251 アルサーン解放④(誇りと覚悟)
①滅亡のアルサーン
②獣王
③ホロウさんこんにちは
(お、父ちゃんの声だ。お~い、父ちゃん~、聞こえてる~? あ、映った映った。何だ、元気そうじゃん!)
「どういう事だ、ヴァル」
「俺の……娘だ。見た目は間違いない。いや、記憶より小綺麗か?」
(人が普段汚いみたいに言うな、この馬鹿狸!)
「誰が馬鹿だ、このじゃじゃ馬娘が!」
「ホウホウ、あなたが彼女の父親のヴァル様でしたか……聞いていた通り種族が違うのですな」
牛人の問いかけに、ヴァルと呼ばれた狸人が答える。
この狸の獣人こそ、リリーがこの近くまで付いてきた理由の一つ……リリーの父親である。
本来であれば、信用されなかった時の説得要因だったのだが、犬と狸が画面越しに喧々と親子喧嘩を始めてしまう。
「こんな箱、証拠になる訳あるか! 見た目なんぞ幾らでも誤魔化せるわ!」
(え? え~、このおじさん、偽物と思ってんの? ……しょうがないな~。父ちゃん、質問!)
「え、お、おう。なんだ?」
(私達と会わない間に、何かあった?)
「い、いや、何も」
(嘘つき)
画面の奥から、冷ややかな声色で有罪判決が下される。審判の神テミの巫女であるリリーの前で虚偽の発言を行うなど愚の骨頂である。
(母ちゃんに言えない事?)
「な、そんなものナイデスヨ?」
(嘘つき……新しい母ちゃん、増えた?)
「王よ、俺が保証する、此奴は本物だ」
(うお~い、質問に答えろこのダメ男!! 母ちゃんに報告するぞ! フォローなしで良いのか!?)
「ま、待て、早まるな! 頼む! 事情があるんだ!」
(どうせまた、断り切れないで押し負けたんでしょ? このダメ男が! 養えるからって増やし過ぎでしょ! この甲斐性ありが!)
「うぐぅ」
娘の追求を誤魔化して切り上げようと、きりりとした表情で視線と話を逸らそうとする狸人だが、母を引き合いに出され一瞬で瓦解する。
因みに、獣人は一夫多妻が普通だ。養っている嫁の数が多い程優れた雄の証明でもあるので、彼は決して不誠実などではない事は補足しておく。
「取り敢えず、コレで証明とはなりませんかな?」
ホロウは、箱の向きを狸人から獣王へと変え問いかける。
逃げた自国民、それも有名人の平穏無事な姿。保護した者の扱いに偽りがないことを証明するには打って付けだろう。
「ヴァルの所の巫女か……確かに、此奴に虚言は利かねぇな」
(あ、レオおじだ。レオおじ~元気~?)
「……あぁ、久しい―――」
(嘘つき)
王の言葉を遮り、リリーの嘘つき判定が下される。
(元気ないの? どこか悪いの?)
「ククククク……こりゃ本物だ。昔から変わりゃしねぇ糞ガキっぷりだぜ……ゴフ」
リリーの指摘を受け気が緩んだのか、獣王が咳き込み口から血が漏れ出した。
「……毒ですかな?」
「ふん、最初の毒でこの様だ、真面に動けやしねぇ」
口元の血を乱暴に拭い、疲れた様にドカッと背もたれに身を任せる。その鍛えられた体躯は、弱々しく見えてしまう程に消耗していた。
「おい魔物。ホロウっつったか? 一つ聞かせろ」
「ホウ、吾輩が答えられることであれば」
「貴様らは何を求める? 仲良しこよしってだけで、動きゃしねぇだろ?」
「当然です。あなた方が持つそちらの土地、全てをいただきたい」
「なんだと!?」
ホロウの提示した条件に対し、周囲から素っ頓狂な声が上がる。
「そちらは命が助かる。こちらは報酬として容易に土地が手に入る。正当な交渉だと思いますが? 拒否するのであれば、それはそれで構いませんぞ? 拒否したとなれば、吾輩らが動く意味も、義務も、義理も無く、あなた方が滅んだ後で、ゆるりと奴らから奪い取ればよいだけの事……なに、アルベリオン王国に取られた後に我々のモノになるか、直接我々に譲り渡すか……その程度の違い、何を躊躇う必要がありましょうぞ」
(ちょ、ホロウさんそりゃないでしょ!? てかマジじゃん!? マジで見捨てる気じゃん!)
