235 夜の酒場
①もう少しで脱出!
②エマさんのストレス解消
③終わりの始まり
カッターナ王国の中央に位置する街。王都と言って差し支えない程に栄えたそこは、ケルドでは無く人族が、それもエスタール帝国がもたらした建築技術と計画を元に作られたものだ。
元がイラ教に対する防衛の為に造られた国の為、その防壁は高く分厚く、各種センサーに障壁を張る事の出来る魔道具で固められた、要塞を彷彿とさせる造りとなって居る。
街中も同様に堅牢な造りの建物が立ち並び、計画的に規則正しく建てられている。それは外からの侵入を想定しておらず、防壁で全て塞き止める覚悟の表れだ。
だがしかし、今では当時の面影などない。今のカッターナの財力と技術力では維持など出来ず、魔道具に至ってはただの飾りと化している。整備もされず放置されているにも関わらず、未だに崩れずに残っているのは、当時の技術力を察するに余りあるものだろう。
堅牢だった街の方も荒れ果て、整備されていたであろう道は所々にひび割れが見られ、酷い所であれば穴まで開いている。建物も同様に傷み、争った跡か、倒壊したまま放置されたものまで存在する始末だ。
そんな街の中を、一人の女性が歩いていた。
「……ふむ。相当荒れていますね」
そんな常軌を逸した女性は、右に左にと無遠慮に街の様子を観察しながら一人呟くように街の現状を酷評する。
それは、芸術品かと錯覚してしまいそうになるほどの絶世の美女。
纏っているコートは見るからに質が良く、隙間から覗く服も一般人がお目に掛かれる様な代物ではない。所々で光る装飾品も、気付く者なら相当な価値である事は一目で判る……そして、本当の意味でその価値に気付く者は、近づこうともしないだろう。それ程の性能と希少性を秘めた品々で身をかためた女性……否応なし周囲の目を集める事となる。
「しかし、彼等もしつこいですわね」
そして、ここはカッターナ。ケルドが蔓延する国。目利きも持たず、感知もできないゴロツキ共の巣窟だ。そんな中を歩こうものなら、狙われるのは当然の流れだろう。
「……ふむ」
後ろを横目で見つつ進む彼女は、思い立った様に方向を変え、大通りから裏路地へと足を踏み入れる。その途端、女性の後ろを付けていた男達が、道を遮る様に立ちはだかる。
「はぁ……何か用かしら?」
「へ、へへへ……女、女だ! 久々の穴だぁ」
「犯して、孕ませて、最後は換金コースか~?」
「イヒ、イヒヒヒヒヒ。それよりも肉! 久々の飯だ! メスの肉だ」
「本性が駄々洩れ……ここも末期ですわね」
片手を頭に置き、頭が痛いと言わんばかりに頭を振る女性を気にすることも無く、じりじりと距離を詰める。手には、刃の欠けた粗末な短刀が握られており、敵意を隠す気が微塵もない。
「男共が寄って集って、一人の女性に詰め寄るとは、まったく、女の口説き方がなっとらんのう」
そんな今にも襲い掛かりそうなケルド共の後ろから、声が掛かる。
「なんだテメェ、邪魔すんじゃねぇ!」
「やらねえぞ、これは俺らのもんだ!」
「たく、ここの連中はこんな奴らばかりか。森だった頃はよかったのう」
昔を懐かしむ様に目を瞑ると、手に持った酒瓶を一気に煽り、丸太の様に太い腕で白髭が蓄えられた口元を豪快に拭う。
そこに居たのは老人。酔っているのか顔は赤らみ、少々ふら付いている様にも見えるが、その肉体は鍛え上げられ、二メートル近い身長と合わさり小山の様な存在感を放っていた。
「死ね糞爺!」
「ふん」
だがしかし、気配などケルド共に対しては意味をもたない。邪魔者を排除しようと、短剣の矛先を老人へと向ける。対して老人は、親指と人差し指で輪を作り力を溜めると、ケルドの顔面へと向けて一気に開放する。
