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ヘレティックワンダー 〜異端な冒険者〜  作者: Twilight
第二章 魔物大氾濫篇

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第56話 大氾濫――スタンピード―― 7


 ゴブリンとの戦いが終わった。だから、ようやくゆっくり休める。

 ……そんな事を思っていた時もありました。


 ゴブリンジェネラル討伐後、ゴブリン共が逃げていくのをただ黙って見ているはずもなく、その場に居たほぼ全員に掃討命令が下された。

 ご丁寧に弓士も城壁の上から攻撃する優雅な場所から引きずり降ろされ、門の前で三々五々に散らばって行動することになった。


 しかし何事にも例外があり、俺を含めた新人冒険者たちと怪我人を守るために残った腕の立つ数人のみは、門の正面でゴブリンが入ってこないように見張る役目を任された。

 それ以外の冒険者たちは、みなゴブリンを狩って少しでも多く金を稼ぎたいのか、それとも功を得ようとしているのか張り切っていた。

 その中には衛兵たちの姿もあり、「むしろお前らが門を守ってろよ」と思ったのは内緒だ。

 というか俺たち新人だけ門の前に置いていくのは、体のいい厄介払いだろう。

 門を開けっぱなしにして大っぴらにゴブリンを狩りに行けない。

 さりとて、勝手に閉める訳にもいかず、狩りに行かない訳にもいかず。

 そんな訳で、怪我人の介護と門の守護という面目で押し付けて自分達だけ暴れにいった。

 無論、これは主観的な見方にすぎない。

 もしかしたら、「窮鼠きゅうそねこを噛む」と言う様に、危険だから行かせなかったのかもしれない。

 でも、あの時の現金な顔をしたクフェウスを見ると……やっぱり許せん!


 そう思っても、やはり門の前からは動けない。

 命令という意味ではなく、ゴブリンの死体から魔石取りをさせられてる(・・・・・・)からだが。


 そう、門前で倒した何百匹ものゴブリンの処理だ。


 上から見下ろしている分にはオブジェクト程度にしか感じなかったが、こうも物理的に至近距離まで来ると流石に来る(・・)ものがある。

 目の前に足の踏み場もないほど転がっているそれ(・・)の顔を見るたび、今にも呪われそうで気分が途轍もなく悪くなってくるのだ。

 実際に、俺と同じ様な理由で残った新人の奴が、気持ち悪くなって向こうで吐いている。


「あ゛ー、気持ちわりぃ……。俺も吐きそう」


 文句を言いながらも次々と心臓部分から魔石を抜き取っていく。

 ついでに、まとめて燃やすために既定の位置まで死体を運ばなければいけないのだが、面倒くさいので亜空間に仕舞って後で一遍に捨てておくつもりだ。

 続けて次のに取り掛かろうとゴブリンの体を仰向けにすると、そいつは眼をギョロリと見開いていきなり襲い掛かってきた。


「うわっ?! なんだ!?」


 ゴブリンは跳ね起きると、爪で引っ掻くような仕草をしてくる。

 突然のことに驚きながらも、咄嗟に手に持っていた剥ぎ取りナイフで胸に突き刺した。そのまま無我夢中でゴブリンを蹴飛ばし馬乗りになって首を掻っ切った。噴水の様に血が吹き出して、頭から浴びることになる。

