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ヘレティックワンダー 〜異端な冒険者〜  作者: Twilight
第二章 魔物大氾濫篇

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第35話 弓への愛


 ダグラスに魔物の解体を任せ、俺はマリーから魔物の代金を受け取るために一階へと戻って来た。

 

「――それでは、魔物の素材の代金をお渡ししますね」


 マリーはカウンターの向こうから戻ってそう言うと、小さな袋をトレイに載せて差し出してきた。


「今回の内訳はハニーベアが86000ノルの一体。ハニービーが600ノルの計三十一体。ビッグフロッグが3300ノルの計三体。ポイズンスネークが4100ノルの計二体。ポイズンバタフライが2200ノルの一体。ビッグアントが1150ノルの計三体。グリーンキャタピラーが800ノルの計三体。合計四十四体の130750ノルです。そこから解体代金の一割を引いた額なので、117675ノルになります!」


 スラスラと流れる様に言葉が出てくる。

 一瞬で暗算したのでは無く、きちんとカウンター裏で計算してきたのを覚えているのだろう。


(それにしても一度の狩りで十万か……いい金になりそうだな)


 「まあ、熊さんが大半を占めているんだけど」などと思いながら内訳についての情報を聞き終えると、袋を受け取りざっと中を流し見してポケットに入れるフリをしながら亜空間へと仕舞った。

 いちいち面倒なので一つ一つ金を数えることはしない。

 この世界がどういう所か分からないけど、治安は悪くなさそうなので金を抜かれている心配もないだろう。

 まあ、もし金をくすねていたらギルドの失態だし、そもそも彼女はそのようなことをするとは思えないからという感情論を含めてなのだが。


「ああ、ありがとう。ついでなんだけど、解体代金って一律一割なの?」


「はい! どんなに解体する量が多くても、反対に少なかったとしても総額の一割が引かれる事になります。ですので、こう言うと立場的にアレなんですが……ご自分で解体出来るようになった方が良いと思いますよ」


 最後の一行を口元に手を当てながら囁くように教えてくれた。

 一般人としての立場は解体出来る方が良いと言う善意としての思い。

 もう一人の受付嬢としての立場は解体代金の利益が増えるという仕事上の思い。

 この二つの立場故に、挟まれているのだろう。

 けれども他人の心配をするあたり、人の好さが滲み出ている。誰か変な奴に騙されないと良いのだが。

 

「う~ん、じゃあ何処かに解体についての本とか無いのかな」


「確か、図書室にあったと思いますよ。もしくは本屋になら確実に売っているでしょう」


「じゃあ、悪いけど、その本屋までの道について教えてくれないかな?」


「はい! 略地図で(つたな)いのですけど、それで良ければ」


 「それでも十分助かるよ」と頷きながら言うと、マリーはカウンターの下からいそいそと紙とペンらしきものを取り出し、書いていく。

 ふと視線に入った、流線形が特徴的なそのペンはこの時代にはとても不似合いなモノだった。

 そのため、彼女が地図を書くのに使用しているペンは魔法のペンなのかなぁと、勝手に想像して興味深げに観察していると一分と経たずに書き終えたようだ。


「……はい、出来ました!」


 出来上がった簡易の地図を渡してくれる。


「ありがとう。ふむ……」 

 

 ペンから視線を戻してそれを受け取ると、頭にある今まで通って来た道と比べる。

 ふにゃふにゃした形の地図を思い浮かべていたが、予想以上に几帳面なのか綺麗にまとまっていてこちらとしても理解しやすいものだった。


「なるほど、ここにあるのか。地図まで書いてくれてありがとね」


「いえいえ、これも大事な仕事ですから!」


 にこやかに微笑むその姿からは嘘が感じられず、本当に楽しみながら仕事をしている事が伝わってくるのだった。




──☆──★──☆──




 自分の用事が終わったので、ギルドに併設されている酒場で休みながら待つこと十分。

 未だにジャック達は報告が終わっていないようで、一人寂しく席についた。

 最初はただ座って待っているつもりだったのだが、長くいればいるほど、日本人としても個人としても何も頼まず居座るのは居心地が悪かったので、つまみ代わりにビーフジャーキーみたいなものと良く分かんないフルーツのミックスジュースを注文する。

