第66話 迷宮都市の玄関
「もう出て来ていいぞ」
映画のワンシーンのような鮮やかな手並みに見惚れていたが、ふと我に返った。
発せられた言葉に少しヒリつくような感覚を覚えながらも、その言葉を合図に身を隠していた俺はのっそりと這い出る。
そして、たった一歩踏み出そうとした俺は足元に広がるものを視界に入れて、微かに躊躇ってしまった。
そこには、目を開きながら両断された死体が無造作に転がり、鮮明な朱の暴力が視覚へと流れ込み、川のように血を垂れ流し続けるだけの人だったモノの残骸が散らばっていた。
「どうした? こっちへ来ないのか?」
不思議そうな声音で話し掛けて来た剣士の顔には、先程までの戦いで見せていた鬼のような顔は無く、強面だが人当たりが良さそうな顔がこちらへと向けられている。
僅か数秒の間、逡巡した俺はけれど足を踏み出した。
「――いえ。それで、これからどうするんですか?」
「ああ、とりあえずこいつらの荷物でも調べて、中に何かないか探す。面倒だからお前も手伝え」
「あっ、はい」
剣士はぶっきらぼうに言うと荷物を漁り出す。
俺も足元のモノを踏まない様に気を付けながら、男たちの荷物が置いてある場所へと近づいていく。
すでに剣士は荷物の中身をひっくり返してぐちゃぐちゃにしながら探している。
それを横目に見て呆気にとられたが、俺も気にしないことにして一つ一つ荷物から取り出していく。
「ロープ、油らしき小瓶、魔石の入った袋、ナイフ、用途不明の布、マント、なんかの干し肉……ロクなもんが入ってないな」
他のバッグを漁ってみるも大体が似たようなモノしか入っておらず、おおよそゴミの様なものだった。
(しかも臭いし……風呂に入ってないのかよこいつら)
悪臭の原因が汗なのかは分からないが、鼻をつく臭いがとてつもなく不快だった。
そのせいでモノに対しての扱いが自分でも粗暴だと思いつつも、半ば諦めてせっせと物色する。
俺とは正反対に剣士は眉一つ動かさず、ただ黙々と中身をぶちまけ続けている。
もしかしたら、あの方法が一番良かったのかな……と後悔しながら探していると硬い感触が手に触れた。
「おっ?」
気になって荷物の底を探してみるが、中のモノは既に取り出しているので手に触れる感触は当然無い。
不思議に思いながらも根気よく横から触れてみたり、荷物を持ちあげて下を確認してみたが、どうやらカバンの底に何かがある事に気付いた。
背嚢の分厚い生地をどうにか裏返して観察してみると、端の方に縫い付けたような跡が隠してあった。
「これは当たりか?」と思いながらナイフで縫い目を切ると、中から木片の様なものと数枚の金貨、そして羊皮紙らしきものの切れ端が出て来た。
「これは、なんだ……?」
金貨はいいとしても木片と羊皮紙は流石に怪しい。
もしかしたら形が特徴的な木片は割符としての役割が、羊皮紙は文字らしきものが書いてあるので何らかの暗号なのかもしれない。
そんな事を考えながら物を見つめていると、横で荷物を荒らしていた剣士が覗いてきた。
「ほう、まさか本当に証拠を持っていたとは……よくやった。少し見せて見ろ」
そう言ってきた剣士に手に持っていたもの全てを渡すと、やけに嬉しそうな顔で受け取った。
あれがすごい物には見えないけど、剣士にとっては意味があるのだろうと一人納得した。
「どうやら本物の様だな……。よし、これがあればもうここには興味が無いな。元の場所に帰るぞ」
「わかりました」
剣士が慌ただしく動いて準備するのを横目で見ながら、荒らされた荷物の内で使えそうなものだけこっそりもらっておく。そして盗賊の骸に手を合わせると、魔法を発動し大地へと還した。
剣士は魔法を使うのを見ていたが特に何も言わなかった。
「準備は良いか?」
「はい、大丈夫です」
「ああ、それとこれはお前にやる。頑張った褒美だ」
