第10話 服と変人
うまい飯を食い終わった俺達は、世間話をしていた。
「そういえば、ユートはいつまでその服でいるんだ? 目立ちすぎだぞ」
ジャックにそう言われた俺は自分を顧みた。
今の俺の姿はパーカーにスウェット、スニーカーと現代人丸出しな格好だ。何かチラチラ見られていると思っていたが、おもいっきり忘れていた。
「やべっ! どうしよう……」
「いや、金はあるんだから服を買えば良いだろ?」
まともなことを、ジャックに言われてしまった。
あ、ついでに通行料を返しておこう。
「いや、どこで買えばいいのか……全くわからん」
「そりゃそうだよな……お前、記憶無いんだもんな」
「えっ! 何それ!?」
オルガが驚いて声をあげた。
「なんだ、ジャックは教えてなかったのか?」
「あ~……ま、まあそんなことより」
「忘れてたな」
「うむ、忘れていたな」
「おもいっきり忘れていたな」
俺達三人に手痛いツッコミをくらいながらもジャックはめげずに、
「そ、そんなことより! これからこの町で住むんなら、その格好は目立ちまくりだ!」
「それにその格好は戦闘には合わないから替えた方がいい」
ジャックだけでなく、アルジェルフにまで止められたので、ちょっと考えることにする。
「でも、この服着心地良いんだよなー」
「確かに。その服は見た目は置いといて、服飾として素晴らしいことは端から見てもわかる」
オルガが俺の服をそう言って評価した。
「この服のどこがダメなんだ?」
「貴族はそういう簡素で色味の少ないものは着ないからだ」
アルジェルフがそういって教えてくれた。
「ああ、なるほど」
俺が今着ているこのパーカーは華美なものを極力削いだ実用性重視の既製服だ。おそらく、そのせいでこの街の住人から、変なものでも見るように遠巻きから見られていたのだろう。
しかも綿密に、緻密に、正確に機械で作られているので、違和感が半端ないのだ。町の大半の人はヨレヨレの綿布とか麻布で作られている中で、ただ一人異世界の技術の結晶である化学繊維で製法されているからだ。
「う~ん、普段使い出来て、着心地がよく、戦闘も出来る便利な服とかあるか?」
もったいない精神みたいなものが体に刻み込まれているのか、生来の面倒くさがりの性質故か、あからさまに要求が高いことを言う優人だが、思っていたのと違う返しが帰ってきた。
「無いこともないが、結構高いぞ?」
「えっ、あんのか!?」
「そんなもんあるわけ無いだろ」とツッコまれるかと思いきや、まさかあるとは……。異世界侮れず!
無茶振りを言った本人が一番驚いていた。
「ああ、それにちょっと変わった店だからな」
「え、なんだよそれ、すごい嫌な予感しかしないんだけど」
不吉なことを言うジャックの言葉に、背筋に悪寒が走った。
「いや、服のデキは一流で貴族も注文するくらいだからな……ただ店主が変わっているだけだ」
「くっ! 何か行きたくなくなってきたが仕方がない。俺の生活を向上させるためだからな」
「いや、そこまでじゃないと思うぞ? ……多分」
ジャックが気休めにもならない言葉を俺に投げ掛けてくる。
「まあ作ってもらう側だしな。とりあえずその場所だけ教えてくれよ。ジャックはもう帰るんだろ?」
「おっと! 結構時間が経っちまったな。場所は……オルガ達にでも案内してもらえ! ここの飯代は俺が払うから、オルガにアルジェルフも頼んだぞ。女将さん! ごちそーさま。釣りはいらねぇ!」
そう言うとジャックは金を出して、颯爽と去っていった。
「え~と、あの……オルガ、アルジェルフよろしく頼む」
