよ! 勿論タダだから好きなだけ聞いてくれていいぜ!」
目を輝かせながら見つめてくるおっさん。
目を逸らしたい欲求に駆られるが、少しでも引けば蟻地獄のように絡まれそうだ。
だから俺はきっぱりと言うことにした。
「いえ、興味ないんで結構です」
「なっ!?」
「じゃあ、俺は樽を運んできますね」
「ちょ、待てっ!? まだ話は終わってないぞ! やっぱり、仕事なんか後でいいから! 戻ってこーい!」
いや、そんな訳に行くかよ。仕事の方が大事だろ。仕事しろ、ダメ人間め。
後ろでわめいているおっさんに見向きもせずに俺はそう毒づいた。