剣士はお金の入った袋を俺に投げ渡して来た。
「これは……?」
「さっきの金貨と奴等が持ってた金だ」
「え゛っ!?」
それってつまり、死んだ人間の金って意味で――。
断ろうと言葉が過ったものの、死んだ人間のだから嫌だというのは何だか失礼だと思い直し、礼を言って懐にしまった。
それに対し、剣士は鼻を鳴らしてそっぽを向くと来た道へ動き出した。
そんな剣士を見ながら、あまり会話が得意じゃないのかなと含み笑いをしながら後ろをついて行った。
森を出ると燦燦と射す陽の光がいまだ正午になっていないことを訴えてくる。
眩しい太陽に手を翳しながら、乗合馬車に乗っていた人たちの方へと歩いていく。
彼らはそれぞれ好きな位置で離れて休んでいる者もいれば、話に花を咲かせながら楽しそうに座談しているグループもいた。
本当だったら俺もあそこでゆっくりと休んでいられたはずなのに、どうして道連れにされたのか今更ながら不満が湧いてきたが大人しく心の内に仕舞い、剣士の後を付いていく。
どうやら、馬車の操縦席で眠りこけている御者へと向かっている様だ。
「おい、起きろ」
「ん……お、おお、剣士のあんちゃんか……! そっちの用事は終わったのか?」
「ああ、敵は片づけた。もう心配はいらない」
「そうか……! よし、じゃあすぐに出発する。アンタらも準備してくれ!」
御者は跳ね起きると、思い思いに休んでいた乗客たちに乗るよう促していく。
乗客たちも外敵がいなくなったことに喜ぶと、剣士の所にお礼を言ってから馬車へと乗っていく。
すると、二人の老夫婦がこちらへ向かってくる。
「ふぇっ、ふえっ、お兄さんもありがとうなぁ。ほれ、飴玉じゃ。頑張っておくれ」
「ほっ、ほっ、ほんにありがとなぁ。短い間じゃが、またよろしく頼むぞ」
そういうと、耳に残る笑い声を発しながら、幌馬車へと入っていく。
手に握らされた飴玉を見つめると、包みを開け口に入れた。
「うん、甘い」
舌に転がる飴の甘さを感じながら息を吐いた。
こういうのもたまには悪くないか、と人心地つくと剣士に続いて馬車に乗った。
──☆──★──☆─
「――よーし、そろそろ町につくぞ!」
聞こえてきた言葉にうとうと寝かけていた俺は急速に目が覚めていくのを感じた。
そうか、もうすぐ別の町に着くことを忘れていた。
あのジャック達がいる街しか俺は知らなかったが、世界には沢山の町があるんだ。そう思うと、心がワクワクしてくるのが抑えられなかった。
馬車の振動に大きく体を揺られながら、街の門をくぐって行く。
似てるようで違う景色にまるで初めて外国に来たような高揚感があった。
町を歩く住人か旅人には、ダラムの町ではあまり見かける事は無かった様々な獣人、エルフやドワーフ、ときおり鬼人らしき者たちがファンタジー感満載の格好で歩いている。
時々見つめているのに気付くのか、チラチラと目が合うので妙にドキリとさせられるが、それもまた面白いとも感じていた。
夢中になって外を見ていると、乗り物が停止する時におこる慣性の法則のせいで、危うく馬車から落ちかけそうになるが何とか耐えた。
落下防止の柵に体を預けているから良かったものの、落ちて笑い者にならなくてよかったと安堵の息を吐いた。
「よし、到着だ。忘れもんしねえように気を付けながら降りろよ」
そう言われて寄りかかっていた柵を上手に下ろすと、あら不思議、バリアフリーの様なスロープが登場した。
それを見ながら、後ろから早く降りろと言われない内に降りると、周囲には馬車がたくさん並べられた駐車場の様な場所に足をつけた。
この場合は「駐“馬”車場」になるのだろうか? なんてアホな事を考えながら背伸びをした。
「う゛~ん、はぁー……。この町の地図なんて無いから今どこらへんにいるか分からないけど、さて、どこに行こうか……?」
