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177 捕虜

①相性の問題

②準備の問題

③情報の問題

 見たことも無い四つ手の魔物と戦い、勝利した途端。俺達は何者かに襲われ、拘束された。

 何処に向かっているのかは、視界が塞がれて仕舞っている為分からないが、生きたままで運ばれて居る所を見るに、すぐに殺される事は無いかも知れない。


 角度が変わる事はあるが、比較的揺れが穏やかで、道中の荷車以上に快適な移動時間。できる事と言えば、寝るか、考え事をするかぐらいか。




 レイモンド……それが俺の名前。名付けてくれたのは誰だったか、孤児院に捨てられ育った俺には、親と呼べる奴がいない。

 金を稼ごうにも、真っ当に育った奴らに比べれば、俺なんぞ幾らでも代わりの利く、代用品でしかない。体と命を張るハンターに成ったのは、必然だっただろう。


 エスタールでは、碌な手柄を立てる事もできず、その日暮らしの依頼を受けるだけの毎日。

 そんな日々を打開するために、カッターナに流れて来たのは、何時の頃だったか……冒険者資格もある。駄目なら戻ってくればいいだけだと、軽く考えたのが運の尽きだった。


 その日暮らしの生活が変わる事は無かった。寧ろ、悪化したと言っても良い。何が誰も帰りたがらないパラダイスだ、監獄の間違いだろう。


 国内に入る時は問題ないが、国外に出る時には多額の通行料を課せられるのだ。それこそ、通す気が微塵もない、露骨なまでの額だ。

 文句を言おうものなら、それを口実に犯罪者扱い、奴隷落ち。これがこの国の在り方だ。


 他の奴ら、エスタール帝国に住む奴らにも、この事を教えてやりたいところだが、何分手段がない。国境線の警備が異常なまでに固いし、そこらの魔道具では大概の効果は部害されちまう。俺一人が騒いだところで、どうにもならねぇ。


 冒険者ギルドを頼ろうにも、あそこは中立機関。国のあれこれには首を突っ込まない。

 それに、カッターナ国内に存在する冒険者ギルドは、たったの一支部のみ。それも、辺境に追いやられる様な場所にある為、カッターナについて碌な情報が入って来ることも無い。


 通信の魔道具でやり取りしようにも、カッターナの息が掛かった人間が、常ににらみを利かせて、独占、監視をしているせいで、真面に使えない状態だそうだ。

 組織として正常に機能することができないから、近々撤退するって噂は、あながち間違いじゃ無いだろうな。その際に便乗させてもらえないかと期待していたが、今は生きて帰れるかも怪しい所だ。



 本当の所は、こんな依頼を受けたくはなかったが、流石に飲まず食わずで過ごすことはできない。

 森が無くなり、近辺に魔物が居なく成ったことで、食料の供給がストップした。

 金があったとしても、街中で優先されるのは人間。亜人の俺達では、真面に食い物を買う事すらできないのだ。

 ……金なんて余ってないから、その辺りは関係ないがな。


 大量にあるラッチの死体は、毒に強い耐性が有るのか、全身が猛毒に漬かったかのようなその肉は、とてもではないが食えたものでは無かった。空腹の余り、手を付けて死んだ奴も結構いたらしい。

 依頼料はほぼ無いに等しい、人間以外は特にだ。だが、ハンターの依頼期間中は食料が支給された。ゴミみたいな飯だったが、その日を繋ぐ事だけはできた。足元を見ているのは間違いないが、金があったとしても食料自体が無い今、従う以外の手段がなかった。


 そんな惨めな生活を改善する為に森に入れば、ご覧の有様だ。

 俺の人生は何だったんだと萎えていると、僅かに感じていた揺れが止まり、床に置かれる感覚がした…かと思えば、ベリっと、体を拘束していた白い何かが剥され、地面へと転がされる。


「ニャニャ、もう動けるニャ? 人は中々(ニャかニャか)回復が速いですニャ」


 未だに痺れが残る体を起こし、周りを見渡せば、そんな声が投げかけられた。

 その方向を向けば、猫人? が居た。

 いや、猫人にしては小さいと言うか、モフモフしてると言うか、骨格から違うと言うか、根本から違う何か、魔物か?


