292 覚悟と信念と裏切②(顫動)
「こんにちは。こうして顔を合わせるのは初めてですね」
「はい。貴方様が、この迷宮の主で相違ございませんか?」
「はい、よろしくお願いしますね、俺の事はダンマスと呼んでください」
「ダンマス様でございますね、寛大なる対応痛み入ります。皆を代表しお礼申し上げます」
う~ん、呼び捨てでも良かったんですが、この手の人に呼び方を強要してもストレスにしかならないでしょうし、このままで良いか。
ではその代わり、俺は何とお呼びしましょうか。エミリー・レナエ・ウォーさんですから、エミリーさんかウォーさんか……どっちがいいでしょうかね?
「……良ければ、エミリーとお呼び願いたい。キョクヤ殿からも、そう呼ばれておりますので」
「……なるほど。エミリーさんね、よろしくお願いします」
家の名を使いたくないと……アルベリオンとの繋がりを絶っておきたい様で。捕虜として、ウォー家へ賠償金の類を強請っても意味が無いと、暗に言いたい感じでしょうか? 諦めてんな~。
それに、家や国に負担を掛けたくない心情が、透けていますねぇ。国に対する壮絶な忠誠心……酷い片思いもあったもんです。
「どこからお話ししましょうか……エミリーさんは、今のアルベリオンの状況を把握しておられますか?」
「はい、治療いただいている間に……邪神による浸食とは、未だに、信じられないのが正直な気持ちです」
短命種の寿命を考えれば、自然の変化は目に見えて分かるものでも無いですし、実感も持てない事でしょう。
ですが、それでは困るんですよね~。ここは、しっかりとやる気になって貰わねば……余りやりたくはありませんが、久しぶりにやるか。
ちょっと本気で取り組もうかと、意識をエミリーさんへ向ければ、びくりと肩を跳ね上げた。おやおや、思った以上に頑固で自分に素直な方の様で。
「先ずは、腹を割って話しましょうか。腹芸は苦手でしょう?」
「……はい、正直なところ。私は、剣を振るうしか能がない者でございますので」
「俺もです。偽り騙し陥れ、嘘を吐くのは疲れます。嫌な事を嫌々やっても、自他ともに損しか残りませんよ。行き着く未来は、一方的な搾取からの自滅か共倒れです……身に覚えはありませんか?」
「……そう、ですね。えぇ、身に染みて」
個人でもチームでも社会でも……国でも世界でも、一方に負担を押し付け続けると、待って居るのは破滅です。
「そして、“今の”アルベリオンが辿る道は自滅です」
「ッ」
当然だが、彼女の様な人材を排除するために使い潰す様な運用をしていれば、アルベリオンと言う国は長くはない。ですが、今回はそれが原因で滅ぶことにはなりません。
「まず、アルベリオンは、手を出してはいけない存在に手を出しました」
「世界樹……ですね」
「えぇ。その世界樹は、アルベリオンの消滅を望んでいます」
「消、滅」
エミリーさんが強張り、手足の先が僅かに震える。
手を出してはいけない存在に手を出し、その存在に与えた損害を、負担を、憎しみを清算せずに、のうのうと生きて居られるなど、都合の良い事など許されはしないし、許しはしない。
このまま放置しても、エミリーさんが知るアルベリオンは消えるでしょうが、それではこちらが困るのですよ。今のエマさんの為にも、今後の俺達の為にも、邪神に乗っ取られた国なんぞ、隣に残してなるものかってんだ。
なので、今のアルベリオンが辿る道は、邪神の食いものにされて実質滅ぼされた上に、その後も周囲に害悪を撒き散らし、国名を汚され辱しめられるか……俺等にさっくり潰されるか。二つに一つです。
「もう、アルベリオンは、助からないと?」
「生存の道があると思っているのですか? 勝てると思っているんですか? 万全なアルベリオンならばいざ知らず、今のアルベリオンが、邪魔物や俺達に対処できるとでも?」
「……」
エミリーさんはアルベリオンの中でも、最強ではないがそれなりの実力者。その自分を手も足も出せずに封殺した相手が、群れで襲ってくる。
