216 蹂躙⑥(ケルド)
①ドーピングの白と破壊の黒
②レベル糞高無能司祭
③汚物ピカー
「ふ、ふははははは! はーはっはっはっ……は?」
「なんだこりゃ、ただ光るだけか?」
押さえつけていた『天罰』も効果を失い、膨大な魔力を吐き出して生み出した、視界を塗りつぶす光も薄れてゆく。その中で、勝利を確信したかのような司祭の高笑いが響き渡るが、エッジの発した言葉の前に途切れる。
五体満足、傷一つなし。精神的にも然したる影響が見られない。使用した魔力量からして呆気ない結果に、困惑を隠せないエッジ達と、同様に結果が予想外だったのか、司祭は口元を引きつらせる。
「な、何故。何故至高の存在である神の声が届かぬのだ!?」
「なんだか良く分かんねぇけど……切り札が不発したみたいだな」
「う、ぐ」
「その様子だと、碌に魔力も残ってねぇな」
エッジが問い詰める様に間合いを詰めると、司祭はそれに合わせて後退する。その行動は、自身に抵抗する術が残っていない事を肯定していた。
「お前、ここのトップだろ? 旦那への土産だ、拘束して突き出す」
魔力を使い果たした為か、その動きは緩慢で、今にも転んでしまいそうな程に弱っている事は一目瞭然。これならば、通路に入る前に捕らえられると、壇上へと飛び乗り、剣へと手を伸ばす。手足の一、二本は……そう思った矢先である。
「エッジ、避けろ!!」
「!?」
後方からの呼びかけに、咄嗟に後ろへと飛び退くと、今しがたエッジが居た場所へと何かが叩きつけられ、瓦礫が宙を舞う。
何かが粉塵を巻き上げる様にうねり、周囲の物を弾き飛ばす。悪臭を放つ濁った液と、神経を逆なでする様なおぞましい気配を撒き散らす。
「「「ゲッヒェッヒェッヒェ」」」
粉塵の影から、癇に障る笑い声が幾つも上がり、粘つく黒い触手の塊が姿を現す。
その姿を表現するのであれば、触手で覆われた人間の顔。外皮は黒一色に染まり、その中で唯一白い歯と白目部分が、その異様さと不気味さを際立たせる。
大小の違いはあれど、そんな醜悪な化け物が突如何体も現れる。
「な、何だこいつ等!?」
「何だ、だって? んなもん決まってんだろ、敵だ!」
地面に触手を突き立て、敵意を露わに一斉に襲い掛かる化け物達に合わせて、一斉に距離を取る一同。
未知の相手に対し、正面からぶつかる事は無い。生理的に受け付けない気色悪さも合わさり、その動きに迷いはない。
「「「うぉお!?」」」
だがその動きは、後ろから襲いかかる悪寒によって、強制的に止められてしまう。
「これ以上、下がらないでいただきたいですな」
「ちょ、ゴトーの旦那、そりゃねぇだろ!?」
「この方も保護対象です。傷つけさせる訳にはいきませんな」
皆から上がる非難の声なんぞ、どこ吹く風。軽くあしらいつつ、これ以上下がるなと言わんばかりに<威圧>を高めるゴトー。その横には、彼等に襲い掛かっていた巨人が、大人しく待機していた。
ゴトーによって誤魔化されているとはいえ、未だ人間達の支配下にある事に変わりは無く、移動させようにも指示する事は叶わない。そもそも、出られるだけの大きさの出口がないので、逃がすことができない。
「それを可能にする力は持っているはずです。ほら、前を見た方が良いですよ?」
「だぁ、クソ! 打ち建てろ! 『城壁』!」
悪態をつきながらも、盾を持った重装の【守備】が前へ出ると、盾を突き立て言葉を紡ぐ。その言葉に反応し、魔力を込められ盾から光が溢れると、化け物との間に透明な壁が展開される。
「「「ゲッヒェッヒベ!」」」
突然現れた壁を前にしても怯むことなく突っ込むと、べちゃっと不快な音を立てながら光の壁に張り付く。その後も引くことも迂回することもせず、唯々愚直に目の前の敵に向けて進もうと触手を動かし、ベチベチと光の壁を叩き続ける。
「うっわ、きっしょ」
「……能力は、それ程でも無いのか?」
苛烈な攻撃を想像していた手前、肩透かしを食らった【守備】から、安堵の声が上がる。
「こいつ等、どこから出て来やがった?」
「どこからと言えば……人間共は何処行った?」
