241 穴人②
①異世界の法則
②穴人の暮らしと、製錬技術
③迷宮接触
「こっちじゃ! このあたりから、変な音がするんじゃ!」
「炉がイカレてなきゃいいんじゃがな!」
相も変わらず騒がしい穴人達の鍛冶場に、ちょっとした変化が現れる。それに気が付いた穴人の一人が、仲間を引き連れ確認する様に促す。
そこからは、ガリ……ガリ……と、微かにだが、確かに異音を確認できた。
「……炉じゃねぇな!」
「隣の通路か!?」
「通路じゃねぇ……この壁の奥からじゃ!」
音が鳴る物として、近くにある炉に耳を当てるも、異音は認められない。
炉に異変が見られないと見るや今度は隣の通路へと視線を動かすも、彼等が動く前に壁を調べていた者から声が上がる。
「またイラの野郎共か!? 最近大人しいと思っとったが、まだ懲りとらんのか!」
イラの言葉を聞いて、室内が俄かに慌ただしくなる。ここは、彼等穴人が住む山脈の中でも最北端に位置する場所だ。ポイントによって、産出される鉱石の種類が異なる為、彼等は南北、そして上下に幅広くその生活圏を広げている。
ゆっくりとであるが、常に成長を続ける山脈は、必然的に地中に住む者達を上へと押し上げる。その為彼等は常に下へと掘り進み、住処と採掘場所を同時に確保している。
そんな彼等が作った坑道を避けて、地中を進むのは困難を極める。今の様に、どこかしらで接触し、迎撃されてしまうのだ。イラ国の者達が新たなトンネルを造る事を諦めた、最大の理由である。
静まる鉄工所に、段々と大きくなっていく音。ハッキリと岩を削る音が聞こえるようになると、集まった男達が各々手に持った武器に力が籠る。
そして、壁から鋭利で太い何かが突き出したかと思うと、その周辺の壁が砂の様に崩れ落ち粉塵が舞う。
大きな穴が開かれると、そこから茶色の短毛に覆われた、獣の頭が顔を出した。
「……」
「……もぶ?」
イラ国の人間が来ると思っていた穴人達は、予想外の存在の登場に出鼻をくじかれ、現れた獣の方は、突然現れた空間に頭を捻るも、穴人達の顔色を窺うようにつぶらな瞳で一瞥する。
「もぶ」
互いに顔を見合わせるも、現れた謎生物は制止の声が掛からないと見るや、相手を刺激しない様にゆっくりと地面を削りながら直進を再開し、囲う様に展開していた穴人達の前まで来ると、退けと言いたげに一鳴きする。
「待て待て待て!? なんじゃお前は!?」
「もぶ?」
穴人が発した疑問に対し、何と言われてもと困った様に鳴くと、今しがた現れた穴へと視線を向ける。
そこからは、後を追う様に穴からワラワラと虫型の魔物が姿を現す。
俄かに穴人達の警戒心が高まるが、攻撃する素振りなど全くなく、黙々と獣型の魔物が掻き出した岩や砂を穴の奥へと運んでいく。
寧ろさっさと掘れと、獣の尻を叩いてせっつくいている始末だ。
「もぶ」
「キ?」
「もぶもぶ」
「キ~?」
一鳴き二鳴きやり取りすると、面倒くさそうに穴の奥へ引っ込んだ虫は、暫くすると、何かを持って帰って来る。
「キ!」
ドン! っと、運んで来たものを穴人達の前に置くと、今までの騒動が無かったかのように、穴人達が騒めきたつ。
「こ、ここ、これは!?」
「まさか、【竜鱗鉱】か!?」
「「「なんじゃと―――!?」」」
【竜燐鉱】、それは堆積した竜の鱗が圧縮され、長い年月をかけ金属となった物質であり、当然の如く、竜が住んでいない彼等穴人の住む山脈では、採掘されない鉱物である。
