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296 逃走からの闘争①

 さてさて、エミリーさんの説得が功を奏したのか、ゼニーさんが撒いていた誘導係がいい仕事をしたのか……どちらにしろ、最近の国に対し不信感を抱いていた国民が逃亡を開始。この数日間で続々と避難民が集まって来ていますね。


 それに比例して、ケルドも大量に集まって来ていますが、そちらは検問で弾いているので問題なしです。薬をぶっかければ一発ですし、何でしたらケルド化誘発用の魔道具もあるので、避難場所にケルドが人型で上がり込むことはほぼ不可能でしょう。


 ケルド共や勘違いした一部のおバカさんが、検査を拒否したり優遇措置の強要などと騒動を起こしたりしているようですが、それも、叩きだすなり殺すなりして対処しているので、少しずつ減っているらしい。


 人が集まれば何かとトラブルは起きますからね、それは仕方がないって事で。とはいっても、想定よりも避難民の物腰が低いようですが……まぁ、騒いでいる奴が化け物になる姿を何度も見せられれば、ケルドでも無ければ大人しくなるってもんでしょう。


 後は、子供がケルドだったとかで、母親が錯乱する事例も多いようですが、まぁ、大事の前の小事ってことで。

 ケルドから人に戻すのは不可能と結論は出ていますし、できない事をうだうだやっても無駄ですからね。他同様、淡々と処理しています。寧ろ化け物の子を育てなくてよくなったと諦めて貰いましょう。

 ……いや、これ、ほんとマジな話、そのまま育てていたら、その子供に殺されて経験値にされての虐奪コースが関の山ですし。それが更に他の女性を襲って……って感じの、悪循環にしかならないですもん。


「はぁ、ほんと、ケルドって害悪」

「む~~~、書類ばかり眺めて……私にも構って欲しいですわ」

「はいはい、ルナさんもご苦労様でした。だから尻尾で顔を突っつかないで下さい」


 書類を見ていたら、頬を長い尾で撫でられる。下を向けば、膝にのせていたルナさんが、不満そうにむくれていた。


 そうそう、ルナさんの功績も大きいですね。あれがあったからこそ、ケルドの脅威を見聞きし、感じる事ができ、更にはこちらの戦力と敵意の無さを伝えられたのだから。


 実際、ルナさんがケルドを一掃した際に住民の被害はゼロ、建物や道にちょっと穴が開いた程度です。ここまでして、こちらに敵意や攻撃の意思ありとか思われても、もう知らん。


「因みに、調子の程はどうですか?」

「う~ん、本調子の6割程度ですわ」


 因みにルナさん、流石に街一つを攻撃するのはきつかったらしく……そもそも一体でできるような規模では無いのですが、つい最近まで術の過負荷に耐え兼ねて寝込んでいた。


 それもあって、ご褒美とか報酬とか、その辺が遅れた訳ですが……何故か、俺の膝の上を所望された。期間は完全回復するまで……そんな訳でここ数日俺は、ルナさんの椅子かベッド扱いである。いや、まぁ、ルナさんが嬉しそうなので良いのですがね。


(……)


 ……多方面から突き刺さるプルプルした視線を除けばですが。


「……ッフ」

(~~~!!??)

「煽るんじゃありません。プルさんも安い挑発に乗らないの」


 普段は護衛を兼ねたプルさんが何体か引っ付いているのですが、ルナさんに定位置を奪われて、プルさんがご機嫌斜めである。普段以上にプルプルである。


(ぷ~、そこプルの場所なのに)

「ふふん、羨ましいなら、プル様も手柄を立てると良いですわ!」

(ぱぱ~?)

