212 蹂躙②(強襲)
①演説
②ダン・マス→ダンマス(魔王)化
③覚悟完了
迷宮に住む配下にとって、迷宮主の命は絶対である。それは、有無を言わさぬ快楽と、とろける程の陶酔感。
例え、反抗的な思考を持つ者でさえ、その命令の前には抗う事などできず、従わせてしまう。相手の感情など無視したそれは、下手な麻薬よりも質が悪い。
「キーーーーーーー!」
では、初めから狂信している者が聞いたならば?
「キィ~~~~~~!!」
憧れ続け、焦がれ続け、不意打ち気味に、覚悟する暇もなく下されたならば?
「キィィィィィイーーー!!!」
狂気すら孕んだ歓喜の叫びは、迷宮内を駆け巡り木霊する。
「キィ 「落ち着け!」 げぼは!?」
最早奇声に近い声を発していたクロスに向け、コクガの爪が振るわれる。
堅い甲殻の隙間を縫い、腹へと鋭利な爪がめり込むことで、内臓を押し上げ蹂躙する。
「何を言ってるか分かるけどよ、せめて言語を扱え。絵面がひでぇ」
「ぐ、ぐふぅ」
余りの衝撃と激痛に血の気が引く感覚を覚えるも、先ほどの興奮を差し引いて、丁度いい塩梅で冷静さを取り戻すクロス。流石は同期の兄弟、扱いを完璧に把握していた。
「嬉しいのも、興奮すんのも分かるけどね♪」
「なんか、うお~ってなるよ、ね!」
「…ん」
「こ、これが、主様が我々に対し命令を為さらない理由だ。主様の命令は、我々には強すぎる」
そんな兄弟とのやり取りを挟みつつも、各方面へ向けたクロスの命令は止むことなく続けられる。些細なダメージを受けた程度では、彼の指揮能力が落ちる事は無い。
先ほどの奇声でも、<翻訳>によって過不足なく、指示は細部まで伝達されている。
その際、溢れ出す熱情も感じ取ってしまって居たのだが、いつもの事で寧ろ安心したと、苦笑いを漏らす程度で済んだのは、日頃の行動の賜物だろう。
「うんで? 今回は俺らも動くのか?」
「うむ、クロカゲは地下道の開通、アンコは暗部を引き連れ原住民の保護を、コクガは地下施設の警戒に当たれ!」
「「「アイアイサー!」」」
クロカゲ、コクガ、アンコ、蟻だけではなく、他の幹部クラスも総動員した、迷宮誕生以来の大仕事……まさに総力戦である。
暗部による暗躍が基本となるが、地下施設を利用した逃走経路の封鎖など、余所の目を気にする事が無い、手加減する必要がない場所での行動も存在し、更には、原住民の保護が主目的の為、相手を殺さずに捕らえる必要が無いことも大きい。
実力差が在ろうとも、捕縛にはリスクが伴う。特に周囲に露見しない事を求められると、その難易度は飛躍的に上昇する。
その必要がない……有体に言って、やりたい放題である。
「貴方は現地へ行かないの?」
「今回は動かん、現地のモノに任せる」
「……そう」
クロスの回答に、たった一言頷き肯定するアリス。口数の少ない、物静かな彼女の心中を察するのは、付き合いが長い者達の間でも難しい。
だがしかし、黙ってクロスへと寄りそうその姿は、何処か安堵した様な、クロスへ向ける眼差しは、微笑ましいものを見る様な慈愛に満ちていた。
―――
明かりが充実していないこの国では、夜になると人通りは極端に少なくなる。
されど、深夜の訪問が全く無いと言う訳では無く、ギルドや商会などの組織や、明かりを確保できる財力を持つ一定の富裕層など、夜間でも活動している場所は少なくない。
そして、そう言った場所には、招く招かれざるに関わらず、訪れた者に対応するために、人が常駐していることが多い。
「んあ?」
「なんだありゃ?」
最初に気が付いたのは誰だったか……道の奥から向かって来る明かりが視界に映り、思わず声が漏れる。
目を凝らして見て見れば、暗闇に浮かぶ光の球体の下には、道を埋め尽くすほどの人影を照らし出し、その集団の歩みに合わせて、光源も共に動いていた。
多少の違いはあれど、皆一様に真新しい布の服を纏い、革の軽装で武装している。その姿から、一般人ではない事は明らかであり、その足取りは迷いなくイラの教会へと向かう。
門の前まで辿り着くと、それを取り囲む様に展開する。ここまで来て、漸くここが目的地だと理解した門番は、鬱陶しそうに口を開く。
「……何の用だ、下等生物共」
「ここは、神聖なるイラ教の支部だ。お前らの様な下賤のモノが視界に入れてよいモノではない、即刻失せろ!」
警備の者とは言え、とてもではないが聖職者がして良い顔ではない。チンピラの様に睨み付けて来る門番だが、多勢に無勢。その姿が、虚勢を張っている事は一目瞭然である。
そんな彼等を無視し、何かを待っているかのようにその場でじっと立ち尽くす。だがその沈黙は、先頭に立つ男が着けたピアスが光る事で、終わりを告げる。
それは、遠くにいる者と通信が可能になる、装飾品型の魔道具。裏で動く者達から、リアルタイムで情報のやり取りを可能とする。
通信の魔道具を造る事は可能だが、携帯できるレベルのモノは、未だ人の手では創り出すことが叶わない。その為、迷宮から産出する魔道具の中でも、その価値は高い。一生遊んで暮らすとまでは行かずとも、欲しい者からしてみれば、喉から手が出る程欲しいものである。
