274 冒険者⑦(終わりを告げるモノ)
①便利なモノ(転移塔)はついつい使っちゃう
②なんかヤバい雰囲気?
③ヤバい奴×ヤバい何か=大災害
南北に長く、地平線の先まで広がる広大な草原。数多の生き物に溢れ、優しい風が駆け抜けるそこは、今では見るも無残な有様となっていた。
平坦だった地面は、塔を中心に衝撃が駆け抜けたのか、南北にそれぞれ扇状に抉れた大地をその場に刻み、地下に張り巡らされた迷宮の一部が露出している。
そしてその爆心地では、この破壊を引き起こした人と、黒い何かが対峙していた。
―――
「ふうううぅぅぅ……」
本来であれば、ぶっ壊した場所を中心に、辺り一面吹き飛ぶんじゃがのう……ワシ側の被害は、ワシ……と言うよりも、今回に限っては背後の塔が防いだようだが、奴側の被害が殆どない所を見るに、衝撃の全てを封殺しよったか。
塔と奴に挟まれ逃げ場を失った衝撃が、残された上下左右に集中し、左右の大地を吹き飛ばす、可笑しな結果となったのじゃろうのう。
だがしかし、ただ抑え込んだのであれば、逃げ場を失った衝撃が反動となってこちらにも伝わって然るべき。こちらへの負荷に違いが無かったところを見るに、防いだのでは無く、吸収したか消し去ったと言った所かのう。
ワシと同系統の能力。結果だけを生み出す因果スキルか、それに類似する能力と言ったところかのう。相性の問題もあるじゃろうが、相手の能力の方が格上と見た方が良いのう。
何せこちとら、ワシに向かって降りかかる衝撃のみを破壊し身を守ったのに対し、相手はほぼ全ての衝撃を消し去っとる。でなければ、奴だけでなく、奴の背後にすら被害が殆ど見られん理由の見当がつかんわい。わしと同様に自分の身だけを守ったのであれば、そうはならんじゃろう。
それに、振るった拳がひりつく。これは肉とは言わんが、拳の薄皮が消えとるのう。ぶっ壊すのではなく普通に殴っとったら、腕が消えていたと見るべきか。
しかし、わしの全力の一撃を受け、無傷とはのう。力を振るえる相手と遭遇したと思うたら、殆ど通用しないとは……全く、泣けてくるわい。
まぁ、ワシの攻撃も、完全に決まった訳では無いがのう。あの爆発も、スキルの対象を取り損ねた場合に起きる誤爆じゃし。
だがその爆発も、全く干渉できない訳でもなさそうじゃ。少なくとも、相手を軽く押し戻す程度はできとる。纏っている黒い靄も、少しは減ったかのう?
回数か、威力か、時間か……因果スキルの類であれば対象の取り方によるが、過程に関係なく消費する量は決まる筈。
ならば、先ずは数を叩きこむかのう。
「ぬぅ!!」
先ずは軽く、魔力を圧縮して作った魔力弾を、10発ほど叩きこむ。距離感すら掴めんのは、難儀じゃのう……1発外してしもうた。
普通の場所であれば、100m程は削るのだがのう。10m程で消えてしまうとはとは……まぁ、この地に含まれる魔力量の多さは以前より分かっていた事じゃから、それは置いておくとしてじゃ。
「まるで変化なし、かのう……」
因果スキルであれば、先ほどの一撃も、今回の魔力弾の十連撃も、同様に処理され、同様に消費するはずなのだがのう……10倍近い回数を叩きこんで、変化が見られない所を見るに、因果スキルでは無いのか?
……因果スキルでもなく、ワシの破壊とついでの衝撃を上回るスキル、攻防一体のスキル……か。
「これは、腹を、括るかのう」
……塔の転移装置が起動し、発動するまでにかかる時間は約3秒。こやつが3秒も隙を晒すとも、待つとも思えん。流石に塔内でぶっ壊す訳にもいかんしのう。
あの転移は、迷宮に稀に現れるものと違い、完全に魔術による産物じゃからのう。下手に衝撃を与えると壊れかねん。
そもそも、逃げる選択肢は既にないがのう。こ奴がこの地を出る事だけは、許容できん。人里に出ようものなら、恐らく誰も止められんじゃろう。
……真っ先に逃げる事を模索する辺り、弱腰になっとるのう。敗北を意識するのは何時ぶりか?
「くく、くくく! くぅ~~~ふふふふふ!」
喉の奥から溢れる激情が、噛みしめた口の端から漏れるのを抑えきれん。御あつらえ向きに、周囲には何もないのだ、全力を出しても問題ないじゃろう。
両の拳を握る。残る全ての力を身体の強化へと充てる。ちゃちな攻撃も防御も意味を成さんのだ、ならばやる事は簡単よ。
「来い、正体不明! ワシの限界を……全力を出させよ!」
全て躱し、全てぶっ壊す!
その纏っている靄、全てぶっ壊してやるわい!
