第37話 遭遇
ギルドに戻って来てジャック達を待っている間、つまみを食べながらギルドに訪れた冒険者の人間観察していると、突然、謎の弓術の達人から「弓に興味は無いかい?」と勧誘され、これ幸いと都合が良かったのでほんの少しだけ教えを乞う事となり、ギルド奥の訓練所で弓についての基本的な動作から始まり、撃ち方、姿勢、呼吸などダメな部分を指摘されながらアドバイスを貰い、ようやく弓術の入り口に足を踏み入れる事となった。
「――という風な感じで、さっきまで奥の訓練場に居たんだ」
ユートはそうジャック達に説明した。
ちなみに何故説明しているのかと言うと、ちょうど“ホール”と呼ばれているギルドの受付や依頼掲示板がある広間に戻って来た時、ジャック達も話し合いが終わったのかナイスなタイミングで出くわしたのだ。
その時はすでに昼時真っ只中だったので、とりあえず何処かで食事をとろうという話になり、ジャックのおすすめの店で食べる事となった。
そして今現在、食事中に俺が一人になっている間、何をしていたのかと言う話題になったので説明したのだ。
「色々気になるところが多いけど、とりあえず自由だなぁ、お前は……」
ジャックはそんな俺の話を聞いて、呆れながら小さくため息を吐いた。
「というか、別に俺たちを待たずに一人で帰ってても良かったんだぞ」
「いや、一緒に森に行ったんだから解散するまでがパーティというモノだろう」
俺の頭の中で、「家に帰るまでが遠足ですよ」という誰かのささやく声がふと過ったが、そんなことは表に出さずに無視した。
「そんなものか……?」
アルジェルフは俺の内心など気付くことも無く、疑問符を頭に浮かべながら首を傾げていた。
「それより、どうしてそんなに話が長くなったんだ?」
とりあえず俺の話は終わりにして、ジャック達が何をしていたのか訊ねた。
「ん? ああー、それはだな……ちょっとばかし込み入った話だったんだが、やっぱりユートにも教えた方が良いよな……」
ジャックは難しい顔をしながら、自問するように言葉をこぼす。
それを聞いたオルガとアルジェルフも何やら言いづらそうな表情をしながら、胸中で葛藤している様だ。
「それはさっきも話し合っただろう。俺達で悩んでいてもこのままでは埒が明かないんだ。最終的に決めるのはユ-トなのだから、とりあえず教えてから考えればいいじゃないか」
「あたしもアルに賛成だな」
「はぁ……分かったよ。じゃあ、最初からそのまま説明するか。
俺たちがお前と別れた後、受付でギルドマスターに取り次いでもらえるように頼んだ。だが勿論、そんな簡単に会える訳も無く、受付嬢に事情を説明するところから始まった。
俺達が森で感じた異変、緑小鬼との遭遇数と上位種について、それにコロニーがある可能性。その事を伝えると、受付嬢もようやく理解したのか慌てて部屋を出て行き、ギルドマスターに報告しに行った。
それから戻ってきた受付嬢にギルドマスターの部屋まで案内されて、その事についてもう一度話し合ったせいで長くなったんだ。
ギルドマスターが言うには、数十年に一回はこういう魔物の増加があるらしく、前回は森にいる間に倒し切ったそうだ。
だから今回も同じ方法を使いたい様だが、前回と違い、今は手練れが少ないらしく、それも厳しいと言っていた。
そこで、奴等を倒すために強襲部隊と防衛部隊に分けるそうだ。強襲部隊に選ばれた冒険者が少数精鋭で緑小鬼共の数を可能な限り削り、都市防衛してる者が森から数を減らして出て来たとこを叩くって感じだな」
そこで言葉を切ると疲れた顔をしながら、ジャックは果実酒が注がれたコップを呷った。
「なるほどな……ってあれ? じゃあ、奴等がいる場所とかもう特定出来てんのか?」
「いや、それはこれから急いで探させるらしい。俺達も緑小鬼を駆除するついでに探したんだが見つからなかったからな。だから俺達よりも探索能力に特化してる奴等に依頼するそうだ」
