248 アルサーン解放①(援軍)
①ヤバい場所
②他者の敷地に入るなら、先ずは挨拶から
③冒険者とは
大陸の北東に位置する広大な森。
地中を通る龍脈から漏れた魔力は豊かな土壌を形成し、地中深く根を張った木々が地中の魔力を吸い上げ、生育に不要な魔力が空気中へ吐き出されることで、森全体が豊かな魔力で満たされる。
数多の魔草や動物が生息し、当然のことながら、魔力濃度に見合った魔物も多数生息している。そんな資源と危険に満ちた森を、白銀の体毛をなびかせながら颯爽と駆ける、一体の魔物が居た。
「わはは、速ぇ! やっぱ、めっちゃ速ぇ!」
「ワッフゥ! しっかり掴まってね~」
「うん! ……って言っても、殆ど揺れないから、落っこちる事なんて無いと思うけどな!」
白銀の魔物の背に乗った茶毛の犬人の子供が、その速度に感動の声を上げる。その正体は、犬人族の少女リリーと、その友達……【世界樹の迷宮】の幹部の一体である、ビャクヤだ。
ビャクヤは背に乗せたリリーを気遣い、可能な限り振動と慣性を殺しながら、生い茂る木々の間を流れる様に駆け抜ける。
魔法で風を纏い、風圧まで掻き消している為に空を切る音すら無く、跳ね上げられた枯れ葉が落ちる微かな音だけが、走り抜けた後に残される。
ほぼ無音と言っても過言ではないその走りで、昼夜問わず、迷いなく突き進む事数日……道中トラブルなく、彼等は目的地へと辿り着く。
そこは獣人の国、アルサーン王国。リリーの故郷であり、祖国……その王都である。
「到着~っと」
「うわ、はや……もう着いた。私達は一ヵ月近く掛かったのに、ビャクヤの足だと数日と掛からないんだね」
「リリー達は集団でサバイバルしながらだったし、直通でも無かったでしょっと。見えたよ」
小高い丘の上で立ち止またビャクヤは、眼下に広がる森へ視線を向ける。
そこには、周囲の深い森とは打って変わって、しっかりとした石造りの防壁に囲われた街を捉える。
「あらら~、可能な限り急いで来たけど……聞いてた通り本当に落ちてるね、こりゃダメかな?」
だが、彼等の目に映った光景は、惨憺たるものであった。
王都の至る所から黒煙が上がり、緑豊かだった周囲の森の木々は枯れ果て、腐り、踏み倒されていた。
「ビャクヤでも、無理?」
「う~ん、制圧は兎も角、救出はどうかな。ぼく、治療とかの方面は、それ程得意じゃないから」
「う~~~……じゃぁ、どうするの?」
「う゛」
ビャクヤの控えめな返答に対して、絶大な信頼を抱いていたリリーはしょぼんと尾と耳を垂らす。その反応にビャクヤは、気まずそうに言葉を詰まらせる。
「と、取り敢えず、先遣隊と合流しようかな。彼等なら、今の状況も如何にかできるだろうし、匂いを追えばすぐに見つかるよ」
「……うん、うぶ!?」
匂いを追う為に、ビャクヤは纏っていた風を解除する。すると途端に、周囲に漂う悪臭が彼等の鼻に襲い掛かる。
その匂いに、ビャクヤは眉間に皺を寄せ、リリーに至っては今にも吐きそうに嗚咽を漏らす。
「なに、この匂い……鼻が捥げそう」
「腐敗臭? これじゃ、匂いで皆の場所を見つけるのは無理かも……ん?」
ビャクヤが風を纏い直し悪臭を遮断しつつ、どうしようかと後ろ足でケシケシと頭を掻きながら思案を巡らせていると、後ろの森から近づく存在に気が付く。
振り向けば、地を這う様に白い鱗を纏った細長い体をくねらせ、木々の間から手足のない魔物が現れる。
長い胴体、薄手のベールで顔を隠し、幾何学模様が刺繍された外装を背に纏っている。そのすべてが魔道具であり、野生の魔物では無いのは一目瞭然だろう。
「ビャクヤ様。お着きになりましたか」
「あ、お待たせ~ミルキー。どうしようか困ってたんだ、見つけてくれてありがとね」
