表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
268/334

253 アルサーン解放⑥(白い津波)

①駆け抜ける暴風

②可愛いは正義!

③正義に刃向かう、馬鹿ケルド……開戦じゃーーー!

「「「は?」」」


 忽然と消えた魔物を前に、夢か幻覚でも見ていたのかと、ケルドからも亜人からも、呆気にとられた声が上がる。


「おいクソが!? 俺の毛皮! 何処行きやがった!?」


 消えた魔物に対し、ケルドの喚く声だけが木霊するが、何も無くなった訳では無い。


 “攻撃した”

 “攻撃された”


 その事実が残され、そして、その事実さえあれば十分だったのだ。


「ッ!?」


 ケルドを止めようとした兵が後ずさり、仲間の下へと全力で駆け戻る。

 その姿と、うっすらと晴れ始めた粉塵の奥から伝わってくる圧迫感を前に、その場にいた全ての亜人が、警戒を露わにする。


「ワン」


 鳴き声と共に、粉塵の奥からゆらりと、白い影が現れる……姿、形、大きさ、気配、その全てが先ほどの魔物と、全く同じ魔物だ。


「そこに居たか!」


 とっとっと……と、何気ない足取りで寄ってくる魔物を前に、三体のケルドは嬉々として、自ら距離を詰め斬りかかる。


 だが、そのケルドの攻撃が、魔物に届くことは無かった。


 剣が振り下ろされる前に、魔物の前足がケルドの土手っ腹へとねじ込まれ、その体がくの字に折れ曲がり蹲る。


 遅れてやって来た二体のケルドを前に、蹲っているケルドの脚に噛付き横薙ぎに一回転。そのまま右のケルドへと叩き付け、残ったケルドには前足を振り払い、魔力の塊を叩き付ける。


 正に、鎧袖一触。対峙したケルドは、無様に地面へと叩き伏せられてしまう。


「アフ」


 対して魔物は、失笑ともとれる鳴き声を上げると、噛みついたケルドの脚を放す事無く、そのままケルドを引きずりながら、粉塵の奥へと消えて行く。


 更に、入れ替わりで同じ姿の魔物が次々と現れると、同じく動けないケルドを運んでいく。


「え? あ? ブゴぉ!?」


 更に更に、近くでうろついていたケルドを打ちのめせば、無駄な抵抗空しく次々に狩られ、増え続ける魔物に反比例して、数を減らしていく。


 動けない様にする為か、四肢を執拗に破壊した後に運んでいくその容赦の無さは、先ほどの愛らしさなど微塵も感じさせるものでは無い。


「迎撃態勢ぇ!」

「「「!!」」」


 一抹の恐怖を抱く者たちに向け、ウォー隊長の命令が響き渡る。


 明らかに敵意を持って襲ってくる魔物を前に、怯んでいる暇などない。


 終わりが見えない魔物の群れに、段々と視界を占める色が白へと塗り替わってゆく。今はまだケルドが狩られているが、この速度ではそう遠くない内に狩り尽くされ、すぐに接敵することとなるだろう。


