278 汚物の詰まった天使②(天使の正体)
①トラウマの権化、登場
②タイミングが悪いんだよな~
③情報があっちから来たぜェ(にちゃぁ)
「旦那、起きてくれ、旦那」
「あぁん?」
余りに到着が遅いので、世界樹で他の作業をしながら時間を潰す事、数時間。エッジさんに揺り起こされた人形へ意識を繋げれば、ちょっと想定外の光景が目に映る。
真っ直ぐ突っ込んででも来ると思っていたのですが……森の木々で足元の人型は見えませんが、イラ側の森の手前で止まり、左右に広く展開? しているようですね。
「……戦争の定石とかは知らないのですが、何で森の手前で止まっているのでしょう?」
「そりゃ旦那、敵の領域に不用意に入り込んだりしないでしょうよ。然も相手はダンジョンマスターなんだろ? 領域内での強さと厄介さは、俺等一般人よりも知ってるんじゃねぇか?」
「いやいやいや。森は、ドラゴンが住み着いたことでできた場所であって、カッターナ国の領域では無いでしょう? しかもその森ができた原因も、カッターナと縁も所縁もない、野生の、これ重要、野生のドラゴンですからね?」
「……そういやそうだな。何か、無条件で信用してたけど、野生って事になってたんだっけか」
「……なんか、公然の事実の如く、野生のドラゴンじゃないとして認識されていません?」
「そりゃ旦那よぅ、魔物ってやつを知ってる奴は、あのドラゴンが普通じゃ無いって分かるぞ? 無条件に等しいレベルで襲ってくる魔物と比べて、あのドラゴンは強い、無害、活動的の三拍子……時期的にも、どうせ旦那の差し金だろ?」
「ノーコメントで」
折角ゴドウィンさんが言い訳要員として抜擢されて居るのに、例え公然の秘密であろうとも、それを潰す様な発言は出来かねますからねぇ。
それにしても、人形越しとは言えこの距離になると、直視に耐え兼ねる気持ち悪さですね天使像。デカいから嫌でも視界に入るし。ほんと、あれ何なん?
「旦那でも判んないのか?」
「そうですねぁ……中身の見当は付いているんですがねぇ……」
「中身?」
「ケルドです。正確には、休眠状態のケルド。教会を襲撃した時に地下にあった肉塊ですよ」
距離があるのでハッキリしたとは言えませんが、多分中身はケルドの肉塊が詰まっているってところでしょうかねぇ? あぁもう、なぁにが天使だ、臭いものを密閉しても、臭いものは臭いのですよ。
「おぉあれか、旦那が突っ込んで行ったあの気色悪い奴な」
「嫌な事を思い出させないで下さい」
「……で、何でまたケルド?」
「エネルギー源?」
ケルドって内在するエネルギーに対して、糞弱いんですよね。何でだろ~? と感じたうちのマッド共が、色々弄り回して不純物を徹底的に排除したら、高純度の経験値に簡単に加工できたらしい。
放り出して勝手に増えて戻ってくる、家畜兼燃料としてなら、ケルドってすっげー優秀なんだよなぁ。そこだけは評価します。諸々のマイナス面が強すぎますが。
そうして、経験値とかを余所から搔き集めて、最終的に吸収するなりエネルギー源として使うのかと思っていたのですが……見た感じでは、加工せずに肉塊の状態で使っているのでしょうかね? 原油をそのまま燃料に使っているようなものですよ? 変換効率、くっそ悪そう。うちの子達が悪乗りで作ったケルド燃料の方が、よっぽど効率良さそうです。
「お、旦那、旦那。あそこ、なんか動きがあるぞ」
「おん?」
エッジさんが指さす先に、ポツリと浮かぶ人影が一つ。
