253 アルサーン解放⑥(白い津波)
①駆け抜ける暴風
②可愛いは正義!
③正義に刃向かう、馬鹿ケルド……開戦じゃーーー!
「「「は?」」」
忽然と消えた魔物を前に、夢か幻覚でも見ていたのかと、ケルドからも亜人からも、呆気にとられた声が上がる。
「おいクソが!? 俺の毛皮! 何処行きやがった!?」
消えた魔物に対し、ケルドの喚く声だけが木霊するが、何も無くなった訳では無い。
“攻撃した”
“攻撃された”
その事実が残され、そして、その事実さえあれば十分だったのだ。
「ッ!?」
ケルドを止めようとした兵が後ずさり、仲間の下へと全力で駆け戻る。
その姿と、うっすらと晴れ始めた粉塵の奥から伝わってくる圧迫感を前に、その場にいた全ての亜人が、警戒を露わにする。
「ワン」
鳴き声と共に、粉塵の奥からゆらりと、白い影が現れる……姿、形、大きさ、気配、その全てが先ほどの魔物と、全く同じ魔物だ。
「そこに居たか!」
とっとっと……と、何気ない足取りで寄ってくる魔物を前に、三体のケルドは嬉々として、自ら距離を詰め斬りかかる。
だが、そのケルドの攻撃が、魔物に届くことは無かった。
剣が振り下ろされる前に、魔物の前足がケルドの土手っ腹へとねじ込まれ、その体がくの字に折れ曲がり蹲る。
遅れてやって来た二体のケルドを前に、蹲っているケルドの脚に噛付き横薙ぎに一回転。そのまま右のケルドへと叩き付け、残ったケルドには前足を振り払い、魔力の塊を叩き付ける。
正に、鎧袖一触。対峙したケルドは、無様に地面へと叩き伏せられてしまう。
「アフ」
対して魔物は、失笑ともとれる鳴き声を上げると、噛みついたケルドの脚を放す事無く、そのままケルドを引きずりながら、粉塵の奥へと消えて行く。
更に、入れ替わりで同じ姿の魔物が次々と現れると、同じく動けないケルドを運んでいく。
「え? あ? ブゴぉ!?」
更に更に、近くでうろついていたケルドを打ちのめせば、無駄な抵抗空しく次々に狩られ、増え続ける魔物に反比例して、数を減らしていく。
動けない様にする為か、四肢を執拗に破壊した後に運んでいくその容赦の無さは、先ほどの愛らしさなど微塵も感じさせるものでは無い。
「迎撃態勢ぇ!」
「「「!!」」」
一抹の恐怖を抱く者たちに向け、ウォー隊長の命令が響き渡る。
明らかに敵意を持って襲ってくる魔物を前に、怯んでいる暇などない。
終わりが見えない魔物の群れに、段々と視界を占める色が白へと塗り替わってゆく。今はまだケルドが狩られているが、この速度ではそう遠くない内に狩り尽くされ、すぐに接敵することとなるだろう。
手を出したのはイラの人間だけだとしても、相手からしたら関係ない上に、区別がつくとも思えない。ならばこの流れのまま、戦闘に入るのは避けられない。
未知の魔物に対し希望的憶測で対処し、部下を危険に晒すわけにはいかない。ではどうするか? 戦うしかない。
「ここを抜かれれば本部の一番隊はすぐだ! 本部がやられれば、他の隊との連携が絶望的となる。通すわけにはいかん! ここで止めるぞ!」
「「「おぉ!!」」」
合理的な判断の下、追い立てられ逃げて来るケルドを無視し、白い魔物と対峙する。
そして、魔物と亜人の兵たちの間に居るケルドが粗方狩られ終わるのと、視界を遮っていた粉塵が晴れるのは、ほぼ同時だった。
「おいおい嘘だろ……」
誰が呟いたのか、目の前に広がる光景に唖然とした声が上がる。
何処から来たのか、何処から湧いたのか、そもそも何処に居たのか……そこに有るのは、白。
白、白、白、白一色。幾千、幾万の白い魔物の群れが、一糸乱れぬ足取りで、ゆっくりと追い込む様に、距離を詰めて来る姿だった。
もはやそれは、スタンピードと呼んでも遜色ない規模であり、見えていたのは、群れのごくごく一部に過ぎなかったのだ。
「怯むな! 先ほどの動きを思い出せ! 対処できない強さではない!」
「「「おぉ!」」」
「魔兵、広範囲攻撃用意! 見ずとも当たる、有効範囲を優先せよ! 弓兵、取り逃しを討て! 前衛、後衛へ通す様な真似を晒してくれるなよ!」
「「「おぉ!!」」」
大規模な群れを前に恐れ、そして、覚悟を決めた彼等は、自身が持つ剣に、盾に、弓に、杖に、力を込める。
