207 模擬訓練
①ふよふよ
②ぺったんぺったん
③結晶ウマー
さてと、ちょっと予想よりも多くなってしまいましたが、昨晩だけで沢山サンプルが手に入りましたね。少なすぎると実験が進まないですが、必要以上に捕まえても管理が面倒、バランス調整が大変ですね~。
まぁ、一度にドカッと来ても、不要な分は放置して経験値とDPにでもしてしまえばいいだけですがね。生き残りが出たとしても、あいつ等は安全よりも欲望を優先するみたいなので、今なら持ち帰った物が与える宣伝効果の方が大きいでしょう。
問題は、その宣伝効果ですよね~。
当初の予定では、何人か質の良い結晶を持たせた状態で返して、更に引き込む心算だったのですが、な~んで中層の手前まで降りちゃうかな~、引き際くらい見極めろよな~、そんなんだから巨大海月に遭遇するんですよ~。
「はぁ」
奥にまで入り込んだ奴が、全員死亡するとは思っていませんでした。流石にこれだけの人数が戻らなければ、何かあったと思うでしょうね。
警戒して奥へと入り込んで来なくなるのは避けたいですし、こちらから足を運んで回収するのは面倒、且つそれなりの危険が発生するので、可能な限りやりたくない。
今はまだ余裕はありますが、この状態が続くようでは、その内実験用のサンプルが尽きてしまう。早々に対処しないといけませんね。
と言う訳で、ちょっとばかし起爆剤を投入しようと思い、目的地まで移動する。最近は、<神出鬼没>と人形でばかり移動していましたからね、身体能力がほとんど劣化しないとはいえ、たまには自分の足で動かないとね。
目的地に向けてのんびり歩いていると、通路の先から何かが吹き飛ぶような音や、爆発音、硬質なものがぶつかり合う音等々、中々物騒な音が聞こえてくる。
「お~、やってますね」
やって来たのは、いつぞやエレンさんとコクガさんが戦ったらしい、闘技場型の訓練用広場。そこで獣人や亜人が入り混じって、うちの子達とやり合っていた。まぁ、模擬戦みたいなものですし、緊急時の医療班も待機しているので、万が一も死者は出ないでしょう。
「んぁ? お、主じゃねぇか、ここに来るなんて珍しいな!」
休憩と言いながら、複数の相手を一方的にボコっていたコクガさんが歩み寄ってくる。やられていた方達からは、まるで俺の事を救世主か何かを見る様な視線が向けられますが、用事が終わったらすぐに出て行きますからね?
「なんかあったのか?」
「様子見、兼人探しです。レイモンドさん達は居ますか?」
「そこら辺で模擬戦してるんじゃねぇか? 戦闘訓練を希望した奴らは、大概ここに居るからな」
では、適当に探しますか。別に急いでいるって訳でもありませんからね。
観客席を沿う様に移動する。え~~~……あ、狩人のメメンサさんと、魔法使いの、クッ…クッド…スキー……クッキーさんの二人を発見。やられたのか、端っこの方でぶっ倒れていますね。流石は後衛職、前衛が居ないと脆い脆い。
他の二人は~……お、居ました居ました。二人共、ちょうどやり合うところですね。
盾持ちのブラウさんは、自身の身長の1.5倍ほどの高さがある、真っ黒な大盾装備で、円錐状に尖った角を持つ甲虫と、新兵でしょうかね? 純蟻が数体。
剣士のレイモンドさんは剣と小盾の軽装で、青い体に黄の斑点のある毒々しい姿の蟷螂と対峙していた。
甲虫の方は、一点突破型の【突撃槍虫】ですね。
蟷螂の方は、おぉう、【毒蟷螂】が【変異】した、毒特化の【滴る青】ではありませんか、ヤバイ相手とやっていますね。
「見学しても?」
「良いんじゃねぇ? 主が居ちゃいけない場所なんて ここには無いだろ」
せっかくの機会なので、ちょっとばかし観戦。人の戦闘を生で見るのも悪くないでしょう。
口元からチロチロと、紫色をした毒々しい舌を出し入れしながら、左右に不規則に体を揺らしつつ、間合いを詰める【滴る青】さん。
対峙するレイモンドさんは、剣を持った右手を前に半身の状態で待ち構え、じりじりと前後に動いて、距離を調節している。
お互いに牽制に次ぐ牽制を重ねながら、少しずつ、少しずつ距離が縮まってゆく。
そしてお互いに、相手の間合いに入る。
― シュ ―
最初に動いたのは【滴る青】さん。
上半身、頭部、舌と、全ての部位をフル稼働。一瞬の内にトップスピードに上り詰め、弾ける様に突き出された毒々しい舌は、真っ直ぐレイモンドさんへと向かう。
対するレイモンドさんは、腕と手首の動きだけで剣の切っ先を動かし、【滴る青】さんの頭部が通る軌道に置くように、剣の切っ先を向ける。
このままでは、自ら相手の剣先に突撃することになる【滴る青】さんだが、寸前の所で体を捻り、剣の下に潜り込む様に切っ先を躱す。
「ッシャ!」
更に、捩じった勢いをそのままに、前に出された相手の右足へ向け、右爪を刈り取る様に振るう。
「チィ!」
相手との衝突に備え、体重を乗せ軸足となっていた右足。今更引いたところで間に合わないと瞬時に判断したのか、そのままさらに踏み込み、その場で小ジャンプすることでやり過ごす。
「おらぁ!!」
残った左爪で追撃に動こうとしていた【滴る青】さんに向け、やらせるかと言わんばかりに、レイモンドさんの左足が相手の顔面をかち上げる様に振るわれる……が、棘の生えた爪の背で受け止められてしまう。
本来、毒が滴るその棘が刺されば、相手は唯では済まない。されどその棘は、レイモンドさんが履いている靴を突き破る事は無く、代わりに衝突の反動を利用して飛び退き、お互いの距離が開く。
「当たれって~、ほんのちょっとでいいからさ~。掠るだけで良いんだよ~」
「ふざけんなよ!? 掠っただけで終わるだろうが!」
「な~に、かえって耐性が付くってもんよ~」
「その前に死ぬわ!」
あら、意外と仲良し? 言動と雰囲気を見るに、以前にも戦ったことが有る様子。そりゃ、当たりたくないでしょうね。
しかし……レイモンドさんは、随分と動きが変わりましたね。
最初に見た時は、常に地面に足を付け、小回りを生かしたサポート重視の戦い方だったと思いましたが……相手の動きに合わせて、最小限の動きで迎撃しようとしたり、かと思えば、跳んで蹴ってと、随分と荒っぽい戦い方を織り交ぜる様になっていた。
てか最後の方、吹き飛ばなければ、小盾で殴ろうとまでしていましたね?