う~ん、一際豪華な装いの法衣を纏った人型でしょか? ……ジャラジャラとチカチカと、過剰装飾されたあれを、法衣と言ってよいモノか。真っ当な聖職者さんに失礼になりそうですね。うん、成金法衣と呼びましょうか。
『聞けーーー!! 下等なる異教徒共よ!!』
おっと。突然広範囲に向けて、<念話>と<風魔法>で拡声された声が響き渡る。発信元は成金法衣の人型のようですね。
こちらに向けて発信しているのでしょうが、方向指定がお粗末ですね。更に<念話>もあって、込められた魔力に、侮蔑を元にした敵意が籠っていることが良く分かる。
……やっぱりケルドはケルドなのかな? 今カッターナに対してだけでなく、周辺に存在する生物全てに喧嘩売ったぞ。こちらが手を出すまでもなく、勝手にドツボにハマっていくから、何ともやるせなくなりますね~。
『―――故に、貴様らの行いは万死に値する!! 唯一神イラの威光を前に、平伏し、許しを請え! さすれば慈悲深き我等が神は、下等なる貴様らに我等に奉仕する名誉をーーー』
罵詈雑言の御高説を垂れ流す成金法衣。流し聞いていた内容を要約すれば、死ぬか奴隷になれって事でしょうかね。
「……ねぇエッジさん。あの成金法衣、撃ち落とせない?」
「……流石にこの距離はなぁ……旦那の魔器でも使い手の問題があるからなぁ」
いい加減ウンザリしてエッジさんに冗談で提案してみましたが、流石に無理と真面目に答えられた。
これは、撃てたら討つ気でした? まぁ、もう相手側が侵略してきたのは、明白且つ明確ですから、後々の問題にはならなかったでしょうけど……ならないよね?
そんな一抹の不安を抱いていると、ガサガサと木々が擦れる音と共に、森からひょっこりと茶色い頭が顔を覗かせた。
「あ? あぁあれ、あんま動かない方のドラゴンか」
「あぁ、噴……大人しい方ですね」
コイツ今、名前言いかけたよな? と言いたげなエッジさんの視線をスルーしつつ、大人しいドラゴンの行動を見守る。
ドラゴンが顔を出しても止まる事のない、成金法衣の無差別罵詈雑言。周辺へ唾を吐きかける行為は、当然の事ながらドラゴンにも向けられているのだが、当の成金法衣は気付いていなさそうですね。
だから、そう。こうなる事は自明の理である。
森から飛び上がり、森の中で比較的高い建物の残骸に降り立つ。そう言えばその辺りは、元は街だったんでしたっけ。足場にしているのも、元はイラの教会か。
「グロゥ!!」
噴竜さんが、威嚇の声を上げる。かなりの声量と魔力を込めて放った威嚇だったのですが、成金法衣は黙らない。最終警告を無視するその姿を前に、噴竜さんは片翼を上げ、その噴出口を相手へと向けた。
「おっと。皆さ~ん、対衝撃態勢~」
「え? ふ、伏せろお前等―――!?」
一瞬の輝きの後、噴竜さんの翼の魔力袋からブレスが放たれる。形状と飛び方からして【吹き飛ばし】でしょう。
真っ直ぐ成金法衣へと向かう魔力の塊は、妨害されることも無く天使像へと着弾。閃光と衝撃、一拍置いて大気を揺るがす爆音が轟き、天高く聳えるキノコ雲が、イラ共の姿を覆い隠す。
「お~……いい威力。鬱憤溜まっていたんですかね?」
「て、天変地異かよ。正真正銘の化け物じゃねぇか」
「え?」
「え?」
「……普通のドラゴンの中でもブレスに特化した個体なら、ちょっと強い程度ですよ? それに、ちょっと前に流れ弾で、流れ弾でカッターナ国内を滅茶苦茶にした子達が、弱い訳無いじゃないですか~」
「そうだった」
確かに、噴竜さんのブレスの威力は称賛に値しますが、本物のドラゴンの一撃はこんなもんでは無い……噴竜さんが本気じゃないのも有りますがね。
後、流れ弾の部分も強調しておく。俺は無関係ですからね~?