「この匂いですからね、鼻の良い方は辛いでしょう……こちらです、皆揃っていますよ」
現れた魔物とビャクヤは気安く話すと、踵を返し森の奥へと消える魔物の後を付いて行く。
そんな二体のやり取りを見て、話に置いてけぼりを喰らったリリーが、ぺちぺちとビャクヤの頭を叩く。
「ビャクヤ、ビャクヤ、ビャクヤさ~ん。なに、この色っぽい感じの蜥蜴……蜥蜴で良いよね? 手足無いけど」
「白厄、皆は縮めてミルキーって呼んでる。家の薬剤師ね」
「へ~……凄いの? 幹部?」
「凄いよ~。幹部直轄の配下って位置づけかな?」
ミルキーの先導の元、開けた所に辿り着く。そこには、様々な種類の獣人が何千人と地面に横たわり、至る所から呻き声が上がっていた。
「あらら~、こりゃ酷い」
ビャクヤの言葉通り、そこは散々な有様だった。
倒れた者達は等しく苦痛に顔を歪め、体の至る所が腐った様に溶け爛れ、溶け出した臓腑が吐き出されている。
辺り一面は血の海と化し、そんな中を幾種類もの魔物達が、忙しなく動き回っていた。
「速度を優先した弊害で、機材、薬品、魔道具、何もかも足りません。今はプル様のお力で、治療を進めている状態です。そのプル様の数も足りず、現状維持が精一杯……腸が煮えくり返る思いですが、我々では手が回りません」
「ミルキーどころか、プルでも対応だけで精一杯?」
「ただの毒であれば、幾らでも対処する術も自信も御座いますが、この毒は少々特殊……いえ、異常です。対応するにも、迷宮の設備と、研究部共の力が必要……お願いできますか?」
「うん、その為に来たんだしね! リリーも、獣人の説得お願いね」
「う、うん! これでも顔は広いんだから、任せて! って、うわ!?」
ミルキーの尾がリリーに巻き付き、ビャクヤから引き離される。
「邪魔です。大人しく私に掴まってなさい。私の側であれば毒に侵されることも無い」
「う~~~」
「ワフフ……さて」
突然の出来事とぞんざいな扱いに、不満の唸り声を上げるリリーに、ビャクヤが苦笑いを浮かべる。
だが、そんな表情も一瞬で鳴りを潜め、小さく漏れた呟きと共に、ビャクヤの体から魔力が吹き出す。
周囲へ漏れ出した魔力は逃げることなく、ビャクヤの下へと集結し、拳へと圧縮されて行く。
それは、辺り一面を吹き飛ばすのに十分すぎる魔力であり、一体の魔物が御せる容量を遥かに超えていた。
自分達に向かえば、跡形もなく消し飛ぶだろう魔力を前に、意識がある獣人達が目をひん剥き、慄き、震え上がる。
だがそれは、彼等に向かう事は無い。
「ワッフゥ!」
二本足で立ち上がったビャクヤは、振り上げた拳を、地面へと叩きつける。それは周囲に破壊をもたらす事無く……地面に染み付いた魔力を吹き飛ばした。
―――
「主様、そろそろビャクヤが、アルサーン王国に到着するとの報告が来ております」
「はいは~い、報告ご苦労様ですクロスさん」
さてさて、数日程監視しましたが……侵入者ご一行が外周の森から出る様子も、派手に動くことも無いですね。
今後も監視は続けますが、しっかり挨拶してから入って来ていますし、それ程警戒する必要も無いでしょう。
と言う事で、今一番動きがあるアルサーン王国周辺へと意識を向ける。
う~ん、まだ領域が手に入っていないので、現場を見る事はできないですが……報告を聞く限り、面倒な状況になっている事は間違いないでしょうね~。はぁ、面倒~。
どうするかな~。アルサーン王国の住民を助けるのは良しとして……問題はアルベリオン王国の連中ですよね~。
カッターナと比較して、ケルドにそれ程浸食されてないみたいなんですよね~。
上層部が腐っている程度で、現在進行形で浸食中といったところでしょうか?
