236 覚醒の時
①美女? とチンピラ?
②主人公登場
③夜の酒場
ピシリ、パシリと卵の殻が割れるような音が、室内に流れると、何層にも厳重に折り重なった樹の球体の表面が剥がれる様に地面に崩れ落ちる。落ちた屑は溶ける様に消え失せ、後には何も残らずどんどん小さくなっていく。
そして、最後の一枚が剥ぎ取られると、中から人型の何かが解放される。
「あー、あ~、あ~?」
首を回して、肩を回して、凝り固まった体を解していく。あ~、全身、いろんなところがゴリゴリ言っている~。 いや~、久々の娑婆ですわ~。何か一ヵ月近く箱詰めにされていた気がしますが、まぁ良いでしょう。それよりも気になる事が有りますので、その疑問は後回しです。
~ おはようございます、マスター ~
「はいは~い、おはようございますコアさん。早速ですが……現状報告をお願いできます?」
いやね? 自分で言うのもどうかと思いますが、迷宮内限定で言えば、俺って結構慕われている方だとは思うんですよ……なのに、何故に周りに誰も居ないん?
~ 現在、マスターが居るエリアは、進入禁止となっております ~
「……エマさんも?」
~ 肯定 ~
「……解除をお願いできますか?」
~ 肯定、進入禁止を解除致します ~
嫌~な予感がしますが、解除しないと話が進まない。
コアさんのアナウンスと同時に、遮断されていた何かが解き放たれたのか、空気が……んん? 違うかな? 周囲で何かが流れる感覚がする。
う~ん、何でしょ、この感覚……って!?
「「「主様―――!!!」」」
「わっぶふぅおー!?」
その場から咄嗟に飛び退き、通路の奥から全速力で突っ込んで来る魔物の群れから離れる。
危な! 危ない! おま、待って、ホーミングしないで!? その質量は死ぬレベルですから!? ってぇ!
「落ち着けやゴラぁ!」
「「「わー♪」」」
物理操作系、武術系スキル発動。衝撃を魔力で相殺しながら、適当に受け流して投げ飛ばす。まったく、投げられながら喜ぶんじゃありません!
前回の経験から、突っ込んで来る事を予想できたから良いものを……は! コアさんは、この状況を予想して進入禁止に? コアさん、マジ優秀。
それに比べてこの子達は、まったく……
「おはようございます、皆さん」
(((「「「おはようございまーす!」」」)))
うむ。元気そうで何よりです。
―――
隔離部屋を出た先は……あれ? ここって、俺が意識を失った会議室の前のエリアじゃありません? って事は、先ほどまでの隔離部屋は、元会議室ですか? え、ぶっ壊れた? 何故に? コアさんの防衛システムの構築に巻き込まれた? 何やっているんですかコアさんや。
~ マスターの安全は、何よりも優先されます ~
「そんな大げさな」
~ 最優先事項です ~
「いやいや、外ならいざ知らず、迷宮内ですよ~」
~ 容認しかねます ~
「あ~……やるなとは言いませんが、周囲への影響とか、加減などを……」
~ 拒絶します ~
おう、コアさんが拒絶を覚えた。従順素直なコアさんはもういないんですね。嬉しいような、面倒なような……この方向性で自己主張されるのは面倒な方ですね、過保護すぎるわ。
~ 適正と判断します ~
……うん、こりゃダメだ。譲歩する気が一切ねぇな?
「そう言えば、世界じゅ……エマさんの姿が見えませんが、何しています?」
真っ先に突っ込んで来る印象があったので、最初から居なかった事に少々不安を覚えたのですが……他の方も居ませんし、暴走していたりしませんよね?
「隣の部屋に居るよ~」
意図は判りませんが、まぁ、居るならそっちに移動しましょうか。ここに居ても仕方が無いですしね。そして移動した先で、仁王立ちふんぞり返る少女に迎え入れられた。
「ふふふ……よくぞ目覚めた、そして見るが良い、この姿を!」
「おはようございます、エマさん。変わったことはありましたか?」
「目の前に在るわ! ……んなの!」
少女……改め世界樹さんの依り代が、ふんぞり返りながら感想を求めて来たので、適当に流したら早速ぼろが出た。うむ、いつもの世界樹さんで安心しました。
「やっぱり、受けが宜しくないね」
「な~ののののののののの」
モフモフさんが、慰める様にエマさんの頭の上にモフッと乗るが、エマさんが俺を見る目は変わらない。いや、うん、そんな目されましても……今までだって短時間だったら、体積増やせたでしょうに。あ、長時間でも平気になったとか? 幼女だったのが少女位の大きさになって、ヨチヨチ歩きがトテトテに変わったとか?
