291 覚悟と信念と裏切①(先導)
「ふむふむ、アルベリオンの避難所は順調っと」
「はい、居住区の完成の目途は付きました。思いの外現地住民の働きが大きいとの事。バラン商会による情報拡散と避難誘導、及び情報操作も順調と言えるかと。既に数組の避難希望者が現れております」
クロスさんからの報告を聞きつつ、今後の予定を立てる。
昨今のアルベリオンに対する国民の不信感は、半端ないでしょうからね~。身軽な方や聡い方は、早々に動き出しましたか。
つまりそれは、アルベリオン国内に、ケルドの情報や国の不祥事が浸透しだしたって事。受け入れ先の整備が順調であれば、そろそろ無関係な人の回収作業に移りましょうか。
呼び水一つで大洪水……人は集団で動く生き物ですからね。ここで一つ、笑い話にならない出来事でも起これば、後は流れでどうとでもなるでしょう。
その為の起爆剤も起爆先も揃っていますし、導火線に火でも付けに行ってもらいましょうかね。
「それでは、あの方の投入で?」
「ですね~、タイミング的にも今を逃すと使い道に困りますし、使ってしまいましょう」
「承知いたしました。今日中に面談の予定を組み込みます」
クロスさんが一礼し、その場を後にする。その入れ違いに、装飾課の皆さんが、じりじりと距離を詰めて来る。その手には、何着もの服を抱えている。
はいはい、もう、どうにでもして下せぇ……。
―――
二体の獣が屈強な草人の群れを引き連れ、石とも木とも付かぬ素材で造られた、宮殿を思わせる白い通路を歩んでいた。
それらを引き連れる二体の魔物は、一点の曇りもない白と極彩色の黒。ビャクヤとキョクヤのネームドモンスターたちである。
そしてその後を、堂々とした足取りで付いて行く草人達は、ビャクヤにぼっこぼこにされ運ばれた、アルベリオンの兵達である。
到底、魔物が跋扈する迷宮とは思えない光景を前に、内心困惑しながらも、それをおくびにも出さない。二体に挟まれながら歩く草人の女性も、その一人である。
「どうかしたのエミリー、暗い顔しちゃって」
「いや、具合は悪くない。心配無用だ」
キョクヤに顔色を窺われた女性は、淀みなく応える。凛としたその声は、以前とは比べ物にならない程に気力が満ちている。
その草人の女性は、アルサーン王国への侵略を任命され隊を率いていた、アルベリオン王国のエミリー・レナエ・ウォー隊長である。
彼女を含めた彼等は、捕虜として扱われ、生活の保障に治療まで施されていた。それこそ、以前の悪環境に居た頃とは比べ物に成らない程に、心身共に活力に満ちていた。
特に、ウォー隊長の改善が著しい。迷宮の全力のケアを受けた彼女は、目の下の隈も消え、肌や髪の艶も蘇り……帯剣していなければ、どこぞの貴族の令嬢と見紛う程である。
特に、自身の体調不良に気付けなくなる程の重症だった当時と今では、精神面の改善が著しく出ている。魔力の流れが乱れっぱなしだったのが、内に秘めた緊張と不安が、魔力の流れの乱れとしてキョクヤの目に映る程に、真っ当になっていた。
……だがその心情は、お世辞にも明るいものではない。
邪神、邪魔物、国の現状……迷宮からもたらされた情報は、屈強である彼等の精神を削るのに、十分なものであった。
「なになに~? もしかして緊張してんの? そんな相手じゃないわよ。ビャクヤもそう思うでしょ」
「ワッフゥ! ご主人はすっごい強くてかっこよくて、そんでもって優しいよ! 怖くないよ!」
「そうか」
キョクヤがビャクヤに話を振れば、その傾倒具合を表しているかのように、ビャクヤが尾を振りつつ自慢げに応える。
ビャクヤが主を敬愛している事は、今までに散々話を聞かされて知っている彼等であるが、ビャクヤの話からでは今の様に、その人物像が判然としないのが、彼等が抱く不安の原因の一つだろう。
何故なら彼等は、これからその主に会う為に移動しているのだ。
呼び出しを受けたのはウォー隊長だけであったが、後の連携や情報伝達を円滑にするためだろう、何人で来ても良い、遠慮は不要、後に再度説明する方が面倒……などと散々言われた為、他隊の代表などを含め、彼女以外にも何人か同行し現在に至る。
「安心しなさいって、もう……気さくだし~、ヤバい奴だけど……悪い奴じゃないから~、危険だけど……ほ、ほら、緊張しない様に顔見知りの私達を、同行させているでしょ? 気遣いもできる! うん! やっぱ良い奴!」
同行者達を安心させようと、しどろもどろになりながら弁明する。キョクヤの心象を表す様に、極彩色の尾がモフモフと上下に揺れる。結論だけ見れば、良い人に見えるが……無理やり纏めた様にしか聞こえない。
「……お前の主ではなかったか? その、その言い様は、不敬に当たらないか?」
「あ~、立場的にはそうなるのかしら? でもアイツ、そういうのは求めてない感じだし、本人からも好きにしていいって言われているし。何よりも、権力とか威厳とか興味なさげだし?」
