257 アルサーン解放⑩(捕虜)
①中型ビャクヤさん敗北
②贄の剣
③キョクヤさんによる妨害尻尾アタック……相手は吹っ飛ぶ
「う~ん、10人くらいかしら? ……なんかあいつ等、殺気立ってない?」
「そうなのか? ……よく見えん」
ウォー隊長の姿を確認して、いても立ってもいられなくなったのか、更に速度を上げる兵達。
キョクヤは全く意識しておらず、ウォー隊長はそこまで思考が回っていないので、気付いていないのだが……端から見れば、見知らぬ魔物に敬愛する隊長が捕らわれ、人質にされている様に見えるのだ……焦りもする。
そして兵達は、到着と同時に剣を突き付けた。
「放せ、化け物!」
「いや、無理だから、今放したら死ぬから」
「し、しゃべった!?」
「ちょ、失礼じゃね!?」
開口一番、喧嘩腰な兵たちの態度に、キョクヤが憤慨する。
「失礼! こいつ等、失礼! こんなに尽くしてるのに! 隊長としてこの態度どうなのよ!?」
「いや、うむ。そのなりでは、仕方がない、か? 私に彼等は責められん。すまん」
「ぐぬぬ、こんなにモフモフして、愛嬌ある顔なのに……」
何処から出したのか、尾で鏡を持ち、顔をフニフニ揉みだす。自分の容姿に自信があったのか、思いの外ショックだったらしい。
だが兵からしたら、揶揄い、あしらっている様にしか見えなかったのか、更に怒気を強め迫って来た。
「おい魔物! 要求はなんだ?」
「隊長さえ解放すれば、俺達は撤退する。お前を殺さないと誓う!」
「ん? いやお前達。死ぬのはこいつでは無くて、私の方だぞ」
「何をすれば解放する! ウォーにだけは手を出さないでくれ!」
「いや、お前達、そうではなくてだな。えぇい、何と言えばいい! 頭が回らん!」
うまく言葉が出ないのか、頭を抱えだすウォー隊長を見かね、キョクヤが助け舟を出す。
「貴女が、私に、延命処置を受けている。私から離れると、貴女が、死ぬ……で、どう?」
「そう、それだ。そういうことだから剣を収めろ」
「う、ですが」
ぐったりしたウォー隊長と、虚空を眺めるキョクヤを見比べ、困惑を深める兵一同。
「そもそも、敵だったかも怪しいのだ。これだけ手加減されては、疑うのも馬鹿らしくなる。こいつ等が、本気で我々を殺そうと思ったなら、抵抗すらできんよ。ゴフ」
「あ、隊長!? 今すぐ治療おぶ」
「おぉっとダメダメ、回復はなし!」
回復魔法の使い手だろう者が慌てて駆けつけるが、キョクヤはアブね~と汗を拭う仕草をしつつ、ぺしぺしモフモフと、ウォー隊長に群がり治療しようとする者たちを、幾本もある尾で押しのける。
「じゃ、邪魔をするなぁ!」
「そんな状態で無理に回復しようとすると、魂に障害が残るわよ? 大人しく自然回復に任せておきなさい。回復はこっちで手配するから!」
「ゴフ、手配?」
「そうそう、今返信来た。受け入れ準備がすんだから、連れて来ていいってさ」
「……あぁ、<念話>か。何をボーとしているかと思ったら」
途中から会話に参加しなくなっていたキョクヤは、念話で仲間と話していたらしく、ウォー隊長を抱えたまま腰を上げ歩き出した。
「さっさと治療に行くわよ。アンタ等も付いて来なさい。他の御仲間の所に案内するから」
「……逃げるのも無理だろう。大人しく従って、おぶ!?」
「てか、アンタはもっと自分の状態を自覚なさい! 動くな喋るな休んでろ。この、この! この!!」
「ちょ、はたくな! 私は棚の上に溜まった埃じゃない!」
尾をはたき代わりに、ウォー隊長の顔をモフモフしながら進むキョクヤの後ろを、兵達は困惑しつつも付いて行く。