それを、ポンっと数十セット取り出すのだから、ダン・マスの異常さが良く分かると言うものだ。
そして、今入った通信は、此度の行動の元となった情報が、間違いでは無かった事の報告であり、同時に襲撃の合図でもあった。
「相変わらず早ぇなぁ……了解、やれ」
「はぁ? なぃーーー」
反応できなかったのか、避ける素振りも、防ぐ素振りも見せることなく、振るわれた剣が門番の首を捕らえ、呆気なく首が宙を舞う。
「分かってんな、お前らぁ! 盛大にやれ!」
「「「オーーー!!!」」」
先頭に立つ男の声に、得物を掲げ、雄叫びを上げる。
襲撃が起きるなど想定していなかったのか、周囲には門番以外の警備は居らず、妨害されることなく、侵入を拒む門を力任せに破壊し、そのままの勢いで敷地内へとなだれ込む。
だがしかし、腐っても警備を任される者達。異変を察知したのか、建物内から続々と武装した者達が現れ、広場で待ち受けるかの様に展開する。その行動は中々に早く、洗練されているように見える。
更に付け加えるならば、彼等が纏っている装備は全て魔武具であり、一般の戦闘職が対峙しようものなら、多少の能力差をひっくり返してしまう程の性能を誇っていた。
これが、今まで人間が、イラ教が幅を利かせていた理由の一つなのだが、今回ばかりは分が悪すぎた。
「おら!」
棒が引っ付いた棘付き球体とでも表現するべきか……前を進んでいた者の中の一人が、腰に括りつけていたそれを手に取り、刺さっていたピンを引き抜き、中庭に湧き出してきた人間共に向け投げつける。
それは誰に当たることも無く、地面に転がり落ちた。
「はぁ?」
「ぶっはははは! どんだけノーコンなんだよ!?」
「なっさけねぇ!」
地面に落ちたそれを見て、せせら笑う人間を余所に、襲撃者たちは全員地面に伏せていた。まるで、衝撃に備えるかのように……
「なにやーーー」
魔道具の中に閉じ込められていた、中級魔法。それも高位魔法使いが操る、炸裂の魔法が解き放たれる。
衝撃と爆風。弾き飛ばされた地面が散弾の如く周囲へと襲い掛かり、人間の言葉を掻き消してしまう。
「やべぇぞ、こんなの大量に用意できるとか……旦那マジでやべぇぞ」
四肢のいずれかを欠損し、現場に赴けない者の中からも、「自分も何か!」と懇願され、提供された魔道具の一つ。その中でも、魔法関係を扱う事ができる者達に提供されたのがこれである。
その正体は、以前【ガラクタ置き場】で登場した、一定時間魔法を封入することができる使い捨ての魔道具だ。
一度、その使用方法と使用感を確かめる為に、低位の魔法で試した時にも感じていた事だが、その効果は絶大。特に魔法を扱えない者からしてみれば、使い捨てとは言え、一つは持っておきたい夢の様な魔道具である。
「呪文無しって、無詠唱と殆ど変わんねぇし……しかもこれ、後ろで魔法込めて貰えば戦士でも使えて、使わないで消滅しても再利用可能って……時代が変わるぞ?」
通常、魔力の保有量や魔力伝導率が小さい人族の間では、周囲の魔力を巻き込む形で利用する<呪術>が一般的だ。自身が保有する魔力だけで魔法を執行する<魔法>は、瞬時の使用を求められる者が、切り札で一つ二つ使用する程度。
そんなことができるのは、一部の天才か、魔力伝導率が高いと思われている、森人や魔物くらいのモノである。
提供元はその事を知らないのか、空間魔法から取り出す際も気にした様子も無く、呑気なものである。
彼らの中では最早、旦那は何でもありとなっていた。
「げほ!?」
「クソ……下等生物が舐めた真似を!」
不意を突かれたと言っても、魔法一発で全て一掃できる訳も無く、当然無事な者も居り、距離が離れていた者ほど軽傷である。
止めを刺そうと、各々自分の獲物を握りしめ、臆することなく全力で駆け抜ける。減速する気などないその姿は、迎え撃つ形となってしまった人間側からすれば、狂気すら感じるものである。
「舐めるな!」
だが、相手を思い遣る心を持たない彼等は、対峙する者達が放つ感情など読み取ることなどできない。いやここは、他者が放つ瘴気を感知できないと、言った方が正しいかも知れない。
故に彼等は、他人を踏みにじる事に躊躇しない。
相手の思いに感化されない。
相手が放つ殺気に、憤怒に、狂気に、怯むことなどしない。
何よりも、自分たちの優位性を、魔武具の性能の高さを信じて疑わない。
「るぇ?」
彼等が迎える結果は、必然であった。
振るわれる剣に首を斬り飛ばされ、振り下ろされる戦槌に叩き潰され、突き立てられた槍に心臓を突き貫かれ、抵抗らしい抵抗も出来ずに、次々に散ってゆく。
自身の能力よりも上の者が、自身が持つ魔武具よりも優れた装備を持つ。何よりも、そんな奴らが集団で襲ってくるなど夢にも思っていなかった彼等は、初動の対応を完全に間違えた。
彼等が生き残る唯一の選択肢は……襲われる前に、あの者がこの地に訪れる前に、この地から逃げ去る……それだけである。
ここに居る全ての者の運命は、自分たちの存在に気が付かれた時点で、既に決められているのだから。
投降ミスしておりました。申し訳ない<(_ _)>
お詫びに、今日中にもう一話投降致します。(許して許して~)