「しっかし……もう、これ、終わったんじゃないか?」
「野生のドラゴンを挟んで大声上げれば、イラついて攻撃して来てもおかしくないですし、そもそもあのやり方では、ドラゴンどころか、周辺の生物全てに対しても挑発していましたからね? 当然の結果でしょう」
「つまり……自滅? って事になる、と?」
うむ、これでカッターナに関係ない所での自滅って事で、面倒な後処理とかを無視できますね! ゼニーさん達の負担が減って、めでたい限りです。
……後は、あれをどう本格的に処理するかですねぇ。
「う~~~ん、無傷!」
噴流さんの【吹き飛ばし】による粉塵が晴れたそこには、天使像が三つ……天使像はともかく、足元の人型も、もしかして無事でしょうか?
う~む、ダメージ無しとは……噴竜さんも意外だったのか、今度は視界を潰さない程度の威力の【吹き飛ばし】を連射する。
ダメージが無いのは同じですが、今度は状況が良く見える。これは、目に見えないバリアーみたいなものが張られているのか、天使像に着弾する前に爆発していますね。
それと、もう一つ分かった事が。
集中砲火を受けていない他二体の天使像が移動を開始するのを見て、噴竜さんが牽制する様に掃射する。ダメージは同様に無いですが、防御中は動けないのか、代わりに天使像の動きが止まる。足元の人型も前に出ない所からも、天使像から離れると、あの防御は適応されないと見えます。
「この能力のせいで、カッターナの人達は、イラ教の人間共に真面に攻撃できなかった訳ですか」
特殊なスキルか魔術か……一定範囲に居る眷属とか配下に対し、<絶対防御>を付与する感じでしょうか? スキルの対象を一定範囲の配下などに絞れれば、接近した敵と味方を区別できなくもない? ……家のオタク共ががっつきそうなネタですね。
そんな訳で、適当に攻撃しても効果が薄いと感じたのか、噴竜さんは一体に絞って連射を開始する。その隙に他二体は、噴竜さんの攻撃を避けて左右に別れ、森の木々をなぎ倒しながら改めて移動を開始する。
「お、こっち来るか?」
「来られますかねぇ?」
なにせドラゴンは、あと二体居ますからねぇ。
一応今は様子見していますが、まぁ、反応しても不自然でない程に近づいてきたら、攻撃するでしょう。逸れ竜であるゴドウィンさんを追って来た、と言う事にしている噴竜さんと斬竜さんが、同時にゴドウィンさんから意識を外す訳にも行きませんからねぇ。
となると、噴竜さんで一体。ゴドウィンさんで一体。監視の体を守るために斬竜さんは出ないモノとして、もう一体はカッターナの預かりになるのかな? やっぱりカッターナとして後処理の必要が出そうですね~。
『ふはははは! 蜥蜴風情に何ができようか!! 所詮貴様らの力など、至高の存在たる唯一神イラの威光の前では、塵同然よ!!』
あ……やっちゃったよ。
ケルドは著しく魔力的な言語能力が低い為、鳴き声に含まれる意味や感情を飲み取る事が殆どできません。噴竜さんの威嚇も全く理解していませんし、相手(ケルド以外)に正確に自分の意思を伝える事も下手なので、単純な感情程度しか伝えられません(大概が相手を侮蔑する感情しかありませんが……)。
(ちょこっと設定紹介)
言語が違っても、お互いに<翻訳><通訳>することで、魔物や生物など、全く違う存在でも意思疎通が可能なこの世界で、ケルドはかなり異端な存在です。カッターナでは、亜人族の言葉でギリギリ話せるけど(亜人側からしたら、抑揚のない感情の読み取れない一昔の機械音声を聞いている感じ)、獣人の言葉は全く理解できていなかったり……。




