316 帝国の使節団②
煌びやかなシャンデリアが広々とした客室を照らす。成金共が好むギラギラした五月蠅い光とは一味違う力強くも淡い光は、決して下品なモノとはせず室内のアクセントの一つとして成立させておる。ワシが座る外縁の席はほのかに暗いが、間接照明とか言うとったか? 足元から照らす明かりが、落ち着いた室内の景観を崩す事無く光源を確保しとる。
多数設置された席には誰の影もなく、人の気配はない。このホテルの客室のほぼすべてがエスタールの者共に与えられておるから、利用する客が殆ど居ないだけなんじゃがな。今頃他の者は下階の一般エリアで、交代で食事を取っとる事じゃろう。お陰でこのVIP専用エリアは貸し切り状態じゃ。
一面硝子張りの壁からは、眼下の街を一望できる。
何階建てじゃったかのう……外から見たならほぼ城の様な宿じゃわい。流石は街一番の宿と紹介されるだけの事はある。防犯処置も砦並みに施されておるから、ワシも仕事を……そう、仕事をせずとも誰も文句を言われる事はない!
「……良い」
気兼ねなく飲める酒が、なんと心地よいことか……胸を満たす芳醇な香りが、心身に溜まった鬱憤を溶かして行くようじゃ。
馬鹿騒ぎしながら飲む安酒も良いが、じっくりと味わい余韻に浸る酒もまた良い。
宝石の如き美しい深紅の酒は甘みが強いが、上品かつ深い味わいは他では類を見ぬ。あらゆる地であらゆる酒を飲んできたワシだからこそ断言できる、余所でこのレベルの酒を用意するのは困難じゃ。文字通り格が違うわい。
……何よりもここには、他では堪能できぬものが在る。
「ん~~~!!」
遠慮なく口にぶち込むは、丁寧に調理されたステーキ。ワシに合わせたワシの為の特注品じゃ。これが美味くない訳がない!
噛みしめる度に溢れ口の中に広がる肉汁の甘さ。その奥に隠れる様に広がるは、わしが飲んどる深紅の酒の香りかのう? 相性がたまらんわい。
やはりここの飯は、いや、奴が作る飯は美味い。
「……何を、やっているのかしら?」
「おう、ご苦労じゃのう。仕事は終わったんか?」
「ご苦労じゃないわよ!? なに一人だけ寛いでいるのよ!」
料理に舌鼓を打っておると、それをぶち壊す奴が顔を出しよった。
外務省大臣、エレナ・セレナ・ゲヘナ。
赤い鱗の竜人の小娘。平均的な竜人の体躯に比べて小柄であるが、亜人種の成人男性程度の体躯は持ち合わせとる。
小娘と言ったが、ワシと然程変わらぬ時を生きとるだけに立場に見合うだけの実力と、エスタール帝国の中でも上から数えた方が早い実権をもつ者じゃ。
交渉は口が上手ければ成り立つわけではないからのう。時には脅しも必要じゃし、その為の武力をチラつかせることも立派な交渉術の一つじゃ。何よりも余所に赴く関係上、相手のテリトリーで話をするとなる事が多い。その場合過激な奴が相手であれば、暗殺などやらかす事もあるからのう。最低限の自衛能力を求められる。こやつの場合、それを個人で賄う事ができるのもあって、この手の面倒事を投げられる奴筆頭じゃな。いつも、あっちへこっちへと飛び回っとる印象じゃ。
そして、ワシに依頼を出すだけの理由とされた奴の一人でもある。他にも何人か偉い奴は来とるが、未知の地へ赴く大臣クラスの護衛となれば、ワシを雇うこじ付けには十分じゃろ。あまり、変な事例を作る訳にもいかんしのう。
因みに、今回の使節団の最高責任者でもある。
「私達はエスタールの使節団なのよ!? 事前に人も遣っているのに、関所で足止めされなきゃならないのよ!」
「変な奴を入れる訳にもいかんし、人数も多い。ワシは言うたぞ、当日に人をやって到着予定日が変わる連絡を入れても、特別扱いは難しいと」
他に誰も居ない事を良いことに、本性剥き出しで噛付いてきよったので、こちらも遠慮なくあしらっとく。
数日程度到着時間が前後したところで、他ではそれほど気にせんからのう。同じ感覚で動いたことが失敗じゃったな。
定期便であれば、使用している車を含め、時間通り来る分信用度は高いが、余所者が自力で来た場合、ここの連中……と言うか、迷宮の者どもは、まず初めに成り代わりを疑うからのう。ここは、色々抱えとるから、早く着こうが遅く着こうが疑いの目は入るわな。
それに、本来は外で野営する事も視野に入れておったところを、方々に手を回して貰い、全員分の宿を提供してもらったんじゃ。これ以上の対応を所望するのは些か酷と言うモノじゃわい。
「まぁ、良いわ……それでアンタ、仕事はどうしたのよ?」
「警備が整ったここであれば、ワシの仕事もあるまい。ゆっくりメシぐらい食わせい」
ワシの前の席へと、エレナが勝手に腰を下ろしよる。相席を許可した覚えはないのじゃがのう……指摘するとまたキャンキャン喚きよるから、面倒な奴じゃわい。仕事モードはまだましなのじゃが……もう少し余裕をもって生きればよいものを、張りつめ過ぎじゃわい。
最後の一切れを、さっさと口へと運ぶ。名残惜しいが、雰囲気を楽しむ空気でもなくなってしもうたからのう。だから一人で食いたかったんじゃ。
「おいジジイ、誰だこのうっさい奴」
食べ終えたのを見計らってか、コックコートに身を包んだ二足歩行の蜥蜴が、音もなく現れる。ワシからは見えとったが、エレナからは死角になっとって気付いとらんかったな? 肩を跳ね上げ素直に驚いとる。いくら何でも油断しすぎじゃろう。
「おぉ、すまんすまんゲッコウ。騒がせたのう」
「いやまぁ、良いんだけどよ。ジジィの連れか? ふ~ん、強いじゃん」
「な、なによアンタ」
現れたゲッコウが、エレナにグイっと顔を寄せじろじろと観察しとる。手には……締めのデザートかのう? 食わせてくれんかのう?
