311 疎外と阻害④
殴る殴る殴る。疲れたら他と代わり、延々と殴り続ける。一方<絶対防御>を使い続ける男に、苦痛は無い。だが、回復する端から使われる為、魔力が溜まる兆しも無い。
「はぁ、はぁ……これだけやっても尽きないのかよ」
「だが、動けないのは確かだ。奴に残された手段はない」
どれ程時間が経っただろうか……周囲の負傷者の救助と避難も済み、突然の襲撃に対する混乱も収まりつつある。
新たな事件もなく、されど、男と獣人達の間の膠着状態は解消されず、時間だけが過ぎていく。信頼からか、見捨てられたのか……男に救援が来る様子もない。
「持って来たぞ!」
「よし、さっさと使っちまえ!」
だが男と違い、獣人達は動いていた。正確には、倒せないと分かった時点で、元アルベリオン兵である草人が、救護活動の合間にある物を取りに行っていたのだ。
「押さえつけろ! 腕を出せ!」
「■! ■■!! ■■■■■■!!!」
「クソ、こ……の、馬鹿力、が!?」
取りに行った物……それは、拘束具。
衛兵として彼等には、武具や消耗品の他に、捕縛、拘束用の魔道具も多数支給されている。
それこそ、一般人を捕らえるだけの丈夫なだけの枷から、開発課達謹製の逸品まで、その品質は様々だ。
彼等が持ち出したのは、当然、その中でも一番ヤバイ品である。
幾本もの鎖がジャラリと音を立てて揺れ、金属の輪一つ一つに彫り込まれた術式が波紋を広げる様に点滅する。
開発課達の、お遊びと悪ふざけと好奇心によってこの世に生まれたその拘束用魔道具は、ありとあらゆるデバフを盛り込み、その魔力消費を拘束者に強要する。一度それに囚われれば、自力での脱出はほぼ不可能だ。
その特性故に、早く吸わせろと言わんばかりに、よだれを垂らすかの様な禍々しい気配を放ち、嫌らしい笑みを浮かべているかのような錯覚を与える。
そんな呪いの品を持ち出されて、男が平然としてられる訳がない。今までと打って変わって、錯乱したかのように暴れ、抵抗する。
しかし、幾らステータスが高かろうとも、それを活かすスキルも無く、運用する魔力も無い男では、身体能力に優れた獣人達の全スキルと魔力を使った力の前には、僅かに足りなかった。
じわりじわりと押し込まれる男に向け、拘束の魔道具が向けられると、ジャラリと鎖が、男に向けて伸びる。
「!? 避けろ!!」
「「「!?」」」
今まさに、男を捕らえるその瞬間……その隙をつくかのように、感知外から密集する彼等の下へ、何かが飛来した。
いち早く気付いた者が声を上げたことで、着弾地点に居た者達が飛来したものに衝突することは無かったが、飛来したものを認識した者達は、一様に怯み動きが止まる。
飛来したのは、人の形をした何か。それを人と断じないのは、凡そ生き物が放つとは思えない、神々しさすら感じる汚らわしい魔力を振り撒いていたからだ。
「▲▲!」
突如現れた人の形をした何かは、悍ましい魔力を纏った剣を、薙ぎ払う様に振るう。魔力によって延長された刀身は果てが見えず、周囲の建物を、防壁を、抵抗すら感じさせず上下に分断して見せる。
「ッチィ!」
「クソが!?」
剣の軌道が直線的で読みやすかった事もあり、獣人達は咄嗟に上体を逸らす事で、間一髪回避することができた。
だがその代償に、取り押さえていた男を取り逃がしてしまう。
建物が崩れる轟音と粉塵が舞う中……人の形をした何かを認識した男が、希望の光を得たかの様に、恥も外聞もなく四つ足でそれに駆け寄った。
「■■■!?」
「▲▲▲!?」
男が上げた必死な声に、人の形をした何か……白達から逃走して来たマサキは、驚きの声を上げる。
男のスキルである<絶対防御>は、マサキからしても強力な力だ。どんな強力な攻撃も、簡単に防いでしまう。
だと言うのに、男のこの情けない姿……ここまで逃げれば安心というマサキの認識が、早々に崩れ去ってしまった。
「ここまで来て!」
「逃がす訳無い、だろ!」
