300 逃走からの闘争⑤
投降遅れました、申し訳ありません!
事の発端は何だったでしょうか……一晩明け目覚めた私、ローズマリーは、タラントによる簡単な検査の後、簡単に身支度を整え朝食の為に移動しました。
昨晩もそうでしたが、普段一緒に居る侍女の姿が見えません。その事を尋ねると、彼女らはこの場に入る事を許可されていないとの事。
要は、現在私は孤立した状態で監視されているという事なのでしょう。昨晩はウォーが居ましたから気付きませんでしたが、背中に寒いモノが走ります。これは、不安というモノでしょうか。見知った者がいない環境がこれ程落ち着かないとは、思いもよりませんでした。
辿り着いたそこは、様々な種類の沢山のテーブルとイスが並び、お腹を刺激する匂いが充満した空間でした。騎士団の方々の話に出た食堂? というものでしょうか。
そこで適当な席に促され座ると、蜥蜴族? の魔物に食事を出されました。野菜中心の料理でしたが、体調の改善に合わせ、後に肉類も出るようになるから期待していいぜとの事。普段食が細い私にとっては有り難いメニューです。
「こんにちは~」
そんな折でした、声を掛けられたのは。
両前足で器用にトレーを持ち、私の隣の席に腰を下ろしたのは、真っ白でモフモフした獣の魔物。トレーの上には、山積みの野菜と、小口に切り分けられた果実。どうやらこの魔物も朝食の様です。
ですが、何故わざわざ私の隣に座ったのかがわかりません。監視でしょうか?
「いや~、偶には食堂で食べるのも良いね、ホロウ!」
「ホウホウ、ゲッコー殿が居るタイミングを狙うのがみそですな」
白いモフモフに集中していたからでしょうか? いつの間にか目の前の席に真ん丸な鳥が座り、白いモフモフと同様に食事をとっていました。こちらは肉や木の実が中心です。
「ほう、ここでは見ない顔ですな?」
「僕はモフモフ、そっちの丸いのはホロウ。お名前なーに?」
「ローズマリーと申します」
席を同じくした二体の魔物が話しかけて来るので、軽く自己紹介。
会話の引き出しが少ないこともあり、大半が相手の話を聞き、稀に飛んでくる質問に答える。食事中に会話をする事が今までなかったので、何とも新鮮ですね。あ、頂いた朝食は、大変おいしゅうございました。
聞く話によりますと、この二体の魔物。モフモフとホロウは、このダンジョンの<幹部>、要はとても偉い魔物なのだとか。因みに先ほど私に食事を運んでくださいました給仕の蜥蜴も<幹部>で、名をゲッコーと言うそうです。
こんな愛らしい見た目で? 本当? と胡乱気な視線を向けて仕舞いましたが、相手もその手の視線に慣れているのか、笑って流して下さいました。
……何でしょう、この滲み出る大物感は。もしかしなくとも見栄でもなんでもなく、本当に偉いのかもしれません。見た目で判断するなという良い例かもしれませんね……それでも、その<幹部>が給仕の真似事をしているので、私が抱く偉いの基準とは、根本的に異なるのかもしれません。
そして、話の中に聞き流せない情報が一つありました。
「ダンジョン?」
「あれ、知らないでここに居たの?」
「最近入られた方でしたかな? そう、ここはダンジョン。名は【世界樹の迷宮】でございますな」
なんと、ここはダンジョンの中であり、世界樹様の中でもあると言うのです。
要は世界樹様が、ダンジョンに成ってしまったという事。それすらも驚きですが、世界樹様とは別の支配者が居ると言うのですから驚きです。
その支配者とは、迷宮主。その迷宮主様が実質の支配者なのだとか。
世界樹様……植物相手と考え、感性の違いから会話が成立するかも怪しいかと思っていましたが……人であれば、会話は通用するかもしれません。少し希望が見えた気がしました。
「こちらに居られましたかローズマリー様。おはようございます、御加減は宜しいですか?」
「あら、おはようウォー。えぇ、体調は今までにない程に好調よ」
食事が終わる頃。食堂にウォーが現れ、私の元へと歩み寄り声をかけて下さいました。それに対し、思わず弾んだ声が漏れてしまいます。見知った方が近くに居ると、やはり安心するのですね。
……ウォーが私の元に来られるという事は、完全に孤立させる気はないのでしょうか?