「戦い方が変わったと言うか、やりたいことに、体が付いて来るようになったって感じだな」
コクガさん曰く、相手の動きを見極める能力はあったんだが、身体能力が低すぎて、思う様に動けなかったらしい。
そして、この数日でその点が改善され始め、回避の合間に攻撃を割り込むことができる様になったとの事。
高濃度の魔力の中で休みなく訓練すれば、ここまで成長するのか。おぅ、怖い怖い。
休憩? 疲労? 温かい風呂と、風呂上がりの一杯があれば、吹き飛びますよ?
ぎゃーぎゃー言い合いながら、されど油断なく牽制し合う二人。これは、暫く動きは無さそうですね~。
視点をブラウさんに移すと、囲い込もうとする蟻さん達を、巨大な盾を使い吹き飛ばしながら、時々繰り出される【突撃槍虫】の突きを、見事な受け流しで捌いていた。
これは、どちらかと言うと、蟻さん達の連携訓練っぽいですね。【突撃槍虫】さんが居るのは、攻撃力要員ってところでしょう。
自分達では攻撃力は足りないので、【突撃槍虫】さんの攻撃を、どうやって当てさせるか、相手をどう追い込むのか、と言ったところでしょうか。
今の所、ブラウさんに当たる様子はありませんが、余裕という訳でも無さそうですね。いくら相手が格下であろうとも、一人で全ての相手をするのは、流石に厳しい様子。視界外からの接近もあるでしょうし、時々飛んでくる突きは、無視できるものでは無い。
そして、【突撃槍虫】さんの突きを捌いた瞬間を狙い、四方八方から蟻達が飛び掛かった。
このタイミングは、一体二体を押し戻したとしても、他の子が到達する。一瞬でも動きを妨害できれば、【突撃槍虫】さんの攻撃が当たるかも知れない。
だがしかし、ブラウさんはそう簡単にやられる気は無い様子。
「フンヌ!」
払いのける様に大盾を振るうと、飛び掛かっていた蟻達が、見えない力によって吹き飛ばされる。
「ちょーーー!?」
「また盾変えやがったな!?」
「うるせぇ! 毎回即行で対処するおめぇらに言われたくねぇわ!」
「なんだとこの野郎!」
「そっちがその気なら、こっちも遠慮しねぇからな!」
蟻達の前足に嵌められた、腕輪のような装飾品の結晶部分が光り輝くと、空中に火や風、冷などの多種多様の属性の球体が現れる。
「ちょ、おま、それは卑怯だろ!?」
「「「知らん!」」」
攻撃性を持った魔法が、ブラウさんへ向けて飛翔する。遠距離からのオールレンジ攻撃にシフトしたらしい。
「動きを止めろ!」
「遠距離からチマチマ行くぞ!」
「アタッカーの攻撃が当たれば、こっちの勝ちだ!」
「この…チキン野郎どもがーーー!?」
「「「勝てば官軍負ければ賊軍なのだ!!!」」」
蟻達が使っているあれは、開発課の試作品でしょうかね。魔力を込めただけで、属性攻撃を可能にする腕輪ですか。【ガラクタ置き場】に置いていた物とは違い、十分実戦に使えるレベルですね。
ブラウさんが持っている黒い大盾も、同じく試作品でしょう。魔力を込めると、盾の表面に斥力の様な特殊な力場を作り出して、周囲のモノを吹き飛ばす効果がある様ですね。
まぁ見た限り、範囲も小さいですし、効果時間も短い。遠距離からチマチマ撃たれたら、効果を発揮できないのでしょう。
「あ」
ブラウさんから素っ頓狂な声が上がったかと思えば、【突撃槍虫】さんの突きを真正面から受けて、吹き飛んだ。受け流せないと、ステータス差は如実に現れますね~。
レイモンドさんの方はっと……あ、とうとう当たってしまったのか、地面にうつ伏せに倒れながら、ビクンビクンと痙攣していた。うん、どうやら【滴る青】さんが使用していた毒は、麻痺毒だったようですね。即効性の致死毒でしたら、この時点で勝負ありです。
ま、このレベルを一人で相手にできるのでしたら、問題ないでしょう。全員の回復を待って、話を振りましょうか。