「……それで、上に立つ者として成立するのか?」
「はっはっは! 確かにね~。でも、それで成り立っているって事は、そう言う事なんじゃない? ビャクヤもダンマスの事好きでしょ?」
「ワッフゥ! ご主人大好き!」
「ほ、ほらね?」
「……」
部下に慕われているだけで国が成り立つなど、甚だ疑問だが……迷宮と国とで比較すること自体が愚かなことかと、未だに魔物に対する偏見が抜けていないのかと、ウォー隊長は自らを納得させる。
そもそもここは、他の迷宮とも、住む魔物も、余所とは明らかに違う異端の集団だ。常識と偏見に囚われていては、真面に会話もできない。
「ほい、到着」
「ここが? 何もないが……」
中央に巨大な観音開きの門が一つ置かれただけの広場に辿り着く。門の裏には何も見られない、不思議な空間だった。
「因みにこれ、転移用の<門>だから、設定した場所に自由に繋がる便利品ね。これ使って、あいつが居る場所に飛ぶから、ちょっと待っててね~」
皆の困惑などお構いなしに、キョクヤが、門の脇の端末と思わしき部分を慣れた手つきで操作すると、門が独りでに開かれる。
門の隙間から差し込む光に、慣れていない目が眩み、眼を細める。
光に慣れるとそこには、木漏れ日差し込む外の風景が広がっていた。
「……相変わらず、良い趣味してるわ、あいつ」
「わっふう! ご主人~~~!」
ビャクヤが駆け、門の奥へと消えてゆく。迷宮主の元へ向かったのだろう。隣のキョクヤは、いつもの事か動揺することなく、ウォー隊長達の歩幅に合わせた速度で門の奥へと進む。
キョクヤの後を追い門を潜れば、穏やかな風がウォー隊長の頬を撫でる。
足元は石畳で舗装され、花が咲き誇り、木々が生い茂る。上を向けば、木々の枝葉と蔦がドーム状に絡み合い、天然の屋根を成していた。
横を向き、木々の隙間から更に奥を覗けば、何もない清々しい青空が広がっていた。
「う~ん、ここは、浮島の庭園……かな? ダンマス、この手の庭、結構好きな傾向有るから、造園趣味の奴が結構な数を作ってんのよ。これもその一つじゃない? ほら、世界樹から少し離れているし……浮島丸々一つを使った庭園かしらね?」
キョクヤがさらっと言ってのけるが……規模が人のそれを完全に超えている。
ここの技術力を散々見せ付けられた彼等であるが、改めて力の差を実感する。逆らってよい相手ではない。
しかも、本来は人が魔物に対抗するために積み上げる技術を、人より強靭な魔物が扱う……武力、技術力、規模、文化、どれをとっても、今のアルベリオンでは太刀打ちできない。
「……エミリー、変な勘繰りしていると、疲れるだけだと思うわよ?」
「そう、なのか?」
これ程のモノを手中に収める迷宮の主とは……などと皆が勘繰っていると、キョクヤが温かい視線を送りながら訂正を入れる。
「うん。たまにアイツ、何も考えないで行動するときあんもん。今回の場所も、きっとそんな感じよ? もしくは、他の奴に適当に用意させたかね。他に考えていることが多すぎるだけかもしんないけど……誇示とか、必要なければしない奴よ?」
「そ、そうか……忙しい方なのだな」
「……うん、ちょっと無茶している感じはあるわね。本人は平気そうにしているけど、偶に心配になるわ」
世界を覆う情勢を考えると、常人では比較にならない程の重責を抱えている事だろう。
一体どんな人物なのか……興味をそそられるウォー隊長であるが、その反面、圧し掛かる重圧を想像すると、並みの精神力では無い。
そんな相手にこれから対峙するのだ。自分で対応できるのかと尻込むも、その時は待ってくれはしなかった。
「おっと、見えた見えた。ダンマス~、連れて来たわよ~」
キョクヤの声にハッとし視線を先に戻せば、そこには椅子に座り、膝に顎を乗せるビャクヤを撫でる黒髪黒目の青年の姿があった。
ビャクヤを撫でる反対の手でカップを持ち、空中に浮かせた書物に目を通していたその青年は、キョクヤの呼びかけに対し反応し、ウォー隊長たちへと視線を向ける。
「いらっしゃい」
手に持つカップをソーサーに置き、空中に浮いていた書物を空間に仕舞う。人の姿をした青年……【世界樹の迷宮】の迷宮主、ダンマスが、ウォー隊長たちを笑顔で迎え入れた。
ちょっとした小話(キョクヤ と エミリー・レナエ・ウォー隊長 と その他)
「キョクヤ、前々から気になったのだが……ビャクヤとは、番なのか?」
「ふぁあ!? ちょ、まだ番なんかじゃ無いわよ! あ、いや、まだって言うのはその内って訳じゃ無くてそもそも私達はそんなんじゃ無いと言うか、こ、子供とか有り得ないというかぁ!? あ、いや、嫌とか嫌いとかじゃなくてぇ!?」
「姉御……」
「尊いっす」
「いい加減やっちゃえばいいのに」
「うっさい! バ~カバ~カ、バカバカバァカ!」
「イタ、ちょ、姉御、イタタタタ!」




