第60話 VS.オーク
ありがとう平成、こんにちは令和。
って言ってみたかったんですが、間に合いませんでした。
とりあえず、これからも拙作を読んでいただけるとありがたいです。
まあ、令和になっても特に何かが変わる訳ではないですけどね。
狼を倒して一休みしたら、次は後処理をし始めた。
こういうのって血抜きが大事だと言うがまだ解体の仕方が分からないので、そこはダグラス(解体所にいた奴)にやってもらおう。
素人がやるとろくな事にならないからな。
という名目のもと、ゴソゴソと狼たちを亜空間に収納していく。きちんと手を合わせて祈りを捧げといたので、化けて出る事も無いだろう。
まあ、出たら出たでその時の俺が考えればいい。
そんな事を考えながら、広場で倒した奴を仕舞うために走ってきた道を再び戻っていく。
ちなみに、こいつら狼の正式名称はフォレストウルフという魔物だった。
あの手甲の上から噛まれた時、犬っぽいと思っていたが仕舞う時によく見たら全然違った。
なんていうか獣っぽさと魔物っぽさ? の割合の方が強い。
鳴き声は思いっきり犬だったせいかあの時はものすごい罪悪感が湧き起こってきたが、殺した後に違うと判明した今となっては、むしろ怒りの感情の方が湧いてきた。
というのも俺は家で犬を飼っており、日頃から間近で見てきたせいで動物に暴力なんて言うまでもなく論外だ。
そのため、犬というかそういうか弱い生物に対する非人道的な行為に強い嫌悪感を持っていた。
他にも理由があるのだがそれは今は置いておくとして。
別に人間同士ならいくら殺し合っても「馬鹿だなあ」と鼻で笑うだけだが、非力な生物に力を振るうのだけは納得が出来なかった。
まあ、そんな訳で別に保護する対象ではないし、感覚的にこれは違うと分かった今だからこそ、「紛らわしいことすんな!」と八つ当たりの様な怒りを感じていたのだ。
ようやくその感情と折り合いをつけた頃、目的地である広場に着いた。
もう先程の様なミスをしない為に、周囲を警戒しつつ広場を覗き見る。
すると、頭をかち割って死んでいる狼を食い荒らしているモノがいた。
ちょうど今いる場所ではうまい具合に月光の陰になって隠れている。
そんなことを考えていると、何かを探すように顔を上げる素振りをした。
すると、月明かりが奴を照らし全貌が明らかになっていく。
(顔は少しゴブリンに似ている……? けど、その大きさが段違いだ……)
豚のようにも猪のようにも見える特徴的な顔、ピンク色をした生々しい肌、丸太の様にぶっとい手足、でっぷりと脂肪がついた腹。
おおよそ人間では無いとすぐわかる容姿をした生き物、“オーク”だ。
――オークとはなにか。
その質問に答えるためには、前提から話さなければいけない。
本来はジョン・ロナウド・ロウエル・トールキンが執筆した物語作品における架空世界で登場する生き物だ。
元々は死人や海の怪物を指す言葉だったが、時代や人によって様々な表現で伝えられてきた。
その結果、トールキンの『指輪物語』を原型に多数の概念が入り混じり、ゲームやファンタジー作品などに登場するモンスターやキャラクターとして多大な影響を及ぼしたとされている。
(そんな想像上の存在が今まで見かけることはなかったのに、なぜ今日に限って――)
その疑問に「ああ、ゴブリンのせいか」と瞬時に察した。
万ものゴブリンが森の中に勢力を築いていたのだ。
なら、他の魔物や動物は縄張りから逃走や新天地を探すことを選ばざるを得なかったんだろう。
けれど、それもゴブリンがいなくなったことによって状況が変化し戻ってきた、といったところか。
ユートは客観的にオークの状況を推察した。
当のオークは周りをきょろきょろと見回しながら臭いを嗅ぐ仕草をし、段々とこちらに寄ってきている。
今はオークのバックボーンは置いといて、さてどうするか……。
こちらは藪に隠れており、なおかつ暗闇のお陰であちらからは見えないだろう。
しかし、顔が豚に似ているくらいだ。臭いを嗅ぐ仕草からも見つかるのは時間の問題だ。
とりうる方法は二つ。
一つはこのまま逃げること。もう一つは牽制として魔法を放ち、その隙に攻撃すること。
毎度のことながら、逃げることばかり先に考えるのは情けなく、自分が臆病者だと思わされる。
けれど、今は自省はいらない。
大事なのは戦う勇気と覚悟だ。
中途半端な勇気も、甘っちょろい覚悟も、自分を危険にさらす。
前にも後にも引けなくなったら、なにも考えずただ前向いて走り抜けるだけだ!
