281 冒険者⑨(攻略)
①荒むダンマス
②茶番茶番の裏工作
③逃げる竜と追う竜
深い深い……日の光すら差し込まない、深緑の森の中。
木々の根で隆起し、水気を多分に含んだ苔に覆われた足元は歩む者の足を取り、乱立する巨大な木々が進路を遮る。
小さな羽虫や小動物が、隙間や物陰に身を隠しながらその生を謳歌し、強力未知な魔物が互いの血肉を貪り合う、終わる事のない弱肉強食の生存競争が昼夜を問わず繰り広げられる。
弱き者は捕食され、捕食する者はより強い者に捕食され……強者は強者で一瞬の隙や弱点を弱者に突かれ捕食され、不利な環境に引きずり込まれ捕食される。
【世界樹の迷宮】の中で最も広く、最も多様な属性が混じり、最も多くの生が溢れ、最も多くの命が消える場所。適所生存……生き残るために一癖も二癖もある魔物が群雄割拠する、その環境に適応したものだけが生き残る世界。
攻略者にとっての最初の鬼門。それこそがここ、【世界樹の迷宮】、その上層である。
環境に適応できていない外からの侵入者など、余所からやって来た新鮮な食料、且つ経験値である。本来であれば、天然の罠や自然の猛威が攻略者の歩みを阻み、激しい生存競争に巻き込まれる事でその命を散らす事となる。
……そんな危険地帯を、文字通り真っ直ぐ突き進む人の姿があった。
森も川も、山も谷も関係なく、一切速度を変えることなく目的地へ向けて突き進む。その姿に一切の迷いはなく、躊躇いも無い。気配を隠す素振りすら見せない威風堂々とした姿は、決して虚勢などでは無く、経験に裏付けされた自信と実力から来るものだ。
そして、その姿に間違いは無かった。
道中で遭遇する全ての生物がその人を認識した瞬間、この場で最も強いものが誰であるかを理解する。
抗う事すら許されない圧倒的な強者を前に、動けるものは逃げ出し、動きが遅い者や動けない者は、身を隠しやり過ごす……必要以上の騒ぎにならなかったのは、偏に彼が放つ威圧感に害意が無い為だ。
S級冒険者、ジャック・バルバス・リューゲル。世界最強の【破壊者】。この場に初めて訪れた攻略者を前に、迷宮の防衛機能は最後まで機能することは無かった。
―――
長年冒険者として、勝手気ままに赴くままに冒険しとったが、ここ程冒険のし甲斐があるおかしい場所は無いわい。
魔力光を放つ果実や花。
常に微弱な魔法を放つ魔草。
見たことも無い傘の様な何か。
今ではほとんど見られなくなった、魔物以外の生物。
外では見ない、全く別の系統を元に進化した魔物。
地面を覆う未知の植物は、踏み締める刺激に反応し光を放ち、連鎖する様に森に光の波紋が広がる。巨木の群れに遮られ一切光の射さない深淵の森は、見る者を魅了する幻想的な光で満ち溢れ、殆どの魔物が暴れ襲う事しかしないのに対し、全ての魔物が人の様に自身の生存を優先する。
魔力と生命が凝縮した様な場所。厳しくも正常。美しくも異常。外とは異なる進化と成長を遂げた、全く別の世界。
見るもの全てが目新しく、余裕があれば一つ一つじっくり時間を掛けて観察したくなる、良い意味でも悪い意味でも、正に冒険者泣かせな場所じゃのう。
だが、今はその時ではない。後ろ髪を引かれる思いじゃが、目的地に向け真っ直ぐ進む。
通常、余りに深い森は、魔力が淀みやすいんじゃが、ここは多種多様の属性の魔力が淀みなく流れ、息苦しさも無い。これならば、それなりの実力さえあれば行動ができる事じゃろう。反面、それなりの実力しかなくとも、ここまで来られてしまうともとれるがのう。
もし、この環境を意図的に作り出したとしたら、迷宮主とは途轍もない存在じゃのう。強力な魔物と小型の生物が同居できる場所なんぞ、見たことが無いわい。
更に、迷宮に住む魔物といっても、迷宮に支配されている訳ではなさそうなのが、また驚きじゃわい。それはつまり、自然な状態でここを維持しておると言う事じゃ。何と言ったら良いか……そこはかとなく狂気じみた拘りが見える気がするわい。
