221 ドラゴンパニック②(撹乱)
①狙撃
②奇襲
③一本背負い!
日が沈み、月が輝く時間帯。最初の襲撃を切り抜けたゴドウィンは、その後も点在する幾つもの街を梯子しつつ南下を続けていた。
「く、っそ……あいつ等手加減無しか!?」
悪態をつきながら、削られた四肢に魔力を流す。そうすると出血は止まり、骨が生え、肉が盛り上がる。鱗が生え揃えば、あっという間に再生は完了する。
彼が未だに五体満足な理由は、この異常なまでの再生能力のおかげだろう。何度手足が切り刻まれ、吹き飛ばされても瞬時に再生する。その際に大量の魔力を消費するが、それを可能とするだけの魔力保有量を、彼は手に入れていた。
「体力は持つ、周囲の魔力が薄いが体内の魔力で事足りる……だが、一度に使える魔力量が圧倒的に足りな、チィ!?」
街との間には集落が点在しているが、それほど大きくも無い為、彼等が気にする対象ではない。だが、道中でも油断はできない。
本格的な襲撃は街中に限られたが、道中でも人間が見ている可能性がある。特に噴竜のブレスは目立つ為、定期的に行われた……空中では斬竜の攻撃が届かないともいう。
「フギ……ガァ!」
ブレスの【焼き切り】による狙撃をギリギリで躱しながら、余波で受けたダメージを即座に回復させる。
もっと大きく動けば、ダメージを受けずに躱す事は可能だが、その場合、移動に大きく魔力と体力を使う事になる。
飛行、体力の回復、傷の再生……ダメージの回復と回避の為に使用する魔力を比べ、最も消費が少ない配分を見極める。どこに、どれだけの魔力と体力を回すか常に考え行動しなければ、ここまで逃げ切る事は叶わなかっただろう……但し、その際に発生する苦痛は考慮に入れないこととする。
「!? 見えた!」
そんなギリギリの綱渡りを繰り返していたゴドウィンの視界に、朝日に照らされる街が映る。
暖かな太陽の日差しが降り注ぐも、これから行われる過激な襲撃に対し、否応なしに緊張が高まる。
「ふぅ~~~……よし!」
覚悟を決めたゴドウィンは高度を落とす。そうしないと、さっさと降りろと言いたげな噴竜のブレスが、頭を掠める様に乱れ撃たれるのだ。一度やらかして、散々な目にあっているので、今回も素直に防壁擦れ擦れを滑空する。
その姿を見て、人間達が慌ただしく走り回るが、人間達にも情報伝達手段が有るのか、最初の街と違い何かしらの動きがみられる。
防衛装置なのか、防壁と繋がった塔や門の天辺に備え付けられた球体が光り……
「うっわぁ」
……斬竜の突撃でアッサリ粉塵と化す。
想定しているのが下級の魔物なのだろう……碌にダメージにもならない光が、広範囲に広がるだけの魔道具。辺境に隣接していない場所など、その程度のモノしかない。
斬竜からしてみれば鬱陶しいだけなので、さっさと蹴散らしたのだろう。だがゴドウィンからしてみれば、あの突撃が自分に向けられるのだ、とてもではないが他竜事でない。
その流れで防壁から飛び上がると、他の建物より背が高い建物に飛び移る斬竜。
気配を抑えた斬竜を捉えることは、ゴドウィンの能力では不可能に近い。視界から外すと、何処から飛んでくるか分かったものでは無い。
その為、常に視界に収める様に飛ばなければならず、それだけで移動速度が落ちる事になるが、一撃死よりはマシだと割り切るしかないのが現状だ。
「来るか」
背の高い建物に飛びついた斬竜は、それを踏み台にしてゴドウィンへと飛び掛かる。巨体が、その膂力に任せて飛び立つのだ。その反動をもろに受けた建物は、容易に倒壊する。
更に空中で体制を整え丸まると、高速で回転しながら魔力の刃を纏う。
それは、真球状の砲弾。強固な鱗と魔力の刃で覆われた、質量攻撃。直撃すれば、圧し潰され切り刻まれ、ミンチになる即死級の攻撃だ。
「ンガァーーー!」
それに対してゴドウィンは、最低限の魔力で強化した腕で殴りつける。
