211 蹂躙①(始まり)
①天ものなのか、捌きなのか……
②目標発見。
③終わりの始まり。
「お~い、旦那。その襲撃、俺達も参加できんだよな?」
人ごみの奥から腕が伸び、こっちを見てと言わんばかりに、左右に揺れながらアピールして来る。
ちょっと失礼と言いながら、人ごみを掻き分け顔を出したのはエッジさんだった。この時間は、表の警備に回っていたはずですし、持ち場を無断で離れる様な方では無いはずですが、どうしたのでしょう?
「エッジさん。仕事は良いのですか?」
「他の奴に任せて来た。それによ、こんな一大イベントを逃しちまったら、仲間に合わせる顔がねぇからな」
「付いて来る気ですか?」
「当然。旦那がしてくれた約束も、果たしてくれてねぇぜ?」
「約束?」
「あの糞野郎をぶっ殺すって約束だよ。全員は無理だろう? だったらここいらで、契約執行してくんねぇか?」
あぁ、ありましたねぇ。使い終わったら、肉塊を好きにしていいってやつですね。でも、全員で殺すには、些か報酬に対して人数が多い。なら、今回の襲撃を、憂さ晴らしの場として提供しろと言う事ですか。
「一泡吹かせたいって思っている奴は、ごまんと居る。後な?」
「うん?」
「もう、結構外に漏れてんぞ? 放って置くと、暴動になりかねねぇ」
「おうふ」
情報規制って、本当大事ね。もう、引くに引けないじゃ無いですか。それに、裏で全部やってしまう方法も、もう取れませんね。遺恨を残すと、後々面倒になりそうですし……やるなら、徹底的にこちら側に引きずり込むか。
「こちらも幾つか手の内を使いますからね。連れて行くには、仲間となって貰う必要があります」
「……俺らって、まだ仲間認定されてなかったのか? おっさんちょっとショックなんだけど」
「こちらは色々と面倒な立場なものでして……今回の事で、人の口に戸は立てられないって再認識しましたし」
「……だな」
魔物、魔物、魔物、人の姿をして気が付いてるか分からないけど魔物。
周囲を見渡して納得したのか、苦笑いしつつも俺の言葉を肯定するエッジさん。
信用はしているんですがね~。こればっかしは仕方がない。
「今晩には襲撃します。人選は任せるので、参加する気のある方を集めて下さい」
「相変わらず、旦那は行動が早ぇな……そんな気はしてたから、血の気の多い奴を広場に集めてあるぜ」
「マジで?」
言われて初めて、窓から外の様子を確認する。おう、本当だ。外の広場が騒がしくなっている。想像以上に集まっていますね、全員完全武装で、気合が入っていること。
てか、何処から運んで来たのか、教壇やら拡声器やら設置してんぞ? あ、君達、隠密班でしょう! 何表立って運搬作業しているんですか! キョクヤさんも、嬉々として手伝うんじゃありません!