―――
「ぬぅりやぁ!」
奴の脇へと潜り込み拳を叩きこめば、破壊の余波が、辺り一面を吹き飛ばす。これを日に何度も放つ日が来ようとは、思いもせんかったわい。
「やはり、効果は無いか」
探り探り、何発か放ってみたものの……至近距離でぶち壊さんと、碌に効果は無さそうじゃのう。怯みはするが、一発目と違って靄が殆ど減っとらん。
だが他に、奴に対し干渉する術が無いのも事実。魔力弾も魔法類も魔力を込めとらん礫も、まるで効果が無かったからのう。
……しかし、全く気配を感じんことが、これ程厄介とは思わなんだ。揺らめく黒い靄と相まって、相手の大きさも、相手までの距離も掴み切れん。
まぁよい、やりようは幾らでもあるわい。幸いにして、動きはそれ程速くはないしのう。
距離さえ掴めれば対処はできる。気配さえ感じ取れれば距離は掴める。そして、感じ取る対象が、狙ったものである必要はない。気配が無いのであれば、気配があるもので囲って仕舞えばよいだけよ。
「ふん!」
軽く地面を踏み、魔力で土を巻き上げぶっかける。ワシの魔力が混じった土砂じゃ。存在感増し増しじゃわい。
何も感じんところが、奴の居場所じゃ。姿の見えぬ、風の精霊とやり合った時を思い出すわい。
ふむ、全長5m、体長3m程か、意外と小さかったのう。唯の黒い靄の塊にしか見えんかったが、地面に向けて隆起した部分が4か所感じ取れる。もしやこれは、足かのう?
「む?」
ワシの魔力が混じった土砂が消えたのと同時に、気配がない範囲が急増しよった。これは、奴の能力範囲が広がった? いや、ぶっ掛けた土砂の気配が消えたまま、飛び散っとるのか。
触れた物の気配を消す……存在を消す? どのような状態か計りかねるが、奴の全身が、能力で覆われとると見るべきかのう?
これは予想外じゃ。これ程の能力が、常時全身を覆う様に発動しておるとは……そりゃ、何処から拳をぶち込んでも、効果が薄い訳じゃわい。
急激に増大する認識不可能な範囲だが、奴自身はこちらに向かって進んでおる。奴の殺意は本物じゃからのう。その証拠に、巻き上げた土砂を突き破って黒い靄が顔を出しよった。
「ええい、何処までが本体じゃ!?」
後ろに飛んで、できるだけ距離を取れば、今しがたワシが居た場所を、黒い靄が空間を塗りつぶす様に横薙ぎに通過する。ふむ、横薙ぎとな?
今までは距離を離し洞察し、タイミングを見計らって拳をぶち込んどったが……破壊の余波で、奴の動きが見えとらんかった様じゃ。思いの外、分かりやすい体型なのやもしれん。
「む? ちぃ!!」
いつの間にか放たれていた黒い塊を、大袈裟に避ける。大きさと距離が咄嗟に掴めんのが、これ程もどかしいとは……追撃にも回避にも次に繋がらん。えぇい、腹立たしいわい!
先ほどまでワシが居た場所に、黒い塊が音もなく着弾する。黒い靄が吹き上がり収まる頃には、白紙の用紙に黒いインクをぶちまけたかの様に、着弾地点周辺が真っ黒に塗りつぶされる。
こうなると、気配も触れた感触もなくなり、非情に脆くなる。足場として真面に使えん。大概、破壊の余波で消えるがのう。
だが、分かった事も有る。あの黒い靄自体には、直接的な害はないと言う事じゃ。
あれは恐らく、地面同様に空気が黒く染まっておるだけじゃ。地面同様に脆く成っとるとしたら、風に煽られ崩れて消えて居るんじゃろう……消えた先はどうなっとるかは皆目見当がつかんが、あの靄の中に、肉体を持った者が居る!
飛び掛かって来た黒い靄から距離を取る。
触れられる訳にはいかんからのう……未だに、一撃目に放った拳のひりつきが収まらん。薄皮程度、何もせんでもすぐに治るというに、回復の兆しも感じん。受けたら回復は絶望的じゃろう、一撃が致命傷になりかねん。
だが……そろそろ潮時かのう。
安全な距離から試せることは、既に試し尽くした。得られる情報も、これ以上は期待できんじゃろう。残り魔力を考慮するに、これ以上の無駄撃ちもできん……あれは相応に魔力を使うからのう。
「ふぅぅぅぅぅ……」
両の拳を握り、浮いていた腰を据える。全身を覆う様に魔力を滾らせ、魔力の膜を纏う。
集中せよ、研ぎ澄ませ。活路は死地にのみ存在する。全てを出し切る覚悟を決めよ……ここからは引かん!
「ぬう」
今まで大袈裟に避けていた黒い靄を、移動せずに上体を逸らし躱す。黒い靄に軽く触れたが、体に影響はなく、代わりに薄く張った魔力の膜の一部が消失する。
「ふむ、この間合いか」
不規則に動く不定形が相手であれば、どれ程遅かろうと不意を突かれ兼ねん。だがこ奴は、明らかに実体を持っとる。
ならばその動きには必ず制限が掛かり、規則性が生まれる。何かが飛んで来るにも、その本体から放出されるのであれば、避けて見せる!
