269 カッターナの日常②(竜の森)
①(空)元気に満ちたカッターナ。
②恒例行事。黒は死ぬ
③詐欺はいかんよ、詐欺は。
防壁の上でのひと騒動が終わる頃には、二体の戦闘が終わっていた。あの後、キレた斬竜さんに、ゴドウィンさんはぼろくそにやられたようですね。
物言わぬ肉塊となったゴドウィンさんの周りに、防壁の麓で大きな袋を持って居た人たちが集まっていた。
どうやら彼等の目的は、二体の戦闘跡に残された竜の素材の様ですね。放置して腐りでもしたら、悪臭と呪いの発生源になりますし、皆さんの収入源にもなって、一石二鳥って訳ですか。
ゴドウィンさんは……まぁ、プルさんも引っ付いていますし、万が一も無いでしょう。
斬竜さんの方は……
「シュロロロロロロ」
……ゴドウィンさんに殴られたのが癇に障ったのか、その原因である俺を、離れた所から不機嫌そうに睨んで、苛立たし気に地面に向けて刃状の尾を何度も突き立てている。
元気そうなのは分かったので、刺激しない様にしましょう。無理に接触する必要も無いですし、お話はあの子にしておけば良いですもんね。うん!
そのまま進み、竜達の魔力を吸って新しくできた森へと足を踏み入れる。
「噴竜さ~ん。お元気ですか~?」
「お~い、ぼちぼちだぞ~」
森に入ってすぐに、赤茶色の巨体が視界に入る。声を掛ければ、ぐで~としたやる気のない声が返される。相も変わらず調子が悪いようですね。
魔力濃度が低い人里は、とてもでは無いですが、噴竜さんレベルの魔物が常駐できる場所では無いですからね~。特に吐竜系統は、魔力を圧縮し吐き出す事に特化した種なので、体内で魔力を圧縮するならともかく、維持する<帯魔>とかのスキルと相性がとても悪い。
<帯魔>のスキルが無いと、魔物は自身の魔力濃度より低い場所で活動できない。体内の魔力が、漏れ出し続ける事になる為だ。それは噴竜さんも変わりない。
ですが、スキルを習得できれば生物同様、周囲の魔力濃度に左右されず、体内の魔力濃度を一定に保つことができる。レベルによって限界は有りますが、上限いっぱいまで上げれば、生物と変わらない範囲を活動できる。
寧ろ魂は、<帯魔>スキルと同じ構造を備えていると考えるのが妥当でしょうか?
「大丈夫ですか?」
「今の<帯魔>スキルレベルが8だから、本当、もうちょいなんだよ」
そして、上限まで上がったスキルを所持した状態で進化すれば、<鑑定>の結果からは見えなくなるが、スキルを習得した状態の性能を維持できる。
スキルは、魂や魔石の表面にできたマメやコブの様なものだ。その為、表面積分のスキルしか習得できず、所持数には限界がある。だが進化すると魔石は成長し、完全に成長し切ったスキルは、表面に残る事無く、成長する魔石に取り込まれ、その魔物が本来持つ性質となる。それは<鑑定>で見られなくなるだけでなく、そのスキル分、新しいスキルを習得できる範囲が増えると言う事でもある。狙わない手は無いでしょう。
この考えの優良性は、ビャクヤさんによっても証明されている。進化できるときにすぐに進化していたら、あんな馬鹿げた性能にはなっていなかったでしょうね。
「体質に合わないなら、無理しなくとも良いと思うんですがね」
「まぁ、他のスキルも、上限行ってないのが有るから、地道にやろうかなっと」
担っている役目によって条件は変わりますが、今後活動範囲が広がることを考え、特定のスキルの取得が、進化の最低条件となっている。
俺的には、無理な子には長所を伸ばす感じで、条件ではなく推奨程度で良いのではと思っているのですが……他の子が良しとしないんですよね。自主的にやっている子が大半なので、俺もあまり強く言えないですし、萎えさせる様な事を言うのは本意ではないのです。
「それより目下の悩みは、斬竜だな」
「斬竜さん?」
「斬竜の方はもう進化出来るんだけどさ、律儀に俺の事を待ってる感じなんだよ」
「あらぁ……仲がよろしいことで」
「いや、うん、そんなんじゃ無いんだよな」