「あの子達は~」
「旦那も、従魔たちには形無しだな」
「皆さんノリが良すぎるんですよ」
もう、誰に似たんだか。
―――
「それでは時間もそれ程有りませんし、早速始めましょうか」
壇上に立つ。はぁ、こんな役目もすっかり慣れちゃって、それもこれも、皆さん毎度無茶ぶりするからですよ。
「本音を言うと、お前たちがどうなろうと、俺達はどうとも思いません」
開口一番にぶっちゃけると、どよめきが走った。事実なのですから仕方がない、後々難癖付けられるくらいなら、初めから知った上で行動してもらったほうがいいですからね。
「敵対する理由が無いから、敵対するのが面倒だから、隠れ蓑として有用だから……結果的に皆さんを助ける形になっていますが、利用しているに過ぎません。あくまで俺達は、俺達の目的の為に動いています。なので、義理でしたり、周りに合わせてなどでこの場に居る方は、お帰り頂いて結構です」
「旦那達の目的って、何だー?」
俄かに騒がしくなる広場で、声を張り上げる者が現れる。
う~~~ん……言っちゃっても良いか。
「一つは、俺達の安全を確保すること、何せ、敵が多いですからね」
「一つってことは、他にも有んのか?」
「特定の人間を、根絶やしにする事です」
驚愕の余り呼吸まで止まったのか、時間が止まったかと錯覚してしまいそうな静寂が場を支配する。
「根絶やしとは、穏やかじゃねぇな。それはイラ教の連中ってことで良いのか?」
「それも含む、とだけ。何せ、どれだけ汚染されているか、分かったもんじゃありませんからね」
汚染? と首をかしげる人も居ますが、その辺りの話は後々ですね。この後、嫌でも直視することになるでしょうし。
「さて、あなた達に、二つの選択肢を差し上げます」
指を一本立て一呼吸入れつつ、注目が集まったことを確認した後、話を続ける。
「一つ、過去を忘れ未来を見据えるのでしたら、平穏な暮らしを、各々の思いと行動次第ではありますが、可能性を提供しましょう。個人的には、こちらをお勧め致します」
無理してまで、裏の世界を覗く必要はない。踏み入れる必要も無い。平穏に一生を終えられるのであれば、それが一番だ。
「もう一つの選択肢は……覚悟をして貰います。一生を棒に振る覚悟を、この世界の裏を、真実を知る覚悟を、です。知ったからには逃がしません、許しません、地獄の底まで付いて来てもらいます。これから先は、俺達の存在と行動理念に根差すものですから、覚悟がない方は、ここでお引き取り下さい」
ちょっと脅迫じみた形になりなりましたが……離れる方は居ない。そもそも、ここに居る方々は、これからカチコミに行こうとしている者達の集まりですからね。口で言った程度では、今更引きはしないか。
「旦那が俺達の事をどう思おうと、皆アンタに助けられて、感謝している事に変わりねぇよ。それに、このまま旦那が全部やっちまったら、俺達は何処にこの剣を振り下ろせばいいんだよ」
柄をトントン叩くエッジさん。
「引き返せなくなりますよ?」
「当然、引き返す理由もない。俺は、いや、俺らの命は旦那のお陰で残ってるようなもんだ、旦那の為に使っても罰は当たらねぇよ」
あ~もう、草人は如何してこうも義理堅いですかねぇ……他の方々も頷いているし、皆さんもう少し利己的になるべきだと思うんですよ。お陰で切り捨てづらいでは無いですか。
「は~~~ぁ~~~あ~~~もう! 折角自由になったのですから、自分の為に時間を使っても良いと思うのですがねぇ」
「十分、自分の為に使ってんよ。第一、この後やろうとしている事だって、旦那達だけで充分……イヤ、旦那達だけの方が動きやすいんじゃねぇか? それを、俺達にチャンスをくれる時点で、旦那が言えたことじゃねぇと思うぜ?」
頭をガリガリ掻きながら、今日何度目か分からないため息を吐く。えぇい、みんなして、ニヤニヤしながらこっちを見るな!
分かりました。分かりましたよ! もう引き返せませんからね、やるからには、徹底的にやりますよ!