身を削る事を厭わない。綺麗に躱すなど考えない。そもそも彼等の攻撃は余波だけで致命傷に成り兼ねないのだ、今更ダメージを負う事に躊躇などして居られない。
もしそこに狙撃が来れば、躱せるかどうか分からない。だが、流石に斬竜が近くに居る状態では噴竜も攻撃できないのか、同時に攻撃が飛んでくることはほぼ無い。そこに着目した、ダメージ覚悟の逃走だった。
軌道を逸らされた事によって、地上へと落下する斬竜は、周りよりも少し大きな建物に墜落すると、とぐろを巻くように体をくねらせ復帰し、ゴドウィンを追いかける。
その余波で、周囲が砂地に変貌する……中に居た人間は跡形も無いだろう。
「ぬぅ!」
二の腕まで削られた腕を、瞬時に再生させる。
そのタイミングに合わせたかのように噴竜の【焼き切り】が放たれるが、少し横に移動することで回避する。
欠損部位の再生に魔力を使った為に動きが鈍いが、何度も繰り返した動作だ。今では最適化され余裕すらある。
噴竜の【焼き切り】は、見た目は派手だが直撃さえしなければ比較的良心的だ。タイミングと良い、斬竜と比べれば優しさすら垣間見える……斬竜の攻撃は完全に狩りに来ているので、そう見えるだけかもしれないが。
そして、この街でもゴドウィンは生き残り、離れる事に成功する。
「シュロロ……」
追いつけなかった斬竜が、防壁から顔を出しながらその行く先を視線で追い、遅れて追って来た噴竜が上から落ちて、防壁を踏みつぶし腰を下ろす。
「おいおいおいおい、ここまで散々削ったってぇのに、まだ動けるのかよ? とんでもねぇ体力と再生能力だな」
「……ん」
「む~~~……このままじゃ、元気いっぱいの状態で最終ポイントに着いちまうなぁ」
「……ん」
「この調子じゃ、体力を削り切るのは無理だろうし、そんな状態でポイントに到達しても、止まる理由にならないんだよなぁ」
「……一度、叩き落とす」
「だなぁ……ちょっと強めに行くか。あの再生能力なら、頭さえ残っていれば死なないだろ」
最終地点手前……最後の作戦会議に花を咲かせる斬竜と噴竜。攻撃が過激になることが確定した。
―――
「よし! よし! よ~し! ここさえ、ここさえ切り抜ければ目的地はすぐのはずだ!」
そんなことなど知る由もないゴドウィンは、ここまで辿り着いた事に興奮を抑えられないでいた。
次の街が実質の最終地点。ゴールが目の前に迫っているのだから仕方が無いだろう。
そして最終ポイント、目的地手前の街へと何事も無く辿り着く。この街さえ抜ければ、目的地は目と鼻の先。その証拠に、街の奥には大きな河が見て取れる。
その河の先には、カッターナの最南端に位置する街が存在する。現在、ダン・マスが拠点としている場所だ。
「……狙撃が無い?」
そこでふと、いままで絶えずに行われていた狙撃が無いことに気が付くゴドウィン。舞い上がっていたせいで気が付くのが遅れてしまったが、こんなことは一度もなかった。
「……」
言いようのない不安に包まれ振り向けば、上空にポツンと黒い点が浮かんでいるのが見える。噴竜が、目視できるレベルの距離まで近づいていた。
「あ」
ドン、ドン、ドンと、上空へ向けて魔力球が打ち上げられ、放物線を描きながら飛来し、ゴドウィンの横をすり抜け地面に着弾する。
「ウオォ!?」
着弾した魔力球が弾けると、巻き上がった土砂が即席の壁を作り上げる。さらに続けて撃って来た魔力球が、距離を開けたゴドウィンと土壁の間に着弾。少しずつ間を詰める様に絶え間なく降り注ぐ。
見た目こそ凶悪な攻撃だが、その影響範囲は上方向へと集中している。離れてさえいればほぼ被害はない。その攻撃は雄弁に語っていた……反対側に寄れと。
「本気で調整しにきやがったな!?」
相手の目的は分かるが、ゴドウィンに逆らうだけの力はない。目的的にも二体の意図に乗るべきところの為、心底嫌そうな顔をしながらも素直に反対側へと舵を取る。
「まぁ、この後の展開は何となく分かるが……あぁ、やはりか」
