【閑話】 仲間の増え方
ゆらゆらと、ゆらゆらと……何かの中で漂い続ける。
心地よい何かの中、漂い続ける。
不安も、恐怖も、飢えも、疑問も……何もない。ただただ、ゆらゆら、ゆらゆらと……
………………………………
…………………………
……………………
………………
…………
……
―――
「…………」
気が付いたら、“俺”が居た。
何時、何処で生まれ、俺が何なのか、ここが何処なのかすら分からない。
……霞掛かった頭が晴れてくると、ようやく周りが見えてきた。
暗くだだっ広い空間に、頭上に空いた穴から差し込む、何筋もの光。
地面には、淡く光る水溜まりがあった。
俺の他にも、同じように周りを見回している奴がいる。細部が違うが、殆ど同じ奴だ。
自分の体を、見える範囲で確認してみる……特徴が同じだった、どうやら同種の様だ。
これからどうしようかと悩むも、何をしたら良いか分からない。差し当たってしないといけないことは……
― グ~~~…… -
食事だな。
早く何かを食べないと。そう思い周りを改めて見まわすが、何も見当たらない。飲み物は……この光る湖の水を飲んでも大丈夫なのか?
分からない事だらけだ。
期待はしないが、周りの奴が何か知っているかもしれない。近くに居た奴に近づき、声を掛けようとした、その時―――
― キシャーー!! -
唐突に上がる叫び声。その方向を見ると、自分よりも一回り大きな奴が、視界に入った。
そして理解する。俺たちが居る環境は、悠長に考え事をしている余裕がある程、生易しい環境ではないことを。
叫び声を上げていた奴は、近くに居た小さい奴を襲い、喰らったのだ。
このままここに居ると、アレに食われる……
まだ距離があるが、それ程離れている訳でもない。体格の差もあるから、狙われたらその瞬間終わり、戦うなんてもっての外だ。
早々に逃げることを決定し、道を探すために壁沿いを進む。
その道中、俺と同じ奴同士が争っている姿を何度も見かけた。
中には、一体に対して複数で襲っている奴もおり、無残に食われていく姿もだ。
だが、そんな中を生き残るやつがいた。何体も同時に相手をし、傷だらけになりながらも、なお且つ生き残っていた。
その様子を見ていたが……その変化は劇的だった。
骨が軋む音と共に、体が突然肥大化したのだ。どんどん存在感が増していき―――
― キシャーー!! -
あのデカい奴と同じ姿となったのだ。
一連の流れを見て理解する。
戦い、喰らい、生き残れば強くなる。
食うか、食われるか……死と殺しが日常の世界。それが、俺が生まれた世界だった。
―――
壁に空いた穴を見つけ、すぐに潜り込む。その穴は小さく、大きく成った奴では入ることはできないだろう。
更に奥へと進むと、その穴は上へと向かって伸びていることが分かった。
このまま進めば、明かりの下、外へと出られるかもしれない。逸る気持ちを抑え、慎重に進んでいく。
道中は何事も無く進み、辿り着いたのは、森の中だった。
少し開けた場所に、ぽっかりと空いた穴から顔を出す。周りには……何も居ない。警戒しながらも外へと這い出る。
取り敢えずの危険は無さそうだが、この開けた場所は落ち着かない。直ぐに逃げ込めるように、穴の近くで行動するか、視界が遮られる森の中へ駆け込むか……
― ガサ -
「!!??」
そんな事を考えていると、隣から音がした。
反射的にそちらを向くと、俺と同じ奴が顔を出し固まっていた。
襲われる可能性を考え、咄嗟に身構える。今の状態なら、顔だけ出している相手よりも。俺の方が有利に行動できる。
改めて、相手の様子をうかがう。襲われたのか、その姿は傷だらけで、息も絶え絶え。なお且つ……片足が無かった。
思い返すのは、無残に食われていく奴らの姿。
食うか、食われるか
生きるためには食わなければならない。
殺さなければ俺が食われる。
そして何よりも、殺せば強くなる。
俺は、片足が無いそいつを……食い殺した。
―――
自分より弱い奴を殺し、喰らう。
時には安全な場所を求め、殺し合う。
自分より圧倒的に強い奴が、更に強い奴に食われていく。
逃げて逃げて逃げて逃げて、戦って戦って戦って戦って、食って食って食って食って、殺して殺して殺して殺して……
そんな中生き抜いていき、気が付いたら俺は……強者になっていた。
弱かった頃に見た強者も、今の俺なら簡単に捻りつぶせる。
周りの奴は、俺の姿を見ただけで逃げていく。
俺を害する奴は居なくなり、全ては俺のエサと化した。
隠れることも、血を這いずる事も、飢えることも、ケガを負うことも無くなった。そこまで来て、漸く俺は安堵を得た。
そこでふと思った。あそこには、何があるんだと。
見上げるのは、頂上が見えない程に巨大な樹。何かしら、特別な場所なのは間違いない。
そうでなくとも、あそこからならここを一望できるだろう。
余裕ができたからか、今まで考えなかったことを考える様になっていた。
生まれたことに疑問を覚えるなんてことは無かったが、自分の出生には興味がある。
あそこに行けば、何かわかるだろうか?