迷惑に思われていないだろうか。
とりあえず、下手に出ながらお願いした。
「ははっ、遠慮するんじゃないよ! それじゃ行こうか」
「ああ、俺達も暇だからな」
「その前に……アマンダさん! ちょっと外に出ていきますねー!」
「……あいよ! 帰ってきたらあたしに声かけな!」
アマンダさんにそう声をかけて言うと、
「じゃあ二人とも、案内よろしく頼むよ」
──☆──★──☆──
20分程三人で街を歩いているとオルガが声をかけてきた。
「ここだよ! 服飾屋ガーベラだ」
そこは、いたってシンプルな店だった。白を基調とし、清潔感溢れる見た目は服屋と言うよりただの家にしか見えなかった。
(ガーベラ? 花の名前か)
「なぁ、本当にここなのか? 店の前にも服は置いてないし、住居にしか全く見えないんだが……」
「まあ、見た目はね。それに服屋は服屋でも、古着を扱っているわけじゃないからね」
「そうなのか……。とりあえず、入ってみるか」
優人はそう言うと扉を開けて中に入った。
カランカランと扉に付けられていた鈴が鳴ると奥から人影が出て来た。
「いらっしゃ~い!」
奥から普通に女性が出てきた。
「あのすみません、服を作ってもら「あなた!その服どこで手にいれたの!!」……いたいんですけど」
俺は途中で言葉を遮られながらも、負けた気がしたので最後まで意地でも言った。
そんなことはどうでもいいと言わんばかりに、その女性は興奮しながら俺に詰め寄ってくる。
「その服! 脱いでよく見せて!!」
「分かったから少し落ち着け。とりあえず話を聞け!」
ちょっとイラついた俺はそう言うと、仕方なく、渋々服を脱いで渡した。
「ふむふむ、これは……」
その女性、いや、その女はどこからか取り出した眼鏡をかけて、ブツブツと喋りながら考えに浸っている。俺は元の世界でこういう奴を知っているので話しかけても無駄だと思い、とりあえず待つことにした。
「なるほど……おや? おっと客がいたんだった。ごめんね~。私は考え込むと周りが見えなくなってしまうんだ! ついでに私の名前はセシル・ガーベラって言うんだ」
その女、セシルはそう言った。
「俺の名前はユートだ。それでさっきから何を見ていたんだ?」
「ん~? ああ、君の服がどうやって出来ているのか、耐久性はどうなのか、製法とかいろいろだよ!」
こいつ……! 言うに事欠いて、俺の服を調べてこっそり製法すらも奪い取ろうとしていたらしい。
「お前……マイペースとか言われたことあるだろう。もしくは変人とか空気読めない奴とか」
「え~、よくわかったね! うんうん同じことを言われたことが多々あるよ。でも初対面で意外と容赦ない事言うね~、君」
それはそうだろう。初対面の相手に服を脱げと宣い、客である俺を思いっきりほったらかしにする。職人としては一つのことに集中することは素晴らしいのかもしれないが、はっきり言って俺はこういう奴が苦手だ。
それは置いといて、とりあえず俺の服を作ってもらうのが先だ。
あと服を奪い返しておく。
「まあいいや。俺はあんたに服を見せるためではなく、作ってもらいに来たんだけど」
「うーん、どういうの作ってほしいの?」
「そうだな……普段使い出来て、着心地がよく、戦闘でも使えて、なおかつ色も見た目も変化できる服とかないか?」
つい先程考えていた注文より、更に難しく上乗せさせて注文した。できるかどうかわからんが、適当に言ってみた。別に仕返しのつもりではなく、どこまで出来るか調べるためだ。
う、嘘じゃないぞ!