独り言を喋りながら周りを見ると、御者へとお金を渡している。どうやら、小銀貨一枚を渡している様だ。
あれが普通なのか俺には分からない。それは、そもそもの話としてチップとして払っているのか、それとも乗せてもらった代金として支払っているのかすら俺は理解していなかった。
とりあえずみんな渡して何処かへ行ってしまったので、分からないなりにも不審に見られない内に御者へ近付くと、銀貨二枚を手数料として渡してみた。
「? おい、なんか多いぞ」
その返答ではチップなのか、支払いとして受け取ったのか分からないじゃないか。
そう思ったものの、言葉にも態度にも一応出さなかった。
「いや、ちょっと聞きたいことがありまして。時間は取らせませんので詳しく聞かせてもらってもいいですか?」
話しながら「少し行動が不審すぎたか?」と自身を顧みるものの、何事も無かったかのように会話を続ける。
「……はぁ、俺に何を聞きたいんだ、小僧? 残念ながら、この町の娼館はクソ高えから処理したいなら他の町にでも行ってきな」
「よし!」と会話がつながったことに喜んだが、何故かおかしな勘違いを受けている事に気付いた。
「――いや、そういうのじゃなくて。この町の名前とかギルドの位置を教えてもらいたいんですけど」
「はぁ? そんな事も知らねえのにお前、俺のとこに乗って来たのか? かぁー! 呆れたもんだぜ」
御者に大げさなまでに呆れられたがそこまで悔しさは感じなかった。
何故なら、新しい町への期待と興奮がそんな感情を塗りつぶしていたからだ。
「まあいい。時間も掛かんねえし、貰うもんは貰っちまったからな。それくらいは教えてやるよ」
「ありがとうございます!」
その後、御者のおじさんに値段に釣り合わない情報を貰った。
くそっ、けち臭い爺め!
御者のおっさんと話し終わると、舗装された道に出た。
先程聞いた情報があっているなら左なのだが、好奇心のせいで右の道に行きたい衝動に駆られる……。
どちらに行こうかと道行く人を見ながら無駄なことを考えていると、後ろから同じ馬車に乗っていた剣士に話し掛けられた。
「遅かったな、何をしている?」
そう聞いてきた剣士の手には、焼き鳥の様な美味しそうなニオイを発する物を持っていた。
むしろあんたの方が何してたんだよ、と問いかけたい所だった。
「うぉっ!? ビックリした……あなたですか。いや、道とかギルドの場所を聞いてただけですけど」
「そうか……」
沈黙が生まれる。
何か言いたそうにしているが、自分からは言えない様だ。
やっぱりシャイなのかな……と考えてみるが、ひょっとするとと思い訊ねてみた。
「……もしかして、道が分からないとか?」
「そんなわけあるか。お前と一緒にするな」
食い気味に否定された。違う様だ。
しかも目がマジだ。そんなに迷子だと思われたくないのか……。
というか俺と一緒ってどういう意味だ、コラ。
「す、すいません……」
とりあえず空気を読んで謝ってはみたものの、また沈黙が生まれた。
どうすればいいんだ……と灰色の脳みそが悩み続けた結果、勢いで押し切ることにした。
「えっと、あなたの手に持ってるのって何の肉ですか?」
「知らん」
不正解の様だ。
ちょっと気になったんだ。美味しそうだし。
もう一度、試してみる。
「あのー、やっぱり迷――」
「違うと言っている」
「す、すいません」
これも不正解のようだ。
ならばと思い、もう一度トライする。
「と、とりあえずギルドに行くんですけど、あなたも行きます?」
「うむ」
どうやら合格した様だ。
ちょっとだけ心が晴れやかな気持ちになった。
「そうですか……じゃあ、行きましょうか? ……あ、この道で合ってますかね?」
「大丈夫だ」
こうして変な二人組は会話に苦労しながらギルドへ向かった。
……周囲の人間に遠巻きに見られるという悲しいオプション付きだったが。




