223 避難と非難と決意
①クロスとダンマスの戯れ(報告会)
②火事場泥棒
③適材適所
ところ変わって、カッターナの執務室。
窓から広場の様子が見える訳ですが……いや~、阿鼻叫喚の地獄絵図、死屍累々ですわ。野戦病院かな?
(どうするの~?)
「特に何かする心算は無いですよ?」
命は助けた、安全に暮らせる場所も確保した、怪我を治せる薬も提供した。他に何をしろと? こちらに対する負債を増やす方が大変でしょうし、これ以上こちらから手を出すつもりは無いですね。
(そっか~)
「不満でしたか?」
(新薬の効果を試せればな~と)
「そっか~」
プルさんをぷにぷにしながら、のんびり過ごす。迷宮内に居ても良かったのですが、周りの皆さんが妙に構い立てて来るので、こちらに避難してきた。スキルが使えないので、生身での移動になりますが、まぁ、<門>があればさして苦労も無い。のんびり散策するのも悪くないですしね。
あと、あの三点セットは危険です。炬燵に通じる中毒性があります。片付けも周りに居る子達がしてしまうので、本当にダメ人間になる。
(あ、もうすぐ来るよ~)
プルプルっと報告してくれるプルさんの<念話>の後に、廊下から足音が聞こえて来ると、ダン! と、荒々しく扉が開け放たれる。いっつも雑に扱われているな、この扉。
「旦那!」
「うぃっす、おはよ~エッジさん」
事務室に入って来たのは、エッジさん。イラ教の人間を一掃して、漸く一安心となった筈なのですが……やつれていませんか? ちゃんと休憩と栄養を取らないとダメですよ?
「誰のせいだ誰の!?」
「……白竜の手甲?」
「魔具のせいじゃねぇ!? いや、それもだけど、もっとあんだろ!?」
白竜の手甲は、魔石……人の場合は魂から魔力を引き出すので、使用者の負担が馬鹿に出来ないのですが、それだけでは無いと言いたいらしい。
「表の状況を見ても分かんねぇか!?」
「家畜として死ぬよりはましでは?」
「っ!」
俺の言葉に、言葉を詰まらせたエッジさんは、力なくソファーに腰を下ろし項垂れる。あらら、見た目以上に疲弊しているご様子で。
「分かってる、分かってんだ……すまん。そうだよな、旦那は何も悪くねぇよな」
その程度の事でエッジさんの気持ちが軽くなるなら、構いませんがね。悪意があるなら別ですが、焦りとやるせなさからくる失言程度なら幾らでも聞き流しますとも、怒るのも疲れますからね~。
「……なぁ、旦那」
「な~んで~すか~?」
「いやな、聞きたいことが山ほどあったんだが……その前によ旦那、なんか溶けてねえか? らしくないぞ」
「仮面を外した後遺症ですね~、暫くはこんな感じですよ~」
「仮面ってなんだ?」
あ~う~ん~……何と説明したものか。癖と言いましょうか、人の中で暮らすために身に着けた処世術と言いましょうか……うん、例え話でもしましょうか。
「遠くの地で従魔がなぶり殺しにされたって聞かされたら、ふ~ん程度の感想でしょうが、目の前で下品な笑い声を上げながら、痛めつけている姿を見せつけられると、どう思います?」
「ムカつくな。ぶち殺したくなる」
まぁここまでは一般的な感想でしょう。テレビの向こうでの事件に心を痛める人も居なくはないでしょうが、大体の人が抱く感想はこんなもんでしょう。この点に関しては、無感情で反応しても問題は少ない。
「では、人間の子供が、亜人の子供をリンチしている場面に遭遇したとします。そこで俺が、その暴力を振るっている子供は人間だと言います。どんな気分ですか?」
「いい気分じゃねえわな。相手が人間なら、あぁ納得って感じだ」