獲物が居ない事も有って獣型の魔法攻撃が居ない荒野を、振動を与えない様にゆっくり歩くこと、数分。彼等は元凶に出会う。
「ひぅ」
白い魔物。獣型の攻撃と全く同じ姿の、されど決して同じではない、圧倒的な存在感を放つ……間近でその存在を見た兵たちは、息を詰まらせ、委縮する。
そして理解する。ウォー隊長が何故、無謀な突撃を行ったのかを……。
通常、魔物は魔力濃度の薄い所では活動しない。生きるためには、レベルに合った魔力が満ちている環境が必要であり、魔力濃度が薄い人里に高レベルの魔物は現れない。
そこそこ強い魔物が、複数で群れを成して現れたならばいざ知らず、ここはこのレベルの魔物が活動できる環境ではないのだ。だと言うのにこの魔物達は、人里レベルの濃度であったこの地にまで足を運び、平然としている。
つまりこの魔物達は、自分達の国にまで来ることができるのだ。こんなものが世に出たら、街、いや、国の一つや二つ滅びかねない。
「落ち着いた状態で見ても、やはり異常だな」
「お待たせ~。いや~、変に時間かかったわ」
「わん! ……わん?」
そんな規格外な存在が、キョクヤの言葉に応える様に一声上げ、不思議そうにコテンと首をかしげる。その仕草に悶えつつも、キョクヤがどうかしたのかと問いかけると、眉を寄せ自分の口に人差し指を向ける。
「わぶ」
何を言いたいのかと頭を捻るキョクヤだが、タイミングを見計らったように、突如虚空から丸い何かが現れ、ビャクヤの頭の上に収まった。
「あ、ホロウさん。お勤めご苦労様です!」
「おや、キョクヤ嬢も此方におりましたか」
「派手に動いてもよくなりましたから、遊びに来ました!」
「ワウ?」
突然現れたホロウに対し、キョクヤは挨拶すると、二体のやり取りが理解できないのか、何の事? と、ビャクヤはますます首をかしげる。
「ホウホウ、獲得した土地の領域化が完了しましたので、もう口を利いても問題ないのですぞ」
「あ、そうなの? 予定よりも全然早かったね!」
今まで鳴き声しか上げなかった白い魔物が、流暢に口を開く。そして、ビャクヤの疑問に的確に応えるホロウの姿に、やっぱりタイミングを見計らってたなと、キョクヤがジト目を向けるも、本人はどこ吹く風で受け流す。
「ホウホウホウ、どっかの誰かさんが、魔力を散々ばら撒いたお陰で、浸食速度が上がったそうですぞ」
「あ、そうなんだ! ありがとう、どっかの誰かさん!」
ホロウが言う浸食速度とは、獣王から手に入れた土地をダンジョンの領域へと転換する速度の事であり、いま彼等が居る場所は、【世界樹の迷宮】の領域となった事を意味していた。
【世界樹の迷宮】の領域内、それはダンマスの、ひいてはコアの支配下である。監視の目を掻い潜り、部外者が潜むことも、手を出す事も困難である。
そして、魔力をばら撒き、その速度を助長させたビャクヤは、ホロウの言葉をそのまま受け取り、どっかの誰かさんに礼を述べる……天然である。
「やっと話せるね、お姉さん!」
「お前が、本体、か?」
「うん! すっごい楽しかった! また遊ぼうね!」
「……」
ビャクヤの一言で、ウォー隊長の動きと思考と感情が完全に固まった。
へへへっと、舌を出して尾を振るその姿に、邪な感情など皆無。その姿に、周囲が、特に魔物側から、居た堪れない雰囲気に包まれる。
……ビャクヤに悪意はないのだ。ただ、純粋ド天然なだけなのだ。
「んん! ホロウさんがここに居るって事は、獣人の方は問題ないの?」