 そして、のんびりボーっと何も考えずに周りを見続けながら、手慰み程度に乾物を口に運んではジュースを飲み、時間を潰していた。


(それにしてもこれ、うまいな……)


 少し腹が減っているせいか、それとも絶妙な塩加減のおかげなのか、意外にも美味しいので周りに向いていた視線が乾き物へと寄せられる。

 細長い形に作られたジャーキーをリスの様に咥えながらもぐもぐしていると、いつの間にかギルドの中に人が増えて来ていた。

 

(そう言えば、そろそろ昼の時間か)


 時計は無いがこの世界に来て早十日が過ぎた。

 最初は二十六という時間に慣れず一時間早く起きたり、逆に寝たりしていたが最近になってようやく慣れて来た。

 そのお陰と言うことでもないが、元の世界にいるよりも体内時計がしっかりと働き、何となく時間が計れるようになったのだ。

 

 ギルドに帰ってきた冒険者を観察しながら、暇潰し代わりに遊ぶ。

 

(あいつらは魔物討伐かな? あっちは採取で、こいつらは護衛かな)


 そんな風に見た目や使われている装備、それの汚れ加減、顔や体の動きから見える疲労度などを加味して適当に何の依頼なのか推測しながら遊んでいる(ほぼ勘でやっているだけで、正解は無い)と、隣から誰かが寄ってくる。


「やあ、こんにちは。隣、座ってもいいかな?」


 近付いて来ていきなり話しかけてきたのは外套を被った男らしき冒険者だった。

 何故性別が断定できないのかと言うと声が透き通っており、尚且つ外套から覗く口元から顔が整っているのが分かり、着ていても分かる線の細さが男なのかという疑わしさを思わせた。


「別に構いませんが何故ここに……? いや、そういう事ですか。ええ、もちろん同席して頂いて結構ですよ」


(昼時のせいで、運悪く空いている場所がここしかなかったのか)


 周りを見ながらどうして俺のところに来たのか理解すると、小さく笑みを浮かべて請われた問いかけに了承する。

 相手に不快感を与えずに喋ることは造作もない事だ。

 それは元の世界から徹底してきた事だから、異世界であっても変わりはしない。

 刹那の内にそうした思考が(よぎ)るが、すぐに記憶の彼方へ消え去る。


「ふふ、ありがとう」


 推定ながら、「彼」はそう言うと俺の向かい側に腰を下ろした。

 ただし、外套は脱がず目深にかぶったままの格好でだが。


「………」


「………」 


「………」


 俺は彼に対し特に何を聞くでもなく、先程同様につまみを咥えながら無言で周りを観察し始めた。

 だがそれもすぐに中断することになる。


「ねえ、自分で言うのも何だけど、僕について気にならないの?」


 沈黙に耐えられなかったのか、話しかけてこない俺が気になったのか、最初に話しかける事となったのは彼からだった。


「まあ。気にならないと言えば嘘になりますけど、逆に言えばそこまで気にしないという事でしょうか」


 視線は変わらずギルドの入り口と受付のカウンターまでの約二十メートルの間を交互にゆっくりと見比べるままで、その間に見えている彼には視線を向けず意識だけ集中させる。


「そ、そうなんだ。……君って変わってるってよく言われるんじゃない?」


 どういう訳か口元が少し引きつりながら、訊ねられる。


「まあ、確かに元の世界(こきょう)ではよく言われてましたけど、よく分かりましたね」


「………」


 冗談が通じず怒ったのか、それとも俺に皮肉のつもりで言ったのに流されてしまったせいで呆気に取られたのか、彼は口を閉じてしまった。


「ねぇ、君が使う武器ってその腰に付けてある剣だよね」


 テーブルに隠れて俺の反対に座っていては見えないはずの剣を見ながら、そう訪ねて来た。

 正確には、左腰を見ながらというよりも、最初に話しかけてきた時に目聡く見つけていたんだろう。


「ええ、そうですけど。それがどうかしました?」


 今度は何を聞いてくるのかと言えば、そんな事か。

 ほんの少しばかり警戒感を滲ませるが、彼が何をしたいのかはっきり言って全然読めない。


「いや、特に意味は無いんだけど、君の手を見る限り何年も剣を握って来たって訳でもなさそうだし、他にも武器があるんじゃないのかと思ってね」


 ……もしかして、俺の事を知っているのか?

