第22話 薬師見習い
婆さんに向かって“下剋上”宣言してから、大体一時間が経過したと思われる頃。
俺はスパルタと言う名の地獄を受けていた。
「ほれほれ、この程度で音を上げていてはわしを超えるなど夢のまた夢じゃぞ」
「くっ、まだまだー!」
ところで俺が何をやっているのかというと、薬草を切り刻んでいる。
ポーションの主材料は薬草と綺麗な水だ。
そのためポーションを作るための前準備みたいなものだ。
そもそも前提として、ポーションとは何かと言うと、「即効性の飲み薬」という言葉が適当だ。
だがRPGとは違い、飲み続けていてもHPが一定量回復するわけではない。
効果の高いポーションもあれば、逆もまた然り。
そしてポーションを飲み続けると、過量服薬という症状に陥る。
これになるとポーションを飲んでも効果が半分以上減るらしい。
一日過ぎれば大体は治るらしいが、過量服薬が恒常化すれば中毒になることもあるとか。
恐ろしい……。
ところで今俺がやっているこの薬草刻みは、百円玉ほどの大きさに切ることが一番薬効があるらしい。
刻んだ後は沸かしたお湯に投入し、よくかき混ぜる。
この混ぜることがポーション作りで特に重要だ。
さっきからこれに何度も失敗し、混ぜすぎて効果が薄くなったり、薬草がちゃんと溶けてなくて効果が無かったりと残念な結果に終わっていた。
俺の名誉のために言っておくと、少しだけ成功した物もちゃんとあるが。
そうして今この混ぜる作業に入っていると、後ろから誰かの声が聞こえる。
何か話しているようだ。
だがそんなことで集中を乱したりはせず、魔力によって中ほどの大きさに変えた釜を回し続ける。
ちなみに、この釜を回している棒は婆さんから借りている。
沸かしたお湯に入れた薬草が徐々に徐々に溶けて水が緑色になってくる。
緑と言っても、ものすごく濃い抹茶みたいな色だ。
いわゆる、濃緑色というものだろう。
その上、沸騰している釜の中を回し続けるのは熱くて大変だ。
ああ、やばいやばい。
さっきからこの自問自答によって失敗してばかりいるからな。
もう一度気を引き締め直して集中する。
ジーっと釜を眇める思いで回しながら見ていると、時間が刻々と過ぎていく。
ここだ! という所で邪魔が入る。
「――おぬしはいつまで回し続けているんじゃ。もう十分じゃよ!」
婆さんが背中を小突いてくる。そのせいで丁寧に回していた棒を止めてしまう。
「ちょっ、何しやがる!」
「お前さんは……もうとっくに出来とるよ。いつまでも回し続けていたって効果が下がるだけじゃ」
なん……だと……!?
今までで一番最適だと思ったタイミングだったのに。
泣きたくなりそうだ。
「それでどうしたんだ、婆さん」
失敗に終わったポーションの片付けをしてから、後ろを振り向く。
ついでにさっきの悲しくも効果が薄くなってしまったポーションは、大きな瓶に詰めて保存してある。
こんな効果が低いポーションでも価値があるらしい。
だから俺は遠慮なく素材を使うことが出来るのだ。
「うむ、この子を紹介しようと思ってな。レイラ、こやつがおぬしを部屋まで運んでくれたんじゃよ」
「初めまして、レイラです。えっと、覚えてないんですけど運んでくれてありがとうございます?」
レイラと呼ばれた女性は倒れた時の記憶を覚えていないらしく、ハテナをつけながらも律義に挨拶してくれた。
「あー、気にしないでくれ、レイラさん。それと俺の名前はユートだ」
「ではユートさんと呼ばせてもらいますね。それと私はレイラと呼び捨てにしてくださっていいですよ」
「ん、そうかわかった。俺も呼び捨てでいいぞ。よろしくレイラ」
こちらとしても敬称をつけるのはあまり好きじゃないのでありがたい。
「はい!」
「ふむ、自己紹介は終わったかの?」
俺とレイラが挨拶し終わるのを見計らって、婆さんが声をかけてきた。
「それではおぬし、ユートはさっきの続きを。レイラは出来るのなら、わしと一緒にポーション作りでもしようかのう」
「分かった」
「うん、任せて!」
俺たちの返事を聞いた婆さんが「良い心構えじゃ」と小さく呟くが、その後に、
「うむ、でも始める前に先ずは昼にしようかのう」
といきなりやる気を失わせることを言ってきたのだった。
──☆──★──☆──
