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217 蹂躙⑦(肉詰め)

①ケルド登場!

②ダンマス出撃

③目標確保


「ラスト一体!!」

「ゲ……ゲヒェ」


 汚物を撒き散らしながら、地面へ倒れる化け物。

 元々悪趣味だった聖堂は白濁した汚物塗れ、その不快感に拍車をかける、黒い肉塊が未だに跳ね回っているが、再生する兆しがない所を見るに、終わったと見ていいだろう。


「…………終わった~~~」

「疲れた」


 極度の緊張、長時間の戦闘、慣れない魔道具、魔武器の使用……魔力、精神共に疲弊し、限界を迎えていた。だが、彼等は間に合った。今この場に、未だダン・マスの姿は無い。


「うっぷ、気分悪。出てっていいか? それがだめならせめて換気してくれ、こいつら臭すぎる」

「そうですね、マイロードをお迎えするのに、この場は余りにも不適切……ですが、残念な事に時間切れですな」

「え?」


 司祭が逃げて行った通路の奥から、何者かが歩いてくる足音と共に、全てを踏みにじるという確固たる意志を持った魔力が波動となって溢れ出す。

 人らしさを感じさせない強大な魔力を前に、ゴトーは服が汚れる事など気にすることも無く片膝を突き、その場で首を垂れる。彼がこれ程遜った態度を取る相手は、一人しか居ない。


「この様な汚らしい場所でお迎えすることとなったこと、大変申し訳なく」

「お~う、気にしない、気にしない。ここじゃ俺にとって、どこも同じようなもんだしな」


 ヒラヒラ手を振りながら適当に対応するその姿が、彼等の困惑に拍車をかける。


 白と黒、シンプルな色合いの異国の服。


 魔物の革で造られた傷一つない革靴やベルト、魔道具と思われる結晶が散りばめられた装飾品など、細部に至るまで隙がなく、漆黒のコートには何重にも魔術が仕込まれているのか、最早どの様な効果を持っているか、測り知る事などできない。


 そんな絶句するレベルの、それも異国の服装ながらも、違和感なく着こなせる人物など、彼等が知る限り一人しか居ない。


「お疲れさん。一応は間に合ったみたいだな」

「旦那、なの……か?」


 ダン・マス


 彼等の主人であり、雇い主であり、恩人。

 突如この地に現れ、彼等の日常を尽く塗り替えてしまった……化け物。


 そんな化け物相手でも、彼等が気兼ねなく接することができていたのは、偏に彼が纏っていた温和な雰囲気のお陰だろう。

 だがしかし、今ではその雰囲気は鳴りを潜め、同一人物とは到底思えない威圧感と恐ろしさ、不気味さを纏っていた。


「お前……本当にダン・マスの旦那か?」

「ん? あぁ、口調か。こっちが素だよ。普段の口調は余所行きの癖みたいなもんだから、気にしなくていいよ~」

「いや、それも有るけど、その、気配とか……」


 口調、態度、仕草、気配……姿以外の全てが、彼等が抱く人物像と食い違う。


 しどろもどろに成りながらも口を開くエッジだが、二の句が継げない。


 剣へと伸びそうな手を押しとどめる。剣を抜きたい、身を守る手段へ手を伸ばしたい。だが抜いたところで、抵抗できる気がしない……八方塞がりな状況が、ある意味彼等が愚行に走る事を抑えていた。


(し~! 今ね、パパすっごく機嫌悪いから、話しかけない方が良いよ?)

「お、おう? そ、そうか……て、パパ? え、子持ちぃ?」


 プルプルした連絡用の魔道具? から、子供の声が届く。

 少しは慣れたと言っても、直接脳内に響く<念話>は未だ慣れない彼等だが、その違和感と緊張感のない子供の声が合わさり、落ち着きと真面な思考を取り戻す。


「プル~? 余計な事を言わない」

(は~い)


 むすっとした声色のダン・マスの声を聴いて、プルプルしながら彼の元まで移動し、その腕の中に収まる。その先を追えば、自然とダン・マスの腕に収まる、毛布に包まれた物体に視線が向く。


 何故、非戦闘員(ダン・マス)が前線に出ているのか、何処から入ったのか、腕に抱えているそれは何なのか……聞きたいことを上げればきりがないが、それを察したのか、ダン・マスが先に口を開く。


