266 冒険者④(上層エリア)
①成長する辺境の村
②飯! 因みにケルドは森の飯!
③ハンターギルド
【破壊者】が居なくなったカウンターで、ロットが受付嬢に説明を受ける。
「え~、Eランクからかよ~」
「Bランク冒険者と言いましても、ここでの実績は御有りになりません。情報を元に活動するハンターと、情報を収集する冒険者のランクを同一に扱うと、後々不都合が生じる可能性が御座います。不用意な前例を作らない為にも、どうかご理解ください」
「まぁ、だよな~」
初期ランクに対し、ロットが不満げな声を上げるも、言っている事ももっともと、それ以上言及することは無い。何度言っても、理解する気が無い奴は多いので、ロットの素直な態度は、受付嬢にとってとても好ましい物だ。
「ご理解いただき感謝致します……ここだけの話、探索が進んでおらず、どれ程の脅威が生息しているかハッキリしていないのが、主な原因なのです。何分、カッターナのハンターギルドは、何処も近年真面に機能していなかったもので、ここの施設も人員もランクも、まだまだ準備段階の仮設なのです」
「あぁ、そもそも、Cランク以上のランクが用意できないのか」
EやDランクの脅威しか存在しない地域で、CやBランクに昇格する事はまずない。する理由も、それに至る理由もないからだ。
そしてここは、全くと言っていい程に探索が進んでいない。【魔の森】と呼ばれていた頃の情報は一切通用せず、使える情報を持ち帰る者も居らず、深入りした者は、誰一人として帰らない。探索のノウハウを持った経験者が、圧倒的に不足しているのだ。
「お恥ずかしながら、それがここの現状です。ですので、冒険者として活動している方は大歓迎でございます! Cランク以上の方は、理由の提示なく森へと入る事が認められておりますし、情報をお持ちいただければ、すぐにでも上位のランクをご用意いたします。実績さえ示していただければ、すぐにランクも上がる事でしょう!」
「あ、じゃあ、もう何度か潜っているから、後で幾つか情報出すわ」
「本当ですか! ご協力感謝いたします! 内容によっては褒賞も出ますので、ご期待ください」
事実、設立したばかりと言う事もあり、殆どケルドしか居ないここに登録をして居る普通の人は数えるほどしかいない。更にケルドが原因とは言え、カッターナには現在冒険者ギルドが無いと言っていい状況の為、森への調査要請を出す事も困難……有能な人材は少しでも多く欲しいのだ。
逃がしてなるものか! それがここの総意だった。
「ギルドカードができるまでのお時間を使って、能力<鑑定>はいかがでしょうか? ご自身の能力把握にもつながりますし、能力の開示を為さいますと、能力に合った依頼を優先的に紹介できます。更に! 仲間の募集を掛ける際、手続きがスムーズになりますよ?」
個人のステータスは、荒事に従事する者からすれば命に係わる情報だ。怨みに妬み……それが逆怨みであろうと、その報復はそれに則したモノになる事が多い。
そして、彼等の活動範囲は人の目が届かない場所が殆どであり、そこで襲われようものなら……その取り扱いは、厳重且つ慎重を要するのだ。
「あぁ、場所によって流行ってるよな、<鑑定>……お~い、いるか~?」
「「「いらな~い」」」
「だよな~」
とは言っても、彼等は既に内輪でチームを組んでいるので、今更余所から募集を掛ける意味はなく、自身のステータスも把握している。
因みに、ロット以外の他の三名は、案内屋が紹介した併設された酒場で食事中である。
高濃度の魔力が満ちた辺境で活動するハンターや冒険者は、一般人と比較して魔力と接することが多く、それに比例して魔力に対する免疫や容量が多い。
一般人にとっては許容量を超えた量の魔力を含んだ食品であっても、彼等であれば、摂取し続けることが可能だ。そしてその分、一般人が食す物よりも下処理が簡略化でき、持ち込んできた素材を元に、原価に近い価格で提供できることも相まって、多く安く提供できるのだ。
そしてここは、味の濃い肉料理が多いが、どれを頼んでも外れはないと好評である。
そんな事も有り、山のように積まれた食事が、小柄な男女三人の手によって、どんどん消えてゆく。