(駆除、ね……。その言葉に誰も違和感を持っていないのか……)
「……ふ~ん、そうなのか。それで三人はどっちに入るんだ?」
「あたしとアルが強襲部隊で、ジャックが防衛の方だ!」
オルガが自信満々にその豊かな胸を強調するように張りながら言う。
「どういう基準で選ばれるんだ?」
「さぁ?」
実力で選ばれるのかと思って聞いてみたが、オルガは即答で知らないと答えた。
オルガに聞いた俺が悪かったか……。
「多分、Cランク以上の冒険者でゴブリンエリートより上をソロで狩れる実力のある奴、だろうな」
とアルジェルフがいつも良い所で教えてくれる。
ちなみに、ゴブリンエリートは確かCランク以上Bランク未満の魔物だったと記憶している。
つまり最低でもCランク程度の強さがいるという事か。
「何でそう思ったんだ?」
「今回、強襲部隊に選ばれた奴は機動力と戦闘力が高い者が優先的に選ばれる。
何故なら敵は“緑小鬼の王”の可能性があるから、その取り巻きに奇襲を得意とする猟兵や暗殺者までいてもおかしくない。
そのため、真正面からの正攻法よりもこちらも死角からの奇襲を軸とした作戦になるだろう。
つまり、相手を一撃で殺せる腕と、万が一撤退するときのスピードが重要になってくる」
「じゃあ、ジャックはその両方が足りないのか……」
ジャックを冗談半分で憐れみながら見据える。
「いや、なんでだよ! というか、心ん中で思っててもそういうことは言うんじゃねえよ!」
「ふふっ、冗談だよ」
俺が笑うのと同時にジャック以外の二人もくつくつと笑った。
その本人は一人そっぽを向いていじけたが。
「――そういえば、もし予想以上に数が多かったりしたらどうするんだ? 他の町へ援軍を呼ぶのか、それとも逃げるのか」
そんなことをユートは何の気なしに呟いた。
ユートは偶然気付かなかったが、その言葉に三人とも体が一瞬ピクリと反応していた。
「う~ん、分からねぇが、最悪の場合は町を放棄するかもしれねえなあ。まあでも、少ないと言ってもこの町にもAランクの冒険者は数人くらいいるし、それにギルドマスターは元SSランク冒険者だからそんな事にはならねえだろ」
ジャックもユートが何か意図を持って言った訳では無いという事を分かっていたのだろう。
だから笑い飛ばすのでは無く、ただジャックも客観的に答えた。
事務的な答えのその言葉には多分に楽観的な感情が混じっていたが、それは最悪の想像を覆い隠す為の「強がり」だったのかもしれないしれない。
それから俺たちは他愛もない話をして昼時を過ごすと、各々やらなければいけない事があるらしくそこで三人と解散した。
「さて、俺は何をしようかね……」
ユートは一人、空を仰ぎながら呟く。
空には二つの太陽が燦燦と輝き、あまり外に出ない俺の肌を焼いている。
太陽が二つあることに気付いたのは、回復薬を作っていた三日目あたりの事だ。
最初は自分の目を疑ったが、誰も彼も違和感を持っていなかったことから、この世界ではこれが普通だという事に気付いた。
まあ、太陽が二つあることで日射量が二倍になっている訳でもなさそうだし、それによりデメリットがある訳でもない。
けれど太陽が一つしか存在しない世界で生きていたせいで、空に浮かぶ“瞳”を思わせるその姿は、とても不吉なモノのように感じた。
まるで空から生物を見下しているのか、それとも監視しているのか――。
試しに太陽に向かってスキル【鑑定】を発動させてみた事もあるが、残念ながら何も出なかった。
それは目で見えても遠すぎる故に効果が無いのか、それともスキルを弾く何かなのか。
未だ二週間も過ぎていないが、この世界に馴染めているのか俺自身でも分からない。
「はぁー、このまま無駄な事ばかり考えていては頭が痛くなってくるな。レベル上げでもしに行くか……」