黒い靄の上体が上がり左右に伸びると、こちらに向かって振り下ろされる。
縦横無尽に振るわれる黒い靄が、空間を埋め、地面を抉り、塗りつぶす。
防御の必要のないが故の、一方的な暴力……今までは一撃ごとに距離を取っておったが、距離を詰める必要が無くなった途端、奴の攻撃が苛烈になりよった。じゃが、行動が一貫しているが故に、その動きはより読みやすい。
その角度、方向、速度、塗りつぶされる空気の増加量も考慮し、奴の能力範囲と本体を確定させてゆく。
黒い靄で視界が塞がれば、魔力を放出し靄を押しのけると同時に、奴の位置を先行して探る。この至近距離であれば、魔力だけでも十分に相手の存在を捉えられる。寧ろ、物質と違いすぐに消える分、相手の位置を鮮明に捉えられるわい。
だが、まだ足りん。もっとじゃ、もっとその正体を曝け出せ!
「どうしたどうした、掠りもせんぞ!?」
少しずつ、薄皮を剥ぐように……自ら距離を詰めれば、奴は不格好に後ろへと下がる。
移動の挙動から、今の奴は二本足。攻撃に今二本使い、通常時は4本足。
前に進むのは得手でも、後ろに下がるのは不得手。
今ワシが居る位置、奴の足元は、攻撃の二本……前足が届かない故、近すぎる距離は苦手。
今までで手に入れた情報を元に奴の姿を想像すれば、何も感じぬ黒い靄の中に、奴の姿が朧気ながらも見えて来る。
「……!?」
そして、記憶の中から合致する存在が浮かび上がる。それも、記憶に新しい。つい最近見たばかりの奴じゃ。
まさかと思うも、そのイメージが払拭されることはない。より鮮明に、その姿を形作る……ワシの│勘《経験》が、ワシの否定を否定しよる。
「ならばここが、命の賭け時よ!」
失敗すれば拳か腕か、命か消える大博打……ただでさえ分の悪い賭けなんじゃ。不確定要素は可能な限り取り除く為にも、先ずはその動き、止めさせてもらうぞ!
「ふんぬ!」
相手の振り下ろしに合わせ、地面を踏み締める。黒く染まり脆く成っている地面じゃ、簡単に左右にかち割れ、その場に大きな亀裂が走る。
今まで攻撃らしい攻撃をして来んかったからか、奴も予想外だったんじゃろう。畳みかける様に、魔力弾で奴の足元の地面を吹き飛ばせば、亀裂に前足を突っ込む形で踏み外す。穴に片足を突っ込んだ状態じゃ、例え一瞬であろうとも真面に動けんじゃろう?
「ぬぅりやぁ!」
相手の懐に飛び込み、下がった頭部と思わしき部位に拳を振るう。
ワシの拳は全てを壊す、【絶対破壊】の拳。それは過程を無視し、一切合切、分け隔てなく、対象となったモノに、壊した結果だけを突き付ける。
黒い靄に拳が消え、更に奥へ……今まで集めた情報から作り出した幻影に向け、勘でぶっ放す!
ぶっ壊すと同時に、黒い靄を閃光が引き裂く。
但し対象を取り損ねた時、何故かこの拳は、周囲を吹き飛ばす破壊を引き起こす。今までは対象を取り損ねた為に、この後に爆発が起こっておった。それはワシ自身無視できるものでは無く、スキルで防がざるを得ない威力を放つ……が、今回ばかりは何も起きなかった。
何も起きない……それは、【絶対破壊】のスキルが、正しく対象を捉えたという事。
正しく対象を捉えたと言う事は、対象となったモノは破壊されたと言う事!
転がり、多々良を踏み、後退る黒い靄。途中、破壊した黒い塊が、崩れる様に地面へ零れ落ち、その姿が露になる。
「くくく、中々に勇ましい面構えではないか、えぇ? 猫よ!」
琥珀色の鬣。黒く濁った赤い瞳。猫の獣人である獅子人に酷似した頭部を持つ、四足獣……この地特有の種である猫、その上位種と思わしき姿がそこにはあった。
【因果スキル】
過程を無視し、結果だけを起こすスキル。
どんな過程に対しても、一定の結果を発揮する為、消費する魔力も常に一定となる。
矛盾した結果が衝突した場合、レベルの高い方の結果が優先される。
(例)
切った、という結果だけを残す、「絶対切断」
防いだ、という結果だけを残す、「絶対防御」
結果だけを残す、という結果を否定する、「因果無効」
【破壊者の能力】
壊した、という結果だけを残す、「絶対破壊」
空間も破壊できる為、空間魔法などによって異空間へ避難しても、余波からは逃げられない。空間を壊した(誤爆)した場合、ほぼ無差別攻撃となる。その為に滅多に使えない。
直撃すれば、ステータスに関係なく対象を破壊できる(即死攻撃)。その場合、正しく対象を取れているので、爆発は起こらない。