何とも言えない雰囲気で始まった昼食は時間が経つにつれ和やかになり、話の内容はお互いの事からこの町ダラムでのオススメ、料理、そして魔法薬学についてへと変わって行った。
「―――それでね、王都には美味しいケーキ屋さんがあるんだよ。ね、おばあちゃん?」
レイラが今話しているのは、前に王都に行った時の話らしい。
こうして俺は時々合いの手を入れながら、知らない話や噂などを聞いている。
「うむ、あの時に食べたやつか。あれは美味しかったのう」
「ふーんケーキか……でも高いんじゃないか?」
「うん……一番下のやつで小銀貨1枚するんだ。まあ、食べたんだけど。味はまあまあ美味しかったよ」
「食べたのかよ。しかもまあまあなのか……。他に何か面白いモノはあったか?」
「う~んとね、あっ、王都には面白い人がいるって聞いたよ」
「面白い人?」
面白いものなら分かるが、人とはどんな奴だろうか。
何かを集めていたりするコレクターか。
それとも何かを研究していたりするのだろうか。
「確か……自称“探検家”って名乗っている人だったかな」
「探検家?」
探検家……『探索すべき余地が残されている未知の領域に直接赴くことにより調査する人々』……だったかな?
あと、広義の意味では冒険家も含まれるとか。
「そう、探検家。何でも世界の謎を解くことを夢見ているちょっと変わった人がいるみたい。具体的には【世界七不思議】を中心に調べて回っているとか」
「ふ~ん、面白そうだな。それで【世界七不思議】って言うのは?」
「それはわしが説明しよう。【世界七不思議】というのは――」
婆さんが言うには【世界七不思議】というのは、この世界にある未だ解明されてない謎やどういった原理で起こっているのか全く分からない、不可思議な七つの現象の総称だとか。
【魔力嵐】:膨大な魔力の奔流。近寄り過ぎれば命の危険に晒される可能性もある。魔力に関するスキル、道具、魔法が使えなくなる。
【暗黒の森】:森の一帯が闇で覆われており、辺り一面には凶悪で強力な魔物たちが跳梁跋扈している。
【逢魔が時】:その日は太陽が見えなくなり、一週間ほど魔物が凶暴化する日が続く。
【ルクスの森】:自然豊かな森。動物や魔物などにとっては一種の楽園と化している。
【魔力無絶領域】:魔力が完全に無い領域。各地の至る所に存在している。
【隠されし神の迷宮】:神によって創られた何処かに存在すると言われている試練の迷宮。
【荒涼地帯にある大昔の遺跡】:遥か昔の時代に作られた遺跡があると言われている。
この七つが幾多もの研究者が解明しようと挑み続け、そして無残に敗れていったものだそうだ。
それを聞いて何ともまあ、心躍る世界なんだとワクワクしてくる。
こういう未だ人類が辿り着かないものがあると分かったら解明したくなってしまうのが人の性だよなぁ、と我ながら子供みたいなことを考えながら、また一つこの世界に対して興味が沸いた。
「――それでね、その……って聞いてる?」
おっと、いつの間にか話が進んでいたようだ。
俺の悪い癖で、興味があることが起きるとそれに深く考え込んでしまうのだ。
「ん? ああ、すまん聞いてなかった」
「もう! ちゃんと聞いてよ」
あたかもプンプンという擬音が聞こえでもするかのように、レイラが怒っている。
まあ、年相応と言えるのかもしれない。
初めて会った時は大人びているように見えたが、あくまでもそれは客と店員という関係であり、あの時は過度の疲れからそう見えたのだと思う。
実際のところ、何歳なのか聞いてみたら「えっ、私? 16歳だよ?」という簡潔な回答をしてくれた。
見た目で同年代より少し上くらいだと思っていたのが、本当は年下だったということだ。
……あとが面倒臭そうなので、この事を本人に話すことは無いだろうが。
ついでに俺はステータスに書いてあるとおり17歳だ。
もうすぐ18になると思うが。
「それでね、その探検家さんは【暗黒の森】を研究するために冒険者さんを雇うとか言ってたよ! 一体どれくらいの高位冒険者さんが集まるかな?」
「ふ~ん、そうなのか……って、あれ? 確か【暗黒の森】って調査隊100人を送って全滅したと聞いたが?」
ジャックから聞いた情報が間違っているのだろうか?
