246 冒険者①
①ケルドがケルドでケルドです
②駆除用のお薬、置いときますね~
③冒険者、ダンマスの庭へ
荷車が列を成し、カラカラと車輪が回る小気味いい音を立てながら、日除けの天幕が張られた荷車が何もない荒野を駆け進む。
その荷車には、たんまりと物資が積み込まれ相当な重量になっているはずだが、荷車を牽く魔物の足取りは力強く、目的地まで一直線に伸びた地面は平らに均され、車輪の動きを阻むことはない。
大地を蹴る軽快な蹄の音は、疲労を感じさせる事なく、荷と共に運ばれている乗客達に快適な旅を提供していた。
「お~お~、こんなに物資詰め込んでんのに、めっちゃ速ぇ!」
「ちょっと、子供じゃ無いんだから身を乗り出さない!」
そんな荷車から身を乗り出しはしゃぐ青年を、同伴の女性が叱咤する。
そんないつものやり取りを前に、仲間の二人は無関係を装いつつ、御者の脇から荷車を牽く魔物を観察していた。
「速度もそうだけど、揺れがほとんどないわ」
「ん、地面を<踏ん張り>と<地均し>で均して固めて、凹凸を限りなく無くしてから進んでいる」
「荷を引く為に生まれた様な魔物ですね。それと、荷車の性能も侮れません」
冒険者である彼等は、その魔物の能力を的確に捉えていた。ただしその代償として、観察されている魔物はかなり居心地が悪そうにしていたが、これが役目と言わんばかりに、黙々と進み続ける。
「こいつは、守護高級牛っつてな。走るだけでなくて、めっぽう強いで! 基本は大人しいが、襲って来ようもんなら、誰でも撃退しちまうから、お嬢さんや他のお客さん達も気ぃつけぇやぁ」
「「「へ~」」」
自慢げに、魔物を紹介する御者の男の話に耳を傾けながら、乗客たちが時間を潰していると、何もない荒野の地平線に森が現れる。
「あれが【魔の森】……いえ、今では【黒の森】、最近の出来事に準えて【黒煙の森】や【不帰の森】と呼ばれていましたわね」
最初は、冒険者チームが遭遇した黒い虫族の魔物より【黒の森】と呼ばれ、奥へ入り込んだ者達が帰って来ない事から、【不帰の森】と変わり、最近では初めて観測された魔物の被害から【黒煙の森】と呼ばれている。
転々とする呼び名は、その時その時の情報を元にしたものであり、それはこの森がどの様な場所なのか、根本的には分かっていない事を意味していた。
「もう、元の【魔の森】で良いだろうに」
「だからこそ……だ」
ロットが呆れた様に吐き捨てれば、荷車の奥から声が掛かる。
「じじい」
「だからこそ、冒険の甲斐があるというものじゃろう」
のそりとその巨体を動かし、天幕から満面の喜色を湛えた老人が顔を出す。
口角は釣り上がり、剥き出しの歯の隙間から、ぬふぅと漏れ出す吐息からは、やる気が満ち溢れていた。
「……ようやくね」
「じじいの気まぐれで、随分遠回りしたからな~」
「わっはっは……許せ!」
「いつもの事ですわ」
「ん」
段々と近づく目的地を前にして、静かに、だが確実に高まる期待。
未知の世界に胸躍らせ、無意識に握った拳に力が籠る。
その姿は正に、冒険者。
「もうすぐ終点やで~、お忘れ物に気ぃつけぇや」
御者の男の言葉を聞いて、いそいそと準備を始める乗客たちに紛れ、とうとう超越者の一人……【破壊者】とその弟子達が、かの地へと降り立った。
―――
終点に到着した荷車から、乗客たちが続々と降りて行く。
慣れているのか、そそくさとその場を立ち去る同乗者達を尻目に、冒険者一同は周囲を見渡す。
数はそれほどないが、荷車をそのまま利用した移動式屋台を中心に、倉庫だろうか、簡易的だが設置型の建築物などもちらほらと見られ、日除けの為の天幕や、獣舎などもある。
その様相は、開拓前の前線を思わせた。
「屋台が多いな。飯には困らなさそうだ。宿は、テントの貸し出しか? へぇ、鑑定専門店なんてものまであるぞ、未開拓地ならではだな。隣は引き取り専門か、提携してんのか?」
「草専門、肉専門、物質専門、いろいろ……利用率が高いのは、鉱物と薬草関係だけど、薬草は最近?」
店の様子を伺っていたロットとロビンの視線が険しくなる。
「肉とか素材関係はからっきしだし、新鮮なモノが少ない。逆に言えば、多少は新しいモノが流れている」
「……だけど、魔物の討伐情報は聞いた事がないし、利用している奴も皆無」
「って事は?」
「「討伐情報を独占している奴がいる」」
同じ結論に至ったロットとロビンは、お互いに顔を見合わせる。
ロットは、人混みの隙間から覗く品々の品質を見て、対するロビンは、人の歩みによって踏み固められできた道のすり減り具合から、利用者の多さを目敏く見抜いていた。