抗ってもダメ、放置しても浸食されるだけだからダメ、逃げようにも国は動かせないからダメ……正に八方塞がりな状況に、エミリーさんは押し黙ってしまう。
必死に頭を働かせて打開策を模索しているようですが、基礎能力の差があり過ぎて、如何しようもないでしょう。そうなる様に準備しましたし、そう感じる様にこちらの能力を提示しましたし、そう結論付ける様に、必要な人に情報をばら撒いているのです。こうなってもらわねば困ります。
……そうした方が、誘導が楽になりますからね。
「まぁ、国が残る道が無い訳では無いですよ、その為の余裕は残していますからね。それもこれも、エミリーさんの選択次第ですが」
「!? その方法とは、どの様なモノで?」
俺の言葉に、エミリーさんが前のめりに食い付く。
八方塞がりな状況に、外から解決策が提示されれば、その選択以外の解決策を模索することはなくなる。それ以外の選択肢を考える事を止めてしまう。たとえその選択肢が困難な物であろうとも、その選択肢を如何選ぶか、如何許容するかに思考が割かれてしまう。そうなれば、相手が提示した選択肢以外に、道が無くなってしまう。今のエミリーさんの様に、絶望的なほど縋り浸かってしまう。
……本当はこんなことしたく無いんですがね~? 状況が状況ですからね~? 人助けですし~? 世界の為ですし~? 仕方が無いですよね~?
それでは、選択肢を提示しましょう。
「それでは……今のアルベリオンを滅ぼすので、その下処理を手伝ってください」
「わ、私に! 私達に、国を売れと言うのか!?」
「えぇ、腐った国を俺に売り渡せ。綺麗に洗って返してやる」
エマさんが分かり易い様にアルベリオンを目標にしていますが、正確には俺等の目標は、アルベリオンを利用してエマさんを襲撃した邪神共に切り替わっている。まぁ、初志貫徹? アルベリオンは潰しますが、エミリーさんはその手伝いを、とてもではないが受け入れられない様子ですね。
「別にこちらは、アルベリオンの住民が残った状態で蹂躙しても良いんですよ?」
一度キレイにしたならば、そこに残ったアルベリオンの土地は、俺達に無用の物ですからね。ケルドが再流入するのを阻止するために土地の所有権は渡せませんが、使用権に執着は無いので、終わった後の土地は好きに使って貰って結構。
やる前に避難勧告は出しますが、それに従わない人へ配慮する気は毛頭ない。
そして、事なかれ主義の一般市民が、余所者の言葉に耳を貸すかは微妙だと思いませんか? 実感を持てず日常生活をそのまま送る人が、大半では無いでしょうか?
「いったい、どれ程の被害になるのでしょう、ねぇ? 復興可能な程の人が残っている事か……土地が残っても、使う人がいなければ意味が無いと思いませんか?」
「う、ぐ……だが、しかし、それでは……」
国への忠誠、武人としての矜持、今までの人生で積み重ね育んだ信念……その全てが越えられない一線となり、狼狽えるだけ。
葛藤、葛藤、葛藤、葛藤……答えの出ない問の前を右往左往。選択肢が一つしかないのに、それが分かっているのに、それでもその選択を選べない。
……これは、バンジージャンプを前に動けなくなる芸人並みに時間が掛かるやつだ。
ぽっと出の魔物が何を言っても、一般人に信用なんざされません。証拠があろうとも物証があろうとも、偏見で簡単に掃き捨てられます。
だがそれが、国民の、それも偉い人であれば、話が少しは変わるでしょう。特に東地方では、ウォー家の名はその武芸と実績と忠誠心もあって、かなり有名っぽい様ですし。そこが離反したとなれば、国内に十分な衝撃になる。
その為にも、エミリーさんにはさっさと決断して貰わねば……なにせ今、俺達が持っているアルベリオン側の駒で、エミリーさん以外に旗印に使える方がいないんですもん。
このままエミリーさんが立ち上がらなければ、皆殺しコース一直線ですし~、時間も無限ではないですし~……仕様がない、突き落とすか。
私情+ストック関係で、祝日投稿は控えさせていただきます。