まぁ、そのお陰で、邪魔も無く進めるのは有り難いがのう。無用な殺生はワシの好みでは無いし、力を温存できるのならば、それに越したことは無いわい。
「む?」
大体の移動感覚と、あの【9番転移塔】とかいう塔に示された位置から見て、そろそろ見つかると思っとったが……真っ直ぐ進んでいると、進行方向に見慣れた石造りの塔を見つける。
そんな気はしとったが、やはりありよった。何番目の転移塔かは知らんが、あの地図が正確である証拠じゃのう。何とも親切な創りじゃわい。
方向も間違っていない様じゃし、このまま真っ直ぐ進むかのう。塔に寄っても良かったんじゃが、帰る必要も無いし、何かしら罠があってはたまらんからのう。
それに、あそことの距離を考えれば、ちょうど折り返しと言ったところじゃしのう。
―――
塔を見つけた辺りから、丁度同じぐらい進んだ頃かのう……そろそろ一つ目の目的地に着く頃かと思案していると、木々の隙間から疎らに光が差し込む様になり、森の終わりが見えだした。
几帳面と言えばよいのか、何と言えばよいのか……この森を創った際に、色々と計算して設置したとしか思えん配置じゃわい。
そして、森を抜けた先には、南北に延びる山脈が存在するはずじゃった。魔の森と呼ばれていた頃から存在は知られており、この森ができる前にやって来た冒険者グループの……【スピール】じゃったかのう? その報告にも存在したそこは、見るも無残な姿となり果てておった。
「これは、随分とあからさまじゃのう」
幻想的な森を抜けた先には、一転。眼前に広がるのは、垂直に聳える石積みの巨大な壁。大小さまざまな門が疎らに設置されておるが、バランスを考えて造られている為か、堅牢ながらも美しさを醸しだしとる。
地平線の先まで南北に伸びる巨大な壁。余りに巨大な建造物故に、すぐにその正体に思い至らんかったが……山脈丸々一つを利用した巨大な要塞が、行く手を阻んでおった。
もう、のう? 立ち止まる気なんぞさらさらなかったと言うのに……道中の濃厚な自然から一転してこんな馬鹿げた規模の建造物が現れれば、嫌でも足が止まるわい。
……何故かのう? 術中にハマった気がして、無性にムカつくのう。ぶっ壊して直線に道でも造ってやろうか……あぁ、迷宮は壊せんか。壊れてもすぐに再生するじゃろうしのう。
となると、後はこのほぼ垂直に切り立った石壁を飛び超えるか、至る所にある門から中に入り、反対側に通り抜けるかかのう? 迷宮には入りたく無いんじゃがのう……。
「こんにちは~。今良いですか~?」
「む?」
如何したものかと思案していると、声が掛かけられる。今までに遭遇した魔物であれば、自ら積極的に接触を試みるモノなどいなかったしのう。気配を消す様子もなく近づいて来とったから、害はないじゃろうと気にしとらんかったが、声を掛けられるとは思わんかったわい。
足元を見れば、それほど大きくはない虫族の魔物が数体こちらの様子を窺っておった。敵意は……感じんのう。
「お前さんは確か、アルトだったかのう?」
「は~い、アルトで~す。よろしくお願いします、ジャックおじいちゃん!」
「わっはっは、ワシの事を知っているか!」
「有名人だからねぇ……人の世界の中でも、ここででもね」
「ほほう?」
やはりと言うべきか、この迷宮に所属する者の様じゃのう。賢いとはいえ、野生の魔物がワシの名前を知っとるとは思えんしのう。しかし、有名人か……ワシの能力は把握されとるとみて良さそうじゃ。
「して、迷宮の者が何用かのう? 案内でもしてくれるのかのう?」
「その担当は僕たちじゃないからねぇ……それはこの要塞を超えた先に居るよ」
「冗談だったんじゃがのう……有るのか、案内」
「この要塞を超えた先は、完全な迷宮の領域になるからね。攻略者によっては、案内役が付くよ」
「……完全な?」
「あ~~~」