「色々気になる事が有る様だが、やらなきゃならない事があるから、ちょっと待って」

「やらなきゃならない事?」


 何のことかと尋ねる前に、エッジ達が通って来た通路から、何者かが迫る足音が聞こえて来る。一切気配を隠そうとしていないその足音は、もつれた様に不規則で焦りが滲み出ており、戦闘に従事する者の足取りでない。


「ターニャ! ターニャーー―!!」


 安全が確定した訳では無いこの場所に、一体誰が? と思うエッジ達だが、聖堂内に飛び込んできた者の姿と、その者から上がる叫び声で、誰が来たのかを把握する。何せ今回の襲撃は、彼が発端と言っても過言ではないのだから。


「ゼニー、ここだ」


 聖堂に現れたゼニー・バランに向けて、ダン・マスが声を掛ける。

 血走った目で聖堂内を見渡していたゼニーの視線がダン・マスへと向くと、その視線が、ダン・マスが抱えているモノに固定される。


 二階から転げ落ちそうになりながら階段を駆け下り、一直線にダン・マスの元まで駆け寄ってくるゼニーを、ダン・マスは片膝をつきつつ迎え入れる。


「……間違いないですか?」

「……あぁ、あぁ! 間違いない! ターニャだ、ワシの孫だ」


 毛布を少し捲り、ゼニーに中身を確認する様に促すと、震えた声で答えが返される。毛布の中から文字通り顔を出したのは、年端も行かない小さな子供。


「疲労と栄養失調でしょうね、今すぐ命に別状はないでしょうが、強い薬は避けた方が良いでしょう。手持ちの薬は使わず、後は医療班の方に任せて下さい」

「ありがとう、ありがとう、あ゛りがどう!」


 何度も感謝の言葉を口にするゼニーに向けて、毛布に包み抱えていた子供(モノ)を差し出すと、さめざめと涙を流しながら、絶対に離さないと言わんばかりに抱きかかえる。


「ゴトー、ゼニーのサポートを頼む。必要なモノがあれば、何を置いても最優先で対処しろ」

「承知いたしました」


 ゴトーに連れられ外へと向かって行くゼニーを見送ったダン・マスは、安心したと言わんばかりに安堵の溜息を吐くと、元来た道へと踵を返す。


「おい、行けって」

「分かったから、押すなって!? あ~……旦那。旦那がこっから来たって事は、敵はもう片付いたって事で大丈夫か?」


 先ほどのやり取りを見たからか、ダン・マスの雰囲気が柔らかくなったからか、多少は緊張が解かれたエッジが、周りの者にせっつかれて話しかける。


「うん? まぁ、この敷地内にはもう居ないかな」

「司祭……白いローブのデブに会わなかったか? ここのトップだと思うんだが、この気色悪い奴らのせいで逃がしちまってよ」

「あ~あれ? 別に無視していいよ。もう逃げ出しているし、割とどうでも良い」

「まじか~……おっさん、結構頑張ったんだけどな~」


 緊張が解けた事で一気に疲労が襲って来たのか、全身から力が抜けた様に肩を落とす。


「敵がいないんなら、俺らは如何すりゃいいんだ? てか、旦那はこの後どうすんだ?」

「俺は後始末の続きだな。人手が要るから、暇ならお前らも来い」

「「「あ、はい!」」」


 道中の横道には目もくれず、明かりの無い通路を進んで行く。


 漂う悪臭と腐乱臭、漏れ出る嗚咽と唸り声。

 辿り着いたのは、左右にすらりと檻が並んだ通路。牢獄を彷彿とさせるその場所だが、檻の中は汚物と死体が溢れ、乱雑に詰め込まれていた人々が、焦点の合わない瞳を覗かせ、奇声を上げながら手を伸ばす。


「狂ってる」


 誰かが上げたその一言が、その場を如実に表していた。


「暇な奴は、道中の邪魔なゴミ(遺体)の撤去。医療班は、緊急以外は連れ出してから対応。力がある奴は、運ぶのを手伝う……はいはいはいはい、行動開始! さっさと終わらせて、撤収すんぞ!」


 目を覆いたくなる光景を前にして、動けなくなっていた一同とは違い、そのまま進み続けるダン・マスから指示が飛ぶ。

 この光景を何とも思っていないかのようなその態度に、一同は目を剥き非難の声が出かかるが、その声が放たれることは無かった。


 ダン・マスが軽く足を上げると、可笑しな量の魔力を込めつつ地面へと叩きつける。解き放たれた魔力は、内臓を押し上げる様な衝撃と共に淀んでいた周囲の魔力を吹き飛ばし、場の空気を一気に塗り替える。