「あ~……プルさんは、常に一定以上の手柄を立てているので、ねぇ?」


 プルさんは、薬品とか緊急治療とかもそうですが、偵察、潜伏、戦闘、実験……と、数も多い事もあり、サポートとして優秀すぎるのですよ。さらに言えば、プルさんは家の最終手段の一つなので、大きな手柄となると起用できる場面が無く、結局いつも裏方サポートしか運用機会がないんですよね。

 まぁ、その分、融通は利かせていますが。今回はルナさんの活躍と労力が大きかったので、ルナさんが優先です。


「融通……考えたら、プル様は基本お父様と一緒ですわね……狡いですわ!」

(ふふん、羨ましいなら、分裂すればいいのですわ!)

「っは! その手があったですわ!?」

「こらこらこらこら、これ以上ルナさんに変な事を覚えさせないで下さい」


 ルナさんが分裂とか、これ以上無茶する子を増やさないでいただきたい。分身ならともかく、ルナさんなら分裂までやってのけそうで怖いんですよ。


「ルナさん、無茶もほどほどにして下さいね?」

「クワァ? 一旦負荷をかけると、次に余裕ができますのよ? 次はもっと楽になりますわ!」

「筋肉の超回復じゃないんですから……体には気を付けて下さいね?」


 クワァっと返事をするルナさんですが、これは止める気無いですねこの子。


「主様……お邪魔でしたか?」

「いえいえ、問題ないですよクロスさん。何かありました?」


 クロスさんが様子を窺いながらも、入室してきたので招き入れる。ルナさんがむくれていますが、御機嫌取りに撫でて誤魔化しておく。


「は! 未だ領域外での出来事ですが、少々面倒事の気配が近づいてきているので、先行しご報告をと思いまして」

「面倒事? アルベリオンがなんかまたやらかしました?」

「そうとも言えますし、そうとも言えないと言いましょうか……映像を見た方が早いかと」


 クロスさんにしては珍しく何とも歯切れの悪い物言いに、面倒事の面倒具合がひしひしと伝わってくる。


 クロスさんが備え付けの端末(魔道具)を操作し、映像を呼び出す。

 映し出された空撮と思われる映像には、数体の騎兵に守られた馬車と、それを追う、騎兵隊の群れが映っていた。


 ……わぁい、面倒事だぁ。


「馬車の中身は分かりませんが、周囲の護衛は傭兵ギルド、その内数名は手練れと思われます」

「ふ~む?」


 実力云々は俺では分かりませんが、逃げている方が上手いのは分かる。

 護衛対象との距離に遠距離攻撃の潰し方、不意打ちによる相手のリズムの崩し方、疲労を見極めたローテーションに、アイコンタクトによる瞬時の判断とチームワーク。

 冒険者とは違った意味で、強い。これが本物の傭兵ですか。これは怖い。敵対はしたく無いですね。


 対して追っ手は、見るからに下手。

 遠距離攻撃の無駄撃ち、ペース配分を考えない全力追跡、間合いを詰めようとするたびに妨害され足を止められ、更に無駄に体力を消耗しているのに改善しない無能っぷりだ。


 そして最たるは、やる気のなさでしょう。


「……まぁ、原因はあれでしょうね~」


 真ん中の荷車みたいな戦車に乗った金ぴか装備のえらっそうな態度のデブが、唾を飛ばしながら命令しているが、それに合わせて追跡者の動きが、息が、意思が、意志が乱れる。


 見た目同じ種の……馬っぽい動物が引く馬車に追いつけない所を見ても、指揮官の金ぴかの駄目さ加減が窺える。しかし、見た目まんま馬ですね、この世界に来て馬人以外で始めて見ました。


「追ってるあれってケルド?」

「恐らく……そうでなければ、救いようがない無能かと。そこそこ長い時間、同じやり取りを繰り返しています」

「あ~~~もう、面倒ですね。ケルドでない可能性もありますし、ケルドかの判断する前に消しときましょうか? 後で変わらなかっただろとか、ごねられても嫌ですし」

「成る程、では、始末いたしますか?」

「それもな~……追跡者の大半って、真っ当な人に見えませんか? 装備を見ても、騎士か軍か知りませんが、可能なら消したくはないですね。それに、金ぴかはともかく、相手は国家武力でしょう。エミリーさんのお仲間を参考にすると、簡単にはやられてくれないのでは?」