そんな空気を変えようと、キョクヤが口を開き、ホロウが担った、獣人への交渉について話題を振る。
「ホウホウ、こちらは抜かりなく。そろそろ、動きがあると思いますぞ?」
動きとは何か? と聞き返す間もなく、アルサーン王都から、音が轟いた。
― ウォオオオオーーー!!! ―
「なん、だ?」
「あぁ、あれは獣王殿の声でしょうぞ。丁度、城内の殲滅が終わり城から出る所でしたので、景気付けでしょうぞ」
「城を出た? 毒は如何したと言うのだ!?」
「あぁ、あれでしたらもう、無効化しておられましたぞ」
「なん、だと」
「くく、く……獣王が動くか。実に分かりやすく、我々の勝ち筋が消えたな」
アルベリオン側からしたら、魔物陣営の実力は判然としないが、獣人側の能力と獣王の存在は知っている。
毒が効かなければ、今のアルベリオンの兵力では、勝算などない。そう判断することに、何ら躊躇いもなかった。
「ここの残りは彼等がやるでしょう。我らの目的は完了いたしました、帰還致しましょうぞ」
「あなた達の治療もしないとね」
「わん!」
アルベリオンの兵を引き連れ、西へと移動する。ビャクヤの攻撃すらも消えたそこには、逃げ遅れた人間共の断末魔が響いたとか、何とか……。
―――
所変わって、【世界樹の迷宮】の領域内。領域の東側外周は巨大な山脈で形成されている。
その山脈は、西から東へ風に乗って流れる魔力を遮断し、地中を貫く巨大な根が地上の魔力の滞留を阻害する。そんな山脈の山頂は、流れて来た魔力が衝突することで、様々な現状を引き起こし、膨大な量の魔力が溢れていた。
そんな山脈の頂には巨大な湖が存在し、湖底には、水面から飛び出るほど巨大な水の【魔力結晶】が鎮座していた。
それは、自然に生まれたモノでも、成長したモノでもない。ダンジョンの機能として【設置】されたものだ。
【魔力結晶】は現在魔力が接触しない様、湖全体が魔道具によって結界が張られている。更に結晶の隣には、巨大な石造りの門があり、そこから続々と水生の魔物が現れる。ダンジョンの魔物である彼等は、迷宮の<門>を利用し、この地に集まっていた。
「野郎共、準備は良いかーーー!!」
「「「うぇーーーい!!」」」
「跡片付けだーーー!!」
「「「ヒーハーーー!!」」」
「隔離するぞーーー!!」
「「「ヤーハーーー!!」」」
<門>から流れ込む水もあり、今にも湖から水が溢れそうになっているが、心配はいらない。何故ならこれから、この湖は決壊するのだから。
「ぽちっとな」
【魔力結晶】を包む結界を張っていた魔道具のスイッチを切る。それに連動して、結界で補強されていた湖の縁が、水圧に負けて弾け飛ぶ。
これも計算通りであり、魔力的な痕跡が残らない様に、可能な限り自然に湖が決壊したように見せる為の小細工である。
排水先の調整は既に済んでいる。決壊した水は、麓の河に……アルベリオン王国とアルサーン王国を隔てる河に合流するだろう。
<門>と【魔力結晶】によって、途切れる事も静まることも無い河の氾濫。中には大量の魔物が潜み、対策も無く横断することは、ほぼ不可能。それは、逃げ出したアルベリオンのケルドが、国へ帰還することが、情報を持ち帰る事ができなくなったことを意味していた。
「「「嫌がらせの時間じゃーーー!!!」」」
称号:<災害>や<超越者>などによる圧倒的強者感がただ漏れビャクヤさん。
適当なところで土地の領域を奪い<門>を造れば、ダンジョンへ帰還し、再度流れに乗る事も休憩も可能なので、魔物が減る事は無いです。無限ループ?