 急な事で、剥ぎ取りナイフを握りしめながら呆然としていると、心臓がすごい勢いでドキドキしているのが分かった。


「危なかった……」


 油断していた。

 もう何回も解体していたから、今回も同じ様にナイフを突き刺すだけだと思い込んでいた。

 そうした先入観を持って、ついには注意力が散漫になり無警戒に陥ってしまった。

 全身に浄化を掛け、何とはなしに剥ぎ取りナイフを見ると少し刃こぼれしていた。

 何だか疲れがどっと押し寄せて来たような気がする。

 大きく息を吐いて、頭を振り気分を入れ替える。


 すると、後ろから笑い声が聞こえてきた。

 振り返ってみると、俺を見て指差したり好き勝手に笑っている。

 小馬鹿にするような視線ではなく、温かい目で見る視線だった。

 どうやら先程の間抜けな光景を見られたようだ。

 恥ずかしくて顔を抑えるが、同時に何だかイライラしてきた。

 今の光景は出来る限り忘れることにして、もう一度気合を入れ直すとゴブリンへ向かった。

 今度は気を抜かず、油断しない様に。




 あれから一時間も立たずにゴブリンの処理は恙無(つつがな)く終わった。

 途中、何度か死んだふりをしたゴブリンが襲い掛かって来たり、数体のゴブリンが門の前に帰ってきたりなどのパニックになる事態があった。

 ちなみにゴブリンに襲い掛かられたのは俺ではなく他の冒険者だ。ざまあみろ。

 まあそのせいでビビッて新人たちの剥ぎ取り速度が遅くなったりもしたが、それは些末なことか。

 そうした元凶のゴブリンは今、門の両脇で山の死体となって燃やされている。

 こうして燃やすと、アンデッド対策とゴブリンへの示威行為(みせしめ)になると、自慢げに喋る冒険者がいた。


 それから俺達はまた周囲の警戒をさせられることとなった。

 ニ、三人で分けられるはずが俺だけ一人余ったので、適当に警戒の名のもとに散歩する事にした。

 負傷者を守るために残った、俺より上のランクの冒険者に心配されたが、もしもの場合は魔法を使うからと言うと納得された。


(まあ実際は、この場に居る人間とは誰一人知り合いなんていないし、一人の方が楽だからな……)


 そうとは知らずに気を付けろよ、と素直に心配してくれた冒険者は良い人そうだったので顔を覚えておいた。

 門の周りを歩いてみたが、何も無かったので少し離れてみることにする。

 まだ辺りは暗いが、月明かりのおかげか目が慣れたのか、幾らか見える様になった視界で見渡す。やっぱり、なにもなさそうに見える。

 一応腰には、先ほどの失敗を踏まえ剣を差しており、弓は左手に握っている。

 着ている鎧が未だ少しばかり重く感じるが、この重さもいずれ心地よく感じるのだろうか。

 当たり障りのない事を考えながら黙々と歩いていると、何かを感じ取った。


(ゴブリンか……?)


 手を柄にかけての様子を窺う。


「ギャギャギィ」

「ギィグギャギャ!」

「グギャギャギャ!」


 どうやら当たりの様だ。五体、いや六体のそれも上位種らしきゴブリンが何か喋りながら歩いている。

 その後ろをゆっくり追いかけながら、どうするか考える。

 ここで逃げるのもアリだ。俺が倒さなくても他の冒険者が鉢合わせて勝手に倒してくれるだろう。

 けど敵はいま油断している。なら隙だらけの背中を急襲すれば二体は一瞬でやれる。

 魔法を使えば一撃で全滅させることも出来るかもしれない。

 ……いや、ダメだ。安易な皮算用は身を滅ぼしてしまう。

 魔法で防御されるだけでなく、攻撃されることも視野に入れなければいけない。

 まずは情報を得ることが先か。


 視線をゴブリンに合わせながら【鑑定】スキルを発動する。

 そして分かったのは敵は剣と盾を持った騎士ナイトが二体に、斧持ちの武士ハイウォーリアー、槍持ちの槍術士ハイランサー、短剣持ちの猟兵レンジャー、それと魔法使いで杖持ちの魔法師ウィザードのそれぞれ一体ずつだった。

 先ほど考えた通り、火魔法の爆発を起こせば一網打尽に出来るが、散らばって逃げたゴブリンに気付かれる恐れがある。

 それを考慮した上で、戦うかどうか決めなければいけないが――


(……戦うか)


 幸い魔力はまだまだ残ってる。

 しかも町から近い場所での戦闘なら、万が一の時も安心だ。


(それに……もっと力が欲しい)


 今回みたいな弩砲バリスタにばかり頼っていては強くなれない。

 ゴブリンだったからまだ良かったものの、これが竜の襲来とかだったらシャレにならない。

 もっと力があれば自分の身を守れて安全に、安定して対処することが出来る。


(そのためにこいつらには俺の糧になってもらわないと)


 戦意を漲らせ、覚悟を決めながら静かに剣を抜く。

 魔法持ちは最初に倒したいが、周りに囲まれて守られている。なら最初に倒すのは短剣持ちを優先した方が良い。

 最初に魔法をブチかましたいところだが、音がせず威力の強い都合の良い魔法なんてあっただろうか……?