 手を出したのはイラの人間(ケルド)だけだとしても、相手からしたら関係ない上に、区別がつくとも思えない。ならばこの流れのまま、戦闘に入るのは避けられない。


 未知の魔物に対し希望的憶測で対処し、部下を危険に晒すわけにはいかない。ではどうするか? 戦うしかない。


「ここを抜かれれば本部の一番隊はすぐだ! 本部がやられれば、他の隊との連携が絶望的となる。通すわけにはいかん! ここで止めるぞ!」

「「「おぉ!!」」」


 合理的な判断の下、追い立てられ逃げて来るケルドを無視し、白い魔物と対峙する。


 そして、魔物と亜人の兵たちの間に居るケルドが粗方狩られ終わるのと、視界を遮っていた粉塵が晴れるのは、ほぼ同時だった。


「おいおい嘘だろ……」


 誰が呟いたのか、目の前に広がる光景に唖然とした声が上がる。


 何処から来たのか、何処から湧いたのか、そもそも何処に居たのか……そこに有るのは、白。


 白、白、白、白一色。幾千、幾万の白い魔物の群れが、一糸乱れぬ足取りで、ゆっくりと追い込む様に、距離を詰めて来る姿だった。


 もはやそれは、スタンピードと呼んでも遜色ない規模であり、見えていたのは、群れのごくごく一部に過ぎなかったのだ。


「怯むな! 先ほどの動きを思い出せ! 対処できない強さではない!」

「「「おぉ!」」」

「魔兵、広範囲攻撃用意! 見ずとも当たる、有効範囲を優先せよ! 弓兵、取り逃しを討て! 前衛、後衛へ通す様な真似を晒してくれるなよ!」

「「「おぉ!!」」」


 大規模な群れを前に恐れ、そして、覚悟を決めた彼等は、自身が持つ剣に、盾に、弓に、杖に、力を込める。


「放て!」


 ウォー隊長の合図と共に、魔物の群れへ向けて、一斉に攻撃魔法が降り注ぐ。


 対して魔物は、避ける素振りも、防ぐ素振りも見せず、構わず進み続ける。


 放たれた魔法(攻撃)が着弾し、爆炎が魔物の群れを飲み込めば、ケルドを狩っていた魔物の動きが一瞬止まり、その顔がアルベリオン兵へと向けられる。


「来るぞ!」


 爆炎の尾を引きながら、白い魔物が飛び出し、アルベリオン兵へと向けて、文字通り突撃を開始する。


 アルベリオン兵と魔物の群れの戦闘が、今、始まった。


 ―――


「3番、4番隊沈黙! 連絡が取れません! 更に5番隊から救援要請!」

「6番隊を向かわせろ! 本部は何をして居る!?」

「相変わらず引き籠ってますよ!」

「あの、(イラ)共が!」


 粉塵が晴れた為だろうか、程なくして魔伝の通信が回復したのだが、そこからもたらされる情報は、碌な物がなかった。


 アルベリオンの兵は1から8の隊に分けられており、南から北へ向けて進軍した関係から、南に本部となる1番隊が陣取り、そこから時計回りに、各隊が順番通り アルサーンの王都を囲っていたのだが……位置的に最初に接敵したであろう、西に面していた3番と、北西の4番隊との連絡が取れないのだ。


 さらに面倒な事に、本来、本部である1番隊が各隊との統率を取るのだが、その役目をウォー隊長率いる2番隊が担ってしまっていた。

 1番隊というだけで、イラの人間が大量に配置されており、その関係で指揮能力が壊滅していたのだ。

 元から1番隊に所属していた兵も居るはずなのだが、またイラ共が邪魔をしているのだろうと、通信能力が乏しくとも、2番隊に指揮を仰いだ結果であった。


 それだけ、ウォー隊長の実力が信頼されている事の証明でもあったが、その分、2番隊への負担が増えていた。


 さらに問題だったのが、対峙している魔物である。指揮系統が真面であろうとも、兵の統率が真面であろうとも、この魔物の群れに対処できるか怪しいのだ。


 ステータス的にはEランク程度、新人でも一対一で勝てなくない程度の相手だ。訓練を積んだ正規の兵であれば、まず負けることは無いだろう。

 戦い方も単調で、噛みつく、引っ掻く、体当たりが関の山。先が見えない程の大群とは言え、交代しつつ対処すれば捌けるはずだった。


 しかし、今ではどうだ?


 戦い方は変わらないが、倒す度に力を増し、今では一人で一体倒せればいい程度……それは、彼等の実力を鑑みれば、一体一体のステータスがDランク相当にまで上昇している事を意味していた。


 そして何よりも、彼等の精神をすり減らす要因があった。


 噛み砕かれる剣。剥ぎ取られる鎧。抵抗する手段を削ぎ落した後に、優しく咥えられ、奥へと運ばれて行く仲間の姿。


 相手に怪我を負わせず制圧する……その難しさを、彼等は嫌という程知っている。仲間が次々に白い群れに引きずり込まれて行くその様は、殺されるよりも、底知れない恐怖心を植え付けていた。


 イラの人間のせいで、元々真面な兵力が少ないアルベリオンと、途切れる事無く襲ってくる、強く成り続ける魔物の群れ……結論を言えば、勝てる算段が見えないのだ。


 ……ウォー隊長の決断は速かった。


「下がるぞ。回り込まれたら対処しきれん。隊列を南北に伸ばしつつ後退せよ」

「それでは、戦線が伸びすぎます。後方の交代要員を前に出す事に……長くは持ちません」

そんな(長期戦)余裕があると思うか? 本部にも伝えろ、撤退準備だ。生き残る事を最優先に行動せよ」

「ハ!」

「北は防壁を背に下がれ、南は回り込まれない様、厚く配置せよ」

「それでは中央が手薄になります」

「そこは……私が入る。ここは任せるぞ」

「ハ! ……ご武運を」


 その後の指揮を全て任せ、ウォー隊長は前線へと駆ける。それは、使える戦力を無駄にしている余裕が全くないと判断した為であり、直に触れなければ、相手の正体を掴めないと感じた為だ。


 前線が下がっていたこともあるが、驚異的な速度で駆けつけたウォー隊長は、群がっている魔物へと突っ込む。


「退け!」

「隊長!? 分かれろ!!」

「「「!? おぉ!!」」」


 隊列に突然空いた隙間を埋める様に、魔物が割り込んで来るが、ウォー隊長が放った突きが、数体同時に串刺しにしつつ押し戻す。


 隊列の前まで出れば、すぐさま停止し、慣性に従って串刺し状態の魔物は、剣から抜け落ちる。


「は!」


 軽くなった剣を横薙ぎに振り払い、兵たちに押し留められていた魔物を一太刀で仕留めれば、仲間の盾に触れないギリギリで止め、その場でターン、反対側で兵の盾に喰い付いていた魔物の首を、刎ね飛ばす。


