91 ワーカーホリック②
①ワーカーホリック
②蜥蜴さんは料理がお好き
③迷宮主「ちょっと面貸せや」(ニッコリ)
「あの、その、えっと……」
「ククク、こうしていると、クロスさんが生まれた時を思い出しますね。あの頃は、両手に収まる程度だったのに、大きくなりましたね~」
近くにあった段差の縁に腰を下ろした主様。そこに招かれるままに近づくと、体を持ち上げられ、頭を膝の上に持ってこられた。
膝枕? ……いやいやいや! 何て恐れ多い状況なのだ!?
咄嗟の事で全く反応できずにいた我は、反射的に離れようと体を持ち上げるも、体に微かな圧が掛かっていることに気が付く。
まるで、逃げることを許さないとでも言いたげに、真っ直ぐとこちらを見ながら、主様の手が我の体に添えられていた。
「別に、仕事が好きならば俺も何も言いませんよ? ですが、ただやりたいことが思いつかないだけだとしたら、容認しかねます。それでは、ただ仕事に逃げているに等しい。時間はたっぷりあるんです、やりたいことが無いなら、やりたいことを見つけることに時間を使ってみては? 体を鍛えても良い、知識を求めるのも良い、技術を習得しても良い、ただただ休むのだって良い。身に着けたものは、裏切ることはありません。いざというと時に、助けてくれる事だってあります」
ゆっくりと、語り掛けるかの様に話始める。
「先ほどのゲッコーさんもそうですが、例えばクロカゲさんですと、畑仕事が趣味で、それに魔法を使っています。それもあって、魔法のコントロールが他より圧倒的に上です。コクガさんですと、戦闘一筋です。他の子達の訓練にも経験を活かしていますし、それも好きでやっていますから、集中力が凄いですよ? あ、頭脳蜘蛛達は、絶対に参考にしてはダメです。心と体の安定を保ってこその一生です。後は、そうですね~―――」
他者の例に耳を傾けながら、我は考える。与えられた時間で、何ができるのかを。我が本当にしたいことを。
……我が求める事は
「……主様。我は、必要とされていますか?」
「ん? 当然です、クロスさんを含め、蟻さん達によって、このダンジョンは持っていると言っても過言ではありません」
……我がやるべき事は
「……主様。我は、役に立っていますか?」
「はい、とっても。でも、クロスさんが全部やって仕舞うので、後続が育っていないんですよね~。クロスさんの代わりに仕事ができる存在が増えれば、余裕が増えます。リスクが減ります。何より、クロスさんにしかできない事が出た時、それに従事してもらえます。なので、クロスさんが全てやる事は無いのですよ?」
……我の存在意義は
「…………主様、我は……主様にとって何ですか?」
「何……と来ましたか。う~~~ん、難しいですね~。哲学的な事ではないですよね……家族でしょうか」
我が、主様の家族?
「血が繋がっているわけでは無いですがね。プルさんやルナさんが、俺の事を父親と慕ってくれているので、それに引っ張られた気がしますけど、俺にとって大切な存在と言う意味では、これがしっくりくるんですよね」
「我如きが、主様の家族で……良いのですか?」
「勿論。まぁでも、家族って言っても、多分こんな感じかな? て、程度のものですけどね。俺の親も、俺に興味が無かったですから、殆ど会っていませんでしたし、俺も幼少の頃から、血縁とか興味がありませんでしたからね~。なので、俺は家族と言うものを、良く分かっていないんです。でも今みたいに、元の世界に家族と言える存在が居たら、死に物狂いで帰り方を模索したでしょうね。ダンジョンって可能性も有りますし、道があるのは確かなのですから」
我は主様に対して、それ程の覚悟を持っているのだろうか? たとえダンジョンの力を使えるとしても、世界を超えてまで仲間を助ける覚悟があるだろうか?
