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290 エスタール帝国の選択③(情報の暴力)

「どうせ、【世界樹の迷宮】関係じゃろ? ワシも混ぜろ混ぜろ!」


 無遠慮に部屋へ上がり込んだジャックは、周囲からの視線などものともせず、唯一空いた下座に、誰に許可を求めるでもなく腰を下ろす。


 まるで、自分の為に用意された席だと言わんその態度であるが、会場の手配を行ったのは、【天明】ことヴォウ軍務大臣である。彼の能力を知っているジャックからすれば、自分の席が用意されていて当然と認識しており、その行動に迷いなどない。


 反面、手配したヴォウ軍務大臣は、用意しなければならない衝動に抗えなかっただけで、本人も誰が来るかは分かっていなかった。まさか遥か遠方の、件のダンジョンに潜っているはずの冒険者が、それも直接会議室に乗り込んで来るなど想定外である。


 だが、そんな非常識な行動も、彼ならば許される。


 冒険者としての実績は数知れず、Sランク冒険者の称号と、暴力という最も分かり易い力を持った、【破壊者】の二つ名をもつ実力者。


 彼を蔑ろにする制度も風潮も、この国には存在しない。ここは実力者の国、エスタール帝国。国運営に支障をきたす異常者でも無ければ受け入れるのがこの国だ。


 さらに言えば、この場に居る重鎮とジャックは顔見知りである。ジャックの性格や突発的な行動も承知済みであり、その態度も今更。レウス皇帝もその一人であり、ジャックとは旧知の仲……いや、互いの認識から言わせてもらえば、腐れ縁である。


「宣戦布告とは、穏やかではない。何があった?」

「うむ、つい最近、最深部付近まで行って、世界樹と迷宮主に会って来た」

「……」


 ジャックに向けてレウス皇帝が問いかければ、返って来た非常識な回答に無言で天を仰ぐ。ジャックが相手では、何を世迷言をと一蹴できないから質が悪い。


「まぁ、結果だけ先に言うとじゃな。ワシは、迷宮側に付くこととなった。ア奴らに敵対することは、ワシに敵対することと同義じゃ。先ずはそれを念頭に置いて貰おうかのう」

「お前はぁ……何でもかんでもぶっ壊しやがって、今度は常識すらぶっ壊す気か?」

「はっはっは!」

「笑い事じゃねぇんだよ、この糞じじい」


 こいつを前にして体面を繕っても徒労に終わるのが関の山……ジャックの発言と態度を前に、レウス皇帝の口調が穏やかな声色ながらも次第に汚くなる。

 そんな二人の会話に割り込む者は、この場には居ない。皇帝と対等に会話する。ここではSランクの称号は、それだけの力を持つのだ。


「まぁいい。それで? 何故魔物に平伏したか理由をお聞かせ願おうか破壊者殿?」

「くっくっく、平伏とはちと違うのう。利害の一致から来る協力関係じゃよ皇帝殿」


 一方は眉間に皺を寄せ、一方は満面の笑みを湛え、お互いにマウントを取りに掛かる。何とも仲の良いやり取りが繰り広げられる。


 しかし、このままでは埒が明かないとレウス皇帝がジャックへ向け、寄こせと言わんばかりに手招きする。ジャックもそれに応え、腰に掛けた小さめのバックに片手を突っ込み、そこから大量の紙束を引っ張り出した。


「お前、魔道具は使えなかったのではないのか?」

「む! そうじゃそうじゃ! 土産にワシ専用に細工して貰ってのう! ワシが使っても壊れんように、調整してもらったんじゃ! 久しぶりに使ってみたが、魔道具とは実に便利じゃわい!」

「……ほう?」


 ジャックは手に入れた玩具を見せびらかす子供の様に、自慢気に小さなバックを掲げる。

 それに反応をしたのは、穴人のドットン・カ・クリエ・バスターン技術大臣である。皇帝の手前、割って入る様な真似はしなかったが、興味津々と言いたげに、身を乗り出し、ジャックのバックを凝視する。


 実のところ、ジャックは魔道具の類が使えない。ドットン技術大臣とその研究チームも、ジャックが使える魔道具の開発を幾度か手懸けたことが有ったのだが、その尽くは、ジャックが魔力を流した段階で文字通りぶっ壊れたのだ。


 それを使えるようにした……ジャックは簡単に言っているが、それがどれ程に困難か身に染みて体験したドットン技術大臣からすれば、技術者として無視できない代物である。


「ほれ、資料貰って来たからお前さんも目を通せ、よくできとるぞ~」

「資料……誰が作ったものだ?」

「迷宮主と配下じゃないか? ワシは内容にしか興味がなかったから知らん!」


 迷宮と魔物、それは人種からすれば危険地帯に害獣。勿論例外もあるし利益だって生むが、本来それが人の基本認識である。そんな存在が資料など寄こして来るなど想定外。レウス皇帝とて、情報を寄こせと催促した心算だったのが、情報の塊(資料)が出て来るとは思っていなかった。


「迷宮主……報告に在った黒い人型か。魔物とは言え、真面な会話が出来たらしいな」

「お前よりも話が分かる奴だったわい! 配下にも慕われとったぞ?」


 だがそこで、報告に上がっていた人型の存在に思い至り、ジャックがその存在を暗に肯定する。


「幾つか情報を流しとるのに一向に接触しに来んと、奴らも嘆いとったぞ~? 視界の端にちらちら映るもんじゃから、余計にやきもきしとったそうじゃ」

「刺激しない様にしていたが、逆効果だったか」


 そもそも、迷宮がこれ程活発に外へ干渉することが異例なのだ。それも情報を流しつつ、数か月と短期間で……非常識にも程がある。エスタール帝国が対応を間違えたのではなく、相手の存在が間違いだと言ったほうが正しいだろう。