「おん?」
「進化したら、ぜってぇルナの姉御の相手をさせられる。それも、他が居ないから、一体で……」
「おぉう……」
悲惨な未来を想像して、遠い目になる噴竜さん。
成る程、強く成る事は、ルナさんのアイデンティティですからね。手頃な相手を常に欲している……なので、うん、申し訳ないが力になれそうにない。ごめんね。
「あー、それで、何しに来たんだ? 様子見だけか?」
「あぁ、そうそう忘れる所でした。ちょっと喧嘩を売られましてね?」
「喧嘩だぁ? どこの自殺志願者だよ」
「イラです」
「あぁ、イラか了解」
その内攻めてくるかもしれないと迎撃準備をお願いすると、すぐに了承してくれた。それまでは、今まで通りで良いらしい。生活自体は何ら困って無いとの事。
飯とかは? え? 街の人から貰ってんの? 何で? お礼? ま、まぁ、仲良くやっているなら、全然かまいませんが……。
「あ、でも一回帰りたいかな」
「そりゃまた何故で?」
「小耳にはさんだんだけど、訓練施設の中に無魔力室って有るらしいじゃん? それ使ってみてぇ!」
「……君も大概、ルナさんと同じ穴の狢ですね」
俺の発言に対し、当竜は不満が有るのか半目を向けて来る。そんなにルナさんと同じ扱いが嫌ですか? 程度の問題? 感覚が壊れているのかな? 程々にして下さいね?
しかし、移動となるとちょっと考えないといけませんね。街中の<門>は物理的な大きさもあって使えないですし、手頃なところが近くにあれば良いのですが……。
「……あの穴は?」
「あれか? 俺の寝床」
そんな事を思いながら近くを見渡せば、手頃な大きさの穴が地面に開いているのが目に入った。
ほうほう……ほうほうほうほう。竜が作った巣穴ですか。魔力がたっぷり染み付いた穴ですか。出入口は噴竜さんの体格と同程度の大きさですが、内部はそこそこ広くて深い、とっても大きい穴ですか。
色んな魔物が住み着いていても、何らおかしくないですね~。魔物が出入りしても、おかしくないですね~。最悪ダンジョンに成っても、おかしくないですね~。
―――
地平線が夕焼けに染まるころ……森の様子の確認がてら散歩をして時間を潰していると、噴竜さんの巣穴から、赤茶色の巨体が姿を現した。
「お帰りなさい、噴竜さん。問題ないですか?」
「おう、いや~<門>って便利だな。俺らが飛んだら一日は掛かるのに、一瞬だもんな。気分が良いわ!」
当然の事ながら、穴から出て来たのは噴竜さん。魔力不足で気だるげだったのが、魔力に満ちた迷宮に帰った事で体調も戻った様ですね。
今回、噴竜さんの巣穴の奥の方に、<門>を設置させてもらった。それを使い、先ほどまで【世界樹の迷宮】に戻って、たった今帰ってきたところになる。
これで、大型の魔物でも、従魔に偽装していない魔物でも、ここから迷宮まで自由に行き来できる。視界を遮る森って立地も良いですね、使い勝手は良さそうだ。後で使い心地を、他の利用者にも確認しておきましょう。ダメなら、他の方法を考えないといけませんしね。
「それで、成果の程はどうでしたか?」
「レベル9に上がったわ、サンキュー主!」
おぉ、上がりましたか。それは重畳。
高レベルのスキルのレベルは、そうそう上がらない。それは、努力でどうにかなるものでは無く、必ずと言ってよい程、どこかしらで躓く事になる。
何もしなくても成長と共に、大抵のスキルは5レベル位まで上がる。ですが、何処かで新しい事……今までの生活の中で、必要とされなかった何かが無ければ、それ以上にはならない。
散々努力して痛めつけて、それでも上がらなかったレベルが、何気ない事で上がる事が有る……5レベルが壁と呼ばれる所以だ。
噴竜さんは、身を置く周辺の魔力濃度の低さが……体内の高濃度の魔力が、濃度の薄い外へ溢れ出そうとするのを留める経験が足りなかったのでしょう。地力は出来上がっているので、きっかけさえあれば、後はアッサリである。
この子達の進化も、そろそろかな?




