306 闘争からの逃走⑤
何かに向けて飛び込んだ白い影が、両手に持つ長物を振り被る。
たわみ、軋む柄。端は円錐状に尖り、反対側は幾重もの術式が彫り込まれた円筒状となっているそれは、戦槌に酷似した形状をしていた。
だが、それはそんな生易しいモノでは無かった。
円筒に刻まれた術式が、回転し唸りを上げる。容赦なく叩きつけられた先端が、何かの側頭部へと突き刺さると同時に唸りを上げていた円筒が急停止し、カチンと撃鉄が落ちる音を響かせる。
撃ち込まれた先端、いや、内蔵された杭が、炸裂音と共に何かに撃ち込まれる。轟音と衝撃が空気を揺らし、きりもみ回転しながら吹き飛んだ何かは、真っ直ぐ地面へと突き刺さり、舞い上がる土煙に隠れ沈黙した。
「フジュ~~~……」
頭を覆う白いベールの奥から、空気の抜ける音が漏れる。
侵略してきた何かを撃ち抜いた戦槌を肩に担ぐことで、重い金属音を打ち鳴らす。頭から足の先間まで白い法衣で覆われたその姿は、一切の露出が無く顔も見えない。
避難場所の至る所でその姿を見られた、白衣の集団。カッターナで暴虐の限りを振るっていたこの者達は、ここ、避難場所でも活動していた。
但しカッターナとは違い、ケルドの絶対数が少ないアルベリオンでは、その暴虐を目にする機会も少なく、検問の検査に引っ掛かり邪魔物の姿になったケルドの処分ばかりしていた。その為、避難してきたアルベリオン国民は、この者達の残虐性を知る者は少ない。
人前では、芯の通った美しい姿勢で佇む、落ち着いた女性を彷彿とさせる姿を見せていたのだが……それが今では、獲物に噛付く前の肉食獣さながらの前傾姿勢をとり、深く腰を落としたことで、裾が人ではあり得ない不自然な形に盛り上がっている。裾の端からは、地面に食い込んだ幾本もの鋭く頑丈な鉤爪を、人の脚の代わりに覗かせている。
それはさながら、甲虫の脚だ。
「おや、あれを受けて吹き飛ぶとは、想定以上に頑丈ですね」
「ン」
「あら、魔道具による障壁が割り込んでいましたか。恩主の技術者様が御作りになられた魔武器の威力を減衰されるとは、それなりの品を持っていらっしゃるようですね」
甲虫の脚を持つ異形の隣に、同じく真っ白な法衣を纏った者が上空から降り立つ。
こちらは人前で見せる時と同じく、芯の通った美しい姿勢を保ち、体の前で手を組み慎ましいく佇む姿は穏やかな口調も合わさり、どこぞの修道女か令嬢を彷彿とさせる。
だがしかし、足元から人の足の代わりに大量の白い布が伸び、スルスルと波打つことで地を這う様に移動する様は、寧ろ上半身が殆ど動かない為、生き物らしからぬ作り物めいた印象を見る者に抱かせる。
「ム?」
「斬られた方は全員未だに息が有りますので、このまま延命処理を行えば十分に助かるかと。心配でしたか?」
「ッケ」
波打つ布の先端には、先ほど上半身と下半身が泣き別れになった人たちが、簀巻きの状態で固定されている。淡く光る布は、微弱ながらも<回復魔法>が発動しており、切断部の接着は既に済んでいるのか顔色も悪くなく、呼吸も安定している。本格的な治療は必要だろうが、すぐに死ぬような状態でもないだろう。
「遅かったな、白いの」
「あら、衛兵の皆様におかれましては、お勤めご苦労様です。苦戦しておられた様でしたので、僭越ながら横やりを入れさせていただきました。これも恩主様の領地を荒らす不届き者を成敗する為、何卒ご容赦を」
何者かの背後にいたことで 難を逃れた槍兵の片割れが、息を整え声を掛ける。土煙が晴れず、何者かが動く様子もないこともあり、上空から現れた布の方が振り返り対応する。
「むしろこちらとしては、さっさと来てほしかったんだがな。お陰様で壊滅だ」
「あら、私達だって急いで来たのですよ?」
「ハ! 俺だって、着いてすぐ割って入ったんだったら、文句は出んよ……ちょっと前から上空で様子見していただろ。人を様子見に使ったんだから、少しは愚痴ぐらい言わせてくれ……でも、まぁ、あれだ、何が言いたいかっていうとだな、助かった。皆を代表して礼を言う」