「おはよー、エミリー」
「む? おお、モフモフ殿とホロウ殿もおはようございます。こちらにおられるとは珍しいですね?」
「今日はゲッコーが料理番なんだ」
「成る程……これは惜しいことをしました」
ウォーとモフモフが、 気さくに会話をしています。どうやら顔見知りの様です。
それよりも気になるのが、ウォーの後ろです。そこには、白と黒の大きな獣の魔物が二体おり、私の事を観察する様に無遠慮に視線を向けています。白い方は純粋な視線ですが、黒い方が何故か熱が籠っている気がして、身の危険を感じます。
「ちょっと、ちょっとちょっとエミリー! 何この子、滅茶苦茶可愛いじゃない! もしかしてこの子が例の御姫様!? 本物の御姫様!?」
黒い方が口を開けば、キャーキャーと黄色い声を上げ悶えだす。こ、怖い。
「キョクヤ、姫様が怯えています。下がって下さい」
「あぁん」
私の気持ちを察したのか、ウォーが黒い方を押しのけ私から距離を取ります。正直助かりました。
「お前のその、可愛いもの好きとモフモフ好きはどうにかならないのか?」
「ならない! そしてする気も無い!」
「はぁ……ローズマリー様、紹介いたします。黒い方がキョクヤ、白い方がビャクヤ。私が世話になって居る者で、ここでの姫様の護衛を担ってくださいます二体です……が、この調子ではビャクヤだけで良さそうですね、キョクヤ、帰って良いですよ?」
「ちょっとエミリー、軽い冗談でしょ~、本気にしないでよ~、ほ、本気に、しないでよ?」
「帰って良いですよ」
「言い切ったぁ!?」
やり取りを見れば分かりますが、ウォーと黒いのは気心の知れた親しい間柄の様です。白い方に至ってはこれまた<幹部>なのだと……<幹部>とは?
黒いのがウォーに泣き付いていますが、気心の知れる相手なのか、辟易していても嫌悪している様には見えません。むしろ楽しそうです。
……楽しそうです。
「わふ、大丈夫? 元気ない?」
「……いえ、大丈夫です。お気遣い感謝致します」
白い方が私の顔を覗き込みます。
どうやら心配しているようですが、問題ないとすぐに表情を繕う。感情が表に出てしまう私は、やはり未熟なのでしょうね。
ウォーは黒いのと口論を続けています。私に対して警戒をしている素振りが見られません。もし今ここで私が周りの魔物に襲われ様ものなら、抵抗することなく私は死ぬ事でしょう。要は……それだけここは安全なのですね。
「ねぇ、ビャクヤ。話しぶりからして、もしかしてこの子は例の御姫様?」
「そうだよ!」
「そっか~」
安全なのは良いのですが、私の身元は周知されて居なかったのですね。手際が悪い? いえ、ここでの私は、その程度の存在なのでしょう。事実ここを害する手段など持ち合わせておりません。助けが無ければ何もできない小娘です。
「……」
そして……この白いモフモフは何故、私の膝の上に移動したのでしょう?
…………モフモフ。
「それで、この可愛いお姫様は、これからどうなるの?」
……ハ。私は一体なにを?
気付けば黒いのが、尾の先端で私の頬を突きながら、私の今後についてウォーに尋ねています。先ほどとは違い、落ち着いています。あぁ、この姿が素なのですね、少し安心しました。
私の今後ですか。どうなるのでしょう? ウォーの態度から見て、ぞんざいな扱いは受けないと思いますが。
生命の保証は……保護したからにはすると。
生活の保障は……何当然の事をと、首を傾げられました。
従者の扱いは……外の避難場所で他の国民と共に生活しているそうで、問題はないと。
……至れり尽くせりでは?
「あ、そのお供の方達に会いに行きたいなら、私かそこのビャクヤに声かけてね、その為の護衛役だもの」
…………至れり尽くせりでは?
