第5話 人助けと異世界の常識
*2017/3/18 加筆修正しました。
*2017/3/22 時間の描写を付け加えました。
「うわー!! くそっ! 何でこんな目に俺が会うんだ! 嫁と娘が家で待ってるのに!!」
そんなことを愚痴りながら、その男、ジャックは森の中を逃げ惑っていた。
事の始まりは、10分程前森で狩りをしていたことだった。
──☆──★──☆──
「ふぅ、これでキノコ10個目か」
冒険者であるジャックは、依頼のため薬草やキノコを採取していた。
「全く、この年じゃ中腰はつらいぜ」
と文句ばかり垂れながら、採取依頼をしていたのが間違いだったのかもしれない。
グニュっと足の下から変な感触がしたので、足をどけてみると、キノコを踏んでいたのだった。
「げっ、このキノコ……ニオイダケじゃねえか!?」
そう、踏んでいたのは強烈な匂いを放つ、ニオイダケだったのだ。
「ヤバい!! 俺に匂いがついちまう!」
そうして、ニオイダケから離れて匂いを消そうと奮迅するが、時すでに遅く前方からドタドタと音がしてきた。
「くそっ! 最悪だ! もしかして猪か!」
ジャックの努力もむなしく、言った通りに魔物であるランク3の猪、アサルトボアである。
「ちっ! 今日は運がねぇ!」
そんなことを嘆きながらジャックは剣に手をかけた。
残念ながら、ランク3のアサルトボアはLv30台後半で倒せるモンスターであり、Lv30のジャックでは少しばかり、荷が重い魔物であった。
「こんな所で死んでたまるか!」
剣を抜いたジャックはじわじわと流れ出てくる汗を無視しながら、猪相手にどうにか持ちこたえる。
アサルトボアの素早い頭突きを避けながら、横に回り剣で斬りつけているが、ジャックのステータスと剣の腕では傷をつけるだけで精一杯で、全く歯が立たないのだった。
「くそっ! ていうか何でこんな浅い場所でランク3のアサルトボアが出てくるんだよ!」
そうやってジャックは憤りながらも、頭の中では逃げることを画策していた。
そしてその時、アサルトボアがその名の通り突進してきた時を見計らって、右に避けてそのまま走って逃げるのだった。
そこで冒頭に戻るのだが――
「うわー!! くそっ! 何でこんな目に俺が会うんだ! 嫁と娘が家で待ってるのに!!」
──☆──★──☆──
「くそっ! もう体力が……」
数十分ほど猪を相手に格闘しているが、アサルトボアも負けじと後ろから匂いを辿って追いかけてくる。少しばかりアサルトボアに絶望を感じながら、後方の木に背を向けて一か八かの賭けをしようと考えていると、
「助けてやろうか?」
と後ろから能天気に掛けられた声にジャックはビクッとなって振り返る。
「いきなり、声かけてくんじゃねぇ! ってお前人間か……?」
「見た目通り、人間以外何があるんだよ」
とその男は適当に返答してきた。
「それで、どうするんだ?助けてほしいのか、見捨ててほしいのか」
「えっ!? この状況見て見捨てるって選択肢あんのかよ!」
ジャックはナチュラルに見捨てようとする妙な格好をした男につっこむ。
その格好は冒険者の様には見えず、けれども旅人という訳でもない。しいて言うなら森に迷い込んできた異邦人と言った所だろうか。
「その返答は助けてほしいと解釈するぞ」
「いや、そもそもそんな恰好でお前戦えるのかよ!? て言うか逃げろよ!」
そう言ったジャックは悪くないだろう。
何せその男の両手には、布に包んだ沢山のキノコや薬草などがあり、なおかつ森の中に入るような武装を一切しているようには見えなかったからだ。
「気にすんな、多分一瞬で終わる」
そう言ってきた男は、目の前に迫ってきた猪に向けて氷魔法で槍を創るとすごい速さで飛ばした。
「グオオオォォ!!」
飛ばした槍は一直線に向かい猪の目に刺さると、たたらを踏むことなくそのままバタンと音を立てて倒れた。言葉通り一瞬で終わったのだった。
「えっ! マジ……かよ……」
ジャックは今目の前で起きたことに絶句し、暫し立ち続けていた。
「いや~、助かったわ! さっきはありがとな! 俺の名前はジャックだ! 気軽にジャックと読んでくれ」
「ああ、わかったジャック。俺の名前は…優人だ。見た通り採取してた」
優人は少し考えて、名前だけ教えた。それはこの世界で苗字という概念が、あるのかどうか分からなかったからだ。
すぐに全てを話さないのは基本的に人を信用しない優人だからだろう。
だがそんなことよりも、優人にとっては初めて動物を殺したことに何か忌避感や気持ち悪さなどを感じると思ったが、特に何もなく少しばかり拍子抜けしていた。
もしかしたら遠距離から殺したからかもしれないが、それにしても自分はやはり、人として壊れているのかもしれないとつくづく思った。
「じゃあユート、と呼ばせてもらうぜ。とりあえず、この猪解体しないか?」
「(イントネーションが違うような気がするが……)そうだな。解体したことがないから、教えてくれないか? むろん報酬は払うからな」