助かりはしたが、相手の様子見に使われたことに難色を見せる。必要な事であったことも理解するし、治療もして貰っているが、致命傷を負っている事に変わりはないので、煮え切らない態度ながらも礼を述べる。
この白いのと呼ばれた者達に、特定の組織名は無い。故に周りからは纏う白い法衣から、そのまま白などと呼ばれている。
主な構成員は、カッターナのイラ教の教会でケルド漬けになっていた、ダンマスが直接救出した者達か、他の理由で酷い欠損を抱えた者達だ。
欠損した四肢の代わりに、凶器を仕込んだ魔道具の手足を携え、欠損した内臓の代わりに多数の魔道具を詰め込み、生命維持と武装を人の側に内包している。その為、白い法衣の外からでは普通の人型に見えるが、武装を全開すると異形の姿を露わにする。
精神を病んでいる者が大半であり、精神を繋げる魔道具によって、その負荷を互いに補い支え慰め舐め合うことで、個としての自我を保っている。だがその分、個としての自我が薄くもあり、口を利くことをしないモノも多い。口を開く者と言えば、強靭な精神を持ち、他の者たちの精神的支柱に成っている者、生きる事を諦めなかった者位のものだ。
因みに、甲虫脚は前者、布の方が後者である。
その感情の大半が、生への執着と復讐心、耐え難い憎悪や嫌悪、破壊衝動で構成されている。そんな精神を反映してか、彼女らの装備は凶悪無慈悲な傾向が強い。生命維持などの共通魔道具以外は、使用者の性質や精神に合わせチューニングされた固有魔道具。他者が使用すると酷い負荷が掛かる、一種の呪いの魔道具ばかりである。
「勝てるか?」
「えぇ、あれ以上が無ければ、如何とでも。彼女も一撃で仕留められなく不満の様子ですし、この場は任せて大丈夫でしょう」
私も延命処置で碌に動けないですしと、甲虫脚へ視線を向ければ、任せろと言わんばかりに戦槌を唸らせる。
甲虫脚も例にもれず、肩に担ぐ戦槌は凶悪無慈悲。眼前の不快なモノを全て貫き、一撃で仕留める。それだけを考え、その瞬間の爽快感を追求した果てに辿り着いた凶器。憎悪がそのまま形になったかのようなそれの名は、戦槌【貫杭破槌】……戦槌の形をしたパイルバンカーである。
そんな凶器を全力で振るったにもかかわらず、相手を一撃粉砕できずとてもとても不機嫌な彼女は、今か今かと飛び掛かる時を待ちわびていた。
「さて、先ほどは『仕方がない』などと、随分と身勝手な言い分を述べていましたね、異世界人。いや、勇者様と言った方が良いのかしら? 『マサキ センドウ』くん」
土煙が晴れ、何者かの姿が露になる。ケガらしいケガも無く、あるとしたら纏っていた防具類が軒並み残骸に成り下がっている位のものだ。
彼の正体は、アルベリオン王国で勇者ともてはやされていた、異世界より召喚された者の一人。名は千堂 正樹といい、名前から分かるように日本人である。
「!? ▲▲▲、▲▲▲▲▲!?」
「えぇえぇ分かりますとも、我等が恩主の母国語でございます。覚えて然るべきでしょう。まぁ、難解な言葉回しが多々あり、お世辞にも習得できているとは言い難いですが、貴方の暴言と妄言は、ちゃんと聞いておりましたとも」
同郷の存在の可能性を前に、見るからに動揺を露わにするマサキ。なぜ? 何処に? 誰から? 頭の中を様々な疑問が駆け巡り、阿呆面を晒す。何をとち狂ったのか、囚われているのであれば助けなければ、などと思考が明後日の方向に行く始末だ。
だがその思考も、続けて放たれた白の言葉に吹き飛ばされる。
