表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
306/334

289 エスタール帝国の選択②(破壊の訪れ)

 巨大な円卓を囲む様に各省の大臣が座り、その周りに各省の代表が控える。ここは、エスタール帝国の大会議室。通常であれば、円卓の外周には帝国に所属している王国・貴族の重鎮やその代表たちも参列しているが、今回ばかりは様子が異なる。

 帝国中枢……それも必要最低限の人員だけで構成されていた。


 旧ドラゴレン王国、パドナック。竜の谷の入り口として、武力至上主義として有名な街。そこから帰還したエスタール帝国の外務省大臣、エレナ・セレナ・ゲヘナによってもたらされた書状が、皇帝レウス・ロー・アルフレット・エスタールによって、乱暴に卓上へ放り投げられる。


「迷宮と竜が手を組んだ。コレが件の書だ」


 ぶっきらぼうに言い放たれた内容に、同席している一同は頭を抱えそうになる。


 魔物の群れや竜の一団が、互いに行きかう姿が確認されてはいたが、そこにもたらされた竜王の手紙が、互いの関係を決定的にする。上下関係の程は不明だが、竜と迷宮が同盟を組んだことは疑い様も無かった。


 竜は下位であれば粗暴な獣だが、長く生きた上位種であれば寛容かつ知的なモノが多い。人とも交流が少なからずあり、竜が何かしら人とコンタクトを取ろうとする場合、パドナックはその窓口として利用されていた。


 今回も例に洩れることなくパドナックが利用され、エスタール帝国へ手紙が届けられた。そこに、エスタール帝国のエレナ(外務省大臣)一行が居たのは、全くの偶然である。


 竜王からの書状は、迷宮と友の契り(同盟)を交わしたと簡素な内容であったが、問題だったのが、迷宮側からの書状である。


 竜族と同盟を組んだ内容は同じであったが、エスタール帝国と敵対する意思がない事、そして話し合いの場を求めていることが書かれて居たのだ。


 竜との交流がある事から分かり切っていたことであるが、相手(迷宮)には知能があり、外への接触を図っている。それだけで、通常の迷宮と対処が全く異なる。

 その為、対応が慎重になっていたのだが、相手が接触を図って来たのであれば、これ以上の様子見は愚策と判断。現時点で判明している迷宮の情報共有と確認、そして今後の対策と方針を立てる為、帝国がさして重くない腰を上げたのだった。


「それではまず、迷宮の報告から始めさせて頂きます」

「魔物の分布と脅威度について、冒険者ギルドより上がっています。外周と思われる森エリアは、ランクDからC。その奥は草原となっており、ランクDからB程度の脅威度と目されております。暫定的にこのエリア第二層と呼称いたしますが、各地で特徴が異なり、現時点では草原、沼地、峡谷が確認されております」

「多数の新種の魔物が確認され居りますが、既存の魔物とは行動パターンが異なり、調査が難航しているとの事。魔物よりも動物に近く、その為か警戒心が高く、襲われた場合は命の保証ができないと、発見、調査が進まず、足踏みしているそうです」


 次々に上げられる迷宮の情報に、一同は耳を傾ける。


 既存の存在と異なる迷宮の在り方を前に、四苦八苦している様子が報告内容からも分かるのか、苦い顔を浮かべる者もチラホラと見受けられる。

 そんななか、魔境大臣のロロイラが捕捉を入れる為に口を開いた。


「短命種には馴染みが薄いかも知れないけどね。元々、魔石か魂かどちらが核となっているか、それによって生息域が異なる程度で、魔物と動物の行動にそれ程の違いは無いよ。ここ数百年の間に、魔物の種類と凶暴性が劇的に変わっているのさ」


 寧ろ、迷宮に住む魔物の在り方の方が普通だと締めくくる。

 見た目は若々しいが、そこは森人。数百数千年生きていても不思議ではない為、現在の魔物しか知らない者、又は魔物と直接対峙したことのない者は、そんなモノなのかと納得する。


「更に、迷宮の情報ではありませんが……現在、精力的に活動している冒険者は数名。そして第二層に到着しているのは、Sランク冒険者【破壊者】と、その弟子方だけだとの事。それ以外は未だに第一層()を抜けられず、深刻な人員不足が叫ばれております」