あぁ……遅い、とろい、拙い、汚い。
国を落とすのに、ケルドなんてもんを撒き散らすほどに手段を選んでいないと言うのに、どれ程の時間を掛ける心算なのか……圧倒的な優位性とポテンシャルを持っておきながら、呆れ果てて言葉もありません。
……それとも、未だに俺が気付いてないだけで、何か裏で動いているのでしょうか? それくらい考えさせられるほどに、相手の能力は高いはずなのですよ。いや、本当、相手の動きを見る限り想像できないかもしれませんが……。
……ま、いいや。分からない事に心を割くのは、疲れるだけですからね。潰して行けば嫌でも動くでしょうし、その内分かるでしょう。
~ <幹部>ビャクヤの周辺を領域化します ~
~ 目的地点は、<幹部>ビャクヤの所有領域です ~
~ 領域を【世界樹の迷宮】の領域へと統合いたします ~
お? ビャクヤさんの縄張り浸食と、コアさんの領域化が終わりましたか。
いやはや、魔力の塗り替えと迷宮の浸食コンボは、DPを掛けず且つ一瞬で終わるので便利です。相手側からしたら、憤慨以外の何ものでもないでしょうけどね。俺だってやられたら、堪ったもんじゃ無いですもん……まぁ、控える気はさらさらないですがね。
ではでは、俺も直接様子を見に行きますかね。ビャクヤさんにも会いたいですし、アルサーンにできた領域に、ささっと<門>を設置してから、現場へと移動する。
「よっと、お邪魔しま゛!?」
「ご主人―――!!」
「げっふぅ」
<神出鬼没>で移動すれば、死角から白い塊が突っ込んできた。起床直後の集団突撃は回避できたと言うのに……完全に油断した。
「お久しぶりですねビャクヤさん。元気にしていましたか?」
「うん! 進化した! 強くなった! ワッフゥ!」
褒めて褒めて~と、猫の様に額を擦り付けてくるビャクヤさんの圧が凄い。<踏ん張り>使わないと押しつぶされますねこりゃ。てか、そんなに振り回すと尾が千切れますよ? 抑えて抑えて、周りのモノが吹っ飛ぶ。
「ご主人ご主人ご主人ご主人! ご主人ワッフゥ! ご主人ご主人ワッフゥ! ワッフゥワッフゥワッフゥ! ヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘ」
あぁ、もう、腹まで見せて、野生は何処に置いてきたんだか。おん? ここか? ここが良いんか? ほれほれ。よ~しよしよしよし。
てか、でっかくなりましたね~。4、5メートル位あるんじゃないですか? もう膝に頭が収まらないですね。
「う゛~~~」
「あ、リリーさんもお久しぶり」
「気付くのが遅い!」
全身を使って非難の声を上げるリリーさん。
白蛇の尾先に釣り下げられた状態で手足を動かすものだから、プラプラ揺れている。
そう言えば、ビャクヤさんに付いて移動していると聞いていましたが、何でかは聞いてませんでしたね。
「説得に来たの! 魔物ばっかりじゃ、誰も安心して治療受けないでしょ!?」
「そこでなぜリリーさんが出て来るので?」
「族長の娘だからね!? 審判の神、テミの巫女だからね!? 有名なんだからね!?」
あぁ、そんな設定も有りましたね。
そんなこんな、ビャクヤさんが落ち着くまで適当に会話していたら、<門>の扉がバタンと音を立てて開いた。