「放て!」
ウォー隊長の合図と共に、魔物の群れへ向けて、一斉に攻撃魔法が降り注ぐ。
対して魔物は、避ける素振りも、防ぐ素振りも見せず、構わず進み続ける。
放たれた魔法が着弾し、爆炎が魔物の群れを飲み込めば、ケルドを狩っていた魔物の動きが一瞬止まり、その顔がアルベリオン兵へと向けられる。
「来るぞ!」
爆炎の尾を引きながら、白い魔物が飛び出し、アルベリオン兵へと向けて、文字通り突撃を開始する。
アルベリオン兵と魔物の群れの戦闘が、今、始まった。
―――
「3番、4番隊沈黙! 連絡が取れません! 更に5番隊から救援要請!」
「6番隊を向かわせろ! 本部は何をして居る!?」
「相変わらず引き籠ってますよ!」
「あの、糞共が!」
粉塵が晴れた為だろうか、程なくして魔伝の通信が回復したのだが、そこからもたらされる情報は、碌な物がなかった。
アルベリオンの兵は1から8の隊に分けられており、南から北へ向けて進軍した関係から、南に本部となる1番隊が陣取り、そこから時計回りに、各隊が順番通り アルサーンの王都を囲っていたのだが……位置的に最初に接敵したであろう、西に面していた3番と、北西の4番隊との連絡が取れないのだ。
さらに面倒な事に、本来、本部である1番隊が各隊との統率を取るのだが、その役目をウォー隊長率いる2番隊が担ってしまっていた。
1番隊というだけで、イラの人間が大量に配置されており、その関係で指揮能力が壊滅していたのだ。
元から1番隊に所属していた兵も居るはずなのだが、またイラ共が邪魔をしているのだろうと、通信能力が乏しくとも、2番隊に指揮を仰いだ結果であった。
それだけ、ウォー隊長の実力が信頼されている事の証明でもあったが、その分、2番隊への負担が増えていた。
さらに問題だったのが、対峙している魔物である。指揮系統が真面であろうとも、兵の統率が真面であろうとも、この魔物の群れに対処できるか怪しいのだ。
ステータス的にはEランク程度、新人でも一対一で勝てなくない程度の相手だ。訓練を積んだ正規の兵であれば、まず負けることは無いだろう。
戦い方も単調で、噛みつく、引っ掻く、体当たりが関の山。先が見えない程の大群とは言え、交代しつつ対処すれば捌けるはずだった。
しかし、今ではどうだ?
戦い方は変わらないが、倒す度に力を増し、今では一人で一体倒せればいい程度……それは、彼等の実力を鑑みれば、一体一体のステータスがDランク相当にまで上昇している事を意味していた。
そして何よりも、彼等の精神をすり減らす要因があった。
噛み砕かれる剣。剥ぎ取られる鎧。抵抗する手段を削ぎ落した後に、優しく咥えられ、奥へと運ばれて行く仲間の姿。
相手に怪我を負わせず制圧する……その難しさを、彼等は嫌という程知っている。仲間が次々に白い群れに引きずり込まれて行くその様は、殺されるよりも、底知れない恐怖心を植え付けていた。
イラの人間のせいで、元々真面な兵力が少ないアルベリオンと、途切れる事無く襲ってくる、強く成り続ける魔物の群れ……結論を言えば、勝てる算段が見えないのだ。
……ウォー隊長の決断は速かった。
「下がるぞ。回り込まれたら対処しきれん。隊列を南北に伸ばしつつ後退せよ」
「それでは、戦線が伸びすぎます。後方の交代要員を前に出す事に……長くは持ちません」
「そんな余裕があると思うか? 本部にも伝えろ、撤退準備だ。生き残る事を最優先に行動せよ」
「ハ!」
「北は防壁を背に下がれ、南は回り込まれない様、厚く配置せよ」
「それでは中央が手薄になります」
「そこは……私が入る。ここは任せるぞ」
「ハ! ……ご武運を」
その後の指揮を全て任せ、ウォー隊長は前線へと駆ける。それは、使える戦力を無駄にしている余裕が全くないと判断した為であり、直に触れなければ、相手の正体を掴めないと感じた為だ。
前線が下がっていたこともあるが、驚異的な速度で駆けつけたウォー隊長は、群がっている魔物へと突っ込む。
「退け!」
「隊長!? 分かれろ!!」
「「「!? おぉ!!」」」
隊列に突然空いた隙間を埋める様に、魔物が割り込んで来るが、ウォー隊長が放った突きが、数体同時に串刺しにしつつ押し戻す。