 そんなもの無いな、うん。


 やはり、氷魔法の槍系統が一番使い勝手がいいかもしれない。

 そう思いながら小さく【氷の投槍(アイスジャベリン)】と唱え、魔法を発動させる。

 俺の頭上に魔法で創った氷の槍が出来たのが感覚的に伝わる。

 その槍を雨を降らせるように斜めに放つと、同時に走り出した。

 すでに剣は抜いている。

 その剣を思いっきり振り被りながら無造作に背中を晒していた猟兵レンジャーを薙ぐ。


「ギャッ!?」


 猟兵レンジャーは一瞬気付くが時すでに遅く横腹を斬られ、隣に居た騎士ナイト共々吹き飛ばされる。

 剣を振り抜き終わるとユートはすぐに後ろに下がり、氷槍に自分も貫かれない位置に退避する。


 ユートが数歩下がると、時間差で降って来た氷槍が何の態勢も取ってなかった槍術士ハイランサーを容赦なく貫いて命を奪う。

 魔法師ウィザードは遅れて結界を発動するも、結界から出ていた足と腕に傷を負った。

 残った騎士ナイト武士ハイウォーリアーは自力で避けたり盾で迎え撃ったりする中、吹き飛ばされた二体は範囲外でそもそも当たることはなかった。


(残り四体!)


 氷槍が降り終わるのを見越して前傾姿勢になっていたユートは近くに居た武士ハイウォーリアーに斬りかかる。

 武士ハイウォーリアーは咄嗟に斧を盾にするが、ユートはそれを読んでいて斧の表面を滑らせると刃を返して切り上げると蹴飛ばした。

 ユートは最後まで見ずに魔法師ウィザードに左手を向けると、今度は【氷の投槍(アイスジャベリン)】を放った。

 魔法師ウィザードは結界で防ぐも、何本も連続して飛んでくる氷槍に押されてついには結界を破られる。

 パリン! というガラスが割れるような音が響くと一斉にその身に風穴があいた。

 すると、ぶつかって吹き飛ばされた騎士ナイトと残った騎士ナイトが顔に怒りを浮かべながら走ってくる。

 そいつらを視界の隅で認識しながら、ふとある事を思いつく。


「【氷の盾(アイスシールド)】」


 魔法名と同時に俺と騎士ナイト達の間に氷で出来た数センチほどの青白い壁のような物が出現する。

 騎士ナイトは壁に阻まれ、驚いて立ち止まる。


(ちっ、魔力が減ってきたな……)