「殺して問題ないって言ったら、エッジさんは如何します?」
「あいつ等の本性を見た後だからな……多分、殺すな」
「ほむほむ成る程。では、エッジさんが殺したその子供、亜人の方でした……って教えたら、どんな気分ですか?」
「……は?」
呆けた声を上げ、天を仰ぎ、俺が言った言葉の意味をイメージしたのか、がっくりと項垂れながら両手で顔を覆うエッジさん。
あらら、結構鮮明にイメージした様で、地味にダメージが入った模様。
「それは……うん、キッツいな」
「今の俺の状態を表すとしたら、そんな感じですね~」
周りにいる人間がどうなろうとも何も感じない、他人がどうなろうとも知った事では無い……俺は、そんな人格をしていますからね。そんな人間が社会に真面に溶け込める訳もなく、人らしく振舞う方法が必要だったわけです。
忌避する行為に対し、拒否的な感情とストレスを事務的に抱き、表に出す程度ですがね。これを癖付けするのは結構大変でした。その分簡単に外せないですし、今回の様な弊害が出てしまいましたが、まぁ仕方がなかったと割り切るしかないでしょうね。
で、その仮面の発動条件なのですが、……口調はともかく、性格の善し悪しに関わらず人っぽい相手全員が該当する訳でして……人間も該当する訳ですよ。
なにせ、他種族とかいませんでしたからね、人に化ける化け物も存在しなかったので、俺以外の人間全てが対象。ケルドであろうが、問答無用で反応してしまうのです。
仮面をつけ直すって事は、お前は今正に世間一般的には人に当たる者を殺したと、後から突き付ける様なものでして、さっきの例で言うと先ほどのエッジさんの様に、ケルドを殺したと思ったら、亜人の子供でしたと言われる状態に近い。
「因みに、今は正常……平常? で良いのか?」
「う~ん、半々?」
ある種の暗示に近いですからね~、簡単に付けたり外したりできんのよ。反動がデカいときは特に時間が掛かる。
ですが、素面じゃ無いと人殺しなんてできないですしね~。かと言って仮面を外した状態をデフォにすると、色々日常生活に支障が出るしな~……仮面を被っているときの方が素面とは、これ如何に。
流石に、俺まで暴走する訳にはいかないですしねぇ。せめて世界樹さんの精神状態が安定した状態で無いと、仮面無しは危険だ。ストッパーが完全に消えてしまう。
「で? 何か聞きたい事があったのでは?」
「そうだそうだ。先ずは直近の出来事で、緊急性のあるもんから……外の竜は何だ?」
「さぁ?」
「さぁって」
「逸れの竜と、それを追いかけて来た竜二体が、国境線の河を挟んで睨み合いでもしているんじゃ無いですか~?」
何でそんなこと知ってんだ的な視線を向けて来ますが、知りませんね~、知らない方が良いことも有るんですよ。まぁ、独自の情報収集経路があるとだけ言っておきます。
「はぁ、刺激しなければ大丈夫って周知しとくわ」
「なんかもう色々面倒になっていませんか?」
「つい最近まで、一介の傭兵だったんだぞ。街の運営とか、警備の配置とか、慣れねぇ上にやる事が多いんだよ」
「出来ない事は、できる人に丸投げすれば良いんですよ。その手の事が得意な方は居ませんでしたっけ?」
「人手が足りねぇんだよ!? どんだけ怪我人が居ると思ってんだ!?」
あぁ、キャパオーバーしちゃっていましたか。救助した人が多すぎた訳ですね。それだけ助かった人が多かったわけですから、嬉しい悲鳴……と、言っていいモノか。兎にも角にも、何とかしないといけませんかねぇ。
(パ~パ~?)
「あっはい、ごめんなさい。仕事しません、休みます」
(エッジおじさんも! パパに仕事振らない!)
