226 暴走迷宮
①名付け
②苗字の更新→籍入れ→番?
③ダンマス、ショート
ダンマスが意識を失い一時期騒然とした迷宮内も、幾分か時間が経ち取り敢えずの落ち着きを取り戻していた。
「起きませんわね」
(起きないね)
「起きないなの」
そんな中、ダンマスが倒れた広場に、クワァクワァ、プルプル、なのなの、と呟きが漏れ落ちる。彼等の視線は、先ほどまでダンマスが座って居た場所へと向けられている。
「触るのは~、ちょっと危なそうですわね~」
(だね~、たぶん反撃されるね~)
だがその場所にはダンマスの代わりに、人一人が容易に収まる大きさの球体がドクンドクンと鼓動しながら鎮座していた。
「こんなヤバイもの、生活空間に作らないで欲しいなの」
~ 拒、絶。 マスター……の安、全を優先しま、す ~
「こりゃダメなの」
近づくことすら禁止され、端っこに追いやられている。今近くに居るのは、元々この場に居て体が小さい、ルナとプルと世界樹の依り代だけである。
「何が起きたのでしょう……エマお母様は御分かりになりますか?」
「う~ん、なんかこう、ウニュってなったと思ったら、ググってなって、ヌチャ~ってなって、ウニュ~ってなって、グググ~ってなったと思ったら、こうなったなの」
「「「成る程~」」」
世界樹……改めエマの説明に、困り顔で球体を見上げていた魔物達が納得したとばかりに頷く。
端から聞けば、擬音だらけで意味不明に感じるかも知れないが、<翻訳>及び<通訳>スキルによってイメージと共に過不足なく伝達される。つまり、何が言いたいかと言うと……
「お父様とお母様との間に、魂の回路ができたのですわね!」
……と、言う事である。
今までも、ダンマスと世界樹との間に魂の繋がりは存在したが、あくまでコアを経由しての繋がりであり、直接両者をつなぐ魂の回路は存在しなかった。
だが今回、ダンマスが世界樹に名前を付けた事により、直通の魂の回路が出来上がった。
ダンマス……そして、ダンマスの魂の殆どを包み込み繋がっているコアから見ても、圧倒的に格上な存在に対する名付け。更には、苗字を統一したことによって、より強化される繋がりを前にして、ダンマスの魂が持つ許容範囲を大幅に凌駕してしまったのだ。
本来名付けは、格上が格下、又は同格に対して行う行為であり、格下の者と繋がりを作り、力の一部を譲渡する行為でもある。その性質上、力は名付けた格上の者から、名付けられた格下のモノへと流れる。
その際、力を受け取る側がパンクしない様に、格上側から流出する力を調節することとなる。格下では、流入して来る力を抑え込むことは困難な為だ。逆流を防ぐ弁の様なものを想像すると良いかも知れない。
では格下の者が、格上の者に名付けを行うとどうなるかと言うと、力が逆流する事となる。
ガス管に、風船の中の空気を補給しようとする様な行為……逆流を防ぐ弁を持たない風船は押し負け、膨れ上がり弾け飛ぶ。
どちらか一方であれば、負担を無理なく軽減できたかもしれないが、流石に二つ同時に行われては、コアの処理能力を持ってしても捌き切れなかった。
魂が活動している状態では、肩代わりできる範囲も限られる。このままでは保護しきれないと判断したコアは、強制的にダンマスの魂の活動を抑え、魂にかかる負担の軽減と、請け負う負担の拡大を計ったのだ。
そしてその反動が、この過剰なまでの外界からの断絶である。
動けないダンマスを守るため、世界樹の素材で造られた迷宮の壁で作られた球体が何重にも折り重なる様に展開し、ダンマスを包み込んでしまったのだ。
最早外に居る彼等では、観測も干渉も叶わない。
(どれ位で復帰するのかな?)
「なの、その辺どうなのコア?」
~ ……約30日……と、推定……します ~
「「「ふぁ!?」」」
(なっがーい)
唐突に告げられた無慈悲な勧告を前に、迷宮内から驚きと悲鳴が上がる。
一カ月近い主の不在……つい最近、漸く日中に居ない時間ができた程で、長期間の不在など、彼等が生まれてから初めての出来事である。戸惑いもするだろう。
「そうなると……困りましたわ。お父様が行動不能となりますと、今後の指標を失いかねませんわ」
(何をするかは、パパ次第だったもんね~)
「事と者によっては、何をして良いか分からなくなる方も出かねませんわね」
う~んと、頭を悩ませる一同。
戦闘、隠密、検証、生産……何をどうやるかは、その場にいる者達の判断にほぼ任せられていたが、大まかな方針や指標の決定は、全てダンマスが行っていた。
その為、迷宮内での行動や生活に支障は無いだろうが、外での活動には大きく支障をきたすことが予想された。
近況では、カッターナの亜人族と、領域内の森に居る奴隷たちの扱いだろうか……複数のパターンを想定して準備はしているが、やるかやらないかは、状況の変動とダンマスの判断待ちである。
「……下手な判断はできませんわね。後で主要メンバーの招集が必要そうですわ」
(だね~、コア様も調子悪そうだし、直接会って話した方が良さそうだね~)
「やれるの全部やっちゃえばいいんじゃないなの?」
今後の事について話し合っていたプルとルナに向けて、世界樹から爆弾が投下される。
「全部……ですか?」
「なの。用意してた作戦、できるの全部やれば良いんじゃないなの?」
コアもダンマスも真面に動けない現状、最高責任者、且つ指揮権を持つのは、目の前の少女……いや、狂気に染まった大樹である。
「全部と言っても、できる事には限りがありますわね」
「優先順位を決めればいいなの!」
「それと、作戦の中には亜人族の方々の協力が必要なモノもありますわね」
「ケルドの事を説明すれば良いなの!」
「……実行権は、各々の部署と現場の者達に委ねられておりますわ」
「やりたくない事はやらなくても良いなの、強制まではしないなの……後で何言われるか分からないなの」
ルナの確認によどみなく答える世界樹。
最後にぼそりと、ばつが悪そうにしてはいたが、ここまで言われてしまっては、ダンジョンの魔物として拒絶する理由はほぼ無い。
何よりも、ここに居る魔物達からすれば、人族がどうなろうとどうでも良い事。主が争いを避け慎重に動いていたにすぎず、世界樹の提案を拒絶する理由は元から無い。作戦自体は事前にダンマスも許可を出しているので、尚更である。
(……やっちゃう?)
「……やってしまいます?」
「やっちゃうなの!」
「「「情報伝達―!」」」
「回線を繋げー!」
「実行部隊を編成だー!」
「物資確認急げ―!」
「乗り遅れるなー!」
「「「ワーワーワー!!」」」
決まったならば即行動。
<念話>によって、各部署に迅速且つ滞りなく情報が、世界樹の……サブマスターの命令が伝達され、待っていましたと言わんばかりに、嬉々として準備に奔走する魔物達。
何処の誰が何を行うか、他の行動の邪魔にならないか、バッティングしない様に<幹部>や管理担当の間で事前に確認は行われるが、<念話>と<高速思考>によって行われる情報伝達の速度は、人のそれの比では無い。
主が目覚めるまで、約一ヵ月……ブレーキが利かなくなった迷宮が動き出す。
ダンマスが倒れた理由でした。
そしてコアさんが過保護を発症。最高責任者二人(ダンマス、コア)が不在の状態で、止めるモノが居なくなった迷宮が走り出す。
カッターナの住人を巻き込んで無茶苦茶します。