「覚悟して来たんだろ? だったら、この程度で止まるな」


 攻め立てる様な視線を向けつつ放たれる言葉には、苛立ちと怒りが滲み出ていたが、放たれた気配と魔力は彼等に向かう事無くこの場に広がる。


「旦那、あんたは……」

「……動け。それが今、お前たちがやるべき事だろ?」


 自身の苛立ちを察せられた事を察したのか、ばつが悪そうに溜息を吐きつつ、頭を掻くダン・マス。


 ……それからの立ち直りは早かった。


 檻を壊し、閉じ込められていた者達を解放する一同。


 ただし、後にやって来た増援と合流してからはそうも行かなかった。

 彼等は、保護された者達は目にしていたが、現場を見てはいなかったのだ。故にその衝撃は、先行していた者たちとは比較にならない。


 悲鳴を上げる者、悪環境に嘔吐する者、気絶する者、やり場のない感情を前に悪態を漏らす者……阿鼻叫喚の地獄絵図が出来上がる。

 そんな中、黙々と救助活動に没頭するものも居る。例えそれが、目の前の光景から少しでも逃れたいが故の思考停止だったとしても、誰も責めることはできないだろう。


「旦那? 何処に行くんだ?」

「ちょっと下まで」

「地下があんのか……何があるんだ?」

「あ~、う~ん、見ない方が良いと思うぞ? 不愉快極まりないからな……て、なんでついて来てんの?」

「いや、俺、今、魔力空でよ。何もできないんだわ。足手まといは居ない方が良いだろ? 同行させてくれ、聞きたいことが山ほどあるんだ」

「あぁ、【白竜の手甲】使ったんだ。使い心地はどうだった?」

「あぁ、うん、ヤッバいな。これを使えば、誰でも人外の仲間入りができるぜ」

「ステータスだけで、スキルの能力は上がんないけどな」

「てか、何で白竜?」

「設計思想が、竜族が使う竜気法を元にしているからだな。色はそのまんま」

「へ~?」


 エッジと会話しつつ、ゆっくりと踏み締める様に進み、現れた下へと続く階段を降りてゆく。


「そもそもよ、旦那が現場に出て来ること無かったんじゃないのか?」

「お前達じゃ無駄な犠牲を出しかねないし、俺じゃないと判断付かないだろうからな……っと」


 階段を降り終わると、ダン・マスが会話を区切る。目の前には、重厚な扉が鎮座していた。


「……はぁ」


 うんざりと言いたげな溜息を吐きながら、扉に手を伸ばすダン・マス。その扉は、ねちゃりと気色悪い音を立てながら、簡単に開かれる。


 ……中には、黒い何かが詰まっていた。それが何なのか、エッジには覚えが有った。先ほど遭遇したばかりなのだから、当然だ。


「!? 旦那、待て! ここは!?」


 中の惨状を目の当たりにしたエッジが呼び止めるが、ダン・マスは気にも留めずに、部屋へと足を踏み入れる。


「お前たちに選択肢をやる」


 決して大きな声ではない。だがその声は、透き通る様に部屋へ響き渡り、当然の如くここに居る全てのモノに届く。


「身も心も魂すらも、汚され壊され犯されて、希望を抱けない奴は、終わりを望む奴は、そのままで居ろ。望み通り、今ここで終わらせてやる」


 ゆっくり、語りかける様に言葉を紡ぐダン・マスに反応し、黒い壁がうねり、一面に真っ黒な人の顔が浮かび上がる。


「だが、少しでも生きる気力のある奴は……」


 一斉に視線を向けられる。


「こんな害悪共の為に死ぬ事は俺が許さん! 恥? 外聞? そんなもんドブに捨てろ! 心を燃やせ! 根性見せろ! 生き恥を晒してでも生き足掻いて見せろや!」


 吹き飛ばす勢いで放たれた声を物ともせず、一斉に黒い触手が飛び掛かる。

 だがダン・マスは、迫りくる触手を意に介す事無く、代わりにニヤリと、満足そうに笑みを浮かべると……


「そうだ……それで良い」


 ただ一言い残し、黒い濁流にのみ込まれて行った。


次回、ダンマス崩壊

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