パン! っと音を立て、デコピンが炸裂する。直接触れてはいないが余波が衝撃波となって、襲い掛かって来たケルドの頭を吹き飛ばし、残った体が地面へと倒れる。
「「「なん!?」」」
「ほれ、散れ散れ悪漢共が。貴様らではどうしようもないわい」
「よ、寄るな! 寄るんじゃねぇ! この女がどうなっても良いのか!?」
「あら? あらあら」
老人から最も距離があるケルドが、女性を盾に脅しをかける。女性の方は顎に手をやり、困ったと言いたげに頭を傾けるだけ、超余裕である。
「婦女子を人質に取るとは、呆れて言葉もないのう」
「死ねーーー!」
老人の方はと言うと、そんな脅しなど意に介さず、酒を呷りながら悠然と距離を詰め、虫を払う様に手首を振るう。そうすると、襲い掛かってくるケルドの上半身が消え去り、周囲の壁を赤く染め上げる。
「テ、テメェ! 舐めてんじゃねねぇぞ!」
「ふん」
残った一体、女性を盾にしているケルドは短剣を振り上げ、盾にしている女性に向けて振り下ろそうとする。追い詰められた末の自暴自棄だが、それすらも許されない。
ぷっと口に含んだ酒を噴き出すと、ケルドの眉間に穴が開き、力なくその場に崩れ落ちる。
「酒を無駄にさせよってからにっととと」
結局全てのケルドを蹴散らし、女性を解放した老人は、よろける様に体勢を崩し女性にもたれかかる形となる。
「あらあら、大丈夫ですか?」
「わっはっはっ! 少々飲み過ぎたわい、お前さんこそケガは無いかのう?」
「えぇ、お陰様で。お助けいただき感謝致します。物語に登場する主人公の様で、とても素敵でしたわ」
「そうかそうか! わっはっはっは! 余計な世話にならずに済んで良かったわい」
豪快な笑い声を上げる老人は、持っていた酒瓶の中身を全て飲み干す。
「お酒がお好きなのですか? でしたらその様な物ではなく、お勧めのお店が御座います。お礼も兼ねていかがです?」
―――
「ほほう……これは、安酒など飲んだ後に来るべき場所では無かったかもしれんのう」
「うふふ、そう言って頂けると皆さん喜びますわ」
女性の先導の元辿り着いたのは、カッターナではお目に掛かれない酒場。
多くの明かりの魔道具が使われ、だが決して明るすぎない淡い光で満ちた店内は、音楽と落ち着いた雰囲気が空間に満ちていた。
「む?」
そんな店内へと入る二人の前に、亜人の男が立ちはだかる。
「ここは一見さんお断りとなります。紹介状はお持ちで?」
「コレを。それとこの逞しい殿方に、ダンをお願いしますわ」
「畏まりました」
女性は微笑みつつ懐からコインを取り出し、立ちはだかった店員へと見せると、カウンターへと通される。
「先ほどの男、中々の使い手であったのう」
「それだけ、安全面には気を付けているという事ですわ」
だからこそだろう、カッターナ国内だと言うのに、ここに居るのは亜人と獣人のみ、それも警戒心を抱くことなく静かに各々の時間を楽しんでいた。
「良い店だ……ふん」
注文が届くまでの間店内を観察していた老人は、思い立った様に気合を入れると、全身から僅かにだが魔力が噴き出す。そうすると先ほどの赤ら顔は消え失せ、しっかりと席に腰を据えて見せた。
「あら、酔うも酔わないも自在ですのね」
「良い酒を飲むのであれば、この様な状態は失礼であろうからな……むぅ?」
改めて、女性へと視線を向ける老人は、燻しがる様な表情を浮かべる。
「どうかなさいましたか?」
「いや、すまんのう。失礼を承知で聞くが……お前さん、女か? 男か?」
