314 狂った世界の氾濫③
エマさんと一緒に引き籠り始めて、はや数日が経過。外では避難民の収容が終了したらしい。未だにチラホラと散発的に来ることがあるようですが、ほぼ完了とみていいとの事。避難場所に群がっていた人混みがきれいさっぱり無くなり、一面の荒野が広がっているとか。
ローズマリー姫さんの要望で回収に出ていた、公爵の~、誰でしたっけ? あぁ、アルベルク公爵家の人も収容完了したとの事。全部クロスさんに任せているので、詳細までは知らん。
ギリギリまで重要人物の選定と回収を続けていたのか、収容予定ギリギリになっての完了ですよ。その分連れて来た人数は、数百人にも上る。これが後のアルベリオンを支える人材となると考えれば、別段悪いことではないでしょう。
アルベリオン国内に残された目ぼしい価値あるモノの回収や、身内の避難撤収は粗方済んだことになるので、後は実行に移すだけになりますね~。いや~、部下が優秀だと上司は楽ができますね~。
「ん、なの……こっちでこう? これで、こう?」
「それはこっちで、あれはそれですね」
こっちはこっちで、エマさんの修行も順風満帆。てか、魔法の応用で動かせたので、やろうと思えばもっと前からやれた可能性もあるんですよね~。
もっと前からやっていればという思いと、そんな事に時間と余裕を割いているだけのリソースが無かったという思いがががが……ま、まぁ、その場合、周囲の勢力図とか全然分からず、無差別に被害が拡散していたでしょうから、結局このタイミングがベストだったかもしれませんがね。
「これこれこれなの?」
「それこれこれですね」
あぁ、そうそう、今までは見るだけだったのが、今回本格的に“世界の狂気”に触れていて分かったことが一つ……これは、エマさんに対して出された命令では無かったって事です。
では、この命令は誰に出されたものなのか?
何となく、感覚的なモノなので断言はできませんが……この強制変異命令、“世界樹”を対象に出されたモノっぽいんですよね~。
エマさんは世界樹だろうって言葉が聞こえてきそうですが……エマさんは“世界樹”であると同時に、現在は“世界樹の迷宮”であり、エマ・マス・ラビリアさんなのです。
資格発行後に、資格保有者の名義が変わってしまった感じですかね。更新手続きを行わなければ本人証明ができず、資格が一時失効している状態だ。ただし、資格自体が無くなった訳ではない為、本人証明が済めば、即座に効果を発揮する崖っぷちにかわりはない。
現状、資格は持っているけど、資格保有者であることを自ら証明せず、遅延行為している感じですね。
もし世界が正常に稼働していたなら、この本人証明も<世界の記憶>経由で自動的に照査され、即時対応されていたんでしょうね~……世界が正常に機能していないお陰で助かっているって、怪我の功名と言うか、本末転倒と言うか。
まぁだからこそ、変異条件を満たしたエマさんが、変異すること無く現状を維持できている。もしエマさんが迷宮へとならず、自力で回復に持ち込んだとしたら、もしくはアルベリオンのエマさん襲撃が、もっと遅れ、変異に至るだけの力を持った状態で瀕死に追い込まれたのであれば……その瞬間、世界は終わっていたのでしょうね。
ほんと、この世界は綱渡りですよ。
「なのなのなのの! 掴んだなの!」
「うわはっや、この調子だと予定繰り上げ狙えますよ」
「ふっふ~ん、コツさえ掴めば余裕なの!」
まぁ、その資格……我々は“世界の狂気”と呼んでいますが、世界が発信した変異命令がエマさんの中から無くなれば、当面の危機は排除できるでしょう。これが変異の元凶ですからね~。これさえなくなれば、エマさんが変異を強要されることはなくなるはずです。
ただし、変異条件は満たしている事に変わりはないので、新たな命令が流し込まれたり、もしくはどこかしらとパスが繋がっていて流入し続けていたりしたら、再検討の余地が生まれますが……まぁ、新たな猶予は生まれるでしょうし、その間に対処しましょう。
“世界の狂気”に引っ張られ呑まれる事がなければ……言い換えれば、己の意思で変異する選択をしなければ、エマさんが【終わりの始まり】へ変異する事は無い確信を得たので、心情的には大分楽にはなりました。
「キーーー! こんなのが勝手に入り込んでて影響受けてたとか、今更ながらムカつくなの!」