ふとそんなことを思った。
「うん、そうだよ」
「分かっているのにそいつはそんな危険地帯へ行くのか?」
「あはは~、流石に本人は行かないと思うけど……多分」
言っているレイラも自信が無いのか段々と口調が尻すぼんでいき、最後は本人ですら否定出来なくなってしまったようだ。
「いやいや、大丈夫だと思うぞ。流石に見知らぬ場所へ突撃するほどそいつは馬鹿じゃないと思うしな」
「そ、そうだよね! 大丈夫だよね!」
和やかで楽しいはずの会話が、何故か未だ会ったことのない見知らぬ他人を心配するという変な状況になってしまった。
何とも締まらないまま昼食を終えた俺たちは、ポーション作りを再開した。
気力が十分なためか、先程から店で売り出しても大丈夫だとお墨付きを貰えるものを続けて作成に成功している。
それからというものコツを掴んだかのように上達していくのを感じた。
だが婆さんには「残念ながらまだまだじゃ」と言われた後、「これくらい出来るように成らねばな」と澄んだ若草色のポーションを渡された。
俺のポーションの色は浅緑色だから、悔しいがどれくらいの差があるかは一目瞭然だ。
ついでにポーションは透明度の高い色のモノが一番効果があることを示す目安だとか。
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上級回復薬:魔女アナトマ・ウィルドレアがレスト草からただ技術のみで作成したポーション。回復量は1200を優に超える。透き通った若草色のポーションが特徴である。美味しい。
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これが婆さんが作ったモノだ。
ただの技術だけで上級回復薬まで作り上げるとは……。
一体どれだけの技量があれば作ることが出来るのだろうか。
と言うか今更だが婆さんの名前、「アナトマ」っていうのか。
あと、魔女とか気になる文言があるが、多分聞いても教えてくれないだろう。
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下級回復薬:見習い薬師ユート・ヘイズがレスト草から作成したポーション。至って平凡なポーションで、回復量は100ほど。浅緑色のポーションと、可もなく不可もなくである。味は苦く不味い。
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これが俺が作ったモノだ。
残念ながらまだまだだが、婆さんが言うに一日でここまで出来るのはすごいことらしい。
……と言うか俺の【鑑定】結果だけ、妙に悪意を感じるのは気のせいだろうか?
しかもいつの間にか“見習い薬師”になっているし。
まあ、これが今の俺の実力ということだろう。(悪い意味で)
それからというもの俺は婆さんの作ったポーションを目標に掲げ、外が暗くなるまで何時間もぶっ通しで作り続けた。
その結果という訳では無いが、失敗の頻度はほぼゼロに近くなった。
だが下級回復薬より先が全く作れない。
ただの実力不足なのか、それとも何か理由があるのか分からないが、今日の所は一先ずこれで終わりにした。
婆さんに夕飯を一緒に食べるか? と誘われたので、ありがたく随伴に与った後、そのまま宿へと直帰した。
それからは寝るまで時間があり暇だったので、本を読みながら魔力が尽きるまで【魔力操作】の修行をしたり、筋トレをしてからぐっすりと眠った。
「オーバードーズ」と「オーバードース」、どっちが正しいんでしょうね?
自分はオーバードーズの方を推しています。