 一瞬の内にその場の流れを奪い去ったウォー隊長の活躍に、周囲の者たちが沸き立つが、当の本人は渋顔を浮かべていた。


 直接対峙したからこそ分かる、手応えのおかしさ。肉、骨、内臓……生き物を切り裂く複雑な手応えではなく、まるで鉛に刃を通したかの様な、均一な手応え。


 一刀両断したからこそ際立つその違和感に、今まで抱いていた先入観に罅が入る。


「魔物では……生物では、ない?」


 その可能性に行き着いたウォー隊長は、はっと、今しがた切り伏せた魔物へと視線を向ける。


 今までは、倒したとしても魔物の群れに飲み込まれてしまい、対峙し続けた兵たちも見ることが叶わなかったのだが、周りの魔物が居なくなったことで、死体が消える光景を、間近で観測することが叶う……死体が魔力の塊となって、他の魔物の下へと流れている、その光景を。


「ま、さか、これは!?」


 目の前で仲間が一瞬で切り伏せられた事など全く意に介さず、獣の形をした何か(・・)が、ウォー隊長に向けて飛び掛かる。

 その姿には、躊躇いや恐怖心の欠片も無く、その動きは、先ほど切り伏せたものよりも速く、受け止めた一撃は、明らかに強く成っていた。


 最初に見せた意図ある行動と比較し、凡そ生き物らしからぬその行動と変化に、憶測が確信へと変わる。


 強い個体が後からやって来たのではない、倒す度に強化、いや、広範囲に展開している獣の形をした魔力(・・・・・・・・)が収縮し、性能が上がっていたのだと。


「これは、魔物では無い! 生き物の形をした、魔法攻撃だ!」


 消える遺体も、単調な攻撃も、維持すら困難な規模の群れも、全く同じ姿も、そう設定(プログラム)された魔法であれば、規模さえ無視すれば説明がつく。


 であれば、前に出て来る魔物の形をした攻撃をいくら潰そうと、再利用されているのであれば、相手の消耗など微々たるものだろう。


「ワン!」

「えぇい、考える時間も与えぬ気か!」


 一体、二体、三体……っと、間髪入れず向かって来る攻撃を切り伏せる。向かって来る数は常に一体だけだったが、その度に強化される攻撃に、込める力を上げざるを得ない。


「チィ、斬れんか!」


 そしてとうとう、強化の末、手甲の様に硬質化した前足が、ウォー隊長の攻撃を弾き返すようになる。二手三手と、撃破迄の手数が増えれば、必然的に相手の攻撃の手番も増える事となる。

 隙をついて他の兵が助けに入ろうとするも、一人に付き一()が常に付き纏い、思うように手を出せない。


 完全なじり貧。


 倒されれば、新たに強化された攻撃で攻め続ける。


 一度に複数を倒す者が現れれば、急激に強化された攻撃がその者を襲う。


 最終的には、強い者に対して強い攻撃がぶつかる事となり、対処できないレベルになるまで、際限なく強化される。


 凶悪極まりない攻撃は、相手の身と心を着々と削っていく。


 相手の攻撃を全て捌き切り、全てを返り討ちにして見せたウォー隊長も、着々と疲労の色が濃くなってゆく。


 そして、とうとうその時が訪れる……ウォー隊長が振るった剣が空を切り、その隙に、腕へとその牙が突き立てられたのだ。


「「「隊長―――!?」」」


 一つの傷が隙へと繋がり、その隙は致命傷になりかねない。回復する暇すらない現状、例え軽傷であっても、ウォー隊長の負傷は、今後の戦況を決定づけかねない。


 兵たちに不安と恐怖と怒りが広がる中……当の本人は、怯むことは無かった。


「舐めるな」


 腕を噛まれた状態のまま、相手の攻撃の腹へと剣を突き刺す。


 ウォー隊長の一撃によって、攻撃が魔力へと戻ってゆく。このままでは、次の攻撃へと魔力が移る事となるのだが、今回はそうはならなかった。


「ワ……フゥ!?」


 攻撃の内側から魔力が吹き荒れ、他の攻撃へ移る前に吹き飛ばした。


「おぉ、すげぇ群れ」

「流石にあの量を創るのは、私にも無理ですわ」

「ルナさんでも無理ですか。後でスキル構成とか見なくっちゃ」

「因みにビャクヤは、万能特化型ですわ。何でもできますわ」

「万能なのに特化とは、これ如何に」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] こんばんわ、いつも楽しく読ませていただいております。 モフモフの濁流にのまれるのは幸せというかうらやましいというか…
[一言] ≫もはやそれは、スタンダードと呼んでも遜色ない この場においては白い獣こそスタンダードって事かな? それともスタンピードかな?
[気になる点] >もはやそれは、スタンダードと呼んでも遜色ない規模であり、 スタンピード? [一言] >相手に怪我を負わせず制圧する…… >兵たちに不安と恐怖と怒りが広がる中……当の本人は、怯むことは…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