262 オークション②(終幕)
①オークション(資金回収、市場価格崩壊作業)開催
②ヤバい、大量流出
③成り上がり連中の破産
延々と現れる品を前に、参加者が戦々恐々としだした頃……勢いに任せ競り落として仕舞い、顔を青くしている者も少なくない中、完全に明かりが落とされる。
この期に及んで何が来るのか、不安と期待に押しつぶされそうになる中、ゴトーの声が響いた。
「人はなぜ老いるのか、寿命が有るのか……皆様は考えたことが御座いますか?」
語りかける様に、問いかける様に……聞く者に考えさせることで、次の品への興味を煽る。
「肉体は、魂を元に設計されます。但し、魂は成長と共に、生活と共に、汚れ、修復の度に不純物が溜まり、設計図通りに肉体が生成されなくなるのです。それこそが老い! それこそが寿命なのです!」
段々と盛り上げる様に熱弁を振るうゴトーの言葉に、興味を引かれ、その先を予想し、有り得ないと思いつつも、次の品に心が揺れ動く。
「53品目……紹介する商品は、こちら!」
ゴトーの声に合わせ、暗闇の中で運ばれていた品にスポットライトが当たる。
「【若返り薬】でございます」
騒然とする会場を尻目に、ゴトーによる説明が入る。
「この薬は、魂にこびり付いた不純物を取り除き、修復し、最盛期の状態に戻します。後は<回復魔法>の要領と同じでございます。魂を元に肉体が生成され、最盛期の頃の肉体を取り戻すのです!」
演説による引き込みはその存在の信憑性を上げ、胡乱気な目で見ていた者たちをも引き込む。
中には、そんな説明などいいから早くしろと言わんばかりに、浮足立つ者まで居る始末だ。その姿に満足し、これ以上焦らすのは悪手と判断したゴトーは、そうそうに競へと入った。
「さぁ! 先ずは金貨一枚から!」
「5万!!」
「はい! 32番より5万枚!」
いきなりの高額提示に、皆の視線が集中する。そこには興奮のあまり息を荒げ立ち上がる、血走った目の老人がいた。
その目は雄弁に語っていた、どんな手を使っても必ず落とす、邪魔する者はタダでは済まさないと。事実この老人は、今までも手段を選ばずのし上がって来た、正真正銘の老害だ。
噂でもその事を知っている参加者は、その手前、動くに動けなくなる。たとえ競り勝ったとしても、後に殺されては意味がない。
だが、そんな事などお構いなしに動く者が居た。
「はい! 黒幕様、10万!」
「貴様ぁ! 先ほどから吊り上げよって! 覚悟はできているんだろうなぁ!?」
黒幕の男は、今までにも幾つか品を競り落としているので、値を吊り上げているサクラとは一概には言えないのだが、興奮している老害からしたら、そんなことは関係がないらしい。
老害のそれは、競売に有るまじき脅迫行為であったのだが、それを向けられた黒幕の男はどこ吹く風か、魔道具によって顔は見えないが、頬杖をついて詰らないものを見るかのように、上階から老害を見下していた。
「赤幕様、12万」
「8番、15万!」
「んな!?」
「青幕様、25万」
「8番、30万」
その見下した態度と、脅しを意に返さない態度に、老害が苛立ちを募らせているその隙に、 赤い垂れ幕と青い垂れ幕が掛けられたVIP席と一般席から、それぞれ競に参加する者が現れる。
VIP席の者の存在は伺い知れないが、一般席に座る8番の老人は、枯れ木の様な弱々しくも穏やかな態度とは裏腹に、その眼光は抜身の剣のように、ギラギラに研ぎ澄まされていた。
「……はい! 青幕様、31万」
「8番、32万」
「黒幕様、35万!」
「他に、8番! 37万!!」
「黒幕様、42万!」
「他に……8番! 44万!!」
「……」
老人の提示した金額を前に、黒幕の男はお手上げとばかりに軽く両手を上げると、その後は競りに参加することは無かった。
「44万、他いませんか? ……8番! 44万で落札!」
「ふん……良いとこを突く」
とんでもない金額に一際騒然とする会場の中、老人の呟きと、老害の歯ぎしり音が誰かにの耳に届くことは無かった。
―――
今晩だけで、一体どれ程の金が動いた事か……開催時、この状況を想定できた者がいただろうか? 居たとしたならば、それはこの企ての共犯者だけだろう。
途中で現状に危機感を抱いた者はいたのだが、個人でこの流れを止める事は最早不可能と、自身の被害を最小限に止める事に注力した事もあり、誰も止めることなく、謎の出品者と主催者であるエイブリーへ、カッターナの財が集中することとなる。
そして、最後の時を迎える。
―――
「残すところ、後5品と成りました」
時刻は夜明け。地平線の先に朝焼けが顔を出す時間帯……ゴトーの言葉に、安堵の息が木霊する。
だが、彼等は分かっていなかった。このオークション、その最後の品が何を意味するのかを。
壇上に運ばれたのは、透明な容器に収められた、青々とした木の葉が一枚。
「101品目……【世界樹の葉】でございます」
通常であれば、この名を聞いただけで飛び上がる圧倒的ネームバリューであるが、今までの出展品を鑑みるに、見劣りすると言うのが素直な感想だった。なにせ、魔法薬の材料としてはこれ以上ない素材であるが、加工手段がなければ、唯の葉である。それならば、今までに出た加工済みの品の方が、彼らに取って何倍も価値がある。
