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ヘレティックワンダー 〜異端な冒険者〜  作者: Twilight
第二章 魔物大氾濫篇

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第33話 魔物たちの異変


「……はぁっ、はぁっ、勝った……のか? ――うぐっ!?」 


 ハニーベアが動きを止めるのを確認すると、体を覆っていた【身体強化リインフォース】の魔法を解く。

 そして勝利に喜ぼうとした寸前、全身に激痛と疲労が押し寄せ、思わず剣を手放して倒れかける。

 すんでのところで膝をつくに留まれたが、体中から大量の汗を吹き出し無意識に体が震える。

 その痛みは今まで感じたことの無い類いのもので、全身の筋肉が熱を発し締め付けられるように痛み、腕や足の骨が折れているのではないかと錯覚してしまう。


「あっ、がっ、ぐうぅ……!?」

 

 痛みに苛まれ動けなくなりながら、何故こんな状況になったのか考える。

 多分だが無茶な動きばかりしていたため、今になって肉体にそのフィードバックとして返ってきたのだろう。

 そのせいで全身が強烈な筋肉痛にでもなったかのように悲鳴を上げている。

 これは堪ったもんじゃないと思い、【治癒ヒーリング】の魔法を大急ぎで掛ける。

 だが、ほぼ使い果たした魔力では効果が薄く、焼け石に水と同じ。

 もしこのまま気絶したら殺されるかもしれないな……と他人事の様に思いながらも、意識が朦朧としてきたため痛む体で無理矢理大の字に横たわる。

 すると木々の間からよく晴れた大空が見えた。

 これからどうするか……と半ば現実逃避していると、唐突にあることが頭に浮かんだ。

 

(――そういえば…婆さんから貰った腰に付けてるこのポーチ、確か……回復薬が入ってるって言ってたような……)


 自分の右腰付近を寝たまま見ようとするが体を動かすのが辛いので諦め、ぼやけた頭で今朝の事を思い出していく。

 何だか自分の間抜けさ加減に呆れて声なき苦笑が出てしまう。


(仕方が無い。もうひと踏ん張りするか……) 


 少し気を抜けば瞼を閉じて微睡まどろみに落ちてしまいそうになるのを、僅かに残っている精神力で押さえつけながら右腰に付けてるポーチに手を伸ばす。

 いつもなら普通に届く距離なのに、今日はいつにも増してとても遠く感じた。

 体の痛みで震えながら伸ばした手がようやくポーチに届くと、最後の一押しにガシッと中の瓶を掴んだ。

 適当に手に取った三つの瓶を顔の上まで戻して空へと(かざ)しながらよく見ると、瓶の側面に何やら小さく文字らしきものが書かれている。


(えっと、これは……「最上級回復薬」?それにこっちは、「最上級解毒薬」に「最上級魔力回復薬」って書いてあるな……)


