第41話 考察と検証 2
「いつの間にか寝てた……」
ユートは目覚めるとベッドから身を起こす。
けれどその目は寝起きのためほぼ閉じかけられており、ところどころ頭からはねた髪がぴょんぴょんと小躍りしている。
そんな平和な情景の中で、ゴーンゴーンと鐘が八度鳴らされる音が外から聞こえてくる。
鐘の音の回数は時刻を知らせる意味を持つので、今が八時であるという事になる。
「もう八時か……寝すぎて眠い……」
むにゃむにゃと自分に言い聞かせるように言葉を発しながらも、再び二度寝したい欲求に駆られるが、考えている事があるので何とかベッドの魔力から脱出する。
ベッドから立ち上がるとピキピキやボキボキと体中が音を立てて軋むが、気にせず顔を洗い、歯を磨き、外に出るための服装に着替えていく。
ちなみに、パジャマ代わりにしているのはオボロと呼んでいる怨念? 精神?
……どちらか分からんが、そいつが宿った全身真っ黒――トップスだけオーダーメイドの白い服――に着替えている。
何だか寝覚めが悪くなりそうだと寝る前は思ったが、今のところ特に何ともない。
そうこうしている内に準備が整うと、一階に降りて朝食を食べに向かう。
ガヤガヤと人で多く賑わっている騒がしいホールに降りると、一人静かにカウンター席に座り注文する。
「アマンダさーん、とりあえず何でもいいので朝食を下さい」
「はいよ! ちょっと待ってな」
ちょっと待ってろと言われたものの会話後、数十秒とせずに料理を運んできた。
「はい! ハニーベアのシチューとパンだよ」
ドンッとカウンターに置かれた皿には、ゴロゴロとしたサイコロステーキの様な肉が入ったシチューがあり、バスケットには焼き上げられたパンが六つほど入れられている。
シチューの良い匂いと香ばしい匂いを漂わせるパンが朝はあまり少ないはずの食欲を刺激する。
幸いと言っていいのか分からないが、俺は朝からシチューくらいなら食べても苦にしないタイプなのでその点は良かったと言えるだろう。
後ろの騒がしい客の声をBGMにして食欲のままに黙々とシチューを平らげていくと、アマンダさんに一声かけて部屋に戻っていった。
ついでに料理が美味しかったことは言うまでもない。
さて、今日はギルドや魔物狩りに行く予定は無い。
というのも、今日しようとしているのは薬の調合と魔石の調査、そしてレイグのおっちゃんの所へあるモノを注文する事にしているのだ。
そのため、昼頃まで研究を続けた後におっちゃんの所に行って、昼飯を食べたら夜まで研究の予定だ。
「じゃあ、早速始めるとするか」
最初にやるのは基本的な回復薬作製の復習と大量生産して作り置きをしていく。
始めるにあたってまず必要な物は、調合に必須のアイテムである【魔法の釜】と薬草各種だ。
【無窮之亜空間】から取り出していると、そこで俺はハッとあることに気が付く。
「釜をかき回す棒が無い!」
まさか、最初の最初で躓くことになろうとは……自分の中途半端に抜けている所が今とても憎らしく思えてくる。
もう今日の予定は止めようかな……とナイーブになりかけるが、一度決めた事はとりあえずやると決めているので前向きに考える。
だが今から雑貨屋に行くのも流石に面倒臭いので、ここは土魔法で応急処置的に何とかする。
とりあえず窯をかき回せればいいので、一メートル程の棒を作ることから始めるためにまた一階に降りると裏庭に出て行く。
と言っても難しい事は何も無く、土を魔力で操り捏ねて形を作っていくだけだ。
そのまま魔法による意志の力でも形を自在に変えられるのだが、何か味気ないし手で泥団子みたいに作っていく方がなんか良いと思ったからだ。
最初と趣旨が違うがそんなことは既に眼中になく、どれだけ硬く頑丈で綺麗な棒を作れるかが今の目標になっている。
だがこれが意外と難しいもので、水をかけて泥状にすると水分を吸い過ぎて形を保ちづらくなり、そのままの土で作ろうとすると逆に水分が足りずボロボロになるのだ。
「意外と奥が深いな……」
そこで見方を変えて、庭の至る所の土をかき集めて試行錯誤していく。
それは花壇近くの土や樹の根本の土、井戸近くの土、庭の中央の土と裏庭の様々な種類の土を比べてみると、成分が違うのか土の感触や匂いは勿論、砂の粗さに粘土質だったりと色々な違いがあった。
それをとりあえず種類ごとに手で捏ねていくと、花壇の土は固まりやすいが棒状にするには難しく、樹の根本の土は圧倒的に不純物が多い。
井戸近くの土はサラサラしているが水をかけると泥の様に固まりやすく、庭の中央の土は下に掘るほど黄土色の様に濃くなっている様で金属成分が含まれていた。
黙々と土を弄繰り回して得た結果を見て、最終的に棒を作るために上記の順で“3:0.5:2:4.5”という美しくない数字の並びの比率で土を入れる事にした。
色々こうして決めた理由があるが、土の性質とそれを棒という形状に適したまま活かすという観点から考えた結果だ。
だが配分を決めたは良いものの、そのまま手で混ぜては混ざり切らず意味が無いので、ここからは魔法を使う事にする。
俺は土魔法で四種類の土を一か所に集め、魔力を籠めながら洗濯機の要領でシェイクしていく。
因みにだが、事あるごとに何故魔力を混ぜるのかと言うと、個人的に魔力というのは「万能性が高い汎用エネルギー」という印象を持っているからだ。
魔力というのは『物質の状態』である、気体、液体、個体などに簡単に相転移可能であり、魔力から魔法として変換する時のロスが非常に少ない。