 ……そんな二人の会話に割って入るものが現れる。


「ヴェーラか、許可する」

「は」


 発言の許可を求める為に片手を上げたのは、ヴェーラ防衛大臣である。

 迷宮の視界に映った者達とは、彼女の配下である。国境や辺境での防衛を担う者として、ジャックが口にする迷宮の能力は、とてもではないが見過ごせない問題であった。


「その感知は、所属等の詳細まで分かるものなのか?」

「ふむ、領域に入れば一発らしいからのう。所属に限らず、スキルにステータス、称号も本気で探れば分かるじゃろう。頭が変わるだけで、迷宮は別物になると聞いてはいたが、あれは異例中の異例じゃろうな」

「ふむ、配置の変更と対策の必要あり……か。迷宮とは支配する者によって、そこまで凶悪になるものなのだな」

「……あれは、凶悪と言ってよいレベルかのう?」


 ジャックの答えを聞き、思案に耽るヴェーラ防衛大臣であるが、ジャックの最後の呟きは聞こえなかったらしい。


 そして、その場にいる全ての者に、ジャックが持って来た資料が配り終わる。


「……ま! 先ずはそれを読め! ワシが言った事は大体分かるじゃろうて」


 ジャックの促しに対し、レウス皇帝が資料を手に取り、全員が資料に目を通し始める。黙々と資料を捲る音が会議室に流れるが……レウス皇帝が頭痛を堪える様に顔を覆うまでに、それ程時間はかからなかった。


「……この情報を信用する証拠は?」

「世界樹は世界の一部じゃぞ? その一部が壊れかけとったら、嫌でも信じるわい」

「壊れかけていただと?」

「アルベリオンがやらかしよったんじゃよ」


 アルベリオンの世界樹発見騒動は、彼等も記憶に新しい出来事である。可能性の一つに世界樹の存在が上がっていたほどである。


 そして、その可能性を上げた一人であるロロイラ魔境大臣が、身を乗り出し二人の会話に割って入った。


「ま、待ってくれ!? その騒動が切っ掛けと言うのであれば、長く見積もっても、一年程度でこれ程の情報と力を手に入れたって言うのかい!?」

「む? 奴がこの世界に来たのが半年程度と言っておったし、そうなるんじゃないかのう?」

「は、半年……」


 

 素材が出回ったのは今から半年ほど前の出来事だ。それを考慮すれば、準備期間などなく今の規模まで急成長したこととなり、看過できない問題である。


「ま、そのできごとが、奴を呼び寄せたと、奴は考察しとったがの」

「奴……迷宮主か。何者だ? 人か?」

「む? 言っとらんかったか? 迷宮に召喚された、異世界人じゃな」

「お、お前は……重要な事はさっさと言え!」

「聞かれんかったんじゃもん」

「じゃもん、じゃねえよ」


 他のインパクトが強すぎたのが原因だろうが、ここにきてようやく迷宮主の話がでる。


 世界樹、迷宮、異世界人……これほどの条件が揃えば、成る程、急成長も頷ける。

 だが、信用できるかは別問題である。何しろ異世界人となれば、文化も常識すら違う可能性も有るのだ。


「信用できんか? なら、どんな奴かは直接会えば判るじゃろ」

「なに?」

「ほれ、ここには迷宮具のアレがあったじゃろ? 反対側はワシが届けてやるから、それでも使え」

「……劇場型の長距離通信の迷宮具か。まったく、軽く言ってくれる。あれがどれ程の価値を持つか分かっているのか」

「道具は使ってなんぼじゃろうが。それに、奴は迷宮から出られんからのう。エスタール帝国(ここ)を奴に明け渡すのであれば、話は別じゃが?」

「それこそ無茶をぬかすな」


 巨大な扉の形をした、通信の迷宮具。備え付けの(プロジェクター)を介し、遠方と直接対峙しているかのような臨場感で通信ができる迷宮具が、エスタール帝国の王城には存在する。

 子機の方を運んでやるから、その迷宮具を使って迷宮の主と話せと、ジャックは言っているのだ。お互いに干渉できない距離で接触するので、安全面を鑑みても問題は無く、ジャックが持って行くのであれば、万が一にも盗まれることも破壊されることも無いだろう。


「ワシは奴らに付く。敵になる理由も付かぬ理由も無いからのう。ワシとしても、お前さんらが居なくなるのは本意ではない。普段であれば大抵の相手はぶっ壊せる自信があるが、今回ばかりは相手が悪すぎる」

「その迷宮は、お前でも勝てんと言うのか?」

「……聞くでないわい。これでも、何気に傷心しとるんじゃぞ?」


 レウス皇帝の核心を突いた問いに、ジャックは拗ねたように視線を逸らす。

表情には出ないが、その力の信用しているレウス皇帝としても、ジャックの言葉に落胆を禁じ得ない。


 人族にとって【破壊者】とは、力の象徴なのだ。彼が勝てないとなれば、それは実質、現在の人族では勝てない事と同義であり、その衝撃は計り知れない。


「ま! そう言う訳じゃから、会いたければ向こうは対応するじゃろうし、後はお前さんらで何とかせい。じゃあのう」


 言いたいことは言い終わったと、ジャックは席を立つ。

 そのまま出て行こうとするジャックであるが、思い出したかのように振り返り、最後の最後にとびっきりの爆弾を放り投げた。


「あぁそうそう、言い忘れとった。アルベリオンじゃがな……近々、消えるぞ」


 後ろ手を振りながら、今度こそ本当にジャックは去って行った。残された爆弾の処理に追われる者達をその場に放置して……。


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