「こニャニャちは、おはようごニャいますの方が良いかニャ?」

「…ここは何処だ?」


 全面が木でできた四角い部屋。出入口は扉付きが一つ、大きめの机に椅子が4つ、机の大きさの割に、椅子の数が少ねぇ所を見るに、椅子は後で運び込んだか? 隅に広長い板の台

 が4つ多分ベッドか、俺達の人数を見て?


「おう…レイモンド、ここ何処だ」

「ブラウ……お前も生きてるって事は、他も無事か」


 俺と同じく開放されたのか、盾持ちのブラウが話しかけて来る。他の奴もペリペリと音を立てながら拘束を剥され、今まさに地面に転がされていた。

 ……息は有るな。とりあえずは、二人共生きているらしい。その傍らには、八本の足を器用に動かしながら、白い拘束具やらを片付けている魔物が居た。ここら一帯じゃ見た事無い奴だ。見た目からして、虫族か?


 そこで、最初に話しかけて来た猫人の様な魔物と目が合う。その目は、不機嫌そうに細めていた。


「…挨拶はちゃんと返すのがマニャーニャ」

「お、おう。すまん。こっちもなにぶん混乱しててな」


 そう言いながら立ち上がってみる。チッ、立てるが、真面に歩けるか怪しいもんだ。


「まぁそれもそうニャ。聞いた(ハニャシ)だと、奇襲して攫って来たらしいし、仕方が(ニャ)いニャ。寛容な心を持って接するのが大事だって、いつだったか主様も言っていたニャ」


 主だと? これ程の知能を持った魔物を使役する存在がいるってぇのかよ。どんな化け物だよ。


「他の二人は…まだ動けニャいみたいだニャ。時間も有るし、そのうち(ニャお)るニャァニャ。耳は聞こえてるだろうから、自己紹介を済ませちゃうニャ」


 飛び上がり机の上に降り立つと、芝居がかった貴族がするような一礼をきめる魔物。魔物だよな? なんか仕草が妙に人くせぇぞ、こいつ。


「ニャは、妖精族の【ケット・シー】ニャ。これから、(みニャ)さんのお世話をいたしますにゃ」


【ケット・シー】…聞いた事がねぇ魔物だ。しかも妖精族ってかなりレアじゃねぇか。


「ニャ、(ちにゃ)みに、後ろに居るのは潜み蜘蛛(ハイドント)(みにゃ)さんをとっ捕まえた、隠密工作のスペシャリストニャ」

「「「…へ」」」


 紹介と共に、頭…頭だよな? を下げる魔物。見た感じ虫族だな。切れるか? 防御力は低そうだが。


「……」

「…あぁ、すまん。魔物に挨拶されるのなんて、初めてなもんでな。俺はレイモンド。そこのでかぶつはブラウ。動けない方で、小さいのはメメンサと、ひょろ長いのがクッキー」

「“クッ”ひょぱるりゅ・ぺーへい・ぺぽおふぉ“ッキー”!」

「……略してクッキーだ」

「呂律が回らニャいのは、良く分かったニャ」


 とてとてと、クッキーの元に歩み寄り、肩に手を乗せる。


「ニャも(ナ)ニャがどうしてもニャにニャって仕舞うのニャ。その伝わらニャい気持ちは、とっても分かるニャ。あ、語尾は癖ニャ」


 うんうん言いながら、慈愛に満ちた目でクッキーを見る魔物(ケットシー)…なんだこの緊張感のない空間は。俺達は魔物に捕らわれた、獲物じゃねぇのかよ。


「…へッ」(あ)


 ― ガチャゴチャ・ガッシャン -


 タダの鳴き声なのに、やっちまった感が滲み出てたぞ。

 後に続いた音に反射的に振り向けば、白い包みを持ち硬直する魔物と、地面にばら撒かられた、道具や装備の数々が目に入った。どうやら、中を落として仕舞ったらしい。


(ありゃぁ、俺の剣じゃねぇか)


 転がった荷物の中に、俺の剣が有った。てぇことは、あれは俺達の荷物か。

 真面には動けないが、この感じは、一瞬なら通常通り動けるはずだ。罠さえ張られて居なければ…いけるか?