足元に縋りつく男にマサキが戸惑っていると、男に使おうとしていた拘束用魔道具が、マサキの背中目掛け投げつけられる。
立っているのは、マサキだけ。四つ足で駆け寄る男の姿は、巻き上がる粉塵で見えないが、マサキであれば、悍ましい気配と合わさり間違える事はない。
更には投げつけられた拘束用魔道具自体が、マサキに向けて生きているかの様に鎖を伸ばす。
「え?」
「■?」
マサキに鎖が巻き付き、ありったけのデバフを掛けつつ、魔力を吸い上げる……その途端、拘束用魔道具が無残に崩れ、べちゃりと、金属とは思えない音を立てながら地面に落ちた。
「「……」」
その光景を唖然と眺める草人含む獣人達と、何かされたと背後を向くマサキの視線が交差する。
地面には、ぐずぐずに崩れた残骸が転がっているが、互いに何が起こったのか分からず沈黙する。
「▲゛!?」
時間にして一拍ほど……その隙を狙い澄ましたかの様に、マサキの顔面に円筒の金属塊が着弾する。
膨大な魔力を内包し、尚収まり切らずバチバチと放電するかのように魔力が弾ける、金属の塊。そんなモノを顔面に受ければ、流石のマサキも全ての威力を受け切れず、バランスを崩し仰け反ってしまう。
その質量攻撃だけでも、生き物を殺すには十分すぎる威力なのだが、それだけでは終わらなかった。マサキの顔面に引っ付いて離れない円筒の金属塊は、クシャリと圧縮する様に潰れると、耳を劈く轟音と衝撃を轟かせた。
マサキが放つ悍ましい魔力すら吹き飛ばし、引っ付いたマサキの頭部に直接破壊を叩きこむ。全威力を一点に集中させ、内部破壊を目的とした苛烈な一撃を前に、流石のマサキも尻もちをつく。
レールガン……逃亡防止の為にと配置に付いていた白の一人は、逃走するマサキを、今も尚執拗に狙っていた。
最早、執念や執着と言ってもいいだろう。撃ち込まれた弾も、量産品などではない。 高速で射出される金属の塊、着弾すれば無理矢理圧縮し、内包する魔力を攻撃力に変換しつつ、その全てを弾頭から着弾点へと叩きこむ。対象を破壊することだけを突き詰めた、コスト度外視の殺意の塊だ。
全力で殺しに掛かる白の攻撃に、常に捕捉されている現状に……マサキの心はもう逃亡以外の選択肢を取る事ができなくなっていた。
「■■■!?」
強烈な一撃を受けたマサキを前に、男が驚きの声を上げる。
……だが、それでも、内から沸き立つ悍ましい魔力の御蔭なのか……マサキの頭部が潰れる事はなく、命を脅かすまでには至らない。
顔に引っ付いた潰れた金属塊を引っ掴むと、力任せに引き剥がす。
視界が開けたマサキの目に飛び込んできたものは、真っ直ぐ自身に向って飛来する、幾つもの円筒の金属塊だった。
「▲!?」
「■、■■■?」
マサキの口から情けない声が漏れる。
死にはしない、だが苦痛は感じる。その痛みは、死の恐怖を実感し、折れたマサキの心を嬲るには十分すぎた。
攻撃されている、追われている、まだ逃げきれていない……死ぬ死ぬ死ぬ、殺される。
震え慄くマサキの姿は、普段の姿からは想像もできないものだ。助かったと安堵していた男も、その姿に再度困惑と恐怖に呑まれてしまう程に。
一転攻勢、報復……そんな考えなど浮かぶ余地などない。男とマサキ、互いに考える事は一つだけ。
逃走である。
「■■!?」
マサキは脇でへ垂れ込む男の襟をつかむと、自身目掛け飛来する円筒の金属塊に向け構える。
突然矢面に立たされ……盾にされた男は、咄嗟に<絶対防御>を自身に向け発動。飛来した円筒の金属塊を真正面から受け止める。
一撃の威力は絶大なれど、<絶対防御>の前では意味を成さない。
音も経たずに停止し、先ほど同様に潰れ衝撃をぶち込もうとするも、何も起きなかった様に静まり返る。残るのは、男に引っ付いて離れない潰れた金属塊だけだ。
これなら防げると確信を得たマサキは、その男を背に構えながら踵を返す。
手に入れた最強の盾で、尚も撃ち込まれる円筒の金属塊を防ぐと……全力でその場から逃走した。
拘束用魔道具「こいつの魔力マッズ!? クッサ!?」