「何でそんなに人が少ねぇんだ?」

「一番の原因はスタンピード……そうでしょう?」

「その通りでございます」


 ヴォウ軍務大臣が狼の尾を振りながら、疑問を口にすれば、最近まで余所に居て情報が一番乏しいはずのエレナ外務大臣が、正解を引き当てる。

 エレナの勝ち誇った視線を向けられ、ムスッとするヴォウであるが、よくある事なので総員スルーである。


 調査の遅れの主な原因は、【魔の森】の調査に出ていたCからBランクの主力が、スタンピードに巻き込まれ軒並みいなくなったことである。

 生存能力と調査能力を求められる冒険者にとって、純粋な物量は尤も苦手とするものだ。何の前振りも無く発生したスタンピードを前に、【魔の森】を調査していた冒険者は、軒並み消息不明……希望を捨て断言するのであれば、全員死亡していると言っていいだろう。


 更に有名所のAランク、Sランクが自分達の調査の途中で動く事はまずなく、それ以下のランクは数年、数十年の長期に渡る調査が中心となる為、活動中の地域を動く者も少ない。新天地となった森への興味は有るだろうが、その場をホイホイとほっぽりだす訳にもいかないのだ。


 一部の例外を除き、優秀な働き盛りを大量に失った冒険者ギルドとしても、再建再編成に奔走している段階であり、新天地の調査などに人員を避けるだけの余裕などない状況であった。


「そして追加情報です。数日前、件の村の中心に、突如塔が出現したとの事です」

「はぁ、なんだそりゃ?」

「転移ができる塔型の迷宮との事、詳細は現在確認中です」


 件の村とは、【世界樹の迷宮】の森の縁に設けられた、探索の前線地の事である。

 既に村の規模を超える程の大きさに成っているが、冒険者ギルドの情報によると、そんな村の中心地に突如、迷宮の塔が出現したと言うのだ。意味が分からないと声が上がるのも、仕方がない事態である。


 そんな、本来ならばあり得ない現象に、ロロイラ魔境大臣が興奮気味に声を上げる。


「迷宮がその様相を変化させることは不思議ではないよ。だけど、所属する者以外が近隣にいる状態、まして村の中心地を、迷宮が操作するなど不可能と断言するがね」

「根拠は?」

「魔力的な繋がりを持たない者が放つ魔力が干渉することで、領域内の操作が妨害されるんだ。挑戦してみると分かるけど、領域内に効果を及ぼすのと、領域内の情報を操作するのとでは、その難易度に雲泥の差があるからね。たとえ迷宮でも、領域を広げる事も、領域内を操作することもできないよ」

「てぇと、どういう事になるんだ?」

「可能性は多くないよ。例外を抜きにするのであれば、人が住みつく前から、その場は既に迷宮の領域であった。塔も元から在り、地上に出現しただけである可能性が、最もしっくりくるね!」

「村は既に、村となる前から手の平の上……件の迷宮主は、油断ならないですね」


 防衛面を考慮してか、内務大臣であるクロード・ローバン・ノーフェンスが、渋い顔を浮かべ、ポツリと呟く。そして少々思案した後、一つの提案を口にする。


「村を引き払うのは?」

「無理だな、既に通路の中心地として機能している。今更退去しろなんぞ言われても、引けんだろ」

「それに、昔は実質エスタールの管理下だったけど、今の管理下に置いているのはカッターナでしょ?」

「それにや、少量とはいえ、あそこから流れる物資も馬鹿にならんで? 今後、ドラゴレンからの鉱物資源の供給が安定するやろうけど、森の資源の枯渇も死活問題や!」

「うぅ、そうですね、早計でした」


 防衛面を考えてのクロード内務大臣の発言であったが、ゲルト財務大臣とエレナ外務大臣、さらにはテト経済大臣から、無理が突き付けられる。


 警戒を強め、迷宮に対し不要な刺激を避けて来たエスタール帝国だが、急激に内情が変化したカッターナに先を越され、拠点を確定されて仕舞ったのが、ここに来て足を引っ張る形で現れる。


 そして今回起きた、狙い澄ましたかの様に村の中心に出現した、迷宮の転移塔だが……昨今のカッターナの急変と合わせ、迷宮とカッターナとの関係を疑うなと言う方が無理からぬものだ。