防衛など頭からすっぽ抜けたかのように目の色を変え、一斉に集まり手を伸ばす穴人の目の前で、ひょいッと取り上げられ、お預けを喰らう。
「なんじゃ貴様!」
「キ!」
前足を上げ、壁の方を指すと、そこには、誰も居なくなったことを良いことに、穴掘りを再開している獣が居た。
「えぇい、分かった! 好きに掘って構わんから、それを寄こせ!」
「キ!」
交渉成立と言いたげに一鳴きした虫は、持って来た鉱石をその場に残し、掻き出された砂の排出作業へと戻っていった。
「なんなんじゃ? こいつ等は」
「知らんわ! それよりも<鑑定>できる奴連れてこい!」
「そんなことしたら、襲って来んか!?」
「んなもんは後じゃ! 【竜燐鉱】が本物か見るんじゃ!」
「そもそもこれ、既に製錬されておらんか!?」
鉱物に夢中になり、周りが見えなくなっている穴人を余所に、反対の壁に爪を立て様子を伺い、何も反応がないことを確認した獣は壁面を削り出す。
その後は穴人を気にすることも無く穴を掘り続け、最後には穴の奥へと消えていく。
【世界樹の迷宮】と穴人達の交流は、こうして始まった。
―――
穴人達と外に住む者たちとの接触場所。地上付近に造られた地下の空間に、荷が運ばれる。それは外の人との唯一の接点であり、地中では手に入らない食料や生活用品などが運び込まれ、穴人側からは貴金属やそれらを用いた魔道具を対価としてやり取りする場でもある。
そんな場所に、外から人間たちがやって来ていた。
「いいか、耐火、耐衝撃装備と、各種異常状態無効の魔道具だからな。次までに用意しておけよ!」
「お前らは、言われたもんを作ってればいいんだよ、愚図共が!」
「俺らが居なけりゃ、飢え死ぬだけだって事を忘れんなよ!」
本来であれば、ここで物々交換となるのだが、人間共は一方的に言いたい事だけ言って踵を返す。そんな彼等が去っていくのを、対応していた穴人達は、会話するだけ無駄だと言わんばかりに、呆れた視線で見送る。
「……最近の奴らは、品が全く無いわい!」
「所詮はケルドだしね~」
後頭部をボリボリと掻きながら、穴倉の奥へと引き返す穴人達に向け、穴倉の影からカチカチと声が掛かる。
「アルトか。何じゃいお前ら、聞いとったんか!」
「ま~ね~。ケルド共も漸く動いたみたいだね~。もう無駄だろうけど~」
アルトと呼ばれた虫族の魔物は、やれやれと言いたげに頭を振り先ほどの人間もどきを酷評する。
山脈の一部を横切る様に掘り進み、穴人達の前へと現れた彼等アルト達は、その後も地下道を掘り続けた訳だが、折角接触できたのだからと、接触した場所を鉱石で買い取り、休憩兼交流地点としたのだ。
もともと排他的な彼等が、たとえ産出されない鉱石を提供すると言っても、突然現れた魔物に心を開く訳がなく、遠巻きに警戒するだけだったのだが、そんなモノは容易に崩壊した。
魔物達の休憩地点となったそこは、石畳で綺麗に整備され、幾つもの物品が持ち込まれた。
主に持ち込まれたのは、体力と気力の回復を目的とした飲食物や薬、休憩用に簡易寝床や、これ見よがしに飾られた金属を用いた装飾品の数々。
さらに嗜好品として、甘味や魔力結晶など、彼等が見た事も無い物が盛りだくさん。職人気質な彼等の好奇心を、否応なしに刺激した。
そして、止めとなったのが……酒。
今までの警戒心は何処に行ったのか、目敏く酒の存在に気が付いた穴人達は、イナゴの大群の如く、アルト達の休憩場へと雪崩込んだ。
酒の名を聞き興奮し、鼻息荒く目は血走り、その香りを堪能し恍惚とした表情を浮かべ群がる様は、アルト達をドン引きさせた程だ。