 魔力が減ってきたことに顔を顰めながら、即座に試してみたいことを実験する。


「収納」


 呪文を唱えるが、何かに阻まれたような感覚がして不発になる。

 ゴブリンは壁の前に健在だ。

 何となくその阻まれたモノを破れそうな気がして、減って来た魔力を贅沢に使いもう一度発動させる。


「収納!」


 言葉にも気持ち力を入れて発動すると、今度はその抵抗を破った感覚が得られた。

 それと同時に氷の壁の前から一体のゴブリンが霧のように消えていた。


「なるほど……」


 今の抵抗の正体をすぐさま看破すると、ユートはニヤリと笑った。

 そこにまだ残っていた騎士ナイトが壁を回って俺を攻撃してくる。

 それを笑みを抑えながら数歩後ろに避けると、騎士ナイトの前に収納した(・・・・)騎士ナイトを出してやった。

 騎士ナイトは振り下ろした剣を途中で止めることは出来ずに、誤って自分の仲間を殺してしまう。

 その隙に横から騎士ナイトの首へと剣を突き刺した。

 二体の騎士ナイトは斬られた痛みでビクビクと体を震わせるが、次第に動かなくなっていった。

 最後まで見届け終わり周りを確認するが、死んだフリをしている奴らも援軍もいない。ようやく息を吐くと緊張を解いた。


「ふぅー……結構きつかったか」


 緊張は解いたが周囲への警戒は欠かさない。

 そのままの調子で戦利品を剥ぎ取りに掛かる。

 最初は目の前で死んだ二体の騎士ナイトから鎧と剣を収納して奪うと魔石を抜き取る。

 この剣と鎧は人型魔物が進化した時に付随して現れる生体武具なのだが、融かして違う使い道として再利用出来るらしい。

 こういう特殊な金属の事を生体金属と呼んでいる様だ。


 このゴブリンの生体金属もその例に漏れず幾らかで買い取ってくれるらしいが、冒険者にしてみれば二束三文な上に嵩張るので、持ってくる人はほとんどいない。

 まあそういう事をするのは、新人か貧乏人だと相場が決まっているもんな。


 他にも武士ハイウォーリアーの斧、槍術士ハイランサーの槍、猟兵レンジャーの短剣など、俺個人としては使い道が無いが一応回収しておく。

 こうやってちまちま回収する事は意外と嫌いではない。

 むしろ好きと言っていいくらいだ。


 それと魔法師ウィザードの杖は魔法媒体とか何とかで、魔法を使いやすくなるらしいがあまり信じてない。

 けれど、一応これも回収しておく。

 全部回収し終わると、婆さんに貰った最上級魔力回復薬を飲んでいく。

 この回復薬は体力回復薬と魔力回復薬が五本ずつ、解毒薬が二本の全部で十二本あったが、ハニーベアを倒した時と今飲んだ魔力回復薬のものも合わせて残り十本になった。

 全てに最上級と書いてあるので勿体ない気もするが、これも婆さんからの激励と目標だと思って惜しまないことにする。

 すぐに魔力が湧き出る様に回復するのを実感しながら、レベルを上げるためにまた歩き出した。




 黙々と魔物を倒しながら歩いていると何かの声が聞こえた。

 どうせゴブリンだと思うが油断はせず、気付かれない様に寄っていく。

 すると、三体ほどのゴブリンが何かを足蹴にしながら嗤っているのが分かった。

 何だあれは? と思いながら目を細めてゴブリンの足元を見ると、そこには影で見えにくいが兎のような丸いシルエットが見えた。


「兎、か……」


 この平原で見つけた兎を連想して頭を過ぎる。

 ゴブリン共は世が世なら動物虐待で捕まるだろう行為を続けている。

 可哀想だと思う。しかし、世界というのは弱肉強食だ。

 弱い方が食われて、強い方が生き残る。単純明快な世界の真理の一つだ。

 でも、何だか見ているとムカついてきた。

 生きるために、食らうために殺すのならわかる。

 けれど、あの弄ぶ行為は必要のない行為だ。

 あれを楽し気に嗤っているゴブリンを見ていると、だんだんと心が冷めていく気がした。


「ちっ、嫌な事を……」


 あれを見ていると、過去の嫌な記憶も思い出してしまう。


「殺すか」


 幾度もの戦闘で語彙が荒くなっているのに気付かないまま、ユートは即座に動き出した。 

 出来るだけ音を出さない様に走り出し、抜剣と同時に首を一閃。

 続けて二体目、三体目も抵抗させずに難なく倒した。

 残心して周囲に何も無いことを確認すると、剣を収めていく。

 兎は逃げる力がないのか、もぞもぞと動くだけだ。

 仕方なく、ゆっくりと倒れ伏した兎へ近づいていく。

 暗くて見づらいな……と思考が横切るが、唐突にある魔法を思い出す。


「【光明ライト】」


 言霊を放つと目の前に光る球体が現れる。

 少し眩しいと思うと、存在感を放っていた球体が落ち込むように光を弱めていく。

 ちょうど良い感じの明るさになると、それは俺の周囲を勝手に(・・・)回り出した。

 それを無視して、照らされた光でウサギを見る。

 そこには、怪我をして血に塗れた兎が横たわっていた。


 一瞬、治すべきか考えたが流石にこのまま放置は出来ないと思い、神聖魔法の【治癒ヒーリング】を唱えた。

 魔法の効果が光となってキラキラと舞い、兎へと降りかかる。

 ゆっくりと傷が癒えていくのを確認すると、ついでに【洗浄クリーン】を掛ける。

 血と土に塗れていた兎の体から汚れが消え、先程まで怪我をしていたのが嘘のように綺麗になった。

 兎は怪我をして疲れたのか死んだように眠っている。

 その寝顔を見て、俺はそれ以上知らないふりをして静かにその場を立ち去った。

 弱いモノでもいつか強くなれると心から信じて。


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