「お、おう。すまん」
と、取り敢えず現状報告位はできるでしょうから、後の事は家の子達の支援に期待してください。今の俺は何もできないので……すまんね。
― コンコン ―
話の区切りに合わせたかの様に、ノックする音が鳴る。スキルが無いと、接近も誰が来たかもわからないですね。俺が無能なのか、スキルが優秀なだけなのか……もしくはその両方か。
今はプルさんが護衛についていますし、危険な相手が近づけば、コアさんからも警告が入るでしょうから問題は無いでしょうがね。
「ハイハイどうぞ~」
「失礼する」
入って来たのは……おぉ、ゼニーさんでしたか。一瞬誰だか分かりませんでしたよ。
「お、ゼニーの旦那か。孫娘さんに付いてなくていいのか?」
「今は眠っている。付いていたいのは山々だが、ワシが近くに居たからと言って、目覚めるモノでも無いだろう。それに、ワシにはやる事が有る」
エッジさんと軽く挨拶を済ませると、こちらに向き直るゼニーさん。うむ、お孫娘さんの安否を確認できたからか、今まで抱え込んでいた悪感情が晴れて、随分と安定していますね。発狂コースは避けられたご様子。良かった良かった、他の人を発掘する手間が省けました。
「教会ごと消えたと聞いていたが、無事で何よりと言うべきか。まぁ、それほど心配もしていなかったがな。だが、戻っていたのであれば、一言あっても良いのではないか?」
「お邪魔しては悪いかと思いましてね。それで、何かありましたか?」
「なに、決意表明に来ただけだ」
「……何かありましたっけ?」
「お前さんは、ワシの願いを叶えた。ならば、ワシも守らねばならんだろう?」
あぁ、お孫さんを保護する条件ですか。保護してくれてれば他は何も望まないでしたっけ? こっちが提示した条件は、商売の委託だけだったはずですが、ゼニーさんはもっと深刻に捉えていたご様子。その場のノリと勢いで言っているのかと思っていましたが、平常心を取り戻してもその気持ちに変わりが見られない。
「ワシとの約束を違えぬ限り、ワシの全てをお前さんに差し出そう。商人としての矜持を歪めることには抵抗があるが、お前さんはそこら辺に枷を掛ける心算は無いだろう?」
「ですね~、結果さえ出していただければ、たいがいのことは許容しますよ~」
「なら、ワシからは何も文句はない。寧ろ、こんな好条件の販路と仕入れ先を考えれば、商人冥利に尽きるわ」
市場に出ていない物資を、完全独占状態ですからね~。こちらとしては、在庫処分もできて、土地も手に入れられて、人族の方々の心象も上がる。いいこと尽くめ、まさにウィンウィンですね!
「それ相応の働きをして見せる。差し当たっては、販路の拡大だな。今回の混乱に乗じて、王族とのコンタクトをもぎ取った。国境線の支配権を手に入れて見せよう」
おぉ! 仕事が早いですね~、やっぱ優秀ですわ。
人と戦争したい訳では無いですからね、その為にも国境の確保は必要。手に入るのであれば有り難い。
「ただ、人間を相手にする事を考えると、不安もある。話が通じなければ、商談もくそも無いからな」
「心配ないですよ、王族は軒並み亜人ですから」
「なに、そうなのか?」
「体のいい生贄要員でしょうけどね~。失態を全部トップに押し付けて逃げる口実にでもする心算なんじゃ無いですか?」
例えば今回みたいな騒動に繋がった場合、亜人の王族が~とか、そもそも亜人が~とか言って、人間の優位性を確立するとか、全責任を亜人に押し付けるスケープゴート的な立ち位置かと。
「そうだよ旦那。あいつ等は、アレは何なんだ? とてもじゃねえが、同じ人族に思えねぇ」
「人間の事ですか? あれはケルドですね」
「ケルド?」
「邪神の眷属」
「……ん? ……んん゛? えっと、つまり?」
「ケルド。邪神が放った魔物。他の生物を犯し、強制的に孕ませて数を増やす。まれに孕ませた生物に酷似した外見の個体を生みだし、その生物の群れに入り込み種をばら撒く。上位種からの指令に反応して【変異】、本性を現し、内側から群れを崩壊させる。あ、俺らはこいつ等の事を、既存の魔物と分けて邪魔物って呼んでいます」
「よし、俺一人で聞ける内容じゃねぇことは分かった。とりあえずは敵って事で良いな!」
「むぅ、確かに今は地盤を固める時期だろう。不安定な現状、無暗に情報を流すことも無い」
一人で抱えられる話では無いと、早々に諦めたご様子のエッジさんと、現状を考えて後の方が良いと判断したゼニーさん。
まぁね~、5千年も前の存在、お伽話に出て来るような奴が急に出て来ても、ねぇ?
混乱するだけでしょうし、今は話を聞けるほど余裕が無いそうなので、詳細説明は後程って事で。あとは、休暇を堪能してましょうかね~、ぐで~。
細々としたカッターナの現状と動き、そしてダンマスの処世術(仮面)のお話でした。