 【言語術】のスキルが文字らしきものを日本語へと変換し、それを読み取る。

 どうやら予想していたように俺が欲しかったものが一回で手に取れたようだ。

 なので、「最上級魔力回復薬」を除いて残り二つの瓶を地面に置いてすぐに開閉式の瓶の蓋を開けようとするが、固く閉じられており中々開かない。

 動けぬ体に震える右腕というこの状況でぴったりと閉じられている蓋が妙に苛立たしく感じるが、残った力を込めたら開けることが出来た。


 その最上級の魔力回復薬を(こぼ)さない様にゆっくりと嚥下していく。

 するとすぐに効果は目に見える様に現れた。

 空色の淡い燐光が胸の辺りから突然溢れて体に纏わりつくと、体感的なモノだがぐんぐんと魔力を回復していくのが分かった。

 しかも許容量を超えて魔力が回復するではないか。


 早速俺は回復したばかりの大量の魔力を惜しみなく使い、【治癒】の一つ上、【中位治癒ミドルヒーリング】を重ね掛けして肉体の苦痛を少しでも軽減していく。

 おかげで【中位治癒】を八回ほど掛ければ最初の激痛よりは痛みも和らぎ、体も何とか無理をすれば動かせるくらいにまでなった。

 まあ、その分魔力は半分近く使ってしまった。

 どうやら治癒系統の魔法は魔力の消費が激しいらしい。

 今の俺では魔力が万全の状態で二十回も【中位治癒】を掛けられれば良い方だろう。

 宿に帰ったら魔力枯渇の対策を練らなければならないな。

 そんなことを考えられるくらいには精神的にも余裕を取り戻してきた。


 そろそろ集合時間まで残り僅かだろう。となればここで寝ている訳にはいかない。

 軋む体を起こしながら周りを見渡す。

 隣には死亡してから数分が経過したハニーベアの肉体がうつ伏せに倒れている。側で見ていても眠っている様にしか感じられない。

 だがそいつは、今もなお俺が斬った傷口から血を流し続けていたらしく、俺が横たわっていたすぐ近くまで血が迫ってきていた。

 【身体強化リインフォース】の反動で回りに気を使う余裕が無くそれどころではなかったので、気付くのが遅ければ、危うく全身が血に塗れるところだった。


 俺は血を避ける様に立ち上がり瓶と剣を拾うと、ハニーベアに近付いて数秒だけ黙祷する。

 なんだかんだ言っても、同じように殺しあった仲なのだ。

 魔物相手に敬意は持たないが、安らかに眠れと思うのは不思議なことでもない事だろう。

 それが終わると血に濡れた奴の体と斬り落とされた腕へと順番に手を触れた。

 するとその場からハニーベアだけが消失し、後には鉄臭い血臭と血溜まりだけが残った。


 それから俺は瓶をポーチに仕舞い、剣を鞘に納めると、ゆっくりと森の外へと歩き出した。




──☆──★──☆──




「おっ? ユートが帰って来たみたいだぜ。おーい、ユート!」


 森を歩くこと、約十五分。迷いながらもようやく外縁部まで近付き、光が差した森の終わりが見えてきた。

 すると突然、森を抜けた先からジャックが俺の名を呼ぶ声が聞こえてきた。

 だがその声が聞こえても俺は走って急ぐでもなく、特に何もせずにのんびり歩いて森を抜けた。

 そこにはジャックを含めた三人が既に集まっており、どうやら俺が一番最後に遅れて来たようだ。


「あー、三人とも、遅れてすまないな」

 

 俺は三人の顔を見ると後頭部に触れながら、遅れてきたことを謝罪する。


「別に、遅れて来た訳じゃねから気にすんな。俺達もさっき来たばっかだからな」


 ジャックは本当に何でもない様な顔をしながら、オルガ達に「お前たちもだよな」と同意の視線を送る。


「ああ、その通りだ。しっかり集合時間が決まってないと、誰かが一番最後になるのは避けようのない事だ。それによほど時間をオーバーしない限り、冒険者をやっていて怒る方が稀だろう」


「そうそう。それにそんな事ばっか気にしてると、その内ハゲてしまうぞ! はっはっはっ!」


 それを見たのか分からないが、アルジェルフとオルガも特に気にする様子を見せなかった。

 だが唐突にオルガが爆弾を落として来た。


「あっ、そう言えばニ十分くらい前に何か戦闘音がしたが、戦っていたのはお前なのか?」


「えっ……どうしてそう思ったんだ?」


 オルガに俺が戦っていたのがバレたのかと思ったが、それよりも何故いきなりその話が出て来たのかの方が気になった。


「ん? いや、だって普通に魔物の咆哮だったり、木を薙ぎ倒すような音が聞こえたからな。それにアルとジャックに聞いても違うって言ってたし」


 ”アル”というのはアルジェルフの愛称のことだろう。


「いやいやいや、普通、森の外から遠くの戦闘音なんて聞こえねぇよ。お前の耳おかしすぎんだろ!」


「まあ、オルガは昔から耳が良いから仕方無い」


 アルジェルフは何だか遠目になりながら悟ったような顔をした。

 何か悲しいことでもあったのだろうか?


「あはは……確かに俺はついさっきまで戦ってたけど、そのことか?」


 隠そうとも思ったが、よくよく考えれば黙っている必要が無いので白状した。

 その言葉を聞いて三人とも少し目を見開いた顔をしていた。


「お前だったのか……一体何と戦ってたんだよ」


 心配と興味津々な感情が混ざった顔でジャックが聞いてくる。

 一人にしたことを後悔しているのかもしれない。


「えっと、ハニーベアっていう熊の魔物だけど?」


 そう言うと先程よりも驚いた視線を向けられた。 


「おいおい、お前中層域の魔物と戦ってたのかよ! ちゃんと中層には入るなって言っただろ」


「落ち着け、ジャック。怪我をしないで帰って来たんだから別にいいじゃないか」


 アルジェルフがジャックを平静にしようと落ち着かせる。

 どうやらジャックは俺の行動に呆れているようだ。


「ハァ~……というか何で中層に行ったんだよ。危険だからって説明しただろ?」


「ちょっと待って。あんたそもそも、中層がどんなところかユートに説明したの?」


 ジャックが俺に向かって理由を訊ねてくるのを、オルガが待ったをかける。


「いや、ちゃんと説明しただろ。レベルが違うって」


「それはアルが言った事だろ。中層はレベルだけじゃなく、環境も変わることを教えなきゃ意味ないじゃないか!」


「うぐっ! そういえば言ってなかったような……」


 顔を逸らしながらジャックはそう漏らした。

 どうやらジャックが忘れていたことで話が着いた様だ。


「ところで、中層って具体的にどんなところなんだ?」


 何だか心当たりがあるような気もするがそれをおくびにも出さず、とりあえず気になるのでアルジェルフに聞いてみる。

 