「獣人の方々に向けては、『凶悪な化け物』と罵倒し、間に亜人族の方々が割り込めば、避難する獣人に向けては『逃げるな、卑怯者』と罵る。亜人族の方々に向けては何をとち狂ったのか、『洗脳されているのか、今解放してやる』と言いつつ引き入れた仲間に誘拐させ、『正義の名のもとに』と躊躇なく非戦闘員の獣人を斬殺。挙句の果てには、助けてやるなどと高慢な事を豪語しながら、思い通りにならなければ戸惑いなく草人の戦闘員まで斬殺し、最初に出てくる言葉が言い訳ですか? 命を何だと思っているのですか、この恥知らずが。妄言妄想甚だしいですね。自分の都合がよいかどうかでしか判断できないのですか? 自分の都合の良い事しか認識できないのですか? それとも教えられるがままに、吹き込まれるがままに信じ、自分で考える事も調べる事もしない、いいように使われているだけのバカですか? 気持ちよくなりたいだけなら、余所でやって下さい。貴方の自慰に他人を巻き込むな、不愉快です」
「▲、▲、▲……?」
獣人は化け物の害悪。人々を殺し、攫い、犯す、倒さなければならない悪であり、それに人々は囚われている。彼の中ではそれが普遍的なものであり、刷り込まれ疑う事の無かった、この世界でのマサキの常識。それを捲し立てる様に真っ向から否定され、貶され、眼を逸らした己が行いを突き付けられたマサキの頭は、すっかり混乱していた。口はどもり上手く言葉を紡げず、視線は勝手に泳いでいる。
「あぁ、ここで殺したりはしませんよ? 貴方には無謀にもここに攻め込んできた理由を吐いて貰わなければなりませんからね。防壁に空いた入り口を塞いでいる一人と、外で妨害している一人、どちらも貴方と同じ境遇でしょうし、そちらも可能であれば捕らえたいところです。何せ既に一人、気配のない何者かは、姿を確認する事すらなく地面の染みになってしまいましたからね」
「▲▲▲!?」
「あら、お友達でしたか? それは残念でしたね。今頃は地面と一体化して、殺風景だった通りのアクセントになっていますよ。しかし、成る程……あれは貴方達の差し金で間違いないと言う事ですね? つまり今回の襲撃は、アルベリオン王国王位継承者、ローズマリー・クリア・サン・アルベリオン第6王女の誘拐が目的でしたか。王女を誘拐して何をする気か甚だ疑問ですが……あぁ、人質にでもする気でしたか? ご愁傷様ですが、それは無駄と言うモノでしょう。あれがなくとも、我等が恩主は止まる事などないでしょうからね」
「ン」
「そうですね……よし」
布の白が話し続ける姿に辟易したのか、甲虫脚が、早くやらせろと言わんばかりに催促すれば、待てをした犬を嗾けるかのように許しを出す。
そうすれば、待っていましたと言わんばかりに飛び掛かる甲虫脚。一瞬で距離を詰め、混乱するマサキの顔面に【貫杭破槌】を叩きこむ。
「▲▲!?」
「あの不審者の目的も粗方想像できたので、今すぐ知りたいことも無いですし、後は他に何かを企んでいる事があるか、拷問で口を割らせればいいだけでしょう。思いっきりやっても良いですが、殺さない様に。恩主と同じ世界と思われる人間……情報、解剖、実験、選り取り見取り。恩主への良い手土産になるでしょう」
「オ」
きりもみ回転しながら吹っ飛ぶマサキを眺めながら、布は甲虫脚にやり過ぎない様にと釘をさす。聞いているのかいないのか、短く返した甲虫脚は、追撃の為に振り上げた【貫杭破槌】を、仰向けに着地したマサキのがら空きの腹へ叩き落とす。
「オボ!?」
衝撃の逃げない地面と板挟みになり、突出した杭と衝撃が逃れることなく腹に突き刺さる。地面に放射線状に亀裂が走り、腹が押しつぶされたことで内容物が口から溢れ出すが、貫くまでには至らない。
再度振り上げる甲虫脚の隙を突き、マサキが破れかぶれで長剣を振り払う。それは上半身を後ろへ逸らす事で回避されるが、一瞬とはいえ攻撃が止まったことで、マサキは上体を起こす。
「あぁそうそう雑談ついでに一つ、貴方に忠告です……相手がべらべら喋っている時は、真っ先に時間稼ぎを疑いなさい」
「!!??」
手を突き、膝を曲げ……悠長に立ち上がろうとするところへ、布の白から声が掛かる。その言葉の終わりと共に閃光が走ると、遠方から飛来した金属の杭が、立ち上がろうとしていたマサキの胸にめり込んだ。
パ~イル バンカ~……(*´▽`*)