「当然です。当事者の意思を無視してまで、義理立てする程の理由も無いですぞ」
「そりゃそうだ。親切云々とぬかす奴よりよっぽど信用できる……いいぜ、お前らの提案、乗ってやる。土地なんぞ幾らでもくれてやる」
リリーの言葉を、さも当然と言わんばかりに流すホロウ。それに獣王が同意したことで、周囲で騒いでいた者も口をつぐむ。
「随分とすんなり受けましたな?」
「住処を追われようとも、国が潰えようとも、死に絶えようとも……誇りを失わぬ限り、俺達が滅ぶことはない。残った者の中から必ず俺達の意思を継ぐ者が現れる。俺達がやるべきことは、生き足掻くことじゃねぇ。残った者達に誇りを、アルサーンの火を残す事だ!」
静かな力の籠った獣王の声に、場が静寂に包まれる。ただし、その沈黙は先ほどのものとは違い、腸で煮えたぎる激情を抑え込んでいるが故の静けさだ。
他者の心を掴み動かす事は、容易ではない。たとえ同じ姿、同じ声、同じセリフだったとしても、資質を持たない者の言葉では、揺り動かすことは無いだろう。
それは、カリスマ。あるいは、王の資質。他者を引き付ける何か……ホロウの目の前に居る死にかけの獣人は、間違いなくそれを持っていた。
「……ホウ」
思わぬ手土産を前に、ホロウの目に自然と力が籠る。
信念、執念、執着、覚悟、狂気……善意悪意、敵味方に関係なく、譲れないものを持つ者を、彼の主は大層慈しむ。
それは唯一無二の輝きを放つ宝石であり、主だけが見る事の出来る逸品だ。
ホロウの前には今、それに値する可能性がある者がいる。
この者には、身も心も生きた状態で来てもらわねばならない。その為には、保護するだけでは駄目だ。それでは、生きていたとしても心が劣化する。粗悪品を主の下へと届けるわけにはいかないのだ。
ではどうするか? 彼の言う誇りを満たしてやれば良い。
「ホウホウホウ……では、その誇りとやら、見せて頂きましょうぞ」
そう言うとホロウは、虚空に嘴を突っ込み、そこから液体の入った瓶を取り出し、ことりとテーブルの上に並べる。それぞれ、赤、青、緑と分かりやすく色分けされていた。
「こちらも初めての毒ですので、治療薬は持ち合わせておりませんが、その性質から予防を可能とする薬は御座います。こちらを融通いたしましょうぞ」
「な、なんだと?」
「青が予防薬。緑が治療とまでは行きませんが、軽症であればその進行を抑えることができるであろう薬。そして赤が、動けるようになる薬ですぞ」
「動ける、だと?」
信じられないと言わんばかりに、並べられた瓶を凝視する一同。特に、最後の薬の説明に獣王が食い付いた。
その反応を見たホロウは、面白そうに真ん丸な瞳を細める。
「えぇえぇ、動けますぞ。但し、劇薬ですぞ。飲む者によっては動く前に死にかねない、一か八かの賭けになるでしょう。弱っているならば尚の事。正直なところ、お勧めは致しませんぞ? その様な物に頼らずとも、あなた方は助かるのですぞ?」
「挑発は不要だ」
獣王は目の前の机を乱暴に横へと放り投げると、真っ直ぐホロウの元まで歩み寄る。
「……条件を付け加えさせろ」
「ホウ……なんでございましょう?」
「民の命と生活の保証、それと薬の追加だ。生活は邪魔さえなけりゃいい。薬は最低でも、隣に居る連中分だ。この程度の要望、貴様等なら余裕だろう?」
