312 狂った世界の氾濫①
「このクソ忙しい時に……」
「まったくでございます」
クロスさんからの報告に、思わず頭を押さえる。よりによってこんなクソ忙しい時期に、厄介ごとを起こさないで欲しいのですが。
避難場所への襲撃。それも内外から同時に、ケルドではない亜人を利用しての計画的犯行だ。
捕らえた犯人を拷も……尋問して吐かせたところ、殆どが金で雇われた浮浪者や牢人でした。
やはりどこの世界にも、悪事を働く者はいると言う事なのでしょうね。一部脅されて事に及んだ者も居た様ですが、まぁ細事ですね。どうせ事を成せても、碌な結果は待ってはいなかったでしょうし、敵対することを選択したのは本人だ。
情状酌量の余地はあるが、こちらが配慮してやる程の事でもない。やり出したら限が無いですからね、線引きは必須です。
しかし、防壁を一撃で壊されることは想定していなかったので、対応の遅れが被害の拡大につながりましたね。
ダンジョンを切り刻むとか……うちの子達ですら苦戦する強度でしたのに、非常識にも程がある。いっその事、防壁をエマさんの体で作って置けば……って駄目だ。斬れないにしても、エマさんがキレるわ。
結果を見れば、死傷者多数、拉致者数十名。
死者も少なくない人数が出ましたが、それらについてはDPに成ったので美味しくいただきました。反面、迷宮の信用が多少落ちたようですね。
……まぁ、迷宮側への苦情や不信感は本当に少ない。
負傷者は、治療を施し全快。途中で【白】さんも参戦したので、迷宮側への声も黙殺です。後で【白】の皆さんには、ボーナスと被害の補填でも支給しておきましょう。
拉致者については領域外での出来事だったので、詳細は知りませんが、ローズマリー姫さんを連れて来た騎士の方々が、そりゃぁもう、鬼気迫る形相で助けに入ったとかで。全力で救助する姿に助けられた国民も、安堵や感謝を抱きはすれど悪感情を抱く者は殆ど居ない……完全にとは言えないのが、何とも悲しい事です。
そして此度の一件、誰が主導で行ったかと言うと……まぁアルベリオンですね、それ以外に居ませんし。
断定した根拠はあります。
雇われ連中の証言もそうですが、指揮を執っていたのが、アルベリオンでそれなりのお偉いさん方だったことが一つ。
そのお偉いさんの中にケルドが居たので、拷も……解剖して中の記憶とか吸い出していたら、その光景を見ていた他のお偉いさんが自供したことが一つ。
決定的だったのが、ダンジョンの防壁を切り刻んだ、例の人間の存在ですかね。
勇者、異世界からの召喚者……まぁ、俺と同じ日本人ですね。本当にありがとうございますクソが。
「主様、お口が悪うございます」
「おっと、これは失敬」
ゲロったお偉いさん方の証言曰く、あれはアルベリオン国王お抱えの兵器なのだとか。その一言だけで、彼等の扱いが見えますね。
「兵器に、無駄な機能や情報は必要ないと言う事でございますね」
「定期的に整備と調整を施せば、立派な兵器の出来上がりです」
防壁を切り刻んだのが、<絶対切断>を持つ剣の勇者。
防壁に空いた穴で通せん坊をして居たのが、<絶対防御>を持つ盾の勇者。
他にも、魔法や知識に優れた知恵の勇者に、大量の武器を作り出す創造の勇者もいるらしいですが、そこら辺は領域に入っていないので詳細な能力は不明。拉致者奪還時に騎士の皆がそれらしい相手の妨害を受けたらしいので、勇者たちの情報に嘘ではないでしょう。
「主様を差し置いて創造を名乗るとは、片腹痛いですな」
「あ~、最近やって無いな~<創造>。この一件が終わったら、何か創りましょうかね~」
ぷんぷんと怒るクロスさん。う~ん可愛い、癒されます。
「念のため再確認しましたが、やはりこの勇者、アルサーンの村々を襲撃して周った者達で間違いないそうです」
エマさんがまだ全快ではなかった頃にアルサーンからの難民を受け入れましたが、彼等を襲ったのもこの勇者一行で確定している。襲撃してきた彼等の顔を覚えている人が、何人かいたんですよね。
恐らくその頃には既に、勇者組への獣人に対する悪意ある偏見を植え付けが終わっていたのでしょうね。まぁ、生き物を虐殺する行為に抵抗がない時点で、道徳心を持っていたかも怪しいですが。
特に、腕を斬り落とされていた牛人さんは、怒り心頭。剣の勇者が現れた時にも近くに居たのに、手を出せなくて相当悔しい思いをしていたとか。まぁ俺としては、死なないでくれたのでありがたかったですが……何気に強いんですよ、あの牛人さん。あぁ、ダンジョンで罠に引っ掛かっていた頃が懐かしい。
これ以上存在しなければ、アルベリオンは4人の異世界人を抱えている事になる。
これだけ揃うのです。転生や転移ではなく、召喚による異世界拉致でしょうね。コストは、拉致し奴隷として使用していた獣人達でしょう。
アルベリオンに潜入していたアルサーンの隠密の話でも、どこぞの施設に運ばれたウン百の獣人が、その施設から出てこないとかで、召喚のコストにされたのだろうと推定されていましたし。それもあり、現在のアルベリオン国内では獣人は殆ど残っていないらしい。
一度に複数人を拉致ったのか、何度も繰り返して数を揃えたのか……どちらにしても異世界からの召喚となれば、世界に穴を開け、世界の血肉で道を作り、余所から引きずり込むような行為です。当然の事、世界への負荷は軽くはない。エマさんの件がなくとも、駆除対象で良いのではなかろうか?