―――
今まで足を踏み込んだことのない場所を、大樹へ向けて進んでいく。
途中、違和感の様なものを感じることがあったが、気にせずに進むと、そこそこ強い奴と遭遇することがあった。
そして、そいつを食い殺したら、その違和感が消える事が分かった。
そして、またその違和感を感じとった。どうせまた雑魚だろうと思い、構わず進む。
そして俺は、そいつに出会った。
「すー…すー…」
黒い頭に、白い体毛に覆われた体。
特徴的なのは、透明な深青色をした、渦巻き状の角。その角の中では、幾つもの色の輝きが煌めいている。
今までに見たことのない奴が、眠っていた。
そう、眠っていたのだ。俺を前にして、何ら警戒もせず、無防備な姿を晒していた。
これでは殺してくれと言っている様なものだ。
俺は、その阿呆に向かって進んでいく。それでも、そいつが起きる気配がない。
すぐにでも飛びかかれる距離になって、ようやく初めての反応が見られた。耳がぴくぴくと動き、緩慢な動きで瞳が開かれ、こちらを向く。
ようやく気付いたか。よく今まで生きて来れたものだと、呆れてしまう。
まぁ、気が付いたところで、死ぬ事に変わりは無い。どんな行動に出るか、どの様な抵抗をして来るかと身構えるが、そいつは予想だにしない行動をとった。
(……は?)
眠そうな目で俺を一瞥すると、興味を無くしたかの様に視線を逸らし、また眠りについたのだ。
一瞬、なにが起きたのか理解できなかったが、次第に怒りがわき上がってきた。
(俺を無視するだと!?)
逃げるでも立ち向かうでもなく、まるでどうでも良い事の様な対応をしたのだ。
雑魚が舐めた態度を取ると、どうなるか教えてやる。そう思い、そいつの目の前まで近づくと、前足を振り上げる。
後は、この足を振り下ろすだけ、それでこいつは簡単に死ぬのだ。だと言うのにこいつは、未だにこちらに興味を示さない。
(死ね!!)
苛立ちを込めた一撃が、頭へ振り下ろされ―――
「……? ……!? ゲボ! ゴホ!?」
突然襲う激痛。競り上がってくる吐き気。気が付いたら、目の前に居たと思った奴は、いつの間にか移動していた。
……いや、違う。あいつは、さっきと全く同じ体勢のまま、同じ場所にいた。
(吹き飛ばされ…た?)
そう、相手が移動したのではなく、俺が吹き飛ばされたのだ。
痛みは、腹と背。
後ろを見れば、中ほどで折れた木があった。腹への攻撃で吹き飛び、後ろの木に背中から激突したのだと思われる。
何をされたのか全く分からなかったのは、前後の記憶が無い事から、意識が飛びでもしたのか?
どれ程の時間、無防備だったのかは分からない。しかし、相手が俺を容易に殺せる状況であったことに、間違いは無いだろう。だと言うのに、相手はその素振りすら見せていない。
「~~~、ギ~~~…ガァーーーーー!!!」
歯を食いしばり、痛む体を引きずりながらも起き上がる。そんな俺の姿に対して、まるで煩わしいものを見る様な視線を向けてくる。
「……何用?」
「!?」
話しかけてきた!? 何故? 今なら簡単に殺れるだろう。
……そうか、先ほどの一撃は、何度も撃てるものでは無いのか! あの不動の体制も、無駄な力を使わない為。ならば、やり様はある!
「ガァ!!」
<自己回復>で傷を癒し、<身体強化>と<集中>を発動!