生き物は、食物を吸収できる程度の大きさまで消化・分解し、その中で吸収できる魔力を栄養として、残りカスを排泄し生きている。
つまり、なにが言いたいかと言うと……小柄であろうとも、体を動かさない魔法使い等であろうとも、滅茶苦茶食うのだ。
羨ましそうに視線を向けるロットであるが、敗者に人権は無かった。
「お~、待たせたのう」
「お、じじい。戻ったか」
そんな折、奥から白髭の筋肉隆々の老人が顔を出す。
「わっはっは、ワシはEランクからじゃ! 懐かしいのう」
「じじいも特別扱いナシかよ、徹底してんなおい!?」
通常、Sランクの【破壊者】のネームバリューであれば、Eランクなんて有り得ない。寧ろギルド側から、無理やりにでも高ランクを付け、仕事を斡旋しようとするぐらいだ。
だが、ここではそれがない。
融通が利かないとも言えるが、不正が行えない様に徹底しているとも言える。
情報と金を扱う以上、信用第一。利用する側としては、何とも安心できるギルドの運営方針である。
―――
ハンターギルドでの登録を終え、持って居る情報を問題ない範囲で提出した翌日。深い深い、底が見えない程の断崖絶壁前に、5人は何をするでもなく佇んでいた。
「こりゃ、谷よりも、地割れじゃな。ふぅん……標高は、向うの方が上か……成る程のう」
【破壊者】が白い顎髭を撫でながら、一人納得したように谷を見やる横で、弟子4人が顔を突き合わせて、眉をひそめていた。
「問題は……ここをどう超えるかだよな。は~~~~~~~~~……」
深い深い、目の前の谷に匹敵する程の深いため息を吐きながら、ロットが谷を覗き込む。
「想定できるルートは?」
「谷を下るか、足場を作るか、跳ぶか、飛ぶか……」
「ハンターギルドで聞いたルートを行くか、ですわね」
パッと思いつく攻略法があげられ、先日ハンターギルドで聞いた情報が、最後に上げられる。
「下」
「「「論外」」」
「足場」
「橋を架けるのも、<結界>の足場を張るのも、距離があり過ぎて、無理」
「……跳ぶ?」
「う~ん、距離があり過ぎる。俺やロビンなら、まぁ、ギリギリ、何とか? でもお前ら魔法職は、流石に無理だろ?」
「それに、対岸の方が高くないかしら?」
「そうよねぇ……じゃあ、魔術で飛ぶ?」
「う~~~ん、魔力は使いたく無いんだよな」
「下に……何か居る」
「完全に見られていますわね」
却下、却下、却下……適当に上げただけあって、すぐに問題が浮上する。
その最たる理由は、谷の底から何かの気配がする事だろう。下手に刺激し襲われでもしたら、面倒な事になる。それは、冒険者としては避けるべき事態である。
「兎にも角にも、ここでは距離があり過ぎますわね。特別ルートを見て決めませんか? 道中で距離の狭い所が見つかれば良し、そうでなくても、安定したルート選択は多いに越したことはないですわ」
「異論は?」
「ない」
「私も同じく」
「俺もだ」
ララが出した提案に全員が賛同し、一同は谷沿いに移動を開始する。
先日寄ったギルドには、様々な情報が無料で開示されていたのだが、その中の一つに、とある位置情報が有った。それこそ、谷の先へ行ける可能性のあるルート、地続きになっている場所の位置情報であった。
―――
「あったよ……道」
そして、彼等は道を発見する。崖下100m程の位置に、道として使えそうな円柱状の巨大な何かが、横断する様に架かっていた。
これで間違いないだろうと、周囲を刺激しない様に慎重に崖を降り、円柱の道へと降り立つ。
「うん?」
「……この感じ、木?」
「周囲の魔力が吸われてる感じがするな。って事は、根なのか?」
何事もなく降り立ったのだが、足裏から伝わるその質感に怪訝な声が漏れる。円柱状の道を撫でれば、そこから伝わるのは木の質感。軽く小突けばポコポコと適度な弾力が返ってくる。それは、生きた木の感触だった。
見た事のない巨大な根と思われる足場に、興味津々な弟子組とは異なり、【破壊者】は眉間に皺を寄せながら、ポツリと小さな声を漏らしていた。
「ふぅん、見られとる、のう……こりゃ、ちぃっとばかし侮っとったか? 不味いのう」
「じじい、どうかした?」
「なんでもないわい。どれ、さっさと行こうかのう」
「え? ちょ、うぉい!?」