「いやいや、報酬なんてもらえないぜ。むしろこっちが払わなくちゃならねぇってのに」
「いや、こういうことはきっちりしないと気が済まないんだ。それに、してもらいたいこともあるしな」
「な、何だよ。お、俺ができる範囲だぞ!」
いきなり打算ありなのだとカミングアウトされれば、流石に驚くだろう。それが結果的にでも命を救われた者からなのだから。
「いや、そんなに難しくないさ……」
ジャックの心情を理解しているのか分からないが、ニヤニヤと含むように言う。
「な、内容はなんだよ?……」
「いやな、近くの街まで案内してほしいんだが?」
ジャックは何をさせられるんだとビクビクしていたが、そんな大したことじゃなくて内心ホッとしていた。
「はぁーなんだ、そんなことかよ。脅かさないでくれよ。それに、もう帰るつもりだったからな」
「そうか、それはよかった」
「じゃあ早速、解体するからな」
「ああよろしく頼む」
アサルトボアを解体しながら、ジャックは優人に気になっていたことを訪ねた。
「それで、何でお前さんはあんなところにいたんだ?」
「それは……いつの間にかここにいたんだ」
「なんだよそれ?もしかして記憶が無いとか言わないよな?」
「そのもしかしたら、かもしれないぞ?」
「はぁー、嘘くせーがまあいいか。っとそこは違うぞ右からいれるんだ」
ジャックは胡散臭げに聞いていたが、命を助けてもらったのであまり気にしないようにした。
内心できっとこいつも色々なことがあったのだろうと間違った推測をしながら。
「なるほど、こっちだな。いや、それはわかるが本当にこの世界の記憶が無いんだ」
「ああそれでいいぞ。なんか変な言い方だがまあ、気にすんなよ記憶くらい」
「ああ、ありがとな」
少し罪悪感があったが、優人は嘘をついてはいなかった。
この世界の記憶はもともと無いし、森にいつの間にかいたから、嘘ではない。ただ伝える情報が足りないだけだ。そんなことを脳内で論じていると、10分と経たない内にアサルトボアの解体が終わった。
解体作業に慣れていたジャックがいたからだろうが、それにしても早く終わった方だろう。
「それでこれどうするんだ?」
優人は、合計200㎏以上ありそうな猪肉をどうやって運ぶのか聞いた。
「そんなのアイテムバッグに入れるに決まってんだろ?」
「なんだそれ?」
「アイテムバッグを知らねぇのか?いや、記憶が無いんだったな。
これは300㎏の重さまで入る万能アイテムだ。重さは元のバッグ分だけで、デメリットは決められた重量までしか入らん事と、生き物は入れない事、バックの口の大きさのモノしか入れられない事、時間が普通に経過することだな。
高いものになればもっと多くのものを入れられたり、時間が止まっているものすらあるという。まあ、クソ高いだけどな」
ジャックは、丁寧にアイテムバッグについて教えてくれた。
「そんなのあるのか? すごく便利だなそれ」
「いや、結構高いんだぜ? これを持っていれば冒険者として、一人前って所だな」
そんなことを言うとドヤ顔をしながら見せてくれた。その時のジャックの顔はぶん殴ってやりたいほどヒドイものだったが流石に自重した。
「なあ、ジャック? 帰るまでについででいいから俺に色々教えてくれないか?」
「おう、いいぜ。それじゃ行こうか」
──☆──★──☆──
ジャックは、この世界で使われている金や冒険者、時間、国の名前など、必須の知識を記憶が無いと伝えた俺に、懇切丁寧に教えてくれた。
お金の数え方は10進法で名前はノルだった。
小銅貨10枚=大銅貨1枚 100
大銅貨10=小銀貨1 1000
小銀貨10=大銀貨1 10000
大銀貨10=小金貨1 10万
小金貨10=大金貨1 100万
大金貨10=小白金貨1 1000万
小白金貨10=大白金貨1 1億
大白金貨10=小水晶貨1 10億
小水晶貨10=大水晶貨1 100億
小銅貨1枚=10ノルで、串焼き一本100ノルぐらいだと言うので日本円で1ノル=1円程と分かりやすかった。
ちなみに、白金貨以上の硬貨は国同士で使うもので、貴族や上位冒険者でもなければ見たことが無い者が大半なんだそうだ。
まあ、一億の価値を持つ硬貨なんて一般人が使っていたら、普通に驚くだろうしだろうしな。
おそらく、現代風に言えば小切手のようなモノなのだろう。
そして冒険者は上から、SSS、SS、S、A、B、C、D、E、F、Gだった。
Gが駆け出し冒険者。FとEが初級冒険者。Dがやっと一人前。Cで中級冒険者。Bで上級冒険者。Aが一流でそれ以上は英雄や、化物クラスらしい。
Sランクに勝つにはAランクが6人の一パーティーは必要で、しかもSSランクは本気を出すと町ひとつ滅ぼせるとか噂がある。SSランクはこの世界で二十数人いるが非正規の奴らを含めたら50人以上いるのではないかと言う。