「……鈍感」
(パパ、見た目気にしないもんね~)
モコモコさんに至っては、何故か呆れの感情を向けて来る。俺が何をしたと言うのか。
因みに見た目云々とプルさんは言うが、別にそんな事は無い。ちゃんと可愛いものは可愛いし、綺麗なものは綺麗で好きですよ?
「もういいなの」
不貞腐れた様にそっぽを向くと、いつもの幼女状態に変更する。やっぱこっちの方が馴染み深くて安心しますね。
ひょいッと拾い上げて、膨れた頬をウリウリしてやる。
「そんなにむくれないで下さいよ~。何が不満だって言うんですか~」
「知らないなの。一生悩んでろなの!」
感情は読めても、心は読めないんですよ~。謝りますから理由を教えて下さいって~。
―――
「それでなの、それでなの! 新しい種類の子を見つけたなの! 魔物一覧に無いから、きっと新種か原種なの!」
「ほうほう? ケットシーの例もありましたが、原種の子が増えて来たみたいですね」
「環境が安定してる証拠なの!」
「流石は世界樹が管理する土地って事ですね」
「ふっふっふ~、当然なの」
にやにやとご満悦のご様子のエマさんを膝に乗せ、搭乗したモコモコさんが進むに任せて移動する。
う~ん、褒めるとすぐに調子に乗るエマさん、やっぱチョロいわ。
「んふふ~♪」
ウリウリと甘える様に後頭部を押し付けて来るのは、どういう意味が有るのか分かりませんが、指摘すると先ほどと同じく拗ねられてしまうので、聞くに聞けない。ぐぬぬ……気絶する前よりも圧倒的に距離感が近い。どんな心境の変化があったか分かりませんが、後で取り返しのつかない事になったりしないでしょうね?
僅かに沸き上がる不安を胸に、自室の前にあるクロスさんが居る広場に到着する。そこに居たのは……クロスさんと、プルさんと、お、ゲッコーさんじゃありませんか。なんだか久しぶりですね~って!?
「ぬっしー、この野郎!」
「危な!?」
姿を確認した途端、ゲッコーさんが飛び蹴りをかましてきた。起きて早々、何でこんなに命の危険を感じなきゃならないんですか……。
「よくも俺を放置しやがったな!? 物資送りつけるだけで帰還命令無しとか、一発蹴らせろ!」
「ちょ、待って!? ゲッコーさんの本気の蹴りとか、死ぬから!?」
本来だったら、頃合いを見て呼び戻す予定だったんですよ。だけどその前に気を失って、呼び戻せなかったんですよ~。てか、そもそも交代要員は居ましたよね? 好きな時に戻れたでしょうに。
「主様に呼ばれずに、拗ねているだけではないかと」
「クロス、テメェ!? 勝手な事言ってんじゃねぇぞ!」
(意地張らなくていいのにね~)
ですよね~。帰ろうと思えば帰れるんですから、意固地にならないで帰ってくればよかったのに。そしたら俺も、ゲッコーさんの料理を頻繁に食えましたし……って、そう言えば朝飯まだでしたね。
「っちぇ、しゃーねーなー?」
そそくさと、奥へ引っ込むゲッコーさんは、周囲から微笑ましい視線で見送られる。すんごい嬉しそうなのを隠そうとしているようですが、声が上擦っていてバレバレですね。感情を見るまでもない。
「何分、主様の覚醒は急な報告でございましたので、未だに帰還が叶わぬ者が多く、この様な出迎えに……申し訳ありません」
「つまりは、皆さん出払っていると?」
おう、少ないなとは思っていましたが、嫌な予感がひしひしと……俺が居ない間に、何やらかしてくれちゃっているんですか?
「お恥ずかしいことに、全てを止める事叶いませんでした。我の力不足です。申し訳ございません」
いやいや、それってクロスさんが居なかったら、皆さんもっとはっちゃけていたって事でしょう? クロスさんが落ち込む事は無いでしょう。寧ろよくぞ制御してくれましたと、称賛したいぐらいですよ。
「では、ゲッコーが戻って来るまでの間、報告をさせて頂きたく思います。どうぞこちらへ」
「有難うございま……す?」
何、この無駄にデカくて豪華な玉座。いつの間に作って、何時の間にここに設置したん?
「どうぞ、こちらへ」
……しょうがないですね~。どっこいしょっと。はぁ、座り心地は最高なんだよな~。
「さてと……報告を聞きましょうか」