相手は魔物なのだからと、愚見を口にする者はごく少数に限られ、すぐに鎮圧される事となる。ここで今ある酒を手に入れても、すぐに無くなるのだから当然の考えだろう。
彼等は根っからの引き籠りだが、先の事が見えない訳ではない。また、穴倉に隠れ住む様に生活していた彼等は、外の者との接触を拒む、排他的な一族だ。
排他的と言う事は、相手が誰であろうと関係無いともいえる。それこそ人間だろうが、亜人だろうが、魔物だろうが、彼等にとってはそれ程重要な事では無い。
重要なのは、これ程の文明的な物を持ち込む相手が、本能だけで動く相手ではないという、目の前の事実の方だ。
これ程の物を取り扱い、揃えることができる相手だ。目の前の魔物がそうなのか、彼等に指示する者が裏に居るかは分からないが、少なくとも交渉することは可能だろうと、対話を試みたのが、穴人と魔物達との交流の始まりだ。
お互いに意思疎通を試みた場合、<翻訳>はスムーズに行われる。穴人達が彼等アルト達魔物の言葉を聞き取れる様になるのに、そう時間はかからなかった。
「最近は、奴らも滅法態度が悪い! 今回に至っては、言う事だけ言って何も持って来とらんかったわい」
付き合いがあるからと、いままで通り地上との取引を継続する意向を示していた穴人達であったが、最近の相手の態度に、ほとほと愛想が尽きかけていた。
カッターナ国内でも、純粋、又は純度が高い亜人は存在する。彼等穴人とのやり取りをしていた者は、そう言った者たちだ。
そして、少しでも世渡りが上手い亜人であれば、終わりがチラつく者の下にいつまでも居ない。たとえ穴人達との交流権を持つ、一流貴族(自称)であっても同じこと。結局残るのは、先ほどの様な無能であり、それが更に衰退に拍車をかける事となった。悪循環、ここに極まれりである。
「だから言ってるじゃ~ん。僕らと取引したほうが、何万倍も良いって」
「お前等魔物も、どっこいどっこいじゃからな!? 通路引かせろだの、土地寄こせだの、技術提供しろだの、めちゃくちゃだろうが!? なんじゃ、あの通路は! 山脈を掘り抜くつもりか!?」
「その分の対価は渡してるでしょ!? 対価のリストから、酒抜くよ!」
「「「それは待てーーーい!!??」」」
そんな、文句たらたらな穴人達に向って放ったアルトの一鳴きに、一斉に制止の声が掛かる。
魔物側からは、食料に、山脈から産出しない鉱石を提供し、その対価として穴人側からは、土地の所有権や、魔道具や貴金属の製法・加工の技術提供を要求していた。
更に魔物側は、最初に接触した地点から枝分かれし、山脈をくり貫く様に追加で通路を掘っていた。
当然穴人達の住処にかち合う事が頻発したが、その度に酒と鉱物でごり押し、強行していた。どんなに穴人側が渋っても、酒を出せば解決できてしまうのが悪い。
地中で暮らす彼等穴人にとって、酒は外からもたらされる数少ない娯楽であり、交流の手段でもある。彼等の酒好きは世代を重ね、長い年月を掛け魂レベルで染み付いてしまっている。然も今まで飲んでいた廃液レベルのカス酒と比べ、彼等魔物が提供する酒は、正に一級品。彼等の心を完全に掴んで支配していた。
「それで、今回は何用じゃ!? また、何か突拍子もない要求じゃ無かろうな!?」
「むふふ~、今回はちょっとお願いが有ってね。会って欲しい方が居るんだ。頭領に話、通せない?」
穴人達は厳つい顔を歪ませながら、アルト達の話に耳を貸すのであった。