格安で競り落とした薬品の香りを纏った者は、狂喜乱舞していたが……長時間の競もあって、心身、財政共に疲労困憊の参加者は、葉などに出す金は無いと、価値観のズレた感想を抱いていた。
「102品目……【世界樹の枝】でございます」
横に職人らしき者を侍らせた小太りの男が、同様の理由で格安で競り落とす中……そこで一定数の者が、はたと気が付く。
「103品目……【世界樹の樹液】でございます」
数々の品々を前に視野が狭くなっていた、圧倒的なインパクトを前に、思考が止まっていた。
今までの出展物は何だったのかと、どうやって手に入れた物なのかと、それを作る為の素材は何処から手に入れたのかと。
その可能性に気が付いた者、その者の呟きを近くで耳にした者、広がる動揺に何事かと視線を動かし、その理由に驚愕する者……会場は、かつてない程に騒然となる。
「競としては、こちらが最後となります」
ゴトーの言葉の後に、透明なカバーを掛けられた、鉢植えに植えられた若木が運ばれた。
そんな馬鹿な……有り得ない……そんな言葉の全てを、圧倒的存在感が否定し、ゴトーの言葉がその存在を肯定する。
「104品目……【世界樹の苗木】でございます」
「「「はぁ!!!???」」」
騒めく事はあっても、決して騒ぎ立てることは無かった参加者たちだが、その存在を前にして、冷静になどいられる訳がない。
個人で所有などできる訳が無く、国……いや国ですら入手不可能。伝説と言っても過言ではない存在を前に、オークションの事など完全に頭の外に追いやられていた。
席を立ち、身を乗り出し、あわや暴動に発展しかねない状況の中……少女の声が響いた。
「100万なの!」
「「「!!??」」」
「はい! 黒様、100万! ……他に御座いますか?」
冷静に、変わらぬ対応を続けるゴトーと、周りの事など知った事などないと言わんばかりに競を続ける、黒幕の男……いや、その男の横でベランダの柵から身を乗り出した少女に、会場の空気が一変した。
金貨100万枚をポンっと提示する少女と、両手を上げやれやれと頭を振る男。その姿は余裕に満ち溢れており、動揺していた自分達との格の差を見せつけられ、会場は、取り敢えずの冷静さを取り戻す。
少女が提示した金額は驚愕であるが、元々が、価値が付けられないレベルの存在である。それを考慮に入れるのであれば、決して的外れな金額ではない。
それでも、馬鹿げた金額である事に変わりは無い。だが……だが逆に、だ。不可能な金額でもないのだ。
出せる出せないで言えば……出せる。出せてしまう。一部の者たちは、全財産を吐き出せば……金貨100万枚で、金のなる木が手に入る。
逃げるか、攻めるか。手に入れた後に、どう再起を図るか……瞬時に思考を巡らせ、そして、覚悟を決めた者が動いた。
「110万!」
「い、ぐぅ、112マン!!」
「ひ、113万!!」
到底参加できないと、固唾を飲んで見守る者達に囲まれながら、文字通り身を切る覚悟で競に参加する者達。
最終的に……
「12番、128万で落札となります!」
「へ、へへへ……へ」
時間にして数分。声にならない感嘆の声が漏れる中、初老の男が勝利を収める。
……だが、これを勝利と呼んでも良いものか。今後、彼の人生がどの様なモノとなるかは、想像に難くないだろう。
「最後の品は、少々特殊でございます」
ぐったりと燃え尽きた初老の男を余所に、とうとう最後の時が訪れる。
もう勘弁してくれと、げんなりしている参加者であるが、逃げる事など許されない。ここでの情報は、今後の進退に大きく関わるのだ。
「最後の品……それは情報に御座います。察しの良い皆々様であれば、お気付きの方もおられるでしょう。その情報とは、出展者様の素材入手場所……世界樹の現在地に御座います」
会場の意識が集中したことを確認した後、ゴトーの説明が開始する。
それは予期したものであったが、その情報がもたらす影響は計り知れない。
そして、何故出展者はこの情報を開示しようと思ったのか、参加者からすれば、わざわざ独占状態を崩す様な意図が見えないのだ。
……その理由が、ハーフエルフとケルド、エマさんの敵集めだとは誰も思うまい。
「この会場を退席する際、出入り口の者に自由に金額を提示して下さい。情報と言う特殊な商品でございますので、一定ラインの金額を提示した方全てに、この情報を提供いたします。その後、その情報をどう使おうとも、落札者にお任せ致します。我々は一切の責任を負わず、且つ、その情報の扱いに対し、一切の干渉を致しません……それでは1番の方から、どうぞ」
情報提供と共に、スムーズに退出を促す。これにより、会場に居座る連中を強制的に排除するのだ。
もう声を出す元気も無いのか、粛々と会場から出て行く参加者たち……因みに、情報提供のラインは銅貨1枚である。
各々この情報にいくら出したかは……ご想像にお任せしよう。
おいでおいで~、ダンジョンにおいで~。特に世界樹に熱心な方も、情報聴いたらおいで~。