「しかし転移の塔か……使用に支障は無いんだろ?」

「はい、今の所、特定の場所とのみ行き来できるようです。使用できる者が極端に少ない為断定はできませんが、現状不都合は観測されておりません」

「……迷宮主は何がしたいんだ? 敵に利用させる旨味が理解できねぇ迷宮の転移って言っても、コストはかかるだろうよ。まるで、移動の補佐をしているみてぇじゃねえか」


 転移塔に対し、どう認識したら良いか計りかねる一同。それも当然であり、彼等は根本的な部分で勘違いを犯しているのだ。


 相手は迷宮であり、魔物。魔物は基本人を捕食する外敵。竜などの理性的な存在が居ない訳ではないが、継続的な友好関係を結ぶ事など想像の外。その間違いを正さぬ限り、迷宮の意図を捉えることはできないだろう。


「分かんねぇことをグダグダ考えても仕方なくね? 話したいって言ってんだろ? その時に聞けばよくね?」

「「「……」」」

「結局のところよぉ、友好的に接するのか中立的に接するのか、敵対するのか、どうすんだよ?」


 ヴォウ軍務大臣が放った言葉に、室内に何とも言えない雰囲気が漂う。だが、そんな雰囲気などお構いなしに卓上に突っ伏し、もう面倒と言いたげに結論を急かす。


 そんなヴォウの問いに対し、今まで静観していた防衛大臣ヴェーラ・ジェス・ガルガンティア……【冷鬼】の二つ名を持つ女性が口を開いた。


「ヴォウ、お前の<天明>はどう答えを出す?」

「ん? ヴェーラばあちゃんが俺を頼るのは珍しいな。俺のスキルの事嫌いだと思ってたけど、違ったか?」

「嫌ってはいない。だが、頼る心算も無い。所詮は未来の事、答えを聞いた後に選択するのは己自身だ。判断するに足りぬ情報しかないのであれば、尚の事。目的と手段をはき違えはせん」

「やっぱ、ばあちゃんはかっけぇな~。俺って、このスキルに振り回されっぱなしだもんな~……はぁ」


 ヴォウが持つスキル<天明>は、スキル所持者に対し最適解をもたらす予知に近い、強力かつ融通が利かないスキルである。

 自分の意思と思考とスキルの結果が混同し、自身ではスキルの影響による選択か、自身の選択か判断が付かないという、気にしない者であればそうでもないが、気にする者であれば、アイデンティティの崩壊を起こしかねない、精神的に重いデメリットを抱えている。


 だが、その能力の正確さは強力無比。 他人から選択を提示され、ヴォウがどの選択を取るか……それだけで、最悪の選択を回避することも、想定できる限りの最高の選択を導き出す事も出来るのだ。


「そうだな~、俺なら……ん?」

『お、お待ちください! お呼び致しますので、控室でお待ちくださいませ!』

『なぁに、構わん構わん! ワシなんぞに気遣いなんぞ不要じゃ!』

『こちらが構うのでございます! あぁ!?』


 扉の向こう側。会議室に向って迫りくる無遠慮な足音と、豪快な話し声。必死に制止する声も聞こえるが、馬の耳に念仏と言わんばかりに突き進むそれは、重厚な扉の前まで来ると、ノックもせずに扉を開け放つ。


「……エスタールが迷宮と敵対すんなら、多分俺、全部ほっぽりだして逃げ出すわ」

「む? なんじゃぁいお前等、時化た顔しとるのう!」


 派手に登場し、ずかずかと会議室へ上がり込む筋肉隆々の老人に向け、その場の視線が全て集まる。

 重苦しい雰囲気と相まって、正常な一般人であれば尻込みして然るべき空気の中、まるで予定していたかのように唯一空いた席へ、迷いなく歩み寄る。


「ワシの席が用意してあるではないか。流石は<天明>! 先読みは便利じゃのう」

「はぁ……何しに来た、ジャック」


 突然登場した老人、【破壊者】ことジャック・バルバス・リューゲルに対し、皇帝レウス・ロー・アルフレット・エスタールが溜息混じりに問いかける。


 その問いに、老人とは思えない溌剌とした笑顔を浮かべた【破壊者】は、躊躇い無く口を開いた。


「おうレウス、久しいな! なに、ちょいと宣戦布告に来た」


 場の空気をぶち壊すジャックの発言に対し、レウス皇帝は心底嫌そうに、眉間に深い深い皺を刻んだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