まるで、今までが迷宮では無かったかのような言葉に、訝しがる態度を取れば、困った様な声を上げるアルト共。
「今までの場所は~、そうだね~、庭みたいなもん? 迷宮に関係ない奴らでも自由に生活できるように整備された場所?」
「あれ? それって言っていいやつだっけ?」
「どうだっけ?」
「問題があれば、主様からツッコミ入るだろうし、ジャックおじいちゃんになら問題ないんじゃない?」
「友好的に行きましょう! って事になったしねぇ」
「寧ろ、敵対できない様に積極的に情報をぶっこんで、無理やりこっち側の陣営に引きずり込もうって事になったしぃ?」
「駄目だったら駄目だったで、情報が洩れても知れ渡る前に全力で抹殺コースにシフトするらしいしぃ?」
「「「……よし、問題なし!」」」
「不穏な言葉が乱立しとるんじゃが!?」
アルト共の中で勝手に解決した所に思わずツッコミを入れると、まぁまぁと宥めて来るアルト共。友好的にと言いながら抹殺とは、矛盾しておらんかのう? せめて伏せておってほしかったわい。
この先に行けば、ワシが知りたい事は大概分かるらしいが……この先にどんな爆弾が有るのか、今から頭が痛いわい。
「はぁ、まぁ、いいわい。この先に行けばいいんじゃな……それで、ここは通ってよいんかのう?」
「あぁ、そうそう。その事で話しかけたんでした。ちょっとした依頼をしたいんだけど、良いですか? 交渉料としてこちらを、報酬は別途用意いたします!」
「依頼とのう? ……ふむ、聞くだけ聞いてやろうかのう」
冒険者として、他者から依頼を受ける事は少なくない。Sランクに認定されてからは、面倒で中身の薄い依頼ばかりで、ここ最近は殆ど受けとらんかったが、まさか魔物から依頼を持ちかけられる日がこようとは、露ほども思わんかったわい。
まぁ、話を聞くだけならタダじゃ……けっして、渡された酒瓶に惹かれた訳では無いぞ? ぐびぐび……。
―――
話を聞くに、ここはその様相に相違なく、外からの侵入を塞ぐための防壁であり、要塞だそうじゃ。
ここで、敵と判断した者は追い返すか、押し通ろうとすれば駆除するらしい……言い方はどうにかならんのかのう?
そして、ワシへの依頼と言うものが、この要塞へ挑戦して欲しいと言うものだった。自ら攻略してくれとは、何とも変わった依頼じゃわい。
「初めての攻略者だよ? しかも、敵対していない外の人。どの程度やれるのか、問題や改善点はないのか、貴重なデータが安全に取れるじゃん!」
「ただ問題なのは、如何に逆立ちしても、僕らじゃおじいちゃんには勝てないって事。負けるって分かっている相手に挑むのは、勇気でも蛮勇でもなくて無謀! かと言って素通りさせるのも、勿体ない! 試したい!」
「ではどうする?」
「そこで依頼に入ります!」
足を腹の下で畳み、前足を目前で揃え居住まいを正し、意を決したかのように切り出しよった。
「僕らが死なない、且つ、足掻けるレベルまで手加減してください! お願いします!!」
「「「お願いしまぁす!!!」」」
「ブッフ!」
一糸乱れぬ見事な土下座を前に、思わず噴き出してしもうた。
手加減して攻略しろとは……これほどまでに迷いなく言われてしまうと、一周回って清々しいわい!
「報酬に、クロカゲ隊長秘蔵のお酒を贈呈! お酒に合うお摘み付けちゃいます!」
「わ、分かった、ぶふ! 受ける! その依頼を受けるから、畳み掛けるでない!」
「「「うっしゃーーー!!!」」」
「戦の時間じゃーーー!」
「罠を全部起動だーーー!」
「全力で殺しに行くぞ!」
「「「おぉ~~~!!!」」」
「おぬしら遠慮ないのう!?」
依頼を承諾した途端、闘志を滾らせながら、一斉に迎撃準備を始めるアルト共。目の前で行われるワシの殺害準備を前にして、苦言を呈せば、殺しに行っても死なないでしょ? と、素で返されてしもうた。
これは、信用されておると受けとればよいのかのう? …………なんとも複雑な気分じゃわい。