そのため俺は「とりあえず魔力を込めておけば何とかなるだろ」という、結論から言うと投げ遣りな考え方をしている。
勿論それだけじゃなく、魔力により意志一つで簡単に自然現象を再現できるのなら、込めた魔力の分だけ接着剤的な役割になる……のかは分からないが、なるんじゃないかなと期待半分推測半分もしている。
そんな推論めいた考えを持ちながら、混ぜ合わせた土を魔法で形作っていく。
流石に手で棒の形状にするには時間が掛かりすぎるし、難しすぎる。
何故なら俺が集めた土は全部が全部粘土質ではないので、形を保ちづらいのだ。
その点、魔法は意思と魔力でどうとでもなるのでとても簡単だ。
そしてシェイクして出来た混合の土を棒状に整え終わる。ついでにこの際、仕上げ代わりに詠唱もしたらどんな結果になるのかも調べてみる。
「あー、んん! ――我、土の精に請い願う。汝の力を持って、この土塊に偉大なる祝福を授けた給え【土精霊の祝福】!」
精霊魔法の欄に載っていた詠唱文を、即興でアレンジした詠唱を行う。
すると、予想外な事にぐんぐんと魔力が無くなっていき、土で作った棒に勢いよく流れていくではないか。
「おおおっ!? な、何だ!?」
突然魔力を吸われたことで驚きながら立ち眩みがするが何とか耐える。
その一瞬の間に何か半透明な存在が現れ、微笑んだ様な気がしなくもないが探しても辺りに存在しない。
そんな中、魔力を吸っていった棒が奇妙にも淡く光りながら宙に浮いている。
「これ……さっきの棒だよな?」
よく見ると何やら棒に意匠らしきものが刻まれている。
そこには幾何学的な模様が巻き付くように描かれ、棒には似つかわしく無い芸術的な風合いを醸し出している。
今もフワフワと宙に浮いている棒を恐る恐る手に取ると、ズシリとした重さを感じさせ、目を皿の様にして観察するも端から端まで途切れずに模様は続いていた。
とりあえず困ったのでいつも通り【鑑定】を使う。
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土精霊に祝福されし短棒:この棒は魔法の行使者により願いを込めながら作られ、土精霊によって祝福された事で出来た未完成の棒。この棒は魔力を込める事で最大一メートル、最低30センチまで長さを伸縮可能となっている。しかし質量は変わらないため、伸ばせば伸ばすほど細くなり強度は弱くなる。元々生産のための道具として作られたものだが、精霊に祝福されたことによって武器として扱うことも出来る。
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……どうやら適当に詠唱したら、本物が出て来たらしい。
でもその分、予想以上に魔力が吸い取られたため残り魔力はもう少ない。
それは精霊を召喚(?)したのか、祝福するためにお駄賃代わりに吸い取られたのかは今のところは分からない。
だが、何といってもこれからは不用心にアレンジした詠唱はしないことに決めた。
もしも、ほんっとうに困った時があったらその時は詠唱することにするけど、それ以外の時は魔法名だけ唱える事にしよう。
だって、詠唱する時に神の名前とか精霊の名前を言うたびに魔力をほぼ全て吸い取られたのでは、おちおち魔法を使ってはいられない。
今の俺にとって魔法があるから楽に戦えるが、無かったら無力な人間の一人に過ぎないのだから。
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「――さて、これでようやく調合を始めることが出来る。ここまで来るのに一時間も掛かってしまった……」
そう言ったユートは【魔法の釜】を始め、幾つもの種類の薬草に毒草、キノコに毒キノコ等、釜の周りを埋め尽くさんとばかりに置くと調合をし始めている。
その本人であるユートは周りのことなど目に入っていないかの如く気にせずのんびりと、先程作った棒で釜をかき回し回復薬の大量生産に勤しんでいる。
そして完成した中級回復薬は、婆さんの所で暇つぶしに作って置いた土製の模造瓶に入れていく。
この瓶は婆さんも愛用しているポーション瓶を出来得る限り形も大きさも模倣した俺特製のモノだ。
しかも婆さんの所の瓶には付与魔法で【状態保持】の魔法を掛けているらしく、瓶内部に入れた回復薬が劣化して効能を落とさない様になっているらしい。
勿論、俺の瓶には付与魔法なんて一切かかっていないので形だけのものだが、お金を節約できるし自作という響きが好きなのであえて市販の瓶を買っていなかった。
貧乏性と笑うなら笑え。
俺は自分のこういう変なところで細かい性格は意外と嫌いでは無いんだ。
それとこの手製の瓶は十日間の内、初めの二日間を除いてちょくちょく作っていたので、一日五十本以上作っていたと仮定して単純計算で四百本近い残りがある。
こうして二時間と少しで、二百本近い中級回復薬を作りあげる事が出来た。
ちなみに釜の大きさは現在50センチ大に設定されており、土鍋くらいの大きさとなっている。
一回に作れる量を約2.2リットルとし、ポーション瓶一本を約100ミリリットルと考えれば、22本作れる算段だ。
それを繰り返すとすれば十回で二百本近い量を作れることになる。
無論、これは土鍋サイズだから煮えるのも早く比較的簡単に作れるのであって、最大サイズではこの数倍もの時間を掛けて創る必要がある。
その分、作れる量も比例して多くなるため、一長一短がある。
こういう土いじりって何か童心に返れていいよね。