進行方向を向くと、イラ教の教会を足場にしようと駆けている斬竜の姿を捉える。誰だって、好き好んで捕食者の元へと向かいたくは無いだろう。怖いものは怖いのだ、痛いものは痛いのだ。
そして、恒例となっていた斬竜の突撃が飛んでくるが、その攻撃に違和感を覚える。
「遅い?」
明らかに遅い。今までは躱すのは困難な速度で突っ込んできていたのに、ここに来て十分躱せる速度……嫌な予感しかしない。
だが、躱さない選択肢はない。今までは接触が一瞬だからこそ、軌道を逸らすに至ったが、この速度では殴り飛ばす前に自身の体を削り取られてしまう。
斬竜の一挙一動に気を配りながら高度を上げ、可能な限り退避する。
そしてすれ違う直前……球体が螺旋状にズレた。
「!?」
その場で体をねじりゴドウィンへと向き直りつつ、薙ぐ様に振るわれた爪が首へと迫る。
「んぎぃ!?」
咄嗟に突き出した腕が簡単に切り飛ばされ、肩から胸にかけて袈裟懸けに切り裂かれる。
しかし、それだけでは終わらない。その場で更に回転し、斬竜の後ろ脚による回し蹴りがゴドウィンの腹部へと迫る……だが、その攻撃が到達するよりも前に、ゴドウィンが動いた。
「ガアーーー!!」
「!?」
ゴドウィンの口から、魔力の塊が吐き出される。
【吹き飛ばし】
ここに来て初めて見せるゴドウィンのブレス。
真正面から受けた斬竜は、纏っている魔力の刃と鱗によって、ダメージはほぼ無いが、衝撃によって二体の間に距離ができる。
「くく、ゲフ!」
ブレスの煙が晴れ、互いの視線が交差する。
予想外だった反撃に目を見開く斬竜と、してやったりと口角を吊り上げるゴドウィン。こうなれば、今の斬竜に攻撃手段はない。
「……シュロ♪」
「ひぃ!?」
斬竜の舌なめずりを前に、ゴドウィンの口から引きつった声が漏れる。攻撃が届かないとは言っても、怖いものは怖い。
「う、ぐ!?」
無理やりひねり出した魔力で放ったブレスの代償は重く、飛行に支障をきたすレベルで身体能力は落ち、腕の再生も、胸の傷の回復すらままならない。
ここで噴竜の攻撃が来れば一溜りもないが、その心配はそれ程していなかった。斬竜に比べ、噴竜はかなりの良識竜だ。目的地点が目の前に迫った状態で、これ以上の追撃は無いだろう。
飛べずとも滑空はできる。後は、目の前の目的地点に降りるだけで良い。息も絶え絶えな状態で体制を整え、前へと進む。
爪先を防壁に引っ掛け、地面に引きずりながら、転がり込む様に地面にギリギリ着地する。
「はー、はー、はー」
回復する端から、怪我の回復に魔力を廻す。化け物染みた再生能力があろうとも、元となる魔力が足りなければすぐに再生などできない。
(は~い、ここで良いよ~)
「ふぉ!?」
どこから現れたのか……河の手前、橋の前まで辿り着くと、頭の真後ろからプルプルと<念話>で語り掛けられる。
「え……と。プル、様? 何時からそこに?」
(ん? ずっといっしょにいたでしょ?)
どうやら初めから引っ付いていたらしいプルの存在に固まっている内に、二体が追いついてくる。
斬竜は隣の橋を粉塵に変えながら向こう河岸に先回りし、噴竜は少し遠いが、イラ教の教会の上に陣取る。座り心地が悪かったのか、真下に向けて【焼き払い】を放ちげしげしと踏み締め平らに均すと、そこにドスンと腰を下ろす。
「「「……」」」
今までの騒ぎが嘘の様に、辺りを静寂が包み込んだ。
―――
「これで、北側に居るケルドとの間に、凶悪な竜が陣取る事となりましたとさ。う~ん、お茶が旨い」
ゆったりとした時間の中、巨大な大樹に造られたテラスで優雅に茶を啜る男の呟きが、静寂の中に溶けて消えた。
カッターナ王国の領地を散々荒らし回った挙句、第二拠点と化している最南端の領地との切り離しも完了。イラ教への襲撃も有耶無耶になるレベルの大惨事です。
因みに、ダンマスが今回の作戦許可を出した理由は、次話にでも上がるかと思います。