SSSランクについては国をも相手に出来るとか、数百年以上生きている人がいるとか、人外だとか、よく分からず詳細不明らしい。
たった一人が戦力持ちすぎだろ、とこの話を聞いたときに思ったが、一個人がそれだけの力を持っていては下手に罰することも、命令を聞かせることも出来ないのだろうと納得した。
ちなみに、ジャックはCランク冒険者で中級くらいだそうだ。
これ以上の深い説明はギルドで聞いてくれと言われた。
時間の概念はちゃんとこの世界でもある。
1日は26時間で1時間や1分、1秒は元の世界とかわりないようだ。高価な時計も13刻になっているらしい。1週間は10日、1ヶ月は40日、1年は10ヶ月の計400日ぴったりだ。
微妙に似ているので間違えそうだ。都合よく同じだったらよかったのだが、それはそれで何者かの意図を感じるからどっちもどっちか。
そして今までいた森の名は『ルクスの森』と呼ばれ、別名“恵みの森”とか呼ばれているらしい。
何が恵みかと言うと、様々な植物や素材に、動物や魔物達が住んでいること。自然豊かで森の中はジメジメしてなく、森とは思えないくらい過ごしやすい気候だからだ。
今現在も何でこんなに自然豊かなのか分かっていないらしいが、噂ではダンジョンがあるとか、聖獣や妖精がいるとか、守り神のおかげとか色々考えられているらしい。
だから、あんなにキノコや薬草が採れたのかと腑に落ちたが、ジャックが言うには森の中層(ジャックがいた場所)らへんで、ランク3のアサルトボアがいるのは出て来るのはおかしいらしい。
もしかしたらこういうのをフラグというのかもしれない。
そんなことは置いといて、この国の名は、『ノルヴェスティ王国』というようだ。この国は5人の英雄達によって建国されたと言われている。この国の周りにも小さな町や村などあるが今は割愛する。
地図で言うと、この国の北東側に森があり、北西側に平原、その向こう側に岩石地帯が広がり、この国の北側の山の麓に『鉱山都市ドグマ』というのがある。名前の通り、鉄工業が主だ。
この国は屈強な男達がいて、武器や防具にマジックアイテムと色々なものを作っていたり、売ってあるから、冒険者は一度は訪れに行くという。
山を越えた先には『グロストル帝国』というのがある。この国は山の向こう側で栄えているらしい。そしてこの国は実力主義でも有名だ。実力さえあれば、王も貴族も、平民も他種族さえも関係ない脳筋な国だそうだ。遥か昔に戦争したらしいが、それ以上は知らないという。
南側に『海港都市ウルマール』があり、漁業だけじゃなく、パール何かのアクセサリーでも有名らしい。
海の向こうにも国はあるらしいがそれは知らないとか。
西側はその南西方向に森や沼地、湖、周りに草原など多くの自然に囲まれている比較的穏やかで様々な産業で賑わっている『ハイラント公国』。
ハイラント公国の北西方向に『テンショウ神聖国』という国がある。
この国はこの世界にいる七柱の神を信仰する宗教の国だという。そんなに棘々しい宗教ではなく、食べ物を粗末にしてはいけないとか、何かしてもらったら感謝をしなさいとか、罪を犯したら告白しなさいとか、地球よりのシンプルで分かりやすい教義だ。
この国を造ったのは初代の聖人様であり、議院内閣制を使い続けて800年らしい。初代の聖人様は神の声が聞こえていたとか、差別を許さず、生きとし生ける者全てが平等であると神の名の元に宣言したとか伝説があるらしい。面白すぎる。
ここには何かあると俺は確信した。だって議院内閣制なんて言葉がこのファンタジーな世界で突如出てくるとは思えない。
いずれ行く国リストに俺は入れておいた。この国の名前とか色々面白そうだからな。
そしてヤバい場所はノルヴェスティ王国の北北西と北東に位置する森だという。
まず北北西には、通称『死者の都』というその名の通り、死んでアンデッドとなった人間がいる街だと話してくれた。
あまりよくは知らないらしいが、1000年以上前にノルヴェスティの前身である小さな街とハイラントになる前の国が、過去のグロストル帝国の政策である、「弱者が悪」という古い慣習を続けて他の街や国にまで属国化させようとして戦争が勃発したという。
結果は旧ノルヴェスティと旧ハイラントの同盟にグロストルが負けて、今の実力主義の風潮に変わっていった。
だが、その戦争で死んでいった何千何万という死者の怨念が集まったのが死者の都で、色々な恨み辛みがあり、危険地指定されているという。
もう一つがノルヴェスティ王国の北東にある場所で、この森は『暗黒の森』と呼ばれている危険な場所だという。
何が危険なのかと言うと入る前から光が存在せず、奥は見通せない闇の中で、光を灯したら最低Bランク以上の危険な魔物がうじゃうじゃと群がってくる。
そんな危険な魔物が多数生息する異常な森に、過去に調査隊を派遣したが精鋭100人中たった3人しか生き残りが帰って来なかったという。
以上、必要となりそうな大まかな情報や場所を教えてもらった。