 いや、でもレイグのおっちゃんが俺の事を喋るとも思えないし、そもそも剣を使うのでさえ今日で始めてなのだが……。


「確かに剣ともう一つ、スペアとして短剣がありますけど、どうかしましたか?」


 困惑した顔を作りながら(・・・・・)、逆に訊ね返した。 


「ああ、いきなり聞かれて戸惑っているよね。本当にただの興味本位だから気にしないでくれ」


「そうでしたか。何か知りたいことでもあったのかと思ったんですが違ったようですね」


 彼の言葉に心底納得したように頷いて見せる(・・・・・・・・・)と、至極自然な表情と声音で鎌をかける。


「ははっ、本当にさっきの問いには意味はないさ。本当に、たまにこの性格のせいで君みたいに間違われるんだけどね」


 俺の言葉に特に反応することは無く、先程の問答に意味は無いと思えたが――ほんの一瞬、口ごもったのが見えた。

 それに言葉の中に「本当に」を何度も入れるという事は自分の言葉に自信が無い証だ。

 つまり、彼は俺に用があるみたいだが、直接的な危害の心配はしなくても大丈夫だろう。

 まあ、その用とやらが何なのかは分からなくて気持ち悪いが、そのうち分かるだろうと強制的に思考の外へと追いやった。


「あっ、そうだ。君って弓に興味は無いかい?」


「弓、ですか?」


 唐突に話が変わり、素で疑問が噴出した。


「そう、弓さ! 僕も一応冒険者で今はここに持って来てないけど、弓を使っているのさ。弓は良いものだよ。敵に近付く近接用の武器とは違い遠くから、華麗に、スマートに、敵を仕留めることが出来る。だからもしも、君が弓に興味があるのなら少しだけ弓について教授してあげよう」


 ここは何と言えばいいだろうか。即答で弓に興味があると言えば嘘くさく感じるし、眼を輝かせながら教えて欲しいですと言えば長々と弓について教えてくれるかもしれない。

 確かに弓には興味がある。それは元の世界でもやってみたいと思っていたが選んだ高校には弓道部が無く、仕方なく諦める結果に終わってしまった。

 だがこの世界は違う。どれだけ多くの武器を持とうが、使おうが、ちょっとばかし奇異な目で見られるだけだ。

 それだけで様々な武器を持つ事も、俺個人の欲望と興味、知識欲を満たす事もこの世界だけは許容してくれる。

 ならばこの返答は――――


「――では、是非自分に教えていただきますか。あなたの知識を私の糧とさせてもらいたい」


 少しばかり真面目に考えて答えた。

 何となくこの人はどんな答えを返しても、教えてくれそうな予感はするが、それはそれ、これはこれだ。

 何故なら、この人はただの弓好きなだけじゃなく、達人のような雰囲気も感じるからだ。

 と言ってもまあ、素人から見れば誰でも達人に見えるものだけれど、今はまだこの人には勝てないと本能的にそう感じさせた。

 それに俺は自分よりも才あるものには敬意を払うと決めている。

 無論、相手が馬鹿だったり、どうしようもない存在だったら関係は無いが、究極的には犯罪者でも、善人でも俺にとってはどうでもいい事だ。

 大事なのは自分よりも努力したことであり、その精神性が俺の中で最も重要視されるのだ。

 そして俺よりも強いという事は、それだけでも敬意に値すると思っている。

 なら、この人に対し、教えてもらう俺は対等であってはならない。

 この人が何を考えているのかは分からないけれど、弓への愛は曖昧ながらも伝わって来た。


「そうかい。それは良かった」


 俺がそう答えるとその人は本当に嬉しそうな顔をしていた。


現在の残高


138,000+3,500(薬草採取の報酬)+117,675(素材売却額)-300(つまみと飲み物)=258,875ノル

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