「……不可能じゃないけど、圧倒的に材料が足らないよね~。まあ、最後の注文を除けば、そんなに難しくないんだけど」
目の前の女はそんなことを言った。
魔法があってもまさか出来る筈が……と思っていたが材料がなくて出来ないだなんて。
予想外過ぎて流石の俺もビックリ。
「最後の注文はいつか作ってもらうとして、とりあえず普段使いできる服がほしい!」
「うん、それなら出来るよ! あの、それと……」
セシルはもじもじしながら、何か言いたそうにしている。
「何だトイレか? 先に行ってきて良いぞ」
「そうじゃないわよ! その、あなたの服がほしいの!」
いきなりそんなことをセシルは言い出してきた。
「えっと……すまないが、初めてあった女に着ていた服をあげる趣味はないんだ」
「えっ!! 何でそっちにいくのよ! 服がほしいは比喩で、買い取りたいって意味よ!」
「ええっ……俺の着ていた服を買い取りたいのか? 悪いがそんな堂々と変態チックな事を言われたのは初めてだ……」
「何で着ていたを強調するのよ! あんたの服が珍しいからよ! さっきからあんた、わざとやっているんでしょ! ねぇそうなんでしょ!」
セシルとそんなやり取りをしていたとき、後ろからオルガとアルジェルフが、
「なぁ、ユート? ちょっと怒ってるのか?」
「まあ、落ち着け。最初にジャックが言っただろう? 変な店だと」
二人に諭された俺は少し落ち着いて、セシルをいじるのをとりあえず止めた。
「すまんな、二人とも。ちょっとイラッとして、ストレス発散のためにこの女をいじっただけだ」
「ちょっと! 目の前に本人がいるところで話さないでよね! と言うか、もうちょっと隠す努力をしなさい!」
「うるさい女だ。細かいところでぐちぐちと……ふぅ」
「何よその「やれやれ、こいつは」みたいな顔は!」
「その通りだ、よくわかったな」
「くっ! こいつ抜け抜けと……何なのよコイツ」
「そんなことより、そろそろお遊びはお仕舞いにして、このパーカーはいくらで買い取るって?」
セシルをいじって幾らかストレスがはれたので、フードを掴みながら最初に言ってた買い取りの話を切り出した。
「その服『ぱーかー』って言うのね……。それにやっとその話に戻れるし。――そうね、幾らが良いかしら?」
「そんなこと俺に聞かれても……。というかそれ、何に使うんだよ」
そもそも不思議に思ったので聞いてみた。
「え、そんなのばらしてさらに調べるために決まってるじゃない。見本はあるんだからいくらでも作れるし」
なんと、人の服をバラバラにするつもりのようだ。まあ、新しく服を作ってくれるなら構わないが……ちょっと悲しくなるなぁ。自分の服がバラバラになるのを想像すると。
あと、この世に数少ない化学繊維で出来た素材なんだけど、それ。一応プレミアついてもおかしくないんですけど。
「何か、目安になるものとか無いのかよ」
「う~ん、お父さんならわかると思うんだけど……」
セシルのお父さんとやらなら、分かるらしい。
「そのお父さんとやらはどこにいるんだ?」
「そろそろ帰ってくるはずだけど」
セシルがそんなことを言った次の瞬間、扉を開けてある人物が入ってきた。そのとき俺は、何故かとてつもない悪寒に襲われた。
まるで天敵が近づいてきたみたいな……。
「たっだいま~!! セシルちゃ~ん!」
女性のような高い声を響かせながら、背後に人が立ち、影を差した。
後ろを振り向いて、恐る恐る見上げたのは二メートルもありそうな巨漢だった。
そう、まぎれもなく『漢』だった。
「お帰りなさい! お父さん!」
「あら? お客さんかしらん?」
セシルは何でもないようにそう言った。
その漢は両手に大量の荷物を持ちながらも、大した重さではないかのように、妙に高い声でこちらを見て話しかけてきた。
その事にちょっと驚きながら俺は、何でもないように答えた。
「あー……ええと、そう客です。あん――あなたの娘? と話をしてたんだ」
「あら、そうなのん? ところであなたの着ている服は随分珍しい服ね。色々な服を見てきたけれど、その服は初めて見たわ!」
「ちょうど今、その事について彼女と話していたんだ」
「ふ~ん。よく分からないけど、あなたたち全員部屋に上がってってちょうだい」
その人物は俺達を見回しながらいきなりそういうと、話は後でと言わんばかりに背中を見せて奥へと入っていった。
「――えっと、俺はどうすればいいんだ!!?」
持ち前の対応力でどうにか返答することが出来たが、色々と短時間で急に起きたので、脳の処理が追い付かなかった俺は後ろの二人に小声で呟いた。
「そ、そうだな、あの人の言う通りついて行くべきじゃないか?」
「まあ、悪い人ではないからな。俺もそうすべきだと思うぞ」
オルガとアルジェルフも二人揃って同じ意見なので、一応セシルにも聞いてみる。
「なぁ、セシル。ついていって大丈夫なのか? 食い殺されたりしない?」
「食い殺すわけないじゃない! 人のお父さんをあんたなんだと思ってるわけ!? ……お父さんが良いって言ってるんだから、いいんでしょ。さ、早く行くわよ!」
何故かセシルも乗り気で、腕を引っ張ってくる。
「おい、引っ張るな!」
そうやって騒ぎながら、恐る恐る奥へと入っていった。