「ホウホウ……ホウホウホウ! 中々吹っ掛けますぞ! ただ、えぇ、確かに余裕ですぞ。確か人数は5万人程度でしたな? 薬の追加についても問題ありませんぞ」
「数まで把握済みか、至れり尽くせりだな、おい」
5万人……それは大規模な都市に匹敵する人数であり、受け入れるなど簡単に口にできる人数ではない。
だが、獣王が箱に映るリリーへと視線を向ければ、画面の奥でこくこくと頷くリリーの姿は、ホロウの言葉に偽りがないことを現していた。
迷宮側からすれば、DPの回収源が増えるだけであり、養うだけの食料、土地、共に有り余るほどに有るのだ。受け入れない理由はないのだ。
追加の条件を飲んだホロウは、空間を歪ませ、そこから追加の薬が入った樽を出す。サンプルで出された瓶の大きさを見ても、一つ数百人分は有るだろう……数としては十分すぎる量だ。
そして、獣王の目の前に一枚の紙が浮かび、停止する。
それは、既に必要な項目は埋められた契約書。ここにサインをすれば、契約は成立されることとなる。
「ふん!」
口元の血を親指で拭うと、契約書に乱暴に血の線を引く。すると、契約書から淡い光が放たれ、契約が成立したことを現した。
この瞬間、アルサーン王国が持つ土地は、全て譲渡されたこととなる。
「あぁ、そうそう。北へ逃れたあなた方の民は、吾輩らとは別に、吾輩らの領域へと逃れて来たあなた方の民が救援に向かっております故、安心なされるが良いですぞ。そもそも、受け入れについては既にその者達と話して決定済みですので、心配無用ですぞ」
「あぁ、そうかよ」
小さく一言答えると、獣王は周りが制止する間もなく赤の瓶へと……【世界樹の結晶命薬】へと手を伸ばし、迷うことなく飲み下す。
それは急激に体内を駆け巡り、膨大なエネルギーを内包した劇薬が傷ついた魂に染み渡った。
「……なんとも、ゴォボゴ!?」
「「「王!?」」」
獣王の口から、ドロドロに崩れた体が血反吐となって溢れ出す。
限界を超えた力がねじ込まれ、壊れた魂を更に壊し、壊れた端から力任せに再生する。破壊と崩壊を繰り返し、より強靭に、より強大な魂へと進化する。
「い、ぎ……ガアアアアァァァァァ!!」
「心を強く持つことですぞ。どれ程強靭な魂であろうとも、心が伴わなければエネルギーの塊。心で繋ぎ止めなければ……死にますぞ?」
心無い魂ではスキルは発動せず、そもそも再生さえしない。心が死んだとき、彼の魂は膨大な力に飲み込まれ弾け飛ぶだろう。
だが耐え抜いた時、彼は今とは違う次元へと到達する。それこそ、毒の影響など欠片も残さずに。
「では、吾輩はこれにて。あなた方の誇りが満たされることを、願っておりますぞ」
叫び声を上げる獣王を残し、ホロウは空間へ溶ける様にその場を後にする……外から獣の遠吠えが轟いたのは、ほぼ同じだった。
ダンマス「リリーさんって、犬人ですよね?」
リリー「え、そうだけど?」
ダンマス「お父さんって、何人?」
リリー「狸」
ダンマス「嫁がまた増えたとか言っていたみたいですけど?」
リリー「うん、これで6人目だね。あの父ちゃん、押しに糞弱いんだよ。甲斐性がある分、余計に増えてね~」
ダンマス「あぁ、獣人は一夫多妻制が普通でしたっけ」