「はいは~い、引っ張られな~い」
「なの。それもそうなの」
突然癇癪を起すエマさんを諫めると、ストンと平静を取り戻す。
……まぁこんな感じで、辛いことに変わりはないので、さっさと吐き出すのが最善。体に悪いものはさっさとッペして貰いましょう。
俺も、エマさんに纏わりつく狂気の半分くらい受け持って消化しているのですが……最近むかっ腹が収まらないので、早く吐き出したいのですよ。せめてこれ以上受け持つことが無くなれば、それ以上の贅沢は言わないです。
ただなぁ……俺の感覚的な目算になりますが、被害規模が予想の数段は上になりそうなのですよね~。何と言いましょうか、底が見えないと言いましょうか、ただ外に吐き出したのでは、アルベリオン国内に治まるレベルを優に超えた規模の災害になるかもしれません。
これは要調整となりそうです。いやはや、余裕を持って準備に入って正解でした。
「ん~~~ッペ! ン~~~ッペッペ!」
「お~、流石はエマさん! 吐き出すのも上手になりましたね~」
エマさんにはよいしょして調子に乗せる事で、狂気に引っ張られない様にしつつ、更に効率を上げのびのびと練習に取り組んでもらっていますが……この調子だと再調整の見込みを含めて、多分ギリギリだな~。
更に予想外の事態が舞い込んだら、予定の再調整を余儀なくされる。主に被害範囲的な意味で……時間は変えられないのでね。そうなったら、イラ方面へ破棄する方向で考えましょうか。
「ん~~~……ん? んぬ? んーーー!?」
「あぁもう、ッペしなさいッペ! できない? オェっとし、あっぶね!?」
「オェ……ふう、引っ掛かったなの」
喉を詰まらせたエマさんの背中を摩ると、唐突にエマさんの口から黒い塊が噴出した。咄嗟に距離を取って回避しましたが、危うく振っ被る所でした。いや、被っても平気なんですがね? 心情的に吐しゃ物に染まるのはちょっと……。
“世界の狂気”を構成する意思は、負の感情の塊ですが中身は複雑怪奇。鬱憤を一緒くたにし固めた様な構造をしているので、時たま現れる変な感情に突っかかり、スムーズに操作できない時があるんですよね~。
全部吐き出すとなると、この引っ掛かりが邪魔で邪魔で仕方がない。
魔力と瘴気、それを構成する意思感情。その相互関係の網羅と~反復練習に~……うん。コアさ~ん、もうチョイ処理能力こっちに回して~俺一人じゃむりぃ。
ちょっと短いので、捕捉情報(変異条件の推移)
①世界樹、種……スヤスヤ
②世界樹、発芽……ポヤポヤ
③世界樹、苗木……自我の目覚め。
④世界樹、苗木……アルベリオン襲撃によって瀕死。
・変異可能な格、能力を所有している事から、世界による【終わりの始まり】への変異権限取得、
・【終わりの始まり】への変異を決行。
・ダメージによる能力不足によって、変異不可。
・結果……変異条件未達成、(変異不可)の為、変異保留。
⑤世界樹、苗木……延命の為に迷宮化。
・【終わりの始まり】への変異権限、保持継続
・ダメージによる能力不足によって、変異不可。
・世界の記憶に、“世界樹を元にした迷宮”のデータなし。
・データの更新が成されない為、照査不能。同一個体であることの証明不能。
・再度、新しい名義による変異要請を発信。
・世界樹(迷宮)、【終わりの始まり】への変異拒否。
・同名義(世界樹(迷宮))の代理人へ【終わりの始まり】への変異要請を発信。
・代理人より(ダンジョンマスター)、変異要請を拒絶。
・代理人より(ダンジョンマスター)、変異再要請の拒絶(ダンマス「うるせぇ!」)
・結果……世界樹、変異条件未達成(変異不可)(権利保有者、未証明)の為、変異保留。
世界樹(迷宮)、変異条件未達成(変異不可)(変異拒否)の為、変異不可。
⑥世界樹(迷宮)、若木……元気いっぱい!
・【終わりの始まり】への変異権限、保持継続
・ダメージによる能力不足解決。変異可能。
・照査不能。同一個体であることの証明不能。
・再度、新しい名義による変異要請を発信
・世界樹(迷宮)、【終わりの始まり】への変異要請、拒絶。
・結果……世界樹、変異条件未達成(権利保有者、未証明)の為、変異保留。
世界樹(迷宮)、変異条件未達成(変異拒否)の為、変異不可。
現状は⑥。世界樹としては変異できるが同一個体であることを証明できず、世界樹の迷宮としては変異拒絶中。