隊列の前まで出れば、すぐさま停止し、慣性に従って串刺し状態の魔物は、剣から抜け落ちる。
「は!」
軽くなった剣を横薙ぎに振り払い、兵たちに押し留められていた魔物を一太刀で仕留めれば、仲間の盾に触れないギリギリで止め、その場でターン、反対側で兵の盾に喰い付いていた魔物の首を、刎ね飛ばす。
一瞬の内にその場の流れを奪い去ったウォー隊長の活躍に、周囲の者たちが沸き立つが、当の本人は渋顔を浮かべていた。
直接対峙したからこそ分かる、手応えのおかしさ。肉、骨、内臓……生き物を切り裂く複雑な手応えではなく、まるで鉛に刃を通したかの様な、均一な手応え。
一刀両断したからこそ際立つその違和感に、今まで抱いていた先入観に罅が入る。
「魔物では……生物では、ない?」
その可能性に行き着いたウォー隊長は、はっと、今しがた切り伏せた魔物へと視線を向ける。
今までは、倒したとしても魔物の群れに飲み込まれてしまい、対峙し続けた兵たちも見ることが叶わなかったのだが、周りの魔物が居なくなったことで、死体が消える光景を、間近で観測することが叶う……死体が魔力の塊となって、他の魔物の下へと流れている、その光景を。
「ま、さか、これは!?」
目の前で仲間が一瞬で切り伏せられた事など全く意に介さず、獣の形をした何かが、ウォー隊長に向けて飛び掛かる。
その姿には、躊躇いや恐怖心の欠片も無く、その動きは、先ほど切り伏せたものよりも速く、受け止めた一撃は、明らかに強く成っていた。
最初に見せた意図ある行動と比較し、凡そ生き物らしからぬその行動と変化に、憶測が確信へと変わる。
強い個体が後からやって来たのではない、倒す度に強化、いや、広範囲に展開している獣の形をした魔力が収縮し、性能が上がっていたのだと。
「これは、魔物では無い! 生き物の形をした、魔法攻撃だ!」
消える遺体も、単調な攻撃も、維持すら困難な規模の群れも、全く同じ姿も、そう設定された魔法であれば、規模さえ無視すれば説明がつく。
であれば、前に出て来る魔物の形をした攻撃をいくら潰そうと、再利用されているのであれば、相手の消耗など微々たるものだろう。
「ワン!」
「えぇい、考える時間も与えぬ気か!」
一体、二体、三体……っと、間髪入れず向かって来る攻撃を切り伏せる。向かって来る数は常に一体だけだったが、その度に強化される攻撃に、込める力を上げざるを得ない。
「チィ、斬れんか!」
そしてとうとう、強化の末、手甲の様に硬質化した前足が、ウォー隊長の攻撃を弾き返すようになる。二手三手と、撃破迄の手数が増えれば、必然的に相手の攻撃の手番も増える事となる。
隙をついて他の兵が助けに入ろうとするも、一人に付き一体が常に付き纏い、思うように手を出せない。
完全なじり貧。
倒されれば、新たに強化された攻撃で攻め続ける。
一度に複数を倒す者が現れれば、急激に強化された攻撃がその者を襲う。
最終的には、強い者に対して強い攻撃がぶつかる事となり、対処できないレベルになるまで、際限なく強化される。
凶悪極まりない攻撃は、相手の身と心を着々と削っていく。
相手の攻撃を全て捌き切り、全てを返り討ちにして見せたウォー隊長も、着々と疲労の色が濃くなってゆく。
そして、とうとうその時が訪れる……ウォー隊長が振るった剣が空を切り、その隙に、腕へとその牙が突き立てられたのだ。
「「「隊長―――!?」」」
一つの傷が隙へと繋がり、その隙は致命傷になりかねない。回復する暇すらない現状、例え軽傷であっても、ウォー隊長の負傷は、今後の戦況を決定づけかねない。
兵たちに不安と恐怖と怒りが広がる中……当の本人は、怯むことは無かった。
「舐めるな」
腕を噛まれた状態のまま、相手の攻撃の腹へと剣を突き刺す。
ウォー隊長の一撃によって、攻撃が魔力へと戻ってゆく。このままでは、次の攻撃へと魔力が移る事となるのだが、今回はそうはならなかった。
「ワ……フゥ!?」
攻撃の内側から魔力が吹き荒れ、他の攻撃へ移る前に吹き飛ばした。
「おぉ、すげぇ群れ」
「流石にあの量を創るのは、私にも無理ですわ」
「ルナさんでも無理ですか。後でスキル構成とか見なくっちゃ」
「因みにビャクヤは、万能特化型ですわ。何でもできますわ」
「万能なのに特化とは、これ如何に」