「では私も。店員のやる気がみられません、ここまで出張する気概がありながら、これは少々おかしくは?」
「おかしいと言えば、さっきから無防備な姿を晒してあげてるのに、ケルドが全然襲って来ないのよね」
出張費を考えれば、引き取り価格が低くても仕方がないが、惰性でやるには、この地は未開すぎる。
さらに、今までカッターナ内を通って来た彼等は、外国人である事で、様々な難癖や暴力に晒され続けた。
特に女性陣への襲撃は多く、お陰で対人戦の経験が無駄についてしまったと、仲間内で愚痴をこぼすほど、何度襲われたか分からない。
「確かに……ゴミ共が襲ってきませんわね。ケルド共にモラルがあった事に驚きですわ」
「いや、言いたい事は分かるがよ、それが普通だからな?」
人間たちの値踏みする様な視線に対し、ララが舌打ち混じりに毒を吐き、その姿にロットが珍しく宥める側に回る。
ケルド……そう、彼等冒険者一同は、カッターナの人間たちを、ケルドと呼ぶ。
情報屋からの品から、はたまた噂まで、流れて来る情報からその存在を、朧気ながらも既に理解していた為だ。
そんな経緯があってか、一同の良心である魔法使いのララが、ケルド達に対してのみだが、完全に闇落ちしていた。いっその事、手を出してくれば……などと口走る程に。
充実した店と物資、独占された情報、妙におとなしいケルド……警戒心が湧き上がる彼等に向けて突如、声が掛けられる。
「はっはっは! あんた等、ここは初めてかい? カッターナを通って来たなら、ここの不自然さに驚くだろうな」
話しかけて来たのは、中肉中背、背は高くも低くも無く、とりわけ顔が良い訳でもない、何処にでも居そうな、印象に残りそうもない、平々凡々な草人の男だった。
「ここじゃ、イラの“人間”共を優遇するルールも環境も無いからな。馬鹿をすると、それに見合った刑罰が下るのさ。最近はその事を理解したのか、大人しいもんさ」
「……アンタ、何者?」
草人の人間発言に、また違った警戒心を露にする。距離を置き、治療師であるマリアに至っては、護身用の短剣に手を伸ばし警戒の言葉を発する。
ケルドの存在は、未だ世間には浸透していない。特に、ケルド自身は全く認識しておらず、人間と言っても、本来の意味である人間としか聞き取れないほどに、言葉の中に含まれる意味を捉える<翻訳>能力が乏しい為だ。
その意味では、人間と発言したこの草人は、ケルドである可能性が低いのだが、自分達以上にその存在を明確に認識している様子から、只者ではない事が窺えた。
対する草人は、横に建てられた看板をコンコンと叩く。そこには、案内屋の文字が刻まれていた。
「俺は、ここの案内役さ。アンタらみたいな新人を見つけては、声掛けして金をせびってんだ。だからそんな露骨に警戒すんなって」
表には出していない筈だが、抱いた警戒心を見抜かれ、自然と視線が鋭くなる一同。それはつまり、こちらの気配を捉えられた事を意味していた。
「アンタら、ここの森に入るんだろ? お勧めの店とか紹介するぜ」
「準備なら済ませてあるから、必要ねぇよ」
「そうか? 飯に薬に消耗品に寝床、屋台形式の店が殆どだが、品質については保証するぜ?」
「悪いが、目利きにはそれなりに自信がある」
手荷物を持ち上げ、持っている荷物を見せる。
カバンの外には、括りつけられた縄や布、すぐに取り出せるようにホルダーには、小分けにされた瓶詰の薬が見て取れる。
道中、カッターナで必死に集めた、真っ当な品々たちだった。
「……マジで、使えるもんっぽいな。こりゃ悪かった! カッターナで準備してきたんなら、碌なもん掴まされてないだろうと思ってたんもんだからよ」
全く持ってその通りの為、気分を害することは無い。
寧ろ理解を示したことで、ケルドではないと、僅かにだが警戒心が和らぐ。奴らは、自分の非を認める程殊勝でも、親切心を持ち合わせている訳でもないのだから。
「ま、機会があれば、声かけてくれ。ここは日毎に変わる、数日したら一変してるだろうから、その時は頼ってくれ、安くしておくからよ!」
「へーへー、じゃぁな」
必要が無いと判断したのか、邪魔しちゃ悪いと、案内屋の男はあっさりと身を引く。最後にさらりと宣伝を入れる辺り、やり手である。
「……数日でどうにかなる場所でもないしな」
案内屋の呟きを聞き流し、冒険者一同は森へと向けて、歩みを再開した。
「おいじじい、何喰ってんだよ!?」
「わっはっは、うまいぞ! お前らも食うか?」
「「「「食べる!」」」」