「あらあら、うふふ。ささ、こちらですわよ」
曖昧な笑いで誤魔化しながら、丁度運ばれて来た酒瓶の中身を小さなグラスに注ぎ、老人へと勧める。
それは晴天の青空の様な青に、グラスの中心、深い部分に至るにつれ深い緑色へと変わる、摩訶不思議な酒である。
「ほう……まるで深緑を凝縮したかのような酒と、グラスの透明度と刻まれた模様が合わさり、宝石の様に輝いておるわい。これはまた珍しい」
「私の馴染みが趣味で造った酒ですもの、市場には出ていない品ですよ」
「ほう!」
嬉しそうな声と共にグラスへと手を伸ばし、口へと持って行く。
「かぁ~~~、効くのう! 香りが強いが雑味が無く飲みやすい。良い酒じゃ、美味い!」
「ささ、もう一杯」
満面の笑みを浮かべ、グラスへと新たに注がれた酒へと手を伸ばす。
そして、勧められるのに任せて味わう様に飲み干していく。
「貴方の様な味の分かる方が、何故この様な終わっている国へ?」
「何、唯の観光じゃて。元はエスタールに居っての、そこから東の森に行くつもりじゃったんだが、丁度エンバーでスタンピードに遭遇してのう」
「エンバーと言えば、エスタールの貿易拠点でしたわね」
「うむ。何もないことが分かっている荒野を進んでも、何も面白くないからのう、ペトンから入って、そこから北上して森へ向かう事にしたんじゃ」
「ぺトン……確かナルフの北、河を渡った先の街ですわね」
「うむ? ナルフはカッターナの最南端の街じゃったかのう? 今はドラゴンが陣取っていると噂の街じゃな。もう少しゆっくりして居れば、ワシも現場に居たかもしれんが……惜しい事をしたわい」
女性の顔が僅かに引きつるが、老人の視線は注がれたグラスへと向けられていた。
「今では、何者かが新たに街を治めているとか、凶悪犯の巣窟になっているとか、ドラゴンのせいで滅んでいるとか、ある事ないこと錯綜している様だが……さて、全く信憑性を感じんわい」
目線の先でグラスを持って行き、楽しそうにグラスを揺らす老人。一通り揺らめきを楽しみ一気に飲み干すと、これじゃないと言わんばかりに眉を顰める。
「この街の方が、よっぽど危ういじゃろうて。既に人が住む場所ではない。辺境の方がよっぽど秩序があるわい」
「この調子では、放って置いてもいずれ滅ぶでしょうね」
「ほう、滅ぶか……滅ぼされるとは言わんのだな」
グラスの中身を口に含む様に飲み干すと、今度は香りを楽しむ様に鼻からゆっくりと深呼吸し、満足そうに口角を上げる。
「「……」」
無言で空いたグラスに酒を注ぐ女性と老人の間に、しばしの沈黙が流れる。
「……こちらを」
空間へと手を伸ばし、
カウンターテーブルに滑らす様に老人の前まで持って行く。差し出したのは銀色の光沢を放つ一枚の硬貨だ。
「ほう、見ない硬貨じゃのう?」
「ええ、これは紹介状の様なものです」
それは、この店に入る時にも使われた硬貨と同種の物だ。
「裏面の紋章が誰からの紹介か、表面が大まかですが、あなた様の身分保証になります。まぁ、これより北に行くと、私達の手が届いていないので役に立つかは分かりませんが、持っていて損は無いと思いますわ」
「ほう! これがあれば、ここの様な場所に入れるのかの?」
「えぇ、私の名前を使っても構いませんわ」
そう言う女性は身なりを整えると、真剣な表情で老人を見据えて自身の名を名乗る。
「私の名前はゴトー、ゴトー・ラビリアと申します。以後よろしくお願いいたします、ジャック・バルバス・リューデル……いえ、【破壊者】様」
ゴトー(女性バージョン)とSランクハンター【破壊者】との遭遇