い、いえ、万が一にも、私は死ぬわけにはいかないのです。外に出て何かがあっては取り返しが付きません。せめてウォーや近衛騎士の方々の様な実力ある方々が……え? この白黒二体の方が強い? え、ウォーも負けた?
「ウォー……?」
「はい、言い訳のしようがない完敗でございました。故に、この者達がローズマリー様の護衛に当たるのであれば、私は憂いなく日々を過ごす事ができましょう」
「わふ?」
……これで強いのですか? この覇気のない愛らしい顔の生き物が? 不安は残りますが、ウォーが迷いなく断言するのです。ウォーの言葉を信じることとしましょう。
しかし、困りました。私の望みなど、すでに叶っているではありませんか。更に従者共々、これ程の優遇待遇。この恩義どう返せばよいのでしょう?
「ローズちゃんの望みってな~に?」
ローズちゃん……まぁ良いでしょう。
私の望みは単純です、生き残る事、それ以外私の存在価値はありません。所詮私は保険でしかないのですから。それも、子を成せるかも分からない欠陥品です。あぁでも、私の虚弱は毒が原因でしたか? であれば、王族の責務は果たせるかもしれませんね。
「……それだけ?」
「はい」
「それって、王族としての望みじゃないの? ローズちゃんの望みは?」
私の望み? 命の保証をして頂く以上の望みなど、烏滸がましいにも程があります。ただでさえ私には、財も知識も権力も何もないのですから。
だというのにこのモフモフとした獣は、いいからいいからと私に促します。あぁでも、一つお願いされたことがありました。例え建前だとしても、託されたからには最善を目指し、精一杯取り組むのが筋というモノでしょう。
私は、アルベルク様の救助の話をします。
「う~ん救助か~……ホロウ、行けると思う?」
「ゴトー殿が一度、王都と城への潜入に成功しておられるので、無理ではないと思われますな」
「吹っ飛ばしてかっ攫えば、万事解決じゃね?」
「(ゲッコー~?)」
「冗談だよ。それにそのアルベルクとやらの協力者の方も探さなきゃならねぇんだろ? 力技は無理だろ」
「あ~、それもあるか~。結構な手間になっちゃうかな?」
私が半ば諦めながら発した要望でしたが、何故でしょう? 既に実行する方向に話が向いている気がするのは気のせいでしょうか? 途中から給仕をしていた蜥蜴族の<幹部>も参加し、話の規模が段々と大きく成っています。
それに、城に潜入したと聞こえた気がしましたが、城の警備とはそれ程までに稚拙なのでしょうか? いえ、今の国がおかしいだけと思っておきましょう。
「う~ん、やれるけど、規模とリスクを考えると、やっぱり主の許可が要るよねこれ。流石に勝手に使える消耗品だけでは無理だろうし、最低限現場での指揮が必要……う~ん、主にお願いするとなるとタダでとはいかないね。条件次第ではすんなり聞き入れてくれるかも知れないけど、内容と態度次第かな?」
「ホウホウ、主様はお優しいですが、甘くはありませんからな。手を貸す為の正当な理由が必要となるでしょうな。そうなると対価、この場合お姫様に何かして貰う事になりそうですな」
「となると、兎にも角にも主に話を付けないと話にならないね」
……既に皆さん、私がここの主と謁見すること前提で動いていらっしゃいませんか?
いえ、既にお世話に成っているので、ご挨拶するのは当然なのですが、陳情は、その、過ぎた行いではないでしょうか?
「あぁん、大丈夫じゃね?」
「うん、大丈夫でしょ」
「ホウホウ、問題ないでしょうな」
「わっふぅ、主様は強くてかっこよくてとっても優しいよ?」
<幹部>の皆様曰く、気にする事は無いとの事。
……どう転ぶか分かりませんが、会う事は確定なのです。ならば折角です、ここの支配者たる迷宮主の為人を教えていただいてから、臨むと致しましょう。
Q 何で<幹部>がこんな沢山集まっているの?
A1(兎さん) ゲッコウが調理場に出ているから。
A2(梟さん)暇だから(カッターナでバカやる奴が減ったから)