「此度の襲撃、ローズマリー姫の誘拐の他に、召喚用のコスト確保があったのかもしれませんね」
「あぁ……普通にありそう」
どちらにしても……遠慮なくヤれますね!
召喚された異世界人も異世界人で、碌なモノではない。会話の内容からも明白です。
剣の方はアルベリオンにとって都合の良い情報を刷り込まれた、己に都合が良い情報しか信じない偽善者。盾の方は、他人がどうなろうとも自分が良ければそれで良いDQN……と言ったところでしょうか。
特に剣の方は、獣人が魔物や害獣、魔王の眷属的なモノだと本気で思っているご様子。
「我々を絶対悪と言い聞かせの、特攻でございますか」
「所詮、兵器は消耗品と言う事なのでしょう。壊れれば、また呼び出せばいいとか考えてそうですし」
剣の勇者様の中では、避難場所の草人は、魔王の怪しげな術によって拉致された可哀想な人。対峙した衛兵は魔王に洗脳されおり、無理やり戦わされているらしい。
魔王……なんてひどい奴なんでしょう! 差し詰め彼は、そんな魔王に立ち向かう正義の勇者様! 何てカッコイイのでしょう! ……草人に手を出して言い訳を垂れ流す時点で、誇りも覚悟も持っていないですが。
スキルは強力。だがしかし、人格はゴミクズ。まだ見ぬ勇者は知りませんが、獣人虐殺に此度の襲撃、共に手を貸している時点で……うん、面倒。
よくも、そんなクソの様な奴を揃えたもので……勇者ガチャでもやったのかな? 召喚した異世界人を再度コストにすれば、それなりの回数をやれるでしょう。キョクヤさんを見れば分かりますが、異世界人の方が現地人よりも魂が優秀なのか、この手の生贄には適しているらしいですし。
「あれ程度の戦闘力であれば、我々で制圧できると思いますが……最後に見せた剣の勇者の力が不確定要素ですね」
「あぁ、何でしたっけ、急に強くなったんでしたっけ?」
スキルも碌に使えない、ステータスと因果スキル頼りの素人集団。その程度の相手であれば、幾らでも嵌められるし、真正面からでも潰せる。【白】さんで対処できる時点で、要注意程度の認識だったですが……それを超える何かを持っているのでしたら話は別です。
「その力に、目星は付いているのですか?」
「ハ! 【白】殿の所感によりますが、ケルドを凝縮したかのような気配だったとかで、邪神関連の力である事は確定かと」
「それ以上は分からないと……」
俺もその勇者を見ておけば……あぁいや、聞く限り俺では、気持ち悪くて碌に見られなかったでしょうしいいか。
ケルドの根源、邪神の力……道具か契約的な事を仕込まれたか、兎にも角にも神の力、もしくはその一端を振るえる可能性があるのは脅威でしかない。
本当……うちの子達が出なくて正解でした。
「邪神の力……【白】殿の話では、魔道具や余所からの力の供給などがあった報告はありませんでしたが」
「となると、感知できない所からの供給……称号、魂経由の力の供給?」
俺もショタ神からの称号を持っているので、何となく仕組みや使い方は分かるのですが、これってタグやGPSみたいな感じの機能があるんですよね。
大概は何も効果のない、世界によるタグ付けがメインですが、その仕組みを利用して、目印に目掛けてエネルギー波を飛ばす感じで、力の供給やら補正やらを行う事も可能。
周波数が合わないと感知もできないので、隠れて力の供給をするには最適だ。
かと言って、称号を施すには世界の権限が居る。
俺の場合は世界の外に拉致られて、世界の権限外で施されたので簡単に付与されましたが、これが世界の中でしたら、代理管理者であるショタ神でも、付与するにはそれ相応の手続きが必要だったでしょうね。
<世界の記憶>で、その辺の手続き方法を発見したのですが、頭が痛くなるような内容だったのでそっ閉じしましたよ。お役所手続きかよ。
ん? ……って事は、勇者に称号を付与されているとしたら、この世界に拉致られる時に付与された? 異世界召喚の技術をイラがもたらしたとしたら、その際に邪神の干渉、もしくは召喚術式に称号を付与する仕組みを組み込んでいたとかもあり得るか。
「どちらにしても、直接本人を調べて見ない事には分かりませんね」
「一匹でも捕らえる事ができればよかったのですが……」
「いやいや、安全第一で行きましょう。せめてエマさんのが終わるまでは、可能な限りリスクは取りたくありません」
エマさんが改善すれば、多少のリスクを取る事も出来る。兎にも角にもそれからです。
しかし、神との繋がりねぇ……神と言えば、ショタ神からの返信が未だにねぇな?
「その者に期待するだけ無駄では?」
「う~ん、ショタ神の評価は急転直下」
うちの子達の、ショタ神への評価が低すぎる。ファーストコンタクトがあれだったからなぁ。最近は俺も存在を忘れていたのでフォローできないですが……。
「して主様、エマ様の様子は如何でござーーー」
「ダン~、どこなの~?」
「ッツ」
報告が粗方終わったのを見計らってか、エマさんが奥の部屋からひょっこりと顔を出す。
唐突に声を掛けられ、クロスさんはびくりと身を強張らせる。気配も欠片も無かったでしょうからね、そりゃ驚きますよね。
「主、様」
「クロスさん、報告ご苦労様です。戻りますので、後の事もよろしくお願いします」
「ッハ! お、任せください!」
クロスさんに外の雑事を全て任せ、エマさんが待つ奥の部屋へと戻る為立ち上がる。
はいは~い、心配しなくても今行きますよ~。
ショタ神「なんでこんな、ポンポン世界に穴が開くんだよ~!? 誰か塞ぐの手伝って~、世界が死ぬ~、他の事できないぃ~」(´;ω;`)




