92 冒険者とダンジョン①
①強制休憩
②迷宮は家族
③クロスさん吹っ切れる
なにも無くなった大地には粉塵が舞い、視界を遮る。
その地平線の彼方には、木々が燃えているのか、所々で黒煙が上がり、何かが爆ぜたのか、地面が抉れ、土が盛り上がった場所などが、遠目から観測することができる。
そんな、死の大地と化した散々たる場所を、三対六本の脚を持つ白い魔物が、木でできた一台の車を猛スピードで引き走っていた。
「他の国にも行ったけど、冒険者ギルド以外で、通信関係の魔道具をこれだけ持っている国はないよな。それを抜きにしても行動が速すぎるけど」
「この国のトップは基本化け物だって聞いてたけど、国なんて大規模組織が出していい判断速度じゃねえよ。当日には命令出てるよな、これ?」
「他の国は、まだ虫の対処に追われて動けねぇって言うのにな」
その車の中で、3人が雑談に花を咲かせ、一人が御者を担っていた。
彼等は貿易都市エンバーに滞在していた冒険者チーム。名前を『スピール』という。
「……吾輩に車を引かせるのだ。安くは無いぞ?」
「はいはい、依頼が完了したら追加報酬が有るから、その時な」
「うむ! 高品質な魔石を要求する!」
チーム名の由来は、彼らの車を引く傲慢な魔物、スピールである。6足歩行の獣族の魔物であり、それこそ、一週間は無休で走れるほどの無尽蔵なまでの体力と、速度を誇る。
彼等が何もないこの大地を疾走している理由。それは、冒険者ギルドからの指名依頼が入った為である。
―――冒険者ギルド、エスタール帝国、貿易都市エンバー支部―――
「―――って事で、行ってこい」
「いや、どういう事!? きちっと説明してよ!」
スタンピードが発生して数日。ようやく防壁外に散らばった死骸を処理し終わり、混乱が少しばかり落ち着いてきた矢先、エンバー支部の冒険者ギルドのギルマスに呼び出された。
前回の遠征で、近々ランクアップの可能性が高いって噂されていたから、期待してたってのに。待っていたのは、ギルドからの指名依頼だった。
「ション、お前らには優秀な足があるだろ? 先行して情報の収集を依頼したい」
「どこの誰が、そんな依頼してきたんだよ。そんなの領主レベルでも足りない、国レベルの案件じゃねぇのか?」
「依頼者は、その国だよ。正確にはエスタール帝国、軍務省、軍務大臣ヴォウ。直々の依頼だな」
「マジかよ……早すぎる」
先日、国から調査員が派遣されていたらしいが、そのついでとばかりに、直接冒険者ギルドに依頼が入ったらしい。どっちも早すぎるだろ!?
「改めて言うぞ? Dランク冒険者スピール! リーダー、戦士ション! 狩人ベズ! 魔法士クリスティーナ! 運搬ゴッコ! 以上四名に言い渡す!」
俺達一人ひとりに視線を向け、名前と役割を呼ぶ。最終確認であり、それだけ重要な任務である証拠だ。
「今回のスタンピードにおける、発生原因の特定、又はその為の情報の提供を、エスタール帝国より受けた。冒険者ギルドはその依頼に対し、早急に情報を収集することを確約。その先駆けとして、お前たちに先行して情報収集してもらいたい。お前等の足なら、何かあっても逃げ切れる可能性は高い。お前たちのランクは未だにDだが、最も適任と判断した。これが達成されれば、ランクアップは約束する。やってくれるか?」
―――
で、今である。普通の人種が歩いたとしたら、何日かかるか分からない距離を3日間、こいつは走り続けている。
……確かに、先遣隊としてこれ程適任な従魔は、他に居ないわな。
だが、この何もない旅もそろそろ終わるだろう。目的地の一つ、山に着くからだ。
特に名前はないが、魔の森の中を南北に隔てる様に存在する山脈。その先はほぼ未開の場所になる。迂回しようにも、北には竜の谷が在り、南はイラ王国が在って、冒険者じゃ入れない。その為、冒険者の間では一つの区切りにされて居る場所だ。
……イラ王国で、冒険者が活動できなくなった理由は何だったか……そうそう、元は草人以外を排除したせいで、冒険者ギルドとの契約が切れたのが始まりだったか。何が“人間”以外は劣等種だよ、全く。