能力はともかく、感知スキルなどなくとも感じ取れる強烈な存在感。しかし、何処から現れたのかと周囲を見るも、突然現れたかの様に侵入してきた痕跡など見当たらない。
さらに、どさくさに紛れて奥の通路へと駆け込んだ司祭はともかく、他の人間が出て行った姿を見ていない彼等は、何処に行ったのかと視線を動かす。
「……おい、あれって?」
うねる触手の隙間から見え隠れする、白い布が視界に入る。
「おいおい。まさか、あの呪術って」
「いやいや……いやいやいや!」
「人を魔物に変える魔法なんて、有ってたまるか!?」
人の面影を持つ魔物と、消えた人間……嫌な想像を払拭しようと、白い法衣を纏っていた人間共を探すが、やはりその姿は見当たらない。
「貴方達の今の力であれば、容易に仕留められる魔物ですよ」
「ゴトーの旦那……さてはあんた、こいつの事知ってんな?」
「知っていたら何だと言うのです? そんな事よりさっさと処理なさい!」
ゴトーの言葉に胡乱気な視線を向けるエッジだが、苛立った声で指示を飛ばされ、体が跳ね上がる。
「そ、そんな怒んないでくれよ。どうしたんだよ、あんたらしくもない」
「……貴方達がもたもたしているせいで、マイロードが動いてしまったではありませんか」
「……マジ?」
その言葉を聞き、頬を引きつらせる一同。
数多の魔道具を惜しげもなく放出し、数多の魔武具を躊躇なく配り、圧倒的な資産と資材を有し、強大な魔物を支配下に置く、敵に対して一切の慈悲を持たない、そんな化け物が直接動く。何が起こるか、何を仕出かすか分かったものでは無い。
「貴方達がすべきことは、マイロードがここに来る前に、この汚物共を処分する事です。分かったら、直ちに行動に移しなさい!」
「「「お、おう!」」」
―――
異臭と腐臭、微かな吐息と呻き声が漂う石レンガ造りの通路。真面に明かりの無いその通路を、コツ、コツ……と、何者かが歩く足音が木霊する。
まるでここは自分の領域だと主張するかの如く、踏みにじる様に、ねじ伏せる様にゆっくり進むその足取りは、ここに出入りする者とは明らかに違った。
踏み込むたびに地面に魔力が叩きこまれ、その地に染み付いた魔力が吹き飛ばされると、空白地帯と化した敷地を瞬時に塗りつぶし奪い取る。
欲望と絶望が満ち淀んだ空気が掻き消え、畏れすら抱く膨大且つ強大な魔力が満ちてゆく。
「……やってみるもんだね~」
急激に変化する空間とは打って変わって、周りの雰囲気を無視したその者の……ダンマスから漏れ出した言葉はのんびりとしたもので、緊張感の欠片も無い。
場違い感が半端ないが、その存在の異様さが、その場にいる者達を突き動かした。
― ガシャン! ―
「うぁあ、あああ」
「ぁぁぁ、ああ、あ゛あ゛あ゛!!」
左右の壁に所狭しと並んだ鉄格子から、言葉にならない声を発しながら、希望に縋る様に腕が伸ばされる。怯える者、虚ろな目を虚空へ向ける者、檻の中に居る数は10や20では収まらない。
救いを求めて伸ばされる腕を、光に集まる虫の様に意に介さず、真っ直ぐ進み続けるその姿は、慈悲の欠片も無い。
「……お、居た」
突如、今まで淀みなく進んでいた歩みが止まり、鉄格子へと歩み寄ると、その進行を遮る鉄格子が何の前触れもなく、溶ける様に消え失せる。
「こんにちは、お嬢さん」
「……?」
その中へと足を踏み入れると、虚空から毛布を引っ張り出し地面に転がっている何かに被せ、その前に片膝をつく。
「一緒に行こっか。ゼニーおじいさんが待ってる」
「お、じい……ちゃん?」
虚ろな瞳を向けながら反応する少女を、優しく持ち上げその場を後にする。
その表情は、先ほどまで救いを求めて伸ばされた手を無視していたとは思えない、慈愛に満ちた優しい微笑みを浮かべていた。
「もしもし、ゴトー? うん、俺俺。今からそっちに行くから、ゼニーさん呼んどいて。え、ケルドが? さっさと処分しとけ。あぁ後、人も寄こしといて、保護対象大量追加だ」
直視するのも憚られる悲惨な光景を目撃した襲撃者たちはSANチェック
おぞましい触手の塊を直視した襲撃者たちはSANチェック
気付いてはいけない真実に気付いてしまった襲撃者はSANチェック