「ここって何処なんだ?」


 話ながら、じわじわ剣との距離を詰める。


「んニャ? 言ってニャかったかニャ? ここーーー


 魔力を足腰に回し、一気に距離を詰める。妨害も反応も無い。剣を構え、いつでも抜ける状態に持ち込む。


 ―――はダンジョンの(ニャか)ニャ」


 つまり、こいつ等の主はダンジョンマスターかよ。やべぇ、脱出が困難になったぞ。完全に早まった。


「んニャ、それ大事ニャ物だったニャ? 雑に扱って仕舞って申し訳ニャかったニャ」

「……お、おう。ハンターにとって、武器ってやつは命を預ける相棒だからな、持ってねぇと落ち着かないんだ」


 クッソ、歯牙にもかけられてない感じも、なんかムカつくな!?

 この余裕な態度は、いつでも俺達を殺せるって事だろうよ。今思えば、ここに武器がある時点でおかしいだろ。完全に焦ってたな。こりゃ、俺達の行動を見るためのエサか。下手な行動は、首を絞めるな。


「う…ぐ」

「ブラウ、無駄だから無理すんな」


 剣の柄から手を離し、床に腰を下ろす。こりゃ、どうしようもねぇ。


「ニャハハ、賢明ニャ判断ニャ。ニャ達の主様は、賢い方を好まれるニャ。このまま大人しく、主様がお求めニャニャる事に可能ニャ限り応えれば、僭越ニャがら私が皆さんの命を保証するニャ」

「ふ、そりゃぁ有り難い。<幹部>であるアンタにそう言って貰えれば、こっちも希望を持てるってもんだ」


 これだけの知性を持った魔物が、唯もんな訳がない。少なくともネームドモンスター、良くてダンジョンマスターの側近、又は<幹部>ってところだろう。


「…うんニャ、ニャは世話係を任された、下っ端ニャよ?」


 何を勘違いしているんだ? と言いたげな視線を向けられながら、否定された。


「……まじで?」

「まじニャ」

「因みに、下から何番目位?」

「10段階で言えば10ニャ、雑魚中の雑魚ニャ、パシリニャ。名前もニャければ<幹部>でもニャいニャ」


 うっそだろおいおいおいおい! 勘弁してくれよ、これが雑魚扱いとか、いや、誤情報を持たせて、延命を図ろうとしているとも考えられるか? その場合、ここのマスターは相当頭が切れるな。

 ……ちっとばかし、カマかけて見るか。


「でもよ、あんたらなら、もっと上に行けるんじゃないか?」

「んニャことないニャ。役割は有るから一概には言えニャいけど、トップは全員化け物ニャ」

「幹部を目指したりはしないのか? ほら、自分の方が強いぞ~的 「フシャー!」 え?」


 突然敵意剥き出しで、威嚇された。と思ったら、急激に怯えだしたぞ?


「あああああああの方たちに挑む!? 冗談にすらニャらニャい! あぁ!? 違いますからね!? ニャにそんニャ気さらさらありませんからね!? 信じて下さいお願いします(ニャん)でもしますから~!!」


 おんおん泣き、半狂乱になりながら部屋から出て行った。


「あ…あれ、演技に見えるか?」

「いや…魔物だしな。どうだろう」

(…以前に一度、やらかしてる)

「「「うぉ!?」」」


 ビックリした!? 何だこれ、頭の中に直接声が。


(…<念話>、害はない)

「おう、すげぇな、これが<念話>か」

(…後で食事持ってくる。それまで自由。寝てても良い)


 そう言うと、残っていた虫族の魔物にブラウが担がれ、木の台の上に運ばれる。


「おう!? あ、ベッドか…本当にベッドかこれ!?」


 ベッドか、木の台の上に、白い敷物が敷かれてるけど、そんなに驚愕する様なもんかよ。


 おぅ……首都の高級宿より、質良いぞこれ。


【ケット・シー】はダンマスが【創造】した魔物では無く、元々この世界に居た魔物です。妖精族であり、且つ絶対数が少ないので、人族の殆どはその存在を忘れています。長寿種なら、覚えているかも知れないレア存在です。

【ピュア】は、全ての可能性を秘めた存在。同種族であれば全ての上位種へ進化が可能。

周囲の環境や、自身が求める能力、成長具合によって進化先が決定する……ので、【創造】した魔物以外にも進化可能だったりします。


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