「……給仕にしては態度がなってないのではないかしら?」
「あぁん? 俺はどっちかと言うとコックだぞ。それに、ここの従業員でもないしな。今はこのジジイに飯を振舞っているだけだ」
エレナの奴、ゲッコウの事を存外に邪魔だと言いたいのじゃろうが、こ奴はこの宿の従業員ではないからのう。そもそも後から来たのは小娘の方じゃから、態度も何もないわい。
「ゲッコウの料理は世界一じゃからな! 旨いぞ~、ほれほれ、早う早う」
「へ~へ~」
雰囲気なんぞぶっ壊れとるからな、さっさと寄こせとゲッコウに催促する。
ゲッコウが投げて寄こした料理は、慣性を無視して静止する。早速口を付ければ……う~ん、美味い!
「ほれ外務大臣殿、お前さんも落ち着けいみっともないのう。すまんがゲッコウ、軽いので構わんからこ奴にも何か頼めるか?」
「あぁ、こいつがエスタールのねぇ~……しゃぁねぇなぁ~、ちゃちゃっと簡単なもん作ってくっから、ちょっと待ってろ」
エレナが険悪な気配を醸し出し始めたので、適当な理由でゲッコウを裏に引っ込める。物理的に噛付くことはまずありえんが、エスタール側の印象を悪くすることもあるまい。
「……何よあの失礼な奴!?」
「ゲッコウと言ってのう。まぁあれじゃ、迷宮の魔物じゃよ。料理が得意でのう。近くに来た時は世話になっとるんじゃ」
「迷宮の? ふん、どっちにしても躾がなってないわね」
問われたのでゲッコウの事を軽く紹介すれば、不貞腐れてそっぽを向きよった。迷宮の<幹部>であることは……黙っといた方が良さそうじゃのう。
「ほ~い、作って来たぞ~。食え食え、品なんぞかなぐり捨てて食らい付け」
「……」
ほどなくして出されたのは、肉を焼いただけのシンプルなモノじゃな。
出された料理に、エレナが訝し気な視線を向けるも口にする。
「うま、い」
そりゃ美味いじゃろうよ。なにせ、己が食すことができる魔力含有量を的確に突いた、そ奴専用の完成された料理じゃ。
人によって、体内に取り込むことができる魔力濃度には差があるからのう。薄すぎれば味気なく、濃すぎれば体調を崩し味も悪くなる。魔力濃度が濃い食材を扱うにはそれ相応の技術が必要になる訳じゃな。
大概は、安全な水準まで魔力を抜くのじゃが、ゲッコウが出した料理にはそれがない。提供する相手に合った水準に持ってゆくのじゃ。
そしてそれは、相手の力量を正確に把握できていなければ成し得ない絶技じゃ。鑑定も無く、隠している実力すらも考慮し作り上げられた料理は、恐怖心すら沸き起こす。それは、実力を見透かされている事に他ならないからじゃ。
ワシ? ワシは一切魔力を抜く必要がないから、楽だとか愚痴っとったのう。
「……」
脳筋連中では気付かぬやもしれんが……エレナには十分な衝撃を与えたようじゃ。固まっておるわい。
これを機に、相手に対する認識をもう一段階でも良いので上げて欲しいものじゃ。未だに、迷宮や世界樹への認識が甘い奴が居るからのう。十分に戒めて欲しいわい。
「そんで、ジジィ共は何しに来たん?」
「迷宮との関係構築と、アルベリオンでの戦争の観戦じゃな」
位置的に隣国の様なものじゃからのう、関係構築は必須事項じゃろうて。
表向きは、辺境調査とカッターナが新たに造った……事になっているこの街への視察となっとるがのう。
まぁ、関係構築はそれ程大事ではない。ワシに言わせれば、エスタール帝国側が致命的な間違いでも犯さん限り、終わったも同然じゃからじゃ。後は国交の為の窓口さえ確保できれば、どうとでもなるじゃろう。
ワシの興味は、既にアルベリオンの方に移っとる。此度の結果は、何を置いても見届けなければならん。
「あれ? 前によ、通信用の大型迷宮具の子機とかいう奴持ち込んでなかったっけ?」
「……あれはのう、起動する日時の決定する必要があるし、何よりも準備に時間が掛かるんじゃとよ」
「…………使えねぇな?」
「…………まったくじゃわい」
まぁ、直接会うのも大事じゃよ。こやつらの危険度を理解し切れておらん奴が多すぎるからのう。
「なぁジジィ、アルベリオン迄はどうやって行くんだ?」
「そりゃ、【転移塔】でじゃな。街中にあるじゃろ?」
「……外縁の【転移塔】を利用するのは大丈夫だけどよ、一応あれも迷宮だからな? 地下の迷宮を踏破しないと、他の外周の【転移塔】全域にはつながらないからな? アルベリオン側にある【転移塔】にもつながらないからな?」
「……まじ?」
「マジ」