臨戦態勢になった俺を見て、相手も動きを見せた。先端に毛玉が付いた、黒く細長いツタの様なものが、ゆらりと持ち上がる。あれは…尾か!
「……何用?」
また話しかけてくる。こちらの<集中>を乱すのが目的なのが見え見えだ、その手には乗らん! こちらの反応がない事を見て、先端の毛玉がこちらに向き……
来、早!? だが、見え、躱せる!!
咄嗟に体を横に移動っさせると、奴の攻撃は、元居た空間に突き刺さる様に通り抜けた。
これなら、何とかなる。二手は無い! いや、有ったとしても躱して見せる!
相手の攻撃を把握し、相手へ接近しようと歩を進めた瞬間、尾がたわむのが見えた。それが視界の外まで、避けて通り抜けた先端へ伝って行く。
― ゾク! ―
<危険感知>が警鐘を上げる。ヤバイヤバイヤバイ! <魔装―――
「ゴハ!?」
腹へと襲う衝撃。飛びそうになる意識に、回る視界。攻撃された? あの状態から!?
「……何用?」(ゴホ!?)
「……何用?」(オゲ!?)
「……何用?」(イギ!?)
痛みで動けない俺に対して、何度も何度も、打ち付け、吹き飛ばされ、立とうにも直ぐに転がされる。その一つ一つが無視できない威力な上、そんな攻撃を何の溜めも無く繰り出してくる。
だが、どれもこれも致命傷になるモノではない。このまま耐えれば、反撃の―――
― ズゴン! -
……目の前の地面に穴が開き、そこから奴の尾が引き抜かれる。
「…………何用?」
最終警告。
あの一撃は耐えられない、躱せもしない。俺の命はあいつが握っている。
体が震える、視界が狭まる。恐怖、あぁそうだ、これは恐怖だ。
何故俺は、あいつを殺そうなどと思ったんだ? 敵対しないならば、無視すればよかったのだ。
俺より強い奴が居ないと、高を括ったか? 馬鹿か俺は!?
言い訳も思いつかない、そもそも会話何てしたことも無い。如何したら如何したら如―――
「また苛めてる。ダメだよ~、モコモコ」
そんな中、場違いな声が響いた。
「……攻撃してきた」
「可哀想だよ。震えてるじゃん」
「……何も言わない、向こう悪い」
声の元を探すと、奴の頭の上に、白い何かが乗っているのを見つけた。
白く小さい体躯に長い耳。そこには何度も食った雑魚、エサが居た。
「大丈夫だよ~。怖くないよ? 用事を言ってみて?」
全く警戒せずに、顔の前までやって来た。こいつは、この状況を分かっているのか?
だがチャンスだ、この雑魚を喰らう!
<捕食回復>で傷を癒し、この場を離れる! 相手が動かないのならば、逃げ切れるはず!
残りの力を振り絞り、喰らい付く。味わっている余裕はない。直ぐにのみ込み、回復に回―――
「……何のつもり?」
目の前にまだ、エサが居た……躱されただと!?
「ア˝ァ?」
「ヒィ!!??」
モコモコと言われた奴から、怒気のこもった声が上がる。
「落ち着いてよ。僕が、あの程度の攻撃を避けられない訳無いじゃない」
あの程度、俺の全力があの程度?
「攻撃したこと、問題」
「もう……君も意地張らないで、大人しくしなよ」
俺は話した。一生分話したのではないかと思う程、生き残るために、必死に。
今じゃ、何を話したかすら覚えていない。だが……
「世界樹様の所に行きたかったの? なら一緒に行く?」
「え?」
「モコモコ~、僕、この子連れて行くね~」
「……ふん」
訳が分からないままに、エサに引き連れられ奥へ進む。
(助かったのか?)
「僕と一緒に居れば、大丈夫だからね」
その言葉に、俺は安堵した、して仕舞った。生き残りはしたが、助かったわけでは無かった。この時に引き返すべきだったのだ。
俺はそのまま、地獄へと足を踏み入れたのだから。
― ガサ -
奴の横を通る時、足元から音がした。その方向を見ると、奴の足元の穴から、小さな魔物が這い出てくるが見える。
それは、今まで何度も見て来た魔物。何度も喰らって来た魔物……生まれたばかりの頃の俺と同じ姿。
あぁ、そうか……俺は、ここから生まれたのか。