自身に対する発破の言葉と同時に左手で魔法を放つ。
放った魔法は光。
突然の光にオークは目をやられ声をあげる。
その隙を好機と見て、ユートは藪の影から駆け出した。
オークは両手で目を押さえ、叫び続けている。
そんなオークの後ろに回ったユートは抜き放った剣で首に真っ直ぐ突き刺した。
(よし!)
そう思ったのが悪かったのか。
ゆっくりと剣を抜こうとしたが何かに挟まれた様に抜けない。
その時、死んだと思っていたオークが唐突に動きだし、無秩序に暴れまわる。
その余波で意識外から殴られたユートは数メートルも吹き飛ばされ地面を転がっていくと、樹に衝突しそこでようやく止まった。
「ぐはっ!? げほっ、ごほっ、うっ! おぇ……」
俺は殴られた痛みで腹を押さえると、嘔吐くように胃液を吐き出した。
幸い、食事をしたのは数時間も前のため、食べたものをまき散らすような醜態を晒さずに済んだ。
けれどそれとは反対に、無防備なところを殴られたせいで体が尋常ではない痛みを訴えている。
特に隙だらけだった腹部への衝撃は、金属バットでぶん殴られるような激痛がしている。
鎧を着てて見れないが、おそらく腹部に大きな青あざが出来ているだろう。
(くそっ……! 痛すぎて頭が働かない……! オークはどうなっている!? あいつ、何で動けるんだ!? それにすぐに動かないと、殺される……!)
生理的に出た涙が目をかすませ、前を見えにくくさせる。
それだけでなく、腹にもろに入ったせいか呼吸をするたびに体が痛む。
膝も力が入りにくく踏ん張ってみるも、がたがたと震えていた。
「ブルゥ……」
前方からオークの鼻息らしきものが聞こえた。
やはり生きている様だ。それとようやく目が見えて来た。
オークは首から血を流しているようで、どうにか手で押さえている。
万全であるとは言えないが俺を屠るだけなら造作もなく出来てしまいそうだ。
なぜあの状態で生きていられるのかは分からないが、この彼我の距離では詰められてしまえば殺されるのは必至。
すぐに距離を取らなければならないが、身体が言う事を聞かない。
後ろにある樹に寄っかかりながら、状況を打開するために思索する。
――逃げる場所は無く、逃げても追いかけられたら捕まるのが関の山。
――手元にあるはずの剣は手放してしまい、オークの後ろ側に投げ捨てられている。
――頼みの魔法も痛みで集中できず、倒すための準備時間すら既にない。
詰んでいる。
武器もなく、魔法も使えず、素手であの巨体に勝てるはずがない。
そんな時、ふと気になる事が思い浮かんだ。
――俺って、どうやって死ぬんだろうか……?
このままオークに殴られて潰されるのだろうか? それとも、頭から丸かじりにされたり? はたまた生きたまま捕食されるのだろうか?