「戦闘職は前へ! ある程度能力の統一を計った方が動き易いでしょうから、武具等はこちらで配給します。その後の配置は、エッジさんに一任します」
「任された」
武器は使い慣れたものが良いでしょうし、配給する武具は防具をメインとする。相手によっては即死もありえますからね、防御力は統一しておかないと、後の対応に支障をきたす。その辺りは、元傭兵のエッジさんに任せれば、良い様にしてくれるでしょう。
「封鎖と逃走の防止は、物陰でコソコソしているキークさんとミールさんでやって下さい」
遠くの物陰から、何で分かんだよ! とツッコミが飛んできますが、無視です。話を聞いていたんですから共犯です。今更逃がさん。
人の目ってやつは、存在するだけで牽制になりますからね。相手に見つからず観測するだけの家の子達と比べて、情報の扱いは一枚も二枚も上だ。戦力的な封鎖はこちらでやるので、お前たちも働け。
「後方支援は、ゼニーさん率いるバラン商会に一任。物資、人員共に出し惜しみなしです! 特に治療に当たる方は、覚悟してください」
「何故です?」
「貴方達が一番、この世界に蔓延る裏を直視することになるからです」
前線に立つ方達が、いの一番に直面する事になるでしょうが、一番長く付き合う事になるのは貴方達です。正常な神経をしている方は、本気でお勧めしません。
「危険だから、面倒事に繋がるからと何もしないのは、間違っていると思います」
「どれ程悲惨な世界であろうとも、私達は逃げません」
「もしそれを許してしまったら、私達はここに居る事も、ここに居る資格もありません」
これだから、善意で医者を目指す人は……他人に優しいくせに、自分は鑑みないんだから始末に負えない。
潔癖なのか、純情なのか、可能性に怯えているのか……後は、実際に直面してからか。どう捉えるかは、本人にしか分かりませんからね。
あいつ等の生態を考えるとな~……トラウマにならない事を願うばかりです。
トラウマと言えば……
「……ゼニーさん」
「……何だ」
「全力でやれ」
「言われるまでも無い」
ゼニーさんが居なくとも、代わりを探すことはできるでしょうし、後続だっている。そのまま続けることは可能でしょう。
ですが、ここ一帯を占拠できれば、人間からの安全地帯を確保できる。そうなれば、裏でコソコソ動かなくても、取れる手段は多くなる。ただ有利なだけで、ある程度派手に動いても問題ない。
このまま裏で動くか、派手に動くか……ここが分岐点となるでしょうね。
「プルさん」
(内も、外も、カッターナも、全チャンネル接続完了しているよ)
後はやるだけですね……久々にスイッチ入れるか。
「す~~~~~~…………はぁ~~~~~~」
息と共に体内の熱を追い出す。意図的に仮面を取り払い、感情を殺していく。
これから俺は、元居た世界の国では忌避される行為をさせる。その為には、感情は邪魔だ。
「では改めて……カッターナの有志諸君、同じ目的を持つ同胞、双方に向け、命令する」
(((「「「ッ!?」」」)))
これは俺の決定、俺の決断、誰にも邪魔させないし、止めさせない。故に、頼むのでは無く命令する。
「カッターナの敵性対象に対し、先制攻撃を実行する」
本能に直接叩きこむかの様な、陶酔感すら覚える主の命令に……
片や、諦め絶望し、されど転がり込んできた切望の機会に……
「ゼロ等級装備使用許可、自身が思う最高の準備をしろ、やるからには徹底してやれ、この程度の奴らに対し、一体たりとも欠ける事は許さん」
突け上げる様な衝動が、心の奥底から沸き上がる。
「情報を与えるな、機会を与えるな、結果だけを叩きつけろ、反撃する気力を持たせるな、絶望を叩きこめ、俺達を敵に回したらどうなるか……骨の髄にまで捩じり込んで分からせろ」
心臓が激しく波打ち、収まりきらない熱情が溢れ出す。
「蹂躙しろ」
カッターナと迷宮。抑えきれない激情が、熱気が、空間を満たして行く。
研ぎ澄まされた刃が、牙が、拳が、爪が、静かに、物陰から這い寄る様に動き出す。
襲撃開始。ダンジョン側も、色々提供する模様。
そして、ダン・マス(人)がダンマス(迷宮主)に戻ります。人としての仮面(道徳)も一緒に外して。
遠い国で人が死ぬ事に、本当の意味で心を痛める人は存外少ない。ですが、身近な所で、目の前で、悲惨な光景を見た人はトラウマモノです。そして人らしく居る為には、人らしい反応を求められる。その為に作り上げた仮面(人らしさ)は、今は不要……いちいち反応してられませんので。