「そうだな……中層からは上層の静かな森が一転し、熱帯雨林の様相を呈する。所謂『ジャングル』という奴だ。植物が多数を占め温暖で降水量も多く、場合によっては霧が発生して視界が悪くなったりもする。その上、木の影や樹上、地面の下にも魔物がいるため全方向に気を配らなければならない。ソロだと相当な腕前が無いと厳しいだろうな」


(それってもろに俺が行ってたところじゃねーか! ものすっごく心当たりがあるんですけど! いやまあ、確かに最初から怪しいなぁ~って思ってたけどね。危うく死にかけたし)


 俺の心の中が一瞬にして荒れた。


「そうなのかー。でも、熊に会ったのは上層だぞ?」

 

 若干棒読みになってしまったのは否めないが、どうにかそれを相手に気付かれずに済んだ。

 というのも、上層で熊に出会ったという事の方が彼らにとってよほど大きかった様だ。

 まあ、中層から帰ってくるところを襲われた訳なのだけれど、上層には違いないだろう。 


「嘘つくなよ。そいつは中層にしかいないんだぞ――いや、待てよ。もしかしたらそういう事なのか……?」


 ジャックが真面目な顔をしながら何かに気付いたのか、考える様な仕草をしだした。


「突然どうしたんだ、ジャック?」


「……なるほど。その可能性はありそうだな」


「………??」


 アルジェルフも何かに気付いた様だが、オルガは逆によく分かっていない顔をしており、俺は黙ってその状況を見守った。 


「オルガはよく分からないって顔をしているな。今回の件を合わせて、俺は中層の魔物が上層に来たって報告を何件か知っているんだが、もしかしたら中層の魔物が上層に来たのはただの偶然じゃなく、何か理由があるのかもしれないと俺は思っている」


「疑うんじゃなくて、思っているのか?」


 オルガがジャックの微妙な言い回しを指摘する。


「ああ、絶対の確信は無いが、そうだ。具体的には緑小鬼(ゴブリン)から逃げてくるため、だとな」


 ジャックのその言葉にアルジェルフは大きく頷き、オルガも目を丸くしながらもうんうんと理解した様子を見せている。

 しかしユートだけは難しい顔をしていた。


「それは分かるが、中層の魔物は緑小鬼(ゴブリン)に襲われて逃げるほど弱いものなのか? あまり魔物の事に詳しいとは言えないけど、人間が虫に群がられても不快感しか感じられない様に、中層の魔物にとっても緑小鬼ゴブリンが数十匹集まっても敵じゃないと思うんだが。緑小鬼ゴブリンのレベルも大体一桁程度と仮定して、中層の魔物はその二倍から四倍のレベル差があるとすれば、緑小鬼ゴブリンに勝ち目は薄いはずだろ?」


 ユートが至極正論を言うとオルガの動きが固まり、ジャックも顔を険しくさせながら考える様子を見せる。

 そして今度はアルジェルフがその無表情な口を開いた。


「確かに、最下級の魔物である緑小鬼ゴブリンがいくら群れていようと、格上の魔物を倒す事は難しいだろう。しかし、緑小鬼ゴブリンと言っても魔物は魔物だ。力を高めた魔物は上位の魔物に進化し力をつける。それなら力に怯えた中層の魔物が逃げ出した事にも辻褄が合うはずだ」 


「そういう理由ことなら中層の魔物が来たことに説明がつくけど、でもそれって中層の魔物と同等以上の力をつけた魔物がいるという前提になるんじゃないか?

 確か”緑小鬼ゴブリンを率いる者”を……『ゴブリンジェネラル』とか『ゴブリンキング』っていったか?」


「それって!?」


「こりゃあ、予想以上にヤバいみたいだな……!」


 つまり、中層の魔物が恐れ逃げ出すような奴が、今も森の奥に居座っているという事だ。

 オルガとジャックは予想以上の事態なのだと今更になって気付いたようだが。

 はっきり言って気付くのが遅い様な気もするが、それも仕方が無いのかもしれない。

 どうやらジェネラルやキングが現れる事は二人を見た限り滅多にないようだし。

 多分、知恵があるゴブリンリーダーか最悪でもジェネラル程度だとでも考えていたんだろう。


「ならこうしちゃいられねぇ! 早いとこ、ギルドに戻って報告しに行こうぜ!」


「そうだぞ! こういうことは早い方がいいんだからな!」 


 ジャックとオルガの二人が俺たちを急がせる。

 だが俺も、そして多分だがアルジェルフも理解してやっているのだ。


「……ああ、そうだな」


「分かってるよ」


 そのためにあえて(・・・)煽る様な言い方をしたんだし、と言葉にはせず心の中で囁きながら町の方へと歩き出した。


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