「その様な事は……と言いたいところですが、確かに容易ではない実力を持ち合わせているでしょう。幹部クラスが出れば対処可能だとは思われますが、他の者達では、両者に死者が出かねません」

「うへぇ、中途半端が一番面倒」


 う~ん、死なない殺さないレベルの実力を持ち、なお且つ納得してもらえるだけの知名度と実績を持つ、説得することができる方……あ。


「いたわ。丁度いい人が」

「人……あぁ。準備いたします」


 同じ()を思い浮かべたであろうクロスさんが、そそくさと連絡を取りに動く。うん、人の事は人にやらせるのが道理ですよね!



 ―――



「……行くのは構わないのだが、なぜ私なのだ? 魔武器を授かったと言えども、流石に軍を単騎で相手取れる程の実力は、私には無いのだが」

「地竜の防御力であれば滅多な事にはならないでしょうし、空を移動できるなら離脱も容易でしょう? 体躯の威圧感も合わさり適任かと」

「あぁ、そういう選別理由もあったか。確かにレックスの耐久力と機動力があれば、逃走も視野に入れられるか」

「まぁ、他の竜ならともかく、僕はそこそこ丈夫で速いからね」


 人族の出来事なので、先ずは人が行くべきでしょう。って、ことで、避難場所で警邏? 巡回? に従事していたエミリーさんに連絡を取ってもらい、地竜に乗って現場まで直行して頂いた……丸投げでは無いですよ? 


 因みに地竜さんは、エミリーさんにレックスと名付けられたもよう。今では立派にエミリーさんの騎竜(相棒)として活躍しています。選考から漏れた他の竜からのやっかみが酷いのか、楽しそうに弄られていましたが、大出世ですね!


「しかし、逃亡するかの様に向かって来る馬車と護衛、それを追う軍……騎兵の群れか」

(思い当たる人物などはいますか?)

「……数人はいるが、辺境の警備が主な役目だった事もあり、顔はそれほど広くはなくてな。ふむ、遠目で見る限りでは……追っているのは、アルベリオンの近衛騎士ではないか? アルベリオン内でクバーンの騎兵隊など、私は他には知らんぞ」

(クバーン?)

「乗っている動物の事だ」


 あぁ、あれクバーンって言うんですね……見た目完全に馬だなぁ。馬でいいや。

 しかし近衛騎士ですか、確か近衛って仕える君主の護衛や身辺警護が主な役割の軍人さんでしたっけ。つまるところ、追っかけられている馬車の中身の護衛部隊って事でしょうか?


 誘拐か逃亡か……金ぴか(ケルド)が指揮を執っているし、逃亡だろうなぁ。


「纏っている装備が、全員正規の近衛騎士装備だと思うのだが、それにしては動きが稚拙だ。乗り手が下手な上に無理をさせ過ぎたのだろうが、あの体力お化けのクバーンが今にも倒れそうだ。だが、後方の者達は悪くない、息も整っている所を見るに、あちらは正規の近衛かもしれない」

(馬車の中身に見当は付きませんか?)

「分からん。家紋もないようだし、質素だが頑丈に造られている、貴族が使うと言うお忍び用の馬車だと思うが、そちらでは判断できないのか?」

(う~ん、ダンジョンは領域外では無力なのです)


 どの口がとエミリーさんの小さな声が聞こえたような気がしますが、それが普通ですからね? うちが外でも活発に行動できるのは、うちの子達が活発なだけです。


 そして馬車ですが、どうも<鑑定>や<透視>などのスキルを遮断する魔道具か何かがある様で、中身を覗けないのですよね。

 いやぁ、あの馬車開けたくねぇな~。このまま順調にいけば終わる予定なのですから、今更余計なものを抱え込みたくはないのです。抱え込みたくはないのです……が、あっちから来ているんですよね~。

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