【破壊者】が漏らした小さな声は、弟子組には届いていなかったらしく、先へと進む【破壊者】の後を慌てて追いかける。
急いでいる様に見える【破壊者】を見て、いつも以上に周囲を警戒する弟子達だが、それらしい原因が見当たらない。
……そのまま何事もなく進み、対岸の麓辺りまで来た時であった。
「!!??」
「うぉ!?」
探知に優れたロビンが何かを感じたのか、突如振り向き矢を引き絞り、射線上に居たロットが咄嗟にかがみ、後方へ剣を構える。
弟子組の視線が、振り向いた二人の視線の先を追う……だが其処には、何も無い。全身全霊の警戒態勢を崩す事無く、数秒程の沈黙の後、ロットが口を開いた。
「……どうしたロビン。何があった?」
「……何かが、居た気がした」
「何をしとる、早うせい」
ゆっくり、警戒を解いていると、前を行く【破壊者】から声が掛けられる。事実なにも無い為、弟子たちは後ろ髪を引かれる思いを抱きつつも、素直に谷を渡り切り、崖を登る。
最後とばかりに、崖縁から振り向きざまに巨大な根の道を見るも、やはりそこには何もない。勘違いだったのかと、奥の森へと足を踏み入れる。
「……なの」
……その姿を、琥珀色の髪を靡かせる小さな影が見送っていた。
―――
森を歩くこと数分、木々の間から射し込む光が強くなる。木々が減り、代わりに草の割合が増す。そして彼等は、開けた場所へと辿り着く。
穏やかな風が吹き、背の高い草が騒めく……延々と続く草原が目の前に広がっていた。
「すっげ」
森から離れるに従い標高が下がっているのか、盆地の様に窪んだ地形と成っており、今彼等が居る場所から、草原を一望することができた。
壮大な光景もそうだが、盆地状の地形が相まって、草原一帯が濃厚な魔力で満ちていた。
先ずは、ここから見える範囲の確認を取る。
進行方向である東に目をやれば、麓を森に覆われた山脈が目に入り、南からは川が流れ、その奥には沼地と思しきエリアが広がっている。北は地平線まで草原が続き、数多の魔物の姿が確認できる。
この距離からでも見えると言う事は、数メートルではすまない超大型の魔物である。さらに、見えない小型や中型の魔物を含めれば、その数は計り知れない。不用意に暴れて居場所がバレようものなら、タダでは済まないだろう。最悪、人族全般が敵や獲物として認定されれば、後続にまで迷惑を掛ける事となる。それだけは避けなければならない。スタンピードを誘発など、笑い話にもならないのだから。
「で、だ。さっきから、すんごい気になる物があんだけど」
「珍しいわねロット。私も、丁度気になる物があったのよ」
「あれって、塔、ですわよね?」
ロットとマリアが向き合うと、同じ場所へ視線を向ける。そこには、石を積み重ねて造られた塔が聳えていた。
遠方からの為正確な大きさは分からないが、自然環境の中にある明らかな人工物は、人の目からすれば完全に浮いていた。
「……あ! 谷の地下の迷宮! まさか、あれの入り口か!?」
「あぁ、あったわね~。谷から帰還したハンターが、迷宮具を大量に持ち帰ったって話ね。一時期、一攫千金を狙った馬鹿が殺到したんだっけ」
ロットが思わず声を上げると、マリアが思い出したかの様に口を開く。
マリアが言うハンターとは、迷宮に捕まり、最終的に谷底に置き去りにされた、レイモンド達の事なのだが、彼等がそれを知る由もない。
そして、その情報によって、谷へ挑む者が一時期後を絶たなかったのだが、そのブームも陰りを見せている。深く潜った者が誰一人帰らなければ、そうもなる。
ここで問題になるのが、この塔が、そんな化け物が生息している可能性がある場所へと続いている、かも? と言う事である。探索中に、突然未知の存在が出てきたらと思うと、安心して探索などしていられない。せめて一目確認しておきたいと思うのは、何も変な事では無いだろう。
「行くか」
そう結論付け、背の高さ程ある茂みを掻き分け進んで行く。
道中、何者かから見られている気配はあるのだが……元来大人しい魔物が多いのか、人がこの場まで来ることが珍しく、警戒しているのか……襲われる事無く、彼等は塔に辿り着いた。
谷の向こう、上層へと足を踏み入れる冒険者一行。現れた人工の塔とは?