考えても分からないことは後回しに限る。
それが人生を楽しく生きるために必要なコツだとユートは齢十八になる前に頭で理解していた。
──☆──★──☆──
南門を出て、十分ほど掛けてもう一度ルクスの森へとやって来た。
とりあえず今日は、色々と実験をするために武器と魔法を使ってみようという訳だ。
ついでに緑小鬼の数を減らせれば一石二鳥だ。
期限は夕方六時頃まで。
今が午後一時ぐらいなのでおよそ五時間ほどある。
それ以上だと暗くなるし、危ないので前もって時間を決めておく。
「さて、最初に使う武器は早速弓にしてみるか」
そう呟くと【無窮之亜空間】から弓と短剣を取り出し、長剣は中に仕舞った。
短剣は右手で掴みやすい様に剣帯に付けて、後ろ腰辺りに下げる。取り出す時は逆手に握るため差し詰め忍者のようだ。
何度か抜き差ししてみて、戦闘中に万が一が無いように確認する。
まあ、サブウェポンなので弓で仕留められなかったら、短剣で応戦するという仮の前提だが。
そして矢筒を背中に背負い、弓を左手に持ったらこれで準備は万端。
今の気分は狩人だ。
俺は物音を立てない様に注意しつつ、ウキウキとした気分で森の中を進んでいく。
何故音を立てないように注意するのかというと、今朝は長剣だったのであまり周りの音なんて気にせずともよかったが、今は違う。
弓は遠距離から使う武器だ。
なので俺も敵に悟られない様周りに気を配り、何時でも矢を放てるように警戒しているのだ。
そうして常時、緊張状態のまま森の中を歩くこと、五分。
最初に見つけたのは、やはりと言っていいのか分からないが緑小鬼だった。
どうやらそいつは食事中らしく、何かを貪り喰うのに夢中で気付いていない。
その隙に俺は奴の後ろに回り込んで、草藪の陰から教えてもらった膝立ちの状態で弓に矢を番える。
キリキリと耳元で小さく弦が鳴るが気にせず奴の後頭部に狙いを定めながら、矢を放つ瞬間、息をフッと吐いた。
矢は風を切りながら飛んでいくと失速することなく緑小鬼の頭に刺さり、その勢いのまま音を立ててうつ伏せに倒れた。どうやら即死したようだ。
「ふぅ……」
俺は息を吐いて緊張を解くと、周りを警戒しつつ緑小鬼の元へ近寄っていく。
緑小鬼の後頭部に矢が十センチ近くまで突き刺さっているのを見ると若干グロテスクに感じるが、そこは何とか自分の中の葛藤と割り切ると思いっきり矢を握り引っこ抜いた。
ブチュッと血肉が不快な音を響かせるのを尻目に無心で【洗浄】の魔法を掛けると、緑小鬼を仰向けに足で転がして魔石を取り出しにかかる。
仰向けにしたおかげで矢傷を見ずに済んだので他の事にも意識を向けることが出来た。
どうやら緑小鬼が食べていたのは兎らしい。
幾分か食い散らかされているけれど【鑑定】を使えば、角兎と出ている。
ついでなので運よく食べられなかった角兎の魔石と十二センチ程の角も頂いていく事にする。
最後に緑小鬼共々燃やして終了だ。
「……あっ、別に燃やさなくても風を吹けば……」
だがすぐにあることに気付いた俺は、その場を離れて近くにあった丁度よさそうな木の枝に登った。
不格好ながら登り終えた頃には少しヘトヘトになっていたが、息を整え風で血の匂いを四方八方に吹き散らしてその時を待つことにする。
「グギィ!グギャッ、グギャギャギャギャ!」
「グギャグギャ!」
「ギギィギャグギャ!」
そしてその時はすぐに来た。
予想通りに引っかかったのは三体の緑小鬼だった。
だが、それで終わらなかったのが今回の失敗だったのだろう。
俺の想定では血の匂いを様々な方向にまき散らせば、その匂いに釣られて数体ほど勝手に来てくれると思っていたのが……
「これは予想外だ……」
俺の視界に映る範囲には数十匹もの緑小鬼が集まっていたのだ。
ユートは樹上で一人、唖然としながら呟いたが誰にも聞かれずに空へと掻き消えていった。