何となく、「それは嫌だなぁ」という思いとは別に、それで殺される自分というのを想像できなかった。
そして段々と「なんか普通に戦っても勝てるんじゃないか」と思うようになってきた。
よくある何の根拠もない自信。
けれど、今はそれが何よりも力へと変わる。
そしてここで、とあることを思い出した。
そういえば、あの武器があったなあ、と――――
でっぷりとしたオークがゆっくりと近づいてくる。
オークは樹に寄りかかった俺を絶望して諦めているとでも思っているのか、目に嗜虐的な炎を宿しながら、けれど警戒する様な足並みで近づいてくる。
これを見て、「何で俺こいつにやられているんだろう」と遠い目をしながら少しばかり現実逃避してしまった。
まあ、一度怪我をさせられているからか、警戒する知恵があるようだが、それにしては愚かだと思う。
こういう時は相手が力尽きるまでじっと待ったり、遠距離から倒したのを確認するのが狩りの流儀だと思うのだが、そんな事すら頭にないのか涎こそ垂らしていないものの、それに近い笑みすら浮かべている。
内心で「うわぁ……」とドン引きながら、こいつにやられている俺はさらにひどいなあと客観視しながら、同じ轍は踏まない様にいま一度心に刻みつける。
そうして隙を伺いながら、武器が届く距離まで今か今かと待ち続ける。
じっとオークが間合いに入るのを待ち続ける間に汗をかいていることを感じながらその時を待った。
そして――「そこだ!」というタイミングで亜空間から特注の斧槍を取り出すと、そのまま腰の回転を加えてオークの首へと真っ直ぐ突き出した。
「ブルァ!?――ブガアアァァ!!」
オークは突然の攻撃をもろに食らった――様にも見えたが、それは避け損ねた首の皮一枚のようで、当のオークはピンピンしており、むしろ傷つけられた痛みからか怒りをあらわにしながら距離を詰めてきた。
こうなったのは予想外だったが俺はその可能性を読んでおり、魔力で強化した肉体で回避のみに集中することで、オークから距離を取ることに成功した。
「やっぱり……お前の体にあるのは脂肪じゃなく筋肉のようだな」
答えるはずが無いのは分かっているが、そう言いたくなって初めて戦闘中に問いかけるような言葉を発した。
そう、最初に剣で突き刺した時、俺は「よし」と思った。
それはそうだろう。通常の生物なら首は最大の弱点ともいえる場所だ。
なのに奴は首を抑える仕草をしただけで、それ以上気にする素振りを見せなかった。
なら、何故気にしなくていいのか?
問題はそこだが、答えは単純にその程度では死なないからだ。
奴が特別な訳ではないだろう。
別に不死身という訳でもなく、ただ単に筋肉を引き締めていたから攻撃が通らなかったのだ。
まあ、斧槍の突きを引き締めただけの首の筋肉で受け流すのは流石に予想外な上、化け物染みていると言わざるを得ないが、そういう生物なんだろうと思うしかない。
この場合、首の筋肉を引き締めて攻撃を防ぐことにも驚かなければいけないのだが。
そんな事を考えながら、いつもの調子に戻った俺は地面に転がっていた剣を拾い上げると、魔法を発動させるために意識を集中し始めた。
さっき樹に寄りかかっていた時にとある魔法を思いついたので、折角だからそれをお見舞いしてやろうと機会をうかがっていたんだ。
殴られた痛み、今ここで晴らしてくれる!
「――【大地操作】!」
魔法を唱えるとその意味通り、周囲の地面が波の様にうねり、波紋を広げていくと生き物の様に形を変えていく。
オークは俺が魔法を使うために意識を集中していた時を好機とばかりに狙っていたようだが、そんなものはお見通しだ。
大地を操作するこの魔法の前に、陸生動物など敵ではない。
魔法によって地面は、まるで命ある生物の様に生々しく動き出すとオークを一瞬の内に拘束した。
オークは魔法の前に手も足も出ずに捕まったが、何とか抜け出せないかともがいて豚のような声を上げている。
それを傍目に見ながら、魔力がぐんぐん減っていくのを実感しながらすぐに処理にかかる。
とりあえず拘束したまま締め上げる様に大地を操作するが、分厚い筋肉が阻むのか苦しむだけで殺すには至らない。
そこで今度は【大地の槍】の要領で、操作した地面を槍の様に尖らして固めると、そのままオークに突き刺していった。
「ブルアァ!!?」
オークは痛みに苦痛の声を上げるが、やはり死には至らない。
どうやら生命力が高い様なので、ただの拷問にしかなっていない様だ。
流石にそこまで怒りは感じてないのにこれ以上やるのは忍びないので、心臓に突き刺すように操作するとオークはビクン、ビクンと震えると次第に息絶えていった。
「終わったか……」
オークが死んだのを確認すると、【大地操作】の魔法を解いた。
魔法は数秒は形を保っていたが、次第に砂の様に崩れると跡形もなく消え去った。
その副次的な影響でドスン! という大きな音を立ててオークが地面に倒れるのを耳にしながらすぐさま亜空間に収納した。
「ちっ、魔力を使いすぎたか……」
亜空間を使ったのを最後に魔力枯渇の症状が現れてきたようだ。
このまま座りこんだら眠ってしまうと思い、何とか体を支えながら半ば強引に町の方角へと歩き出した。
これ以上、この場にいては血の匂いや音で、また魔物に襲われると思ったからだ。
自身の勘を頼りに真っ暗な森を歩きながら、少しずつ歩を進めて行った。
ちなみに、この後四回も魔物と遭遇した。