「もちろん。もしクロスさんが異世界に攫われたら、全力を持って迎えに行きますよ? それこそ、コアさんや世界樹さんに、お願い(強制)してでもです。両方共、クロスさんには命の恩がありますから、NOとは言わせません…あ、もし向こう側で大切なものができたなら、無理に連れ帰ったりはしないですよ?」
「……そうですか」
「えぇ、やるなら行き来する方法か、世界を繋ぐ道の作成でも考えますかね~」
主様の言葉に、おこがましい事に少々の寂しさを抱いて仕舞ったが、その後に続いた言葉に驚愕して仕舞う。
「そ、そんな事が可能なのですか?」
「さぁ? でも、やってみなければ不可能なままでしょうね」
やってみなければ、分からない……そうだ、正にその通りだ。悩む必要などなかった、いくら考えようと、やってみなければ結果は出ないのだ。ならば、我がやる事は一つしかない。
目の前が開け、燻ぶっていた何かが晴れたような感覚がする。
「……クク、今は休みましょう? 行動に移すのは明日からです」
すぐに行動に移したいきもちがあったが、主様の言葉に思い留まる。
そうですね、焦る必要はない。今は、この時間を、主様の温もりを……
―――
「…起きた?」
「…あぁ」
目覚めると共に、アリスが声を掛けてくる。あのまま眠って仕舞ったのだろう。気が付いたのは、いつもの我の寝床だった。
「…主様が、運んで来た」
「……そうか」
主様との会話を思い出す。いつになく多くの事を話してくれた、思えば主様がご自身の事を口にしたのは、初めての事では無かろうか?
「…すっきりした?」
「あぁ、そうだな……アリス、我は、やりたいことが見つかったぞ」
「…そう、ふふ、良かった」
アリスに見送られ、今日も所定の位置に着く。今日も何事も無く、時間が流れていく。
一日の作業を終えた段階で、各エリアに居るリーダー格の、特に能力が高い個体に声を掛ける。
蟻全体の能力向上と、体制の見直しを図る。そして、我が居ずとも回る様に、作り上げる。
「お前たちに、指揮の一部を譲渡しようと思っている。やってくれるか?」
「マジで!?」
「もちろんやるぞ!」
今のままでは、我が居なくなれば、指揮系統が崩れる可能性がある。確かに、それは危険だ。
我の代わりとなる後続の育成に、戦力の拡充、それに伴うリスクの拡散を狙っての発言だったのだが、思った以上の食いつきだった。我が全ての指揮を執っていたことに、何かしらの弊害があったのかもしれない。
「では、何時から始めようか……」
「今からで」
「……ん? 今から?」
「今から」
「引継ぎは?」
「今まで、散々リーダーの仕事見てきたから平気」
「何か間違えが有ったら、指摘してくれると有難いです」
「そ、そうか……」
我監修の元、一度全ての指揮系統の譲渡を行ってみた。多少指示速度が落ちるが、許容範囲内だ。こなしていけば、更に効率は上がるだろう。
問題があるとしたら、横との連携が取れなかった事か。今まで我だけで処理していたことを、そのまま参考にすればこうなるか。調整が必要だな、しばらくは様子を見よう。
その後、できた自分の時間を使うために、目的地を目指し迷宮内を進む。そこにはいつも通り、配下の者を投げ飛ばす…兄弟が居た。
「コクガ、頼みたいことがある」
「……何があったか知らねぇが、ちったぁマシな顔に戻ったな」
やって見せよう。それこそ、何でも、ありとあらゆる事を!
迷宮主のメモ帳:スキル
この世界の生物が持つ、魂(魔石)から生まれた力の結晶。
魂内で経験を雛型に、魔力と意思が混ざり合う事で結晶化、スキルとなる。(多分)
"肉体:肉体の特定部位に対して、魔力の強化効率を上げるモノや、特殊な効果をもたらすモノ。
(現代で言えば、電圧変換機)"
"技術:特定の動作や技術に対して、感覚や効率化を強化するモノ。
(現代で言えば、アプリ)"
"技能:魔力(MPやSP等)を消費し、特殊な効果や強化をもたらすモノ。
(現代で言えば、電化製品)(魔法や魔術に近い)"