― ズザザーーー!!! ―
「どわぁ!?」
「キャー!?」
「どうしたー!?」
そんな事を考えていたところで、急にスピールが停止した。御者をしていた俺は、元の速度に引っ張られスピールの背に突っ込み、後ろからは何かが転がる音が聞こえる……が、そのまま転がり続け、御者席からベズが顔を出してくる。
「どうした! 魔物か!?」
「い、行かんぞ! 吾輩は、これより先は行かんぞーーー!!」
「……何があるってんだよ?」
俺の問いかけに、スピールは何も答えない。
俺が背に乗っているのも、お構いなしだ。通常だったら、全力で蹴り飛ばしてくるところを、ガタガタと震えるだけ。直ぐにでも逃げ出したい、引き返したいと、ひしひしと伝わってくる。
何かいるのかと周りを警戒するも、脅威と思われる姿も見当たらない。
こうなった魔物は、従魔だとしても梃でも動かない。此処から先、スピールに運んでもらうのは無理か。
既に、山の中腹辺りに差し掛かっている。それほど高い山でも無いので、ここから徒歩でも十分頂上に届く。届く……が
「どうする?」
「このまま引き返すのは……無いな。せめて何が危険かの確認だけでもして帰らねぇと、完全に無駄骨だ」
「一番問題なのは、ここで確認しないで、後で何が起きるか分からない事よね……」
「「「「……は~~~……」」」」
こういう時、判断に困るよな。危険があればそれを避け、少しでも情報を持ち帰るのが基本だが、その情報自体が危険なものの場合、踏み込むか避けるかの判断は、その場に委ねられる。
今回は……行かないのは無いよな~。
―――
「ギルドも! 本気だっ! て、事だろうけどよ!?」
「迷宮具3つは、はー、はー……気合入り過ぎなのよ!」
「それだけ、失敗が許されないって事でもあるが、な!」
俺達が運んでいるのは“索敵”と“遠視”と“記録”の魔道具。
これは、ダンジョンからの出土であり、普通の魔道具と区別されて迷宮具と呼ばれている、魔道具の中でも最高級品だ。
今回、冒険者ギルドから支給されたものなのだが、これ一つだけでも、一生遊んで暮らせるだけの価値がある……運ぶのすらこえぇー!?
そこそこの大きさがある為、それぞれ一つ背負い山頂を目指す。スピール? ベズに任せて放置だよ、あの糞従魔! せめて何がヤバいのか位言えってぇの!
「クリス、隠蔽の魔法は掛かっているよな?」
「えぇ、とりあえず、風魔法で音と匂いは遮断してるから、遠くから気が付かれることは無いと思う」
「了解。移動が終わった後で視界の方も頼む」
「はいはい……移動しながらも使えたら良かったんだけどね。今後の課題だわ」
普通、こんな開けた場所を移動したりしないからな。今回はしょうがない。
「お! あそこ、丁度いいんじゃないか?」
ゴッコが指し示す方向を向けば、頂上付近に、身を隠すのに丁度いい岩が視界に入った。
「よし、あそこから観察しようか」
周囲に危険が無い事を確認した後、俺達は魔道具の起動準備に取り掛かる。さてさて、山の向こう側には、何があるのやら……
迷宮主のメモ帳:魔物
魔石を核とする、生き物全般を指す。
様々な種類が存在し、魔石が一定以上に成長すると、それに合わせて肉体が適したものへと変態し、高位の存在に進化する。
魔石の質によって、同種であっても能力やスキルの成長具合が変わり、成長の仕方次第で、進化先が決定する。
繁殖方法は、交配、分裂、魔力溜まりからスポーンと、種類によって様々。
交配の場合、 受胎や卵など、元の世界とほぼ同じ方法で生まれる。両親の能力やスキルを受け継ぎ、より強い個体が生まれやすい傾向がある。
分裂の場合、分裂した個体の能力ご犠牲に、同種を生み出す。生まれる固体は、犠牲にした能力によって能力と存在の格が決まる。
スポーンの場合、その環境に最も適した種類の魔物が生まれる。また、魔石の質は他の繁殖方法に比べ、低くなる様で、高位かつ知能が高い魔物が生まれにくい傾向がある(スポナーは除く)。
その為、本能で行動する魔物が生まれ易く、周囲の環境に多大な影響を及ぼす可